84.英雄、竜王から婚約を迫られる
ロゼの母、竜王と戦った。
それから数分後。
「はぁ~……立派なお城だなぁ。ここがおまえの家なのか、ロゼ?」
俺は、眼前にそびえ立つ【それ】を仰ぎ見ていう。
すべてが紅玉でできた、絢爛豪華なお城だ。
「おう! 母上の城だ!」
「はぁん。しっかしこのお城が、まさか竜王様の右目の中とはねぇ」
竜王とのバトルの後。
話があるといって、彼女は右目を発光させた。
その光に包まれた俺、キャスコ、ロゼは、彼女の母の右目の中へと取り込まれたのだ。
目の中だというのに、そうは感じさせない。
砂漠のような場所に、ぽつんと立つのがこの紅の城だ。
「どういう原理なんだ、キャスコ?」
「……ここは【竜の目】という、外界と切り離された異空間を作る魔道具の中です」
「俺たちの【ステェタスの窓】が持つ【インベントリ】のなかみたいなもん?」
そうだ、とキャスコがうなずく。
「……書物によると、竜の卵はここで孵化するまで育てられるそうです」
「ふぅむ、なるほど。竜王の娘と知れば、卵を狙う不埒な輩も多いだろうからなぁ」
と、そのときだ。
『そのとおりだ、ジュード』
どこからか、竜王の声が聞こえてきた。
『お前を呼んだのは他でもない。私はお前と話がしたいのだ。その城の謁見の間にて私は待つ』
「ん。おっけー。いこっか、ロゼ」
「おう!」
俺とロゼは、城へ向かって歩き出す。
キャスコはその場に立ち止まる。
「心配ないって」
「……しかし、相手は知性があるとは言え魔物。しかも竜王です。うかつな行動は控えた方が……」
「だーいじょうぶ。俺の目を信じてくれ」
竜王は確かに魔物かも知れない。
けれど拳を交えてわかったのは、ロゼも、彼女の母親も、無差別に人を襲うような心まで魔物な存在ではないと言うことだ。
「……そうですね」
ふっ……とキャスコが安心したように笑う。
「……信じます。大好きな、あなたのことを」
キャスコは俺の元へやってきて、腕にしがみついてくる。
俺たちはロゼに道案内してもらい、城の中を進んでいく。
壁や天井など、すべてが紅玉でできていた。
廊下には壺など、装飾華美な芸術品が展示されている。
「豪華な部屋だなぁ。全部おまえの母ちゃんのか?」
隣を歩く、ロゼに尋ねる。
「おうとも! 母上は宝石が好きなのだっ」
「なるほど、ドラゴンは宝石が好きって言うしなぁ」
廊下を歩いて行くと、やがて巨大な扉のある部屋の前までやってきた。
扉を開けると、広いホールのような場所があった。
「はえー、黄金の山だ」
部屋のあちこちには、金銀財宝が、あちこちに山積されている。
「……どれも一級品のアイテムや宝石のようですね」
キャスコが目を丸くして言う。
「それで、ロゼ。お前の母ちゃんは?」
「あそこにいるぞっ! おーい、母上~!」
奥には、一際大きな黄金の山があった。
その頂に、一人の女性が座っていた。
「人間? あれが母ちゃんか?」
「おう! どうだ、きれーだろっ?」
「ああ。すんげえ美人だな」
黄金の椅子に座るのは、20代くらいの、人間の姿をした女性だ。
側頭部からは2本の角。これはロゼと同じ。
目を引くのは、燃えるような真っ赤な、ウェーブのきいた長髪。
そして、めちゃくちゃデカいその胸だった。
ハルコもかなりの巨乳だ。
しかしロゼの母親は、それ以上にデカかった。
かといって太っているわけではない。
腰はくびれ、手足はすらりと伸びている。
赤いルージュが惹かれ、細められた黄金の瞳からは、大人の色気を感じたね。
