八話 太陽はいつも傍らに
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朝、目が覚めると、勢い良くカーテンを開く。すると清々しい光が部屋を照らしてくれる。修学旅行にはピッタリの天気だ。
ふと窓の外を見ると、その太陽も驚くほど明るい笑顔で手を振る姿。ナコだ。
「早く来すぎだろ……」
きっと楽しみすぎて眠れなかったから早くうちに来たんだろうな。苦笑しながら手を振り返し、玄関に向かう。
「どうした。今日は勝手に入って来なかったのか」
いつもなら勝手に入って来て、事故の日からは1階のリビングを占領しているのに。
「ん~。早く来すぎちゃったから。家に入ると迷惑かなって思ってね」
変なところで律儀な奴だな。予定より早く目が覚めたので時間はかなりある。ゆっくりしようと思っていたら、それを察したのかナコが話しかけてきた。
「楽しみだね。修学旅行」
「そうだな。ただ、お前は気を付けるようにな。元気になってるとは言え、まだまだ本調子じゃないんだから」
「分かってるよ!! もう、いつもお母さんと一緒のこと言う……」
ナコが極度の高所恐怖症になっていることは、担任とクラスメート達にも伝えられている。みんな、最大限の配慮をしてくれるようだった。
「それだけ、みんなお前のことを大切に思ってんだよ」
大真面目に言うと、ナコは俺の顔を見て、照れ笑いをしながら頷くのだった。
「35名、全員点呼取れました」
委員長のシーナが引率の先生方に報告する。待機している列には、もちろんメイもいる。全員揃って良かった。たった1クラスしかいない同級生達。一人だけ思い出を共有できないなんて悲しいもんな。
「じゃあ、自由行動の班でなるべく固まってバスに乗り込むように」
担任の指示に従って乗車するクラスメート達。
「オミ君。色々とありがとね」
シーナに聞かれないようにか、小声でメイが話しかけて来た。突然の近距離に一瞬、心が跳ねたが、なんとか平静を装う。
「いや。礼は臨龍祭の片付けが終わるまで取っといてくれ」
そんなことを言い、俺達も順番にバスへ乗り込む。さぁ、存分に2泊3日の旅行を楽しもう。
バスの中では、様々な会話が飛び交っていた。初めは高校生の修学旅行なのにバスで行けるような比較的、近いところなのかぁと少し落胆したものだが、3年間、苦楽を共にした仲間たちと一緒なら、場所は二の次だ。
出発して、しばらくするとシーナはよほど疲れていたのか眠ってしまっていた。新学期が始まってから、ほぼ休みなしでクラスのために働いていたらしいから、ようやく落ち着ける時間なのだろう。
「今はゆっくり寝かしてあげよう」
横に座っているメイが小声で話す。そうだな、と相槌を打つと、自然と次の話題はこの前の話し合い、そして臨龍祭の話になった。
「でも、あんなに簡単に、後片付けを引き受けていいの?」
「ん? あぁ。素人の俺に手伝えることなんて、それくらいしか無いからな」
メイを修学旅行に参加させる条件。それは臨龍祭の後片付けを手伝うという、ごく単純なものだった。
「それに、普段はお前や親父さんがしているんだろ?」
メイの父親も、見た感じはそこまでガタイが良い方でも無かったし、メイより力仕事が出来ないということは、まず無いだろう。
「いや。それがね。私も後片付けはしたことないの」
そうなのか。体が弱いメイに負担をかけまいと、配慮してくれているのかもしれない。厳しく当たっているのも、大切な娘だからだろうしな。
「いつも、自治体の人たちに任せて、お父さんは本殿に籠もっているんだけどね」
そういえば、何をしているんだろう? と首を傾げているメイ。予想していたより良い印象ではあるが、まだまだ謎が多い人であることには変わりなかった。
そんな話をしている内に、バスのエンジンが止まる。最前列の補助席に座っていた担任が後ろを振り返り、よく通る声で告げる。
「着いたぞ~。前に座っている生徒から順に出るように」
