82.英雄、竜王の娘を連れて帰る
竜王の娘、ロゼが俺の元へやってきた、数十分後。
俺は自宅兼喫茶店の【ストレイキャット】へと帰ってきた。
からんからん♪
扉を開けると、ドアベルが鳴った。
「おとーしゃんっ。おかえり~♪」
金髪の幼女タイガが、笑顔で俺の元へかけてくる。
「ハッ! ……おとーしゃん、その女……だれっ?」
タイガが隣に立つロゼに気づく。
そう言えば年の頃は、同じくらいの見た目だな。
「われはロゼ! りゅーおーのむすめにして、ジュードのよめだ!」
「なっ、なんだってー!?」
タイガがびっくり仰天して叫ぶ。
ふふん、とロゼが胸を張る。
「おとーしゃんっ、どーゆーことですかっ!」
タイガが飛び上がって、正面から抱きついてくる。
俺はタイガをよいしょと抱っこする。
「俺に用事があってきたお客さんだよ。お嫁さんどうのこうのっていうのは、冗談さ」
「なぁんだ、そーゆーことですかっ。あたち、安心しました」
ほぉー、とタイガが安堵の吐息をつく。
「ちょっとおまえ! ジュードからはなれろ!」
ぐいっ、とロゼがタイガの尻尾を引っ張る。
「痛いっ! んもー! なにすんのー!」
涙目のタイガが、俺から降りて、ロゼに犬歯を向く。
「ひとのしっぽ引っ張っちゃだめだって、ならわなかったのっ?」
「そんなのわれは習ってないもんっ。だってわれはりゅーおーの娘だもんっ」
「おとーしゃんっ、こいつ……ひじょーしきさんだっ!」
「非常識ってなにっ! けんかうってるのかっ? このぉ!」
ふたりが取っ組み合いのケンカを始めようとする。
「こらこら、ケンカはよくないぞ。ロゼ、尻尾はデリケートな部分なんだ。急に引っ張ったら痛いってなるんだよ」
「え、そうなのか?」
「そーですっ。痛かったっ!」
「ほらな。ロゼ、謝りなさい」
「……ジュードが言うなら、わかった。ゆるせ」
「うぅ~……それ、ぜったいあやまってないと思いますっ!」
タイガが俺の後ろに隠れて、ふしゃー! と牙をむく。
「あ! なにしてるっ。ジュードはわれのものだっ。はなれろー!」
ロゼがタイガに近づいて、ぐいーっと尻尾を掴んで引っ張る。
「ふぎゃー! おとーしゃんっ、またこいつひっぱってきたっ。こんにゃろー!」
タイガはロゼの髪の毛を引っ張る。
ふたりがケンカを始めようとしたので、俺はふたりの服の裾を掴んで離した。
「「こいつ……嫌いっ!」」
「ふぅむ……どうしたもんかね……」
そんなふうに対処に困っていた、そのときだ。
「ジュードさん、店先でなにしてるのかや?」
「……騒がしいですよ。もう、お客さんがいないからって」
俺の恋人達が、店の奥からやってきた。
どうやら在庫のチェックをしていたらしい。
「その可愛らしい女の子は、だれやか?」
ハルコがロゼを見て尋ねてくる。
「この子は……」「ロゼ! ジュードのよめだっ!」
ピシッ……! とハルコの表情が固まる。
「……へぇ」
ピキピキッ、とキャスコの額に、青筋が浮かんでいた。
「……そうですか。恋人ふたりでは飽き足らず、4人目に手を出したのですね?」
「キャスコ、何言ってるんだ。違うって」
「……ではこの子とあなたの関係は? 私やハルちゃんというものがありながら、よそで女を作っていないと証明してください」
ハイライトの消えた目で、キャスコが詰め寄ってくる。
「くすん……ジュードさぁん……おら……飽きちゃったのかや……?」
今にも泣き出しそうな顔で、ハルコが俺に近づいてくる。
「いやいや、だから違うって。みんな、とりあえず落ち着こう。な?」
☆
俺たちはいつもの、窓際の席に移動。
ふたりにコーヒーを、子供達にはココアを入れる。
そしてハルコとキャスコに、今朝の出来事のあらましを語った。
「「なぁんだ……」」
ほっ……とふたりが、安堵の吐息をついた。
「そうだよね! おらの大好きなジュードさんが、浮気なんてしないもんっ」
「……ジュードさんが、またいつもの調子で女の子を無自覚に惚れさせてきたのかと勘違いしました」
「いやいや、いつ俺が女の子をほれさせてきたことがあるんだよ」
「「……ふぅ」」
ふたりが悩ましげに吐息をついた。
「……無自覚とは、恐ろしいものです」
