六話 巫女の相談
授業が終わり、帰り支度をしていると声をかけられた。振り向くとそこには、先程の班決めの件でシーナにこってり絞られたのか、少しやつれた表情のメイが立っていた。
「おう。なんだかお疲れだな」
原因はあらかた、予想できているが茶化すように言う。そんな俺の悪戯心はメイも感づいているらしく、怒ったような、困ったような表情を見せる。
おっとりしている子が、こういう表情見せると余計にからかいたくなっちゃうよな。
そんなメイの表情を見ていると、今度は曇りがかかった。疑問に思っていると、こう切り出した。
「ちょっと、相談があるんだけれど……」
ナコに、今日は用事ができたから先に帰ってくれ、と告げると俺はすばやく支度を終え、メイと合流した。
俺やナコの家と、メイの家、つまり木津宮神社は学校から出ると真逆の方向に位置するので、学校で話そうと言われたが、せっかくなので木津宮神社の近くの喫茶店に行こうと提案した。
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
コーヒーとカフェオレをお互いに注文し、ひとつ間を置いた後、謝罪の言葉が向けられた。
「このくらい大丈夫だって。それに最近、こっちの方にも来てなかったしな」
その言葉を聞いたメイは、嬉しそうな顔をしたあと申し訳なさそうに、「そのことも、そうなんだけど」と言い、続けた。
「私達と一緒の班にしちゃって……」
自分の強引な決定に後ろめたさでも感じたのだろうか。そのことに関しては、全く気にしていないのだが、別の点で気になったことはあった。
「お前にしちゃ結構強引なやり方だなとは思ったけどな」
自分で言いながら、俺は初めてメイと会った頃を思い出した。
元々、メイは引っ込み思案で自分の意見を上手く発言できないタイプだった。クラスの中心人物に黙って笑顔で、何を言われても肯定しかしない。大人しい女の子。目立たずに生きようとする子だった。
最初はそれで良かったのだが、家のことや、メイ自身、体が弱かった為にしばしば学園を休むことがあった。そんな日が続いていくと、周りにいた人間は少しずつ減っていってしまい、徐々に孤立していった。
中学からの友人であるシーナは言うまでもなく、彼女との交流を続けていたが、委員長という立場である忙しさと、遠慮しない物言いもあり、敵も作ってしまっていた。
シーナ相手では分が悪いと感じた怒りの矛先は、自然とメイに向いた。
整った容姿。物静かで大人しい性格。有名な家柄。思春期の少女たちが嫉妬する条件はあまりにも揃っていた。遊び半分で始まったイジメは日に日にエスカレートしていった。
シーナにも、周りの人間にも迷惑がかかると思ったメイは、1人で抱え込み、遂に学園に来られなくなってしまっていた。そこで、俺にシーナが相談しに来たのが、俺とメイの交流のきっかけだった。
しかしそれは、入学して間もない時の話である。現在は摩擦も無くなり、それぞれ仲良く学園生活を送っている。
そのメイがあそこまで強引に物事を決定するのには、違和感があった。まるで、とても焦っているような……。
「やっぱり、オミ君は良く人を見てるよね」
静かに微笑むメイ。あの時は焦っているように見えたが、今度は諦めたような、そんな印象を受ける。俺が黙っていると、メイは本題に移り始めた。
「あのね。私の家のことは前に話したよね?」
一層小声で話すメイ。家のことというのは、もちろん木津宮神社のことだろう。何代にも渡って木津宮家が守ってきた神社。今では遠方からやってくる人もいる観光名所になっていた。
彼女は唯一。現当主の跡を継げる人間であると前に聞いたことがある。詳しいことまでは把握していないが、制約のようなものがあるらしい。
俺が無言で肯定すると、また口を開いた。
「言いにくいことなんだけど……」
ずっと下を向いていた視線と、俺の視線がぶつかる。
「まだ、修学旅行に行けるかどうかわからないの」
「……え?」
どういうことだろう。今まで、昔のイジメのこととかを思い出していた俺はもっと深刻な話かと思い込んでいた。まぁ、一生に一度の高校での修学旅行だ。深刻と言えば深刻なんだけど。
「どういうことだよ。何か家の用事とかか?」
先に、家がどうとか言ってたし。ありえない話ではないだろう。
「用事っていうかね。行かせてもらえるか分からないっていうか」
歯切れ悪く話を進めるメイ。なるほど。何となく話が掴めてきたぞ。メイの親、特に父親はかなり厳しく、メイの行動を制限しているらしい。体が弱い上に、唯一の跡取りと考えるとつい教育に力が入ってしまうのも分からなくは無いが。
先日、ナコとの買い物の際に街で会ったときも急いでいたのは、父親からの頼み事だった可能性は高い。
「でも、いくら親父さんでも修学旅行くらい行かせてくれるだろ。そんな子供だけで危ないところへ遊びに行くわけでもないし」
当然だが、引率の教員は十分いる。親が心配することは起こらないはずだ。
「危ないからとか、そういう理由だけじゃなくて、ほら、『アレ』があるんだよね……」
「あ。そうか。『臨龍祭』か」
言われて気付く。臨龍祭は、木津宮神社が行う年に一度の行事だ。始まりは、木津宮とその土地を龍神が災厄から守ってくれたお礼をしたこと、だったっけ。
ここに住む人なら誰でも知っているくらいお馴染みの祭りだ。
しかし、堅苦しい仕来りやマナーなどは無く、地域の参加したい人が参加する何処にでもあるようなものになっている。主催は自治体のはずだし、木津宮はその場所を貸しているに過ぎないはずだが、やはり準備とかはあるのだろうか。
「メイ。お前はどうしたいんだ?」
臨龍祭の日程は、修学旅行と被っているわけでは無い。修学旅行の2日後だ。メイの父親が渋る理由はまだハッキリとはわからないが、重要なのはメイ自身の気持ちだ。
「行きたい……のは、行きたいけど……」
まだ踏ん切りがつかない様子で、語尾を濁しながらこちらを見てくる。父親の意向に逆らったことなど無いのだろう。人様の家庭事情に口を挟む気は無いが、今どきこんな家庭があるのも、なかなか驚きだ。
まだモジモジしているメイを見て、ようやくメイが俺と2人で相談したいと言ってきた理由がわかった。
「まさか……。俺に説得しろと?」
友人の父親を説得。しかも、ろくに会って話したこともない相手。
生きてきた中でもかなり難易度上位に来そうなイベントだな……。いや、逆に友人からお願いされれば、親も折れるかもしれないという思惑か?? こいつ、穏やかな顔して策士な一面もあるな。
と、なると、メイが特に仲の良い友人は四人。
ナコ。こいつは説得においては論外だ。むしろ対立を深めてしまいかねない。
シーナは、一番付き合いが長いし、メイの父親とも面識がありそうだが……。呼ばなかったところを見るとあいつもかなり多忙な時期かもしれない。
そして残るは俺だけ、しかも皆が認めるお人好しと来たもんだ。俺がメイの立場でも、間違いなく俺を選ぶね。
もうひとり、メイと仲が良いやつがいるのだが、あいつも戦力外だろう。他人に興味がないし、説得に関してはナコと同様だ。
俺の言葉に、えへへ。と可愛く甘えるような笑顔を向ける。俺は全てを悟ると、縦に首を振ることしか出来ないのだった。
読んで頂き、ありがとうございます!
更新ペースがあまり上がらず申し訳ありません……。
メイちゃんの詳しい過去話は(要望が多ければ)サイドストーリーなどで投稿しようかなと考えています。
意見、要望、指摘、感想などございましたらお気軽にお送りください。
よろしくお願い致します。