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夢幻の真実  作者: 巡海 恵
~高鷲奈子~
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二話 暗い影と暖かい家

 見慣れた顔ばかりの教室に入ると、すぐさまナコは仲良し女子グループの元へ駆け寄っていった。


 あんな性格だから男女ともに友人が多く、学園内でもかなりの人気を誇る。まぁ、見た目も悪くないしな。


「おはようございます。オミ君。今日もお守りが大変そうね」


「おー。シーナか。ま、こういうのは慣れだ、慣れ」


 少し棘のある声色で話しかけてきたのは戸鹿椎那とじかしいな。このクラスの絶対的な委員長だ。


 1年毎に、学級委員長を決めるのだが、このシーナさん。見た目も中身も、絵に描いたような委員長である。


 遊びっ気が無く、少し長めに揃えられた黒髪。生真面目な性格と口調。そしてメガネ。周りの推薦もあり、1年も2年も委員長を受けてくれた。たぶん今年も。


「そういうシーナさんは今日も、なんだかご機嫌斜めか?」


 それを聞いたシーナは、少しムッとした表情を見せたが、すぐにため息をついて、まぁね。と答えた。


「また、あの子が問題を起こさないか、見張らないといけないし」


 先程、ナコが入っていった女子グループの輪を見て、また、ため息。


 あのグループと言うよりは、ナコ1人のことだろう。


 実はこの2人。あまり仲が良くない。


 良くないと言ったら語弊があるのだが、楽しそうな方へ一直線に走り出し、もっと楽しくしようとするナコ。真面目な性格で、立場的にも、大勢の人間をまとめなくてはならないシーナ。


 対立とまではいかなくても、お互いどこか牽制し合っているような構図である。


「俺も楽しいことは好きだけど、あいつはたまにやりすぎるからな。また、何か手伝えることがあれば気軽に相談してくれ」


 最後の1年だし、シーナも自分のことで忙しくなるだろう。少しでも力になれたらと思い、そう言うとシーナは、こちらを見て照れながら小さな声で「ありがとう」と呟いた。


 可愛い表情もすることを知っている俺は、ついつい顔を緩めてしまう。


 そんな俺に気づいたのか、シーナは最後に


「そ、そんなのだから、みんなにお人好しだって言われて良いように使われるんですよ」


 と、言いながら自分の席の方へと歩いていってしまった。


 別に俺は良いと思うけどね。お人好しならそれはそれで。






 朝のホームルームが終わり、始業式も終え、久しぶりに会ったクラスメート達と雑談でもしようかと思っているときにナコが慌てた様子で入ってきた。


「ちょっと! オミ君! 来て、来て!!」


「お、おい。どうしたナコ。落ち着け!」


 俺の話に聞く耳を持たず、腕を掴んで教室から飛び出る。説明している暇は無さそうなので、とにかくナコに付いて行こう。






 全力で走らされ到着したのは、校舎の西に位置するボロボロの建物。


「はぁ、はぁ。ここって、旧校舎だろ? なんで、こんなところに……」


 途切れ途切れの呼吸を必死に整えながらナコを見る。


 旧校舎。何十年も使われていないらしく、手入れも行き届いていない。裏にある森の効果もあり、色々な噂が絶えない場所である。


「今朝、話したこと。覚えてるよね?」


 同じ距離を全力疾走してきたのに、呼吸の乱れが殆ど無いナコ。


 しかし、その声は緊張で僅かに震えていた。


「確か、UMAが出たとかってやつか?」


 この旧校舎の裏の森からUMAが出てきたっていう。


 俺は結局、記事も読んでいないし、何人かとクラスメートと話したが、その話題は出なかったのですっかり忘れていた。


「私……。見ちゃったかもしれない」


 その目の色は、好奇心に塗りつぶされていた。非常に嫌な予感がする。


「そうか。良かったな。よし、帰るぞ~。今日の夕飯の買い出ししなきゃな」


「ちょっと待ってー!!! 行こうよ! 私見たの!!」


 あぁ。面倒くさいことになった。どうせ、UMAっぽい何かを見たのだろう。


 まだ正午を回った所だが、ここは薄暗い。きっと、今朝の学生新聞に影響されたナコが見た白昼夢だ。そういうことにしとこう。


「もうね! こーんなくらい大きな、猿? 何かわからないんだけど、裏の森から降りてきて、ここの校舎へ入っていったんだよ!!」


 こーんな! こーんなんだよ!! と両手を、めいいっぱい広げて、アピールしてくるナコ。


 確かにこの森は広いし、野生の猿の1匹2匹はいるだろう。


「ナコ。よく聞け。それは猿だ。でかい猿。ここはあまり人も来ないし、動物達にとっては都合が良いんだ。さ、分かったら帰るぞ」


「またそんなこと言う!! もう、オミ君が行かないなら、私一人でも行くもん!!」


 勝手に旧校舎の方へ歩き出してしまったので、仕方がなくナコの制服の後ろ襟を掴む。


 ここは手入れがされてないし、いつ何時、不測の事態が起こるか分からない。更に好奇心旺盛で危機管理能力が皆無のナコだ。行かせる訳にはいかない。


 そして、今度は俺が強引にナコを引っ張って行くのだった。







 その後は2人で下校し、途中でスーパーに寄り、買い物をして帰宅したのだが、ナコはかなり俺の態度が気に食わなかったらしく、言葉数が少なかった。


 俺も反省するべきだと思ったが、昼間だったと言え、危ないことには変わりない。それに万が一、本当にナコが見たという得体の知れない生き物が居たら、危険では済まないかもしれない。