「で、でもしょうがないよね。ジュードさんかっこいいし、素敵だし……おらみたいなダサい田舎女には、不釣り合いの最高の人だから……」
「ハルちゃん、そんなことないよ。君は素敵だって。最高の女性だよ」
「ふへ……♡ ふへへ~♡ ジュードさん……好き……えへへへ~♡」
いやんいやん、とハルコが身をよじる。
「……ところでジュードさん。竜王の娘を、どうするのですか?」
キャスコがロゼを見やる。
「おいこれはなんだっ。あまくてとってもおいしいぞっ!」
ロゼがココアを飲んで、目を丸くしている。
「ふふーん! それはおとーしゃんがいれた……最高においしーココアです!」
「なんとっ。ココアとはっ。ココアとはなんだっ?」
「ココアは……ココア!」
「そうか! ココア! ジュード、うまいぞ! おまえのいれたココア……最高!」
「そりゃ良かった良かった」
俺はロゼの頭をなでる。
彼女はうれしそうに目を閉じて、俺に身を預ける。
「ロゼ。お母さんのところに帰らなくて良いのか?」
「いいっ。竜の女たるもの……ほしいものをみつけたら、自分のものにするまであきらめるなって、母上に言われてるからな!」
「欲しいものって、俺のことだろうか?」
「……でしょうね。まったく、あなたの魅力には困ったものです。こんな幼い子供すらも虜にするんですから」
ふぅ、とキャスコが悩ましげに吐息をつく。
「しょうがないよキャスちゃん。ジュードさんとっても素敵だもん」
「……それは全面的に同意しますが、少しは控えていただかないと。キャスコは拗ねてしまいますよ」
つんっ、とキャスコがそっぽを向く。
「ごめんって」
俺はキャスコのふわふわとした髪の毛をなでる。
キャスコは微笑むと、顔を近づけてきて、軽くそして素早く、チュッ……と唇を重ねてくる。
「もうっ♡ いつだって、謝ればキャスコは許すと思っていたら、大間違いですよ~♡」
「きゃ、キャスちゃん……だいたん……すごいだに……」
ハルコが顔を真っ赤にして言う。
「……あら? ハルちゃんもこれくらいしていいんですよ♡」
「うえっ!? そ、そんな……は、はずかしいよぅ~……」
くねくね、とハルコが両手で頬をつつんで言う。
「……話を戻しますと、竜は確かに己の欲するものは、必ず手に入れようとします。ジュードさんが目標物となった以上、この子は本当にお嫁さんになるまで帰らないと思いますよ」
賢者様の見立ては、そのとおりな気がした。
「ロゼ、おまえ勝手に出てきたんだろ? お母さんさみしがってるかもだぞ」
「だいじょうぶだろっ」
「そうかなぁ……」
と、そのときだ。
「だめっ!」
タイガが真剣な表情で、ロゼをしかる。
「ぬ? なんでだ?」
「だって……かってにいなくなったら、心配です。かなしーです」
天真爛漫なタイガが、暗い表情を見せた。
……そこに、思い当たる節があった。
タイガは孤児だ。
母親は彼女を産んですぐに、死んでしまった。
親という大切なひとが、前触れもなく、この世から居なくなってしまったときの気持ちを……この子は誰よりも知っているのだろう。
「タイガ。おいで」
「ん……」
俺はタイガをよいしょ、と抱っこする。
彼女は俺の胸に顔をうずめ、きゅっと抱きしめる。
「辛いこと思い出させちゃったな。ごめんな、タイガ」
「……ううん。だいじょうぶっ」
タイガは顔を離すと、すぐまたニパっ、と明るい笑みを浮かべる。
「タイガさん……強いのでっ!」
「そうだなぁ。タイガさんは、強いな」
わしゃわしゃ、とタイガの頭を俺がなでる。
タイガは嬉しそうに尻尾をゆらして、俺の体にぎゅっと抱きついてくる。
「……そうか。そうかもしれないな」
ロゼはうんうん、とうなずく。
「おい、きさま。名を名乗れ」
ピシッ、とロゼがタイガを指さす。
「タイガさんだっ!」
「そうか……タイガ。ごめん」
ぺこっ、とロゼが頭を下げる。
彼女なりに、タイガを悲しませた原因が、自分にあると察したのだろう。
「うん、ゆるす!」
タイガが元気よく答えると、ロゼはニカッと笑う。
「ジュード。われは、母上のところへ一度行ってくる」
「おう、それがいい。俺も……そうだな。一緒について行って、事情を説明するよ」
「それがよい! わが居城に、来るがよい!」
かくして、俺は竜王の娘とともに、灼竜帝のもとへいくことになったのだった。




