86.英雄、吸血鬼の王すら一撃で倒す
竜王ドーラのもとを訪れてから、2週間ほどが経過した。
ある夜の出来事だ。
「あ……」
俺がベッドに横になっていると、ふと、敵の気配を感じ取った。
「ジュードさん? どうしたのかや?」
俺の胸板に頬を乗せていたハルコが、空色の目を俺に向けてくる。
お互いしっとり汗をかいている。
ほてった体は春の日差しのようで実に心地よかった。
「ごめん、ハルちゃん」
「あー……もしかして、敵ですか?」
ハルコが一瞬で、全てを悟ったような顔になった。
「ほんとにごめんね。ムードぶち壊しで」
「いえっ! 気にしないでください。慣れてますからっ!」
俺が気にしないように、ハルコが満面の笑みを浮かべる。
この状況になれさせてしまった。申し訳ない。
「よいしょっと」
ハルコが体を起こす。
ばるんっ、とその白く大きな乳房が揺れた。
ベッドの毛布で、裸身を隠す。
俺は素早く起き上がり、衣服を身につける。
「ハルちゃん、いってくるよ」
「はい。あの……ええっとぉ~……」
ちらちら、とハルコが期待のまなざしを、俺に向けてくる。
俺はハルコに近づいて、口づけをかわす。
「あんま遅くならないよう気をつけるね」
「は、はひぃ~……♡」
熱したヤカンのように、ハルコは顔を真っ赤にする。夢見心地の表情で、ベッドにふぁさ……と倒れた。
俺は窓枠に足を乗せると、一気に跳ぶ。
【索敵】スキルによると、街から数十キロ離れた地点に敵が居る。
俺のいた街へ向かって移動してるみたいだ。
【高速移動】スキル、そしてつい最近手に入れた【新しい】スキル。
その二つのおかげで、数十キロをものの数分で走破した。
そこは深い森の中だった。
月明かりだけが周囲を照らしている。
常人では視界が不明瞭すぎるこの環境。
ひゅっ……!
パシッ……!
『ほぅ、今の一撃をかわすとは。やるではないか』
「そりゃどうも。目が違うんでね」
俺は手に持っていた【矢】を手放す。
それは漆黒の矢だ。
地面に落ちると同時に、霞のように消えた。
森の闇の奥から、何かがうごめく。
ずぉっ、と影から、1人の男が出てきた。
『この我、【夜王ノストラフェトゥ】の気配に気づくとは。人間にしては、なかなかできるみたいではないか』
漆黒のマントを羽織り、とがった耳をしている。
周囲にコウモリを侍らすそいつは、【吸血鬼】だった。
「吸血鬼さんが、俺に何のようだ? 悪いが俺は美女じゃあないんだけど?」
『用事があるのは貴様の魔力だ。……貴様、【竜王の加護】を受けているな?』
「あらら、ばれてるか。魔力を普段は抑えてるつもりなんだがなぁ」
『並の魔物なら気づかぬだろう。見事な隠蔽の術だ。……しかし、この夜王ノストラフェトゥには通じぬ』
大賢者キャスコの防護魔法により、魔力を抑えるようにしていたのだが。
どうやらこの吸血鬼は、一際、魔力を探知する力に優れているらしい。
「で、俺に何の用事だ?」
『決まっておろう。貴様が帯びているその竜王の魔力、この我がもらい受てやろうと思ってな』
自信たっぷりに、ノストラフェトゥが言う。
「うーん……」
『なんだ? 怖じ気づいたか?』
「あ、いや。おとなしく帰ってくれないか?」
『これは異な事を言う。人間ごとき下等種の命令に、この夜の王たる我が言うことを聞くとでも思っているのか?』
「あ、いや。命令とかじゃなくて、やめといたほうがいいぞ。勝てないと思うし」
ビキッ……! とノストラフェトゥの額に青筋が浮かぶ。
『よ、よもや貴様……。虫けら同然の分際で、高貴なるこのヴァンパイアを挑発しているのか?』
「いいや、挑発なんてしてないよ。事実を述べてるだけだ。俺には……ああいや、今の俺には、勝てないよ、あんた」
『……減らず口を!』
ごぉ……! と吸血鬼の体から、闇が噴出する。
それは数え切れないほどのコウモリだった。
『ゆけ! 我が眷属達よ! あの思い上がった下等種を食い尽くせ!』
ずぉおおおおおおおおおおおお……!
