87.英雄、強くなりすぎて引く手あまたになる
夜の王を討伐した、数日後。
昼休み。
俺はボブの訓練に付き合っていた。
ノォーエツからほど近い森の中にて。
「たぁああああああああ!」
全身に闘気をみなぎらせたボブが、俺にツッコんでくる。
と見せかけて、立ち止まり、強烈な回し蹴りを喰らわす。
スパァアアアアアアアアアアアン!
空を切ったそれは、真空の刃となりて、周辺の木々をなぎ倒す。
「お、やるなぁ~」
俺はスウェーバックで避けていた。
「まだまだっ!」
ボブは脇を締めて、今度は闘気の乗った拳を1000発、同時に打ち込んでくる。
ドガガガガガガガガガガガッ!
俺はその全てを手で捌く。
これはおそらくは囮だ。
目くらましのつもりで打ったのだろう。
ボブは眼前から消えていた。
殺気を完全に消している。
いい動きだ。
だが背後からの蹴りを、俺は受けとめる。
パシッ……!
「なっ!?」
「そーい」
俺はボブを天高く投げ飛ばす。
彼は空中で回転し、体制を整えて着地する。
「ぜぇ……! ハァ……! はぁ……! はぁ……! も、もうだめ……」
ばたんっ、とボブがその場に大の字になって寝た。
俺は【インベントリ】からタオルとドリンクを取り出し、ボブの元へ行く。
「うん、強くなってるよ。よく練習してるなぁ」
「ぜぇ……はぁ……あ、ありがとう、ございます……」
ボブはタオルを受け取って汗を拭く。
ドリンクをちゅーちゅーとすいながら、俺にキラキラした目を向ける。
「ジュードさん……すごすぎですっ! 前より何百倍も強くなってます!」
「そう?」
「はいっ! だって自分、ジュードさんの力で、能力が3倍になってるんですよ? その状態の自分と戦っても、まるで赤子の手をひねるかのごとくじゃないですかっ!」
俺の職業・指導者は、相手の力を6割コピーするかわりに、相手の力を伸ばす力を持っているのだ。
先日、ボブから闘気法をおしえてもらった。そのときボブは強くなっている。
「しかも吸血鬼の王を倒したんですよねっ! すごいですっ!」
「いやはや。でもなボブ、アレは決して俺の力じゃないよ。ボブと、それに竜王様の力があったおかげだ。俺だけをそんな風に持ち上げるのはおかしいぜ?」
ボブは目をキラキラさせながら、俺の手をガシッと掴む。
「強さにおごらないその姿勢! 立派です! ジュードさんは強くてかしこくて性格の良い、最高の自分の師匠です!」
「照れますなぁ。さて、風邪引かないように、そろそろ戻るか」
「はいっ!」
俺はボブとともに、ノォーエツの街へと戻る。
「ん? なんだぁ、冒険者ギルドの前が、なんだかさわがしいな」
喫茶ストレイキャットへの帰り道、ギルド会館からは、いつも以上に騒ぎが起きていた。
「活気があって良いことだなぁ」
とのんきに思っていたそのときだ。
「そこの君! まちたまえ!」
誰かに背後から呼び止められた。
そこには、黄金の鎧を身に纏った、剣士の男が立っていた。
【見抜く目】によると、【剣聖】の職業を持っているらしい。
剣聖。かなりレアな職業の一つだ。
圧倒的な剣の才能と、聖剣という万物を切り裂く剣を付与される。
「俺に何か用?」
「私はSランクパーティ【黄昏の竜】でリーダーをしている【ギデオン】というものだ」
「はぇー……。王都のギルドでトップのパーティじゃないか。なおのこと、なんのよう?」
ギデオンは俺をじっと見やると、バッ……! と頭を下げる。
「あなたがうわさの【鬼殺し】とお見受けいたしました! どうか私と手合わせいただけないでしょうかっ!」
「鬼殺し?」
聞き覚えのない単語だった。
「人違いじゃない?」
「いえっ! 私にはわかります! あなたのその身に秘める力……ただものではないと!」
竜王からもらった魔力は、キャスコの作った護符によって制限されている。
この子が言っているのは、単純に俺の所作から読み取った強さのことだろう。
「一度で良いので! 手合わせ願いたい!」
「ん。いいよ。町中だから軽くね」
「はい! では……!」
ギデオンは聖剣を抜くと、俺に向かって走ってくる。
なるほど、剣聖だけあって素早い動き。
「せゃぁあああああああ!」
彼の剣を、俺は紙一重でかわす。
最近は呼吸するかのごとく、スムーズに闘気を練るようになっていた。
昔は目で見切っていたも、体がついてこないってこともあった。
しかし今はこうして、体が想定した動きについてくる。
「なんと! 見事な! ならば!」
ギデオンは高速の連続切りを放ってくる。
「よっと」
パシッ……!