「この人が竜王か。はぁ、めちゃくちゃ美人だなぁ」
「そうだろうそうだろうっ。母上はちょー、美人だっ!」
うんうん、とロゼが誇らしげにうなずく。
「…………」
一方でキャスコは、額から汗を流していた。
「大丈夫か?」
「……はい。なんとか」
キャスコは体を震わせていた。
寒いわけではない。おそらくは、竜王が怖いのだろう。
俺はキャスコの細い体を、きゅっと抱きしめる。
「安心しなって。な?」
「……はい♡」
俺はキャスコを離し、頭をくしゃっとなでる。
俺はロゼとともに、竜王の元へと向かう。
「……凄まじい、魔力の波動です。まるで、嵐の中にいるかのようです」
彼女が人間姿になっても、内包する魔力の苛烈さは変わらない。
竜王の発する魔力量は、とんでもないものだった。
やがて俺たちは、竜王の足下までやってくる。
「母上! ただいまかえった!」
ロゼが元気よく、帰還の挨拶をする。
竜王は玉座に座った状態で、口を開く。
「おかえりロゼ。そして、初めまして、人間ども」
ロゼの母親が、俺とキャスコを見て言葉を発する。
「初めまして、竜王さま。俺はジュード。この子はキャスコ」
「……くっ!」
キャスコがガクンッ、と膝を折る。
脂汗が浮かんでおり、荒い呼吸を繰り返す。
「へぇ、今ので気を失いなわないなんて、たいした子だね、その娘」
竜王は愉快そうに目を細める。
俺はしゃがんで、キャスコに回復魔法をかける。
何をされたのか、【見抜く目】で確かめる。
「なるほど、竜王の言葉ひとつひとつに、魔力が宿っているんだな」
前にキャスコが言っていた。
高次元の存在になればなるほど、魔法を自然体で使うと。
俺たちみたいに呪文を唱えずとも、意味の無い言葉を発することだけで、そこに魔力が宿り、魔法をなすと。
「そのとおりだよ坊や。ふふっ♡ いい目をしてるね。私の攻撃を避けれたのもうなずけるよ」
「そうだぞ! 母上。ジュードはすごい男なのだっ! えっへん!」
「良い子を選んできたじゃないかいロゼ……。さて、と」
パチンッ! と竜王が指を鳴らす。
突如、キャスコの周囲に、紅玉色の結界が張られた。
「……ふぅ」
キャスコは、先ほどとは打って変わって、安らかな表情になった。
「ありがとうな、竜王さま。この子を気遣って、結界を張ってくれて」
「いつまでもそうしてると話が進まないからね。しかしジュード……ジュードか。いい名前じゃないか」
竜王は玉座から立ち上がり、一歩踏み出す。
黄金の山から、自由落下する。
着地の動作をなにもしていないのに、音もなく床に足をついた。
こつ……こつ……とヒールをならしながら、竜王が俺に近づく。
彼女は髪の毛と同じ、真っ赤なドレスを……って、違うな。
「綺麗なドレスだな。炎で作られてるのか?」
「ご明察。さすが、お目が高い」
竜王はクツクツと笑いながら、俺の目の前までやってくる。
そして……スッ、と膝をついた。
「か、母様が……跪くなんてっ!」
「……信じられません。ランクSSS-の竜王が、人に頭を下げるなど」
ロゼとキャスコが、びっくりていた。
「私の価値基準はひとつ、強さだけだよ。私は強い物が好きだ。強い物には、敬意を払う。特に、竜王に勝った人間となればなおさらな」
竜王は頭を下げた状態で言う。
「私は灼竜帝【ドーラ】。ロゼの母だ。強き男よ、まずは貴様を試すようなマネをしてしまったこと、謝罪しよう」
「いやいや、頭を上げてくれよドーラさん。自分の娘が見知らぬ男と一緒にかえってきたら、悪い大人に捕まったって思ってしょうがないさ。人の親だもんな」
