三話 好奇心の代償
翌朝。起きるとほぼ同時にスマホが鳴る。
開けて見ると、今度はナコからだった。内容は『具合が悪いから休む』とのこと。
「あいつが病気……ねぇ」
珍しいこともあるもんだ。きっと、昨日久しぶりの学校ではしゃぎ過ぎたのだろう。
しかし、ナコが病気で学園を休んだことなんて今までであっただろうか?
学園に着いてから何となく周りを見渡すが、もちろんナコはいない。今日の天気は生憎の雨で、昨日より教室がどんよりしているように見えた。
「おはよう。……今日は、ナコさんと一緒じゃないの?」
昨日と同様に、シーナが声をかけてきた。
ナコは休みだと告げると、彼女も首をかしげて、珍しいこともあるものね。と呟いた。
「今日の夕方から明日の朝にかけて、激しい雨になる予報だから寄り道せずに帰宅するように」
担任は、それだけいうと教室を出ていった。
放課後になり、スマホを確認する。
昼休みに一応、具合はどうかとメッセージを入れたのだが、既読すらついていなかった。
ナコが学校も休むくらいだし、かなり体調が優れないのかもしれない。何か帰り道に買っていってやるかと考えていたとき、担任の教師が声をかけてきた。どうやら戻ってきたらしい。
「ちょっと良いかな? 高鷲さんのことだけど」
「あ、はい。ナコは何か言っていましたか?」
休むのならナコのお母さんが学園側に連絡をしているはずだ。大したこと無いと良いけど。
すると担任は、不思議そうな、困ったような顔をして言った。
「学園側に、高鷲さんからの連絡が無いんだよ。こっちから何度も電話しているけど、家の方にも、保護者の方も連絡がつかなくてね。君なら知っているかと思ったんだが」
おかしい。何かがおかしい。登下校の道を全力で走りながら、懸命に脳を回転させる。
スマホを取り出し、メッセージが未読のままであることと、今朝のナコからのメッセージが幻でないことを確認する。
ナコの母親に俺からも電話をしてみたが、圏外だった。確か、温泉巡りに行くとか言っていたから、その最中かもしれない。
ナコ本人にも電話をかけてみる……が、繋がらない。
嫌な予感が全身を駆け巡り、走った影響ではない、違う汗が体に纏わり付く。そうこうしている間にナコの家に辿り着く。
必死にインターホンを鳴らすが、家からは人の気配がしない。
自分の中で、様々な可能性が浮かんでは消えた。そして最悪のビジョンが浮かぶ。
「まさか……、あいつ!」
間違いであって欲しい。そう願いながら、もう一度、俺は来た道を引き返す。そんな願いをあざ笑うかのように、天気が崩れ始めた。
学園に戻って来たときには、既に本格的な雨が降っていた。
俺の目の前には、昨日も見た旧校舎。
入り口に近づくと、昨日はなかった一本の傘が置かれていた。その隣には小さなポーチもあり、中を開くと出てきたのは『水色の日記手帳』。
最悪の予想が的中してしまった。ナコは1人で、この旧校舎に入っていったのだ。傘が濡れていないところを見ると、ここ数分前に入ったわけではなく、かなりの長い時間が経っているだろう。
何かがナコの身にあったことは明白だった。
ナコは問題児だが、無謀でも、馬鹿でもない。付き合いが長いから分かってしまう。
自分にとって大事なものを、入り口に残すことで『自分の身に何かあった時、それを知らせることができる』。つまりあいつは、危険を感じて、この日記手帳を入り口に残したのだ。自分の身に、更に危険が及ぶかもしれないと感じて。
俺は、日記手帳を持って旧校舎へ入った。無事にこれをナコに届けるために。
入ってから、10分近く経っただろうか。
雨の影響もあり、中はずっと薄暗い。使われていない校舎なので電気も通っているはずがなく、慎重に進まざるを得なくなっている。
春と言ってもまだ肌寒い。怪我をして、歩けなくなっている可能性も捨てきれない。
「ナコ!! どこだ!! いたら返事をしてくれ!!!」
自分の叫び声が廊下にこだまする。もちろん返事は無い。
「クソっ。なんでこんな無駄に広いんだよ。この校舎……」
思わず悪態をついてしまう。しばらく歩き回って分かったことだが、4階建ての旧校舎は、A棟とB棟に分かれていた。正面入口があったのがA棟。それにすっぽり隠れるようにB棟が後ろにあったのだ。
つまり、例の森とA棟の間にB棟が存在していたということになる。
闇雲に探していては莫大な時間がかかってしまう。何か手がかりはないかと記憶を探っていると、昨日のナコの言葉が浮かんできた。
「あいつ確か、裏の森から校舎に入っていったUMAを見たって言っていたな……」
どこから見たのか定かではないが、『裏の森から出てきて、入るところ』を見ているなら、裏に位置するB棟の存在を知っていた可能性は高い。
俺は、急いでB棟へ向かった。
A棟とB棟を繋ぐ連絡通路があると思ったのだが、念の為、一度、入り口へ戻り、外からB棟の入口を探した。
A棟の入り口に戻った時、まだ傘は置いてあったので、先にナコが戻ったということはない。
「やっぱり……」
俺が、わざわざ外へ出て、B棟の入り口を探した最大の理由。
無残にも壊された南京錠を手に取る。A棟は入り口の扉そのものが風化して壊れており、入ろうとすれば容易に侵入できる。
だが、B棟の扉も都合よく風化して壊れているとは限らない。
次にB棟への入り方は2つ。A棟から連絡通路を渡るか、外から直接B棟へ入る地上の入り口を使うかだ。
この南京錠を見る限り、無理やりこじ開けて入ったのだろう。しかし、これで分かった。ナコは、B棟にいるということと、『南京錠を無理やりこじ開けられる何か』が入った形跡があるということだ。
ナコが南京錠を素手で破壊できるとは考えにくいので、ナコがここに来た時には既に壊されていたのだろう。
その異常性を察したナコは、一度A棟の入り口へ戻り、日記手帳を置いた。こう考えることができる。
とにかく、予想が当たっていても、外れていても、ナコが心配だ。急がなければ。
B棟の構造自体は、A棟と同じだった。しかし、大きな違いもあった。
床がほぼ木製だった。きっと、元々あったB棟にA棟を増築したのだろう。腐っている箇所もあるだろうから、細心の注意を払わなければならないが、この暗さだ。かなり危険であることに間違いはない。
ここまで来たら手当たり次第に教室を見て回るしか無い。そして1階の最後の教室を開けた瞬間。
横たわるナコを見つけた。
「ナコ!!!」
駆け寄り、ゆっくりと体を持ち上げる。
「ナコ!! おい! 大丈夫か!!」
名前を呼び続ける。すると、ようやく目が開いた。視線はしばらく彷徨っていたが、俺と目が合うと、安堵の表情を見せた。
その表情に、俺もホッとする。そうなると、周りがよく見えてくる。ナコの体にそれほど大きな外傷はないが、制服には木の破片が無数に付いていた。それだけではない。ナコが倒れていた周りにも。
不思議に思い、上を見上げると大きな穴が空いていた。ナコは、腐った木の床を踏み抜いて、落下したのだろう。
そうすると外傷より、内傷の方が心配だ。
「ナコ。動けるか。とにかくここから離れよう」
抱き上げて、なるべく揺らさないように旧校舎を後にする。
離れてからも、ナコは何かに怯えるように旧校舎の方を俺の腕の中で見ていた。
読んで頂きありがとうございます。
謎が多く残りすぎる展開。
活動報告も、読んでいただけると嬉しいです。