「す、すごい! 聖剣を指で受け止めるなんて……!」
ボブは今の動きが、目で追えていたようだ。
「くっ……! すごい力だ……! ぴくりともしない……!」
ギデオンは聖剣を引き抜こうとする。
俺は軽く引っ張る。
彼の手から剣がすっぽ抜ける。
反動で前につんのめる。
「ほい、返すよ。いい剣だね」
俺は柄をギデオンに向けて言う。
「手合わせ……ありがとうございました」
彼は剣を受け取ると、鞘に収める。
「いい動きだったよ。今度は町中じゃなくて広い場所でやろうぜ。その方がおまえも周りを気にして手加減しなくてすんだしな」
触れたものを絶対に切断する剣を使っているんだ。
軽々振り回したら、周りは大惨事になるだろう。
この子はそうならないよう、手加減していたわけだ。良い子だぜ。
「そこまで見抜かれていましたか……! 感服いたしました!」
バッ……! とギデオンが直角に腰を折って言う。
「お願いです! どうか、我らの師匠になっていただけないでしょうかっ!」
「ほ? 師匠?」
「はいっ! あなた様のようなお強いかたに、ぜひ指導していただけないかと!」
ギデオンがキラキラした目を、俺に向けてくる。
「だっ、だめです!」
バッ……! とボブが俺の前に立ち、両手を広げる。
「ジュード師匠は、自分の師匠です! 誰にも渡しませんっ!」
「ずるいぞ君! ジュード様のようなすごいお人を、独り占めするなんて!」
ギルドの前で騒いでいると、ドアがガチャっと開く。
「「「いたっ! 【鬼殺し】だ!」」」
「おっ、なんだなんだ?」
ギルド会館から、たくさんの冒険者たちが、津波のように押し寄せてきた。
どの子たちも、かなりの実力があることは【見抜いて】わかった。
「ジュード様! ぜひっ! おれたちのパーティの師匠になってください!」
「ばっかおまえ! ジュード様はぼくらのパーティに入るんだよ!」
「うるっせえ! おまえらみたいな弱小パーティに、吸血鬼の王を倒したって言うジュード様がはいるわけねーだろぉ!」
俺の前で、冒険者達がケンカしだした。
どうやら俺が、前回ノストラフェトゥを倒したことが、うわさになっているらしい。
「やめたまえ! ジュード様は我が黄昏の竜の師匠になるんだ!」
「ちがいますー! ジュード師匠は自分だけの師匠ですー!」
ギデオン、そしてボブが、俺の腕を掴んで言う。
「なんだと! 独り占めする気か!」
「こんなお強いひとを独占すんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ!」
軽く暴動になってしまった。
ふぅむ、どうしよう……。
「あのぉー……」
と、そのときだった。
「こらー! なーにやってるんですかぁあああああああ!」
「「「ギルドマスター!」」」
ギルド会館の奥からやってきたのは、冒険者ギルドのギルドマスター・【ユリア】だった。
「おお、ユリア」
「皆さん周りに迷惑ですよっ! 静かにしてくださぁい!」
ギルマスのユリアが、ぷりぷりと怒る。
すると冒険者達はシュン……と肩をすぼめて、ユリアの前に並ぶ。
「まったく! 言ったでしょう? ジュードさんは特級冒険者。誰のパーティにも所属しないかただってっ」
俺は一応冒険者登録している。
それはかつて、ユリアから直々に、ギルドの力になって欲しいからと頼まれたからだ。
そのかわり、ギルドが手に負えなくなった依頼のみを受けるという条件付だった。
別に俺はどんな依頼もこなそうかと言ったんだけど、俺の生活を守るために、ユリアがそう提案してきたのである。
「け、けどギルマス……こんなにも強いお人を、フリーにしておくのはギルドの……いや、国家の……いや、世界の損失ですよ……?」
ギデオンが言うと、冒険者達がそうだそうだ! と続く。
「いやいや、言い過ぎだってきみら……」
「まあその意見が正しいことは認めます」
認めるんかい。
「しかしジュードさんにはジュードさんの生活があります。こちらは無理を言って冒険者になってもらっている身。それ以上の負担をかけるわけにはいかないんです。前にも説明したでしょう?」
「「「ええー……でもぉー……」」」
「でもじゃないっ!」
キッ……! とユリアがにらみつける。
「いいですか、ジュードさんは素晴らしいひとです。最高の冒険者といってもいい。しかし本業は別にあるのです。我々は彼にどれほど助けられているか? これ以上わがままを言ってはいけないのです。わかりましたか?」
「「「…………」」」
「返事っ!」
「「「ふぁーい……」」」
渋々と、冒険者達がうなずく。
「ジュードさん、うちの連中がご迷惑をおかけしました。申し訳ないです」
ギルマスが深々と頭を下げてくる。
「気にすんなって。いつも手間かけさせてごめんな」
「手間なんてそんな……あなたにしてもらっていることと比べたら、微々たるものですよ」
「いやはや。しかし、あいつらに悪いことしちゃったな」
「いいんです。全部受けたらあなたがまともに生活できなくなりますよ?」
「え、そんなに?」
うんうん、とユリア、そしてボブがうなずく。
「ジュード師匠の強さにひかれて、師事したいってかた多いです」
「パーティに入って欲しいって依頼が、毎日山のように来てますよ……」
「えー……うそぉ?」
「「ほんとですよっ! ちょっとは自分の強さを自覚してください!」」
なんだか知らないが、ふたりに怒られてしまったのだった。
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