四話 変わる人生
あれから2週間。
すぐに精密検査を受けた結果、大きな問題は見当たらないが、全身を打ち付けている為、入院を余儀なくされた。
ナコも、今回は状況がこれなので、大人しく従っていた。
状況と体に受けた衝撃から、後遺症などの心配が無いのは奇跡としか言いようがないと医師も驚いていたが、発見するのが遅ければどうなっていたかは分からないとも言っていた。
そして、今日はナコが退院する日。俺は学校があるので、終わってから既に退院したナコがいる家へ向かうことになっている。
ずっと返しそびれていた、この日記手帳も返さないとな。
放課後、真っ先にナコの家へ向かった。
「ナコ。大丈夫か?」
ソファに腰掛けているナコに声を掛ける。俺の顔を見ると突然、凄い早さで抱きついてきた。
「ごめん! ごめんなさい!! 迷惑かけちゃって……!!」
抱きつきながら、子供のように謝り、泣きじゃくるナコを見ていると安堵する。本当に大丈夫そうだ。
「無事だったなら良かった。けど、もう1人であんな無茶するなよ?」
そういうと、何故かナコは一瞬、動きを止めた。
「オミ君。ちょっと」
直後にナコのお母さんに呼ばれ、リビングを出る。
「今回は、本当にナコを助けてくれてありがとう」
深々と、頭を下げるお母さんに俺は両手を振る。
「そんな! 元はと言えば、俺がきちんと引き止めておけなかったのがいけなかったんです」
ナコに呼び出された時。俺が少しでも一緒に旧校舎へ入るか、別の言い方をしていれば、今回のことは起きなかったのかもしれない。
「その……ね。あと言っとかなきゃいけないことがあって」
「なんです?」
「あの子、衝撃であの日のことを全く覚えていないらしいの」
なるほど。だから、さっき動きが止まったのか。きっと、ある程度は医者やお母さんから事情を聞いたから、俺にお礼を言ってきたのだと思うけど。
事故の衝撃で前後の記憶が無くなるのはよく聞く話だし、あの日だけの記憶なら、あまり思い出さなくても良いだろう。
納得していると、続けて母親はこういった。
「あと……。極度の高所恐怖症になっているみたい」
「高所恐怖症?」
思わず聞き返してしまう。高所恐怖症って、高いところに恐怖を感じるあれだよな。
「そう。こっちのが、かなり深刻なの」
そう言うと、詳しく説明してくれた。
極度の高所恐怖症になってしまったナコは現在、2階にある自室でも恐怖を感じてしまうらしい。入院した時、気がついたナコは何度も担当医や、看護師に「ここは、何階ですか?」と質問を繰り返した。そして自分の病室が2階にあると認識した時、再び意識を失うほど激しい拒否反応が現れた。
確かに話を聞く限り、これはただの恐怖症では説明がつかないかもしれない。
そして、これは確実に旧校舎での出来事が影響しているのだろう。気になることはたくさんあるが優先するべきことは、2つ。
1つは2週間前の、あの日に、ナコの身になにがあったのか。
そして、もう1つは、ナコが見たというUMAの存在。UMAの存在を簡単に信じることは出来ないが、確実に旧校舎B棟には『何か』が定期的に出入りしていると見て良いだろう。
肩に手を置かれて、我に返る。
「オミ君。これはあなたの責任じゃないわ。だから、これからもあの子を、ナコを支えてあげてね」
少し今までどおりの生活はできなくなってしまったが、無事に娘が帰ってきた1人の母親の言葉に、俺は黙って頷くことで精一杯だった。
ナコの回復は順調だった。元から頑張り屋で、毎日元気を持て余しているようなやつだ。
退院の翌週から学園にも登校し、事故前と何ら変わりのない生活をしている。
しかし、どうしてもナコの高所恐怖症は一向に良くならなかった。恐怖症というのは、そう簡単に治ったりしないものだとは思うが、教室が1階なのも助かった。
俺達が学んでいる新校舎も、旧校舎と同様に4階建てなのだが、2~3階は後輩の教室。そして4階は教師が使う準備室だったり、文化部の部室だったりするので、俺達は基本的に、外と1階を出入りするだけだ。