「あいつのことだ。明日になったら忘れているだろ」


 そう自分に言い聞かせるように呟いてソファに倒れ込む。寝不足な上に、予定より早くナコに起こされたので一気に睡魔が襲ってきた。


 時計に目をやると夕飯に支度をするまでは、まだ時間がありそうだ。


 よし、贅沢に昼寝でも決め込むか。






 夢の中で、誰かが言った。


 『大切なものって、何?』と。


 迷った俺は、逆に質問をした。


 『大切じゃないものなんて、あるの?』


 答えは、返って来ない。


 自分には、大切だけど、他の人にとっては、なんでもないもの。


 そんなものが、世の中に溢れている。


 考え込んでいると、不意にまた、声が聞こえた。


 『じゃあ、失わなければいけないとしたら、あなたの大切なもの? それとも』


 『大切な人の、大切なもの?』






 スマートフォンの、バイブ音で目を覚ます。長い。アラームは設定せずに寝てしまったから、電話だろうか。そう思い出すと、意識は自然とハッキリしていく。


「ん? ナコの、お母さん?」


 表示された名前を見ると、ナコの母親だった。


「もしもし? どうしました?」


 幼い頃からナコと共に面倒を見てくれた、俺の第二の母親のような存在である。


『あ、オミ君? ごめんね。寝てたかしら』


 電話越しに優しそうな、聞き慣れた声が響く。


 しかし、なぜ分かった。さすが、俺のことはお見通しってわけだ。


「いえ、大丈夫です。それよりどうしました?」


『あのね。もうそろそろ夕飯の時間なんだけど、良ければ一緒にどうかなって』


「え?」


 スマートフォンを一度、耳から離し時間を確認する。やばい、結構寝ていたみたいだ。


『もしかして、もう作っちゃってた?』


 再び声が聞こえてくる。昔はともかく、最近はナコの家で一緒に夕飯なんて無かったから驚いた。


「いえ、じゃあ、お邪魔しても良いですか?」


 今から、夕飯の仕込みを始めたら食べるのはかなり遅い時間になってしまうし、ソファで長い時間寝てしまったからか、なんとなく体が重い。ここはせっかくなのでお言葉に甘えよう。


 上着だけ羽織ってナコの家へ向かった。







 歩いて数分後。ナコの家へ到着しインターホンを押すと、ドアが開いた。迎えてくれたのはナコの母親だった。


「いらっしゃい~。また背伸びた? 男の子は、ちょっと見ないとすぐ大きくなるからねぇ! ささ、上がって、上がって」


 セリフは物凄く近所のおばちゃんっぽいが、とても若々しく見える。20代と言われれば納得してしまいそうなほどだ。


「……お母さんは、相変わらずお若いですね」


 最近話してなかったので会話のスタートにでも、と素直に思ったことを口にした。


「オミ君も女性が喜ぶお世辞が言えるようになったのね! でも、やっぱり歳には逆らえないのよ? でも、対策はしてるの。明日も、美容に効果がある温泉巡りに行く予定なのよ」


「そ、そうなんですね」


 ナコのマシンガントークはやっぱり、この人譲りだと再確認したところで靴を脱ぎ、リビングへと通される。


 ナコは、毎日のように俺の家へ来るが、その逆はもう半年ぶりくらいになるだろうか。


「もうすぐ出来るからね。あの子も、もう少ししたら降りてくると思うけど……」


 そんな話をした直後、階段からトントン。っと軽くリズミカルな音が聞こえてきた。


「ママ~。お腹空いたぁ。ご飯……」


 まだー? と、言い終わる前に俺と目が合った。ポカーンと口を開けた間抜け顔で固まっていると思ったら、今度は口をパクパクさせてこちらを指さしてくる。お、次は顔が赤くなってきたな。忙しいやつ。


「よ。邪魔してるぞ」


 軽く右手を上げて挨拶。挨拶は大切だ。人の警戒心を解くのにも使えるぞ。


「な、なんで、家にいるの……!」


 まだ混乱している様子。まぁ、雰囲気悪くなった後だしな。


「私がオミ君を呼んだの。どうせあなた達、喧嘩でもしたんでしょ」


「「えっ」」


 俺とナコは同時に、本当に何でもお見通しの優しい母親を見る。そんな俺達2人が可笑しかったのか、静かに笑う。


「ナコがね。今日は帰ってくるなりムスッとした顔で、部屋に向かうものだから気になったの。いつもは、帰ったらすぐにオミ君の話をするのにねぇ」


「まっ……、お母さん!!!」


 遂に半泣きで顔真っ赤になったナコが母親の口を押さえにかかる。


 そんな微笑ましい光景をひとしきり笑った後、ナコの機嫌もすっかり良くなったようで険悪な雰囲気になったこと、今日の学校であったこと、等の他愛もない会話をしつつ、3人で美味しい夕食を摂るのだった。

読んで頂き、ありがとうございます。

今後の展開を少しでも気になって貰えたなら幸いです!

活動報告にも投稿に関する情報を書いていく予定なので良ければたまに覗いてください。

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