私語でざわめいていた声が一瞬で静まる。俺は、意外にも起きる気配のないシーナの肩を揺さぶってから外に出るのだった。
「わぁ! 凄いよ!! お店がたくさんある!」
小学校や中学校のように、堅苦しいことは一切なし。修学旅行という名の完全なお遊び期間である。
そして、同じ班のメイが歩道の左右に並ぶ店を見て、感嘆の声を上げる。ここも都会という程では無いのだが、観光地として栄えており、平日休日問わず多くの人で賑わっている。
田舎者の俺達、特に街の外にもあまり出たことが無いメイにとっては、珍しいものばかりだろう。
店頭に並べられている小物類や、お土産、特産品。それらを見るごとにどんどんテンションが上っていく。
「メイ。はしゃぎ過ぎないようにね」
シーナが注意すると、「は~い」と八割方分かっていない返事が聞こえる。俺の隣でシーナはやれやれといった表情をしている。が、それだけで、いつものようにメイを長く説教したりはしない。
「今日は随分と優しいんだな」
「その言い方だと、私がいつも優しくないみたい」
あっちこっち移動するメイを2人で見守りながら話す。優しさで怒っているんだろうから優しいのだろう。だが、こいつも不器用なので、その真意を汲み取れる者は少ないと思う。シーナも、あえてその真意を悟られないようにしている感じもするけど。
「メイのお父さんを説得してくれて、ありがとね」
「……お前。知ってたのか」
何となく、そんな気はしていた。メイがシーナに隠し事を成功させる光景は想像できない。
「じゃあ、シーナから断ったのか?」
シーナが知っていたとなると、メイの頼みを断ったのだろうか。断られたから俺に相談に来たのか? ついつい、そんなことを考えていたら口に出してしまった。
「まさか。私はあの子の頼みを断ったことなんて無いわよ」
中学時代の2人を俺は知らない。だが、2人の間には単なる友情を超えた、固い絆のようなものがある。
「私が、今回の件で相談されなかったのは……。そうね、あの子は私が忙しいから相談しにくかったんじゃないかしら」
俺もそう思っていた。だからシーナを外し、仲が良く、一番説得に向いている俺を選んだ。
「本当に、それだけなのか?」
シーナは、驚いた顔をしたが、すぐにいつものような淡々とした冷静な口調で話し始めた。
「私はあの人に嫌われているから」
あの人というのは、メイの父親だろう。過去に何かあったのだろうか。そのことを聞こうか、否か。迷っているとメイが駆け寄ってきた。手には既に大量の袋。もしかしてこれは……。
「えへへ~。つい買いすぎちゃった~」
両手を上げると、ガサッと重量感のある音。シーナは今にも「しまった」と聞こえてきそうな表情。
「ここ。色々あるから次々欲しいものを見つけちゃうんだよね!」
「いや、それにしても買いすぎだろ。一体なにを買ったんだ」
俺が問いかけると、近くに置いてあった休憩用のベンチに腰掛け、メイは購入したものを出し始めた。
「この熊? 象? よくわからない生き物の人形と。虫あみみたいな置物でしょ。あと、翼の生えた天使の兄弟が書かれたハンカチ! あとは海外の妖精みたいなデザインが彫ってあるコップかなぁ」
そのデザイン達は、どこか妙にリアリティを感じさせるため、俺は若干の恐怖すら覚えていたのだが、メイが「かわいい~」と言いながら眺めているのを見ると、そんなことは到底口に出せそうもない。
「メイ。楽しむのは良いことだけど、そんな大荷物を持って移動するの?」
シーナが頭を押さえながら問いかける。結果は見えていた。
「あ……。あはは……」
メイは乾いた笑い声しか出せていない。このままでは埒が明かないので、近くに居た引率の教員に特別許可を貰い、俺達三人は先に一度、メイの大荷物を預けるために宿泊施設へと向かった。
読んで頂き、ありがとうございます!修学旅行編開始です。
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