あの事故から、ちょうど1ヶ月が経とうとした日の帰宅後。
「あっ。すっかり忘れてた」
翌日に使う教科書をカバンに詰め込んでいた時に、サイドポケットからナコの日記手帳が出てきた。
ナコが休んでいる間は、それっぽい理由をクラスの皆に話すのが大変だったし、ナコの見舞いには行っていたが、ナコが以前のように、楽しそうに話す姿を見ていたら、ついつい渡しそびれてしまっていたのだ。
俺がナコに話していたことと言えば……、そうだ。今月末に控えた修学旅行の話をずっとしていた。
あいつが学園に復帰してから今日までの約2週間は、修学旅行の計画などで忙しかったからなぁ。
「あいつもあいつで、大切なものなんだから聞いてくればいいのに」
言い訳を考えていると、ガチャっと、玄関の鍵が回った。ナコだ。
「ちょうどいい。今から返そう」
俺はナコの手帳を持って、1階へ降りる。
玄関には誰もおらず、リビングを開けると、ナコがスナック菓子を食べながらテレビを見ていた。
こちらを振り返りすらしないところを見ると、特に用事はなく、暇を持て余したからやってきたのだろう。
「ほれ。お前、これ。ずっと忘れてたから、遅くなったわ」
ソファに、もたれ掛かっているナコの頭に手帳を置いてやる。しばらく不思議そうにそれを手にとって、眺めていたナコだったが、何かを思い出したかのハッとし、俺に再び渡してきた。
「ナコ……?」
予想していなかった反応に戸惑い、ナコの顔を見る。
「これは……。私にはもう、必要ないかなって。でも、捨てちゃうのは何だかいけない気がするから……。オミ君が持っておいて」
「あ、あぁ……」
必要ない? 確かに、物心ついたときからナコは毎日、日記を付け、手帳に何かを書き込んでいた。間隔が空いてしまったからだろうか。毎日書くことに意味を見出していたかもしれない。
「持っといてって、言われても……。あっ」
部屋にずっと置いておくのもなぁと思っていた矢先、良いことを思いついた。
リビングと和室を区切っているスライドドアを開け、小さな鍵付きの箱を取り出す。
「わぁ、これ。まだあったんだね!」
覗きに来たナコが、懐かしさに声を上げる。
「もう捨てようと思ってたけど。取っておいて良かったよ」
俺が幼い頃、好きなものや大切なものを仕舞い込んでいた黒色の宝箱。成長するに連れ、特に入れるものも無くなって、ずっと空になっていた。
「これに入れときゃ良いだろ。少なくとも、何処に行ったか分からなくなるようなことは無いさ」
日記手帳を入れ、蓋を閉める。十分な大きさだ。最後に鍵を閉めよと思ったが、その鍵が見当たらない。でも盗まれるような金品でもないし、大丈夫だろう。
元にあった場所へ箱を戻す。普段、この和室は使ってないし、こういう物置的な使いみちしか無いのも、なんだか気が引けるが。
リビングへ戻ると、ナコが何かを読んでいる。また例の学生新聞かと思ったが、表紙には『修学旅行のしおり』と女子感満載の字が書かれていた。
「それ、今日貰ったやつか」
「そーだよー! あ~、楽しみだなぁ。修学旅行!」
鼻歌交じりで超ご機嫌なナコ。ずっと楽しみにしていたからな。俺も、もちろんそれなりに楽しみではある。
「そうだ! 今度の週末さ! 暇でしょ!!」
大声で話しかけてくるナコ。うーん。嫌な予感。そんな俺の返答も待たずに、ふんぞり返って、俺の幼馴染はまた面倒なことを持ちかけてくるのだった。
「修学旅行の買い物に付き合わせてあげるよ!!!」
「断る」
「即答!!???」
ぶーぶー文句を言うナコを苦笑しながら、どうせ何だかんだで一緒に買い物へ行くのだろうなぁ、と考えるのだった。
読んで頂き、ありがとうございます。
ナコのお話は一段落して、次回からは新しい子が登場します。謎を多く残したままですが、ナコ回は如何だったでしょうか。気になる方は、是非今後も読んで頂けたら嬉しいです。
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