ドーラは目をしばたたかせると、口の端をつり上げる。
「くくく……あーはっはっは! なるほどなるほど……確かに良い男だ。気に入った!」
ドーラは立ち上がり、大輪のバラのような、気品と色気を兼ね備えた笑みを浮かべる。
「ロゼ。いい男……いや、最高のオスを選んできたね。やるじゃないか」
「えへへっ♡ そうだろうそうだろうっ?」
ドーラはロゼの頭を、ぐしゃぐしゃとなでる。
綺麗な御髪が乱れても、ロゼはうれしそうに笑っていた。
「ほんと、坊やはたいした男だ。竜王を前にして、涼しい顔をしている人間なんて、古今東西、坊やただ一人だよ」
「そうなのか、ドーラ?」
「ああ。普通は私を見て失神するか、そっちの可愛いお嬢さんみたいに、立っているのもやっとになってしまう。それほどまでに、私に宿る魔力は膨大なのさ」
ドーラはパチンと指を鳴らす。
背後の黄金が溶けて、足下に広がる。
やがてそれは隆起し、形を、テーブルと椅子に変える。
「まぁ座りなよ。話をしようじゃないか」
ドーラに促され、俺たちは腰掛ける。
「さて、坊や。話はだいたいわかっているよ。うちの娘が迷惑をかけたね」
「いやいや、迷惑なんて思ってないよ。ドーラの娘さんは、元気があって良い子だな」
「うぇへへ~♡ だろ~♡」
俺の隣に座るロゼが、ふにゃふにゃと笑う。
「うちの子を届けてくれてありがとね坊や。この子ってば目を離した隙に、この城から出て行ってしまってね」
「だって母上が、ベヒモスを倒した強い男がいるぞって言うから~……」
しゅんっ、とロゼが肩をすぼめる。
「ベヒモス倒してすまなかったな。あんたの仲間だろ?」
「気にする必要はないよ坊や。私たち魔物の絶対の法則は【弱肉強食】。弱い物は負けて死ぬ。それは当然の理なのさ。それにベヒモスは人を襲うなと厳命しておいたのに、人里を襲ったんだ。報復を受けても致し方あるまい」
ドーラは、俺が同族を殺したことに対して、怒りも恨みも抱いていないようだ。
「さて、じゃあこれからの話をしようじゃないか」
「これから?」
「そうさ。なぁ坊や」
ドーラはフッ……とその場から消える。
気づいたら、俺の目の前にいた。
テーブルに腰掛けて、長い指先で、俺の顎をクイッとあげる。
「私の……旦那にならないかい?」
「「だっ、旦那ぁ~!?」」
キャスコとロゼが、そろって目をむく。
「ど、どどどどういうことだっ、母上! ジュードはわれのお婿さんだぞっ!」
「……いいえっ。ジュードさんは私とハルちゃんのお婿さんですよっ!」
ふたりが左右から、俺の腕を引っ張って言う。
「言っただろ? 私は強いものが好きだ。ジュード、おまえはこの竜王を下した。私は生まれてこの方、誰にも負けたことがなかった。同族、英雄と言われた人間、そのほか諸々……」
ドーラはうっとりとした表情で、俺の頬をなでる。
「初めてお前に負けたとき、私は本能で理解した。目の前の強いオスの子供を産みたいと」
彼女は美しい顔を、俺に近づける。
「ジュード。おまえは素晴らしい。ぜひとも私をおまえの女にさせてくれ」
ドーラが俺にキスしようとする。
俺は彼女の手を掴んで、言う。
「すまんなぁ。申し出は大変嬉しいんだけど、俺には可愛い恋人がふたりもいるんだ。彼女たちに不義理はできないよ」
ドーラは目を丸くするが、ニッ……と微笑む。
「真面目な男だ。が、おまえのその性格、嫌いじゃない。ジュード、婿になってくれ」
「無理だってば。だいいち、あんたにも旦那さんがいるんだろ?」
そうでなくちゃ、娘のロゼが生まれるわけ無いからな。