まるで津波のごとく、莫大な量のコウモリ達が、俺の体に殺到する。
コウモリ達に囲まれて、俺はあっという間に、黒い波にのまれた。
『そやつらはただのコウモリではない。1匹がSランクに相当する王蝙蝠。無数のそれらに飲まれてしまえば、貴様が多少強さに自信があろうと即死よ……』
と、そのときだ。
「すぅー……はぁー……よぉし、いくかぁ」
俺は竜王様からコピーした能力を、解放する。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
『な、なにぃいいいいいいいいいい!?』
俺の体から、炎が噴出する。
それは巨大な炎の柱となって、王蝙蝠の群れを一瞬で消し炭にした。
『え、Sランクの王蝙蝠の大群を消し飛ばすなど! それは……まさか【竜王の焔】!』
「そう、ドーラからコピーした能力のひとつだよ」
遡ること2週間前。
竜王ドーラから、俺は求婚された。
もちろん可愛い恋人達に不義理をするわけにはいかなかったので、断った。
代わりに熱烈なキス、そして俺の仲間となることを提案してきた。
俺の職業【指導者】としての能力が発動。
竜王の力の6割を、俺はコピーした。
結果、竜王の持つ莫大な魔力。
そして、彼女が使っていた竜の炎の能力を、こうして手に入れた次第。
『し、しかし所詮は蝙蝠の群れを消しただけ! この我の! 夜の王の実力を思い知る通い!』
ノストラフェトゥは霧のように消える。
かの夜王の動きは、俺の【見抜く目】がハッキリと捉えていた。
刹那にも等しい時間で、やつは俺の背後を取り、首を手刀で切り飛ばそうとする。
ブンッ……!
スカッ……!
『んなっ!? ば、ばかな!? 今のを避けるだとぉ!?』
俺はさっきまで立っていた場所から、数メートル離れた場所に立っている。
俺の足下には、炎の直線ができていた。
『い、一体何をした!?』
「竜王の焔を使ったんだ。これ、範囲攻撃だけじゃなくて、移動の際の推進力にも使えるんだぜ。こんなふうにな」
足下から一瞬だけ、竜の炎を出す。
それは凄まじい推進力を産み、ノストラフェトゥへと神速で近づく。
がら空きの土手っ腹に、俺は勢いの乗った拳をたたき込んだ。
ドゴォオオオオオオオオオオオン!
『ぐあぁああああああああああああ!』
ボールのように容易く、ヴァンパイアは吹っ飛んでいく。
『ばかな! バカなあり得ない! あり得ないぃいいいいいいいいいい!』
ノストラフェトゥは空中で翼を広げて、滞空する。
『この最強の吸血鬼たる我は! 体を闇で構成している! なのにどうして物理攻撃が喰らうのだ!』
「なんか、竜の炎ってどんなものも焼き尽くす効果があるらしくてさ。」
俺の拳には、竜王の焔が纏っている。
この状態ではあらゆる相手にダメージが通る。たとえ、物理無効の相手だろうとね。
『く、くそぉ! こうなったらっ!』
バッ……! とノストラフェトゥが両手を空中に掲げる。
見抜く目によると、闇属性の極大魔法を使うらしい。
通常、極大魔法には長い詠唱が必要とされる。
あの賢者さまも、打つまでにタメがひつようだ。
しかしさすが夜の王。
ほとんど詠唱もなく、極大魔法を完成させる。
『闇に飲まれろ! 【冥府魔道葬】!』
一瞬にして、地面が消失する。
否、足下が闇へと変化したのだ。
キャスコから聞いたことがある。
底なしの闇の沼へと代える、極大魔法だ。
それだけではない。
ずぉおおおおおおおおおおおお……!
冥府のそこから、亡者どもの無数の手が、俺に絡みついてくる。
対象をつかみ、地の獄へと送り込む……凄まじい魔法だ。
『はーーはっはっ! 所詮は人間! この夜の王たる我には勝てぬのだよぉおおおおおおおお!』
「いや、そんなことはないさ」
俺は竜王の焔を、ほんのちょっぴり……強めに使う。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
冥府の闇と化した地面を、一瞬で焦土へ代える。
『へひ……?』
ボッ……!
それどころか、上空にいたノストラフェトゥすらも、一瞬で消し炭に代えた。
断末魔をあげるいとまもなく、夜の王は消滅。
めちゃくちゃでかい炎の渦は、消えるまでにかなりの時間を要した。
「うーむ……SSランクを一瞬で消し飛ばすとは」
何はともあれ、ノストラフェトゥを撃破したのだった。
☆
後日。冒険者ギルド、ギルド長の部屋にて。
「ジュードさん、実は恐ろしい敵の目撃情報があります」
「おう、なんだい?」
「数日前、数十キロ先の森で、恐ろしいまでの炎の柱が上がったんです。それは森と山を一瞬にして溶かしたそうです」
「ああ、うん」
「その後森と山は何者かの手により戻ったのですが……やばいです。やばすぎる敵が現れました」
「それ、俺」
「しかも目撃情報によるとSSランクのノストラフェトゥすらもその炎で一撃で……って、えぇええええええええええ!? またジュードさんなのぉおおおおおおお!?」
「キャスコの魔法で戻してもらったけど、何か問題あった?」
「ありまくりだよ! なんなのあのアホみたいな馬鹿火力は! 異常です! 今まで以上にあなた異常になってますよぉおおおおおおおおお!」