「私のつがいは人間に討伐されてしまってね。この世にはいないんだ。ジュード以外に負けるなんて、軟弱な男だ」
ふぅ、と悩ましげにドーラがつぶやく。
「旦那を殺されて、人間に恨みを抱かないのか?」
「ない。言っただろう? 私たちは弱肉強食のルールの中で生きている。負けてしまったのは元旦那が弱かったからだ。それは自己鍛錬を怠った己の責任。他人を恨むなんてお門違いさ」
どうやら俺と、長い年月を生きる魔物とでは、価値観はまるで異なるらしい。
「竜王を倒した最も強いオスであるおまえが、大変気に入った。ぜひともおまえの子が欲しい」
「それは……」「「だめー!」」
むぎゅーっ、と左右の美少女達が、俺をかばうように抱きしめていう。
「……ジュードさんは、私の大切なひとです! だれにも渡しません!」
「そうだ! いくら母上といえど、ジュードのような強く賢い最高の婿候補を、渡すわけにはいかないっ!」
ふーっ、と美少女二人が犬歯をむく。
「ジュードほどの強いオスだ。おまえに惹かれるメスが多いことは重々承知している。良いじゃないか、一夫多妻で暮らせば」
「……だめですっ。これ以上ジュードさんを狙う女の子は増やしたくありませんっ」
「威勢の良いメスだね。嫌いじゃない。お嬢さん、私の女にならないかい? 性別は気にしない質だよ私は」
「……断固お断りですっ! 私は身も心も、ぜーんぶ、ジュードさんに捧げてますのでっ!」
竜王を前にして、キャスコは一歩も引いていなかった。
そんなにも俺のことを愛してくれているのか。うれしいなぁ。
「母上はこの城から出られないではないかっ。どうやってジュードと暮らすというのだっ?」
「そうなの?」
ドーラはうなずく。
「見ての通り本体の私は巨大でねえ。人里に降りることはまず無理だ。今この体は、魔道具の中で作られた仮の体。そこへ本体の意識を投影しているだけに過ぎない」
「つまり、今の人間の体でいられるのは、この城の中だけってことか?」
「ご名答。さすが坊や、賢いね。大好きだ♡」
「……息をするかのように告白しますね、この女っ」
キャスコが柳眉を逆立てていう。
「仕方あるまい。ジュードは魅力的で素晴らしいオスだからな」
「……そこは全面的に同意しますっ。ジュードさんほど素敵なひとはこの世にはいませんよねっ」
意気投合するドーラ達。
いやはや、照れますね。
「話を戻すけど、この姿の私はここからでれない。だから坊や、ここで一緒に住まないかい? そうすればここの金銀財宝は全て、おまえのものだ」
この城も、そしてこの部屋にある財宝も、売れば莫大な富を得られるだろう。
「すまねえなぁ。いらないよ」
「ほぅ……どうしてだい?」
「俺は金には無頓着なんだ。それに、あんたが頑張ってため込んだ大事な宝を、俺みたいなよそ者が取っちゃだめだろ?」
それを聞いたドーラは、目を♡にすると、ガシッ! と俺の両肩に手を置く。
「え?」
ぐいっ、とドーラは俺を押し倒し、腹の上にまたがる。
「ジュード。おまえが悪いんだぞ♡ おまえが……そんないい男であるのが悪いんだ……♡」
「……竜王が、発情しています! ジュードさんのオスとしての魅力に心を打ち落とされて!」
まじか。
ボッ……! とドーラの炎のドレスが消える。
俺の腹の上には、とんでもなく美しい裸身の美女がいた。
「さぁジュード。おまえをくれ♡」
「いやぁ、それはちょっと……」
「たのむ、私を伴侶にしてくれっ♡」
……その後、ドーラを説得してどけるまでに、小一時間くらいかかったのだった。




