81.英雄、竜王の娘から求婚される
古竜を勇者パーティと討伐した、数日後。
俺は冒険者ギルドのギルドマスター、ユリアを尋ねていた。
ギルマスの部屋にて。
「ジュードさん、ほんと、毎回ありがとうございます。古竜の死骸を寄付してもらえるなんて……」
「気にしなさんな」
先日、国王からの依頼は、ギルドを通さない、私的な依頼だった。
古竜を倒した後の処遇は、俺たちに任せるとのこと。
キャリバー達は全員一致で、俺に死骸を譲るといった。
俺としては別に持っていても仕方のないものだったので、ノォーエツのギルドに寄付することにした次第。
「いや、あの……ジュードさん。本当にいいんですか? 古竜からとれる素材は、どれもすんごいアイテムばかりでして……正直鱗一枚でも金貨の山ができますけど?」
「良いって、お金には困ってないし。ギルドのために使ってよ」
「うう……ジュードさん……あなたはほんと、我がギルドに舞い降りた神です……へへぇ~……」
ユリアが五体投地する。
「そんなへりくだらなくていいよ。俺たち友達じゃあないか」
「うう……ジュードさん本当にいい人過ぎます……あなたのような素晴らしい人と友好関係を築けたこと、末代まで自慢させてもらいますっ」
「おおげさだなぁ、ユリアは。ところでユリア。この間頼んでおいた、調査結果ってどうなってる?」
古竜を討伐した後、気になったことがあった。
ユリアのつてを使って、調べてもらったのである。
「あ、はい。報告書が上がってきています。ええっと……この書類の山のどっかに……どぅわぁ~~~~! 山が崩れたぁ!」
「あらら。お手伝いしますよ」
ユリアの部屋は書類であふれかえっている。
執務机から崩れ落ちた書類を、俺はユリアとともに拾い集める。
軽く掃除をして、ソファに俺たちは、向かい合うようにして座る。
「それでジュードさんからの調査依頼ですが、確かにここ数日、ゲータニィガ近辺でのドラゴンの活動が、活発になっています」
ユリアからもらった書類に、俺は目を通す。
「緑竜。地竜。火竜……などなど。古竜種はさすがに見かけませんでしたが、竜があちこちで目撃されています」
「ふぅむ……そっか。やっぱりかぁ」
ユリアからの報告書には、各地のドラゴン目撃情報が書かれている。
明らかに異常な数だった。
「ジュードさん、どうして異変に気づいたんですか?」
「妙だと思ったんだ。今竜は繁殖期、つまり子供を作る時期だ。人間を襲う暇なんてないはず。なのにベヒモスは人里を襲っていた。なによりあのベヒモスは雌だった」
「繁殖を放置してまで、ドラゴンたちは何をしているのでしょう?」
「おそらくは、それ以上に何か、重要なことをしてるんじゃないかな」
「重要なことって……どんなことでしょう?」
ユリアが不安げに俺を見やる。
「そう心配な顔しなさんな」
俺は立ち上がって、彼女の背後に回る。
そして肩をもむ。
「お、こってますねぇユリアさん」
「じゅ、ジュードさんっ。いいですって、お客様に肩もませるなんて……」
「気にすんな。それより、気張りすぎだよ。大丈夫。だぁいじょうぶさ。なんとかなるよ」
「なんとかって……またジュードさん、ご自分で対処するつもりですか?」
「さぁ……どうかねぇ」
この子はせいいっぱい頑張っている。
あまり負担をかけさせるのはよくないからな。
俺が動くとしよう。
「いつも……いつもあなたに頼りっぱなしで、申し訳ないです……」
「そんなこと気にしなくて良いんだよ。友達が困っていたら助ける。当然のことだ。暗い顔しなさんな。美人が台無しだぜ?」
「うう……ジュードさん……ふぇええ……あなたがいてくれて良かったぁ~……」
「大げさだなぁ」
ややあって。
感情の収拾がついたユリアと、俺が話す。
「ドラゴンの動きに、何か心当たりがあるんですか?」
「心当たりって程じゃないんだけど、もらったドラゴンの分布図を見てると、規則性が見えてくるんだ」
「規則性……ですか? わたしにはわからないんですけど」
地図を広げて、ドラゴンの目撃地を書き込んでいく。
それらを囲っていくと、ちょうど円を描いていた。
「俺にはドラゴンたちが、結託して何かを守っているように見えるね」
「なるほど……すごいです、ジュードさん。さすがですっ」
「どもども。しかし……何を守ってるのかねぇい。キャスコにちょっと話を聞いてみるか」
俺は通信魔法を使い、キャスコに通話をかける。
簡潔に状況を報告すると、彼女が口を開く。
【……もしかしてですが、次代の《竜王》が誕生したのかもしれません】
「竜王?」
【文字通り、ドラゴンたちの王です。現在、ドラゴンたちをとりまとめるのは《灼竜帝》と呼ばれる雌のドラゴンです。長く彼女がドラゴンの帝王として君臨していました。ですがその竜もまた雌竜です。世継ぎ、つまり子供を出産します】
「なるほど……じゃあドラゴンたちはみんな、その灼竜帝の出産を邪魔されないように、護衛しているってわけか」
【……可能性は高いです。元来ドラゴンはプライドが高く、他人の指図を絶対に受けません。そのドラゴンたちがまとまって動くとき、つまり長からの命令があったときかと】
なるほどなぁ……。
「まぁ、出産の邪魔さえしなければ問題ないわけだろ?」
【……討伐に向かわないのですか?】
「ないない。だってせっかく生まれた子供だぜ? 別に迷惑かけてるわけじゃないし、殺す必要も無いだろ。ベヒモスだって護衛任務していただけだろうし」
【……優しいのですね、ジュードさんは。ほんと、そんなところ大好きです♡】
「俺もおまえが大好きだよ。ありがとな」
通話をきってユリアを見やる。
要点をまとめて報告した。
「竜王の子供……ですか」
「そう。まあこちらから手を出さなきゃ大丈夫だから、冒険者達には、ドラゴンを見かけたら近づかないように周知だけ頼むよ」
「わかりましたっ。ジュードさん、本当にありがとうございます!」
「いやいや、なんのなんの」
☆
それから、半月ほどが経過した。
5月中旬の、ある日のことだ。
ノォーエツの街のなか……というか、店の前に、突如でかい気配を感じ取った。
「たのもぉーーーーーーーーーー!」
凄まじくデカい声が、外から聞こえてくる。
俺は喫茶店から出てみる。
そこにいたのは……赤髪の少女だった。
「おや? 亜人種……じゃあないな」
俺はすぐさま【見抜く目】を使う。
そこにいたのは……灼竜帝の娘だった。
気の強そうな黄金の瞳。
頭からは竜の角が生えている。
「竜王さんところの娘さんか」
「おおっ、よくわかったな! そのとおりだっ! われはしゃくりゅーていのむすめ【ローゼンスカーレット】!」
竜王の娘、ローゼンスカーレットは、むんっ、と胸を張る。
「こんにちは。俺はジュード。ここの喫茶店のマスターだ」
「おおっ、おまえ、われをまえにおびえないなんて! 母上のいっていたとーり、すごい男だなっ!」
なんだか知らないが、竜王の娘は俺に感心しているようだ。
「ローゼンスカーレットさんは」
「【ロゼ】だ! ロゼでいい!」
「ロゼは何をしにここへきたんだ?」
「おう!」
元気よくうなずくと、ロゼは俺に指を指す。
「じゅーど! おまえとバトルしにきた!」
「ふぅむ……唐突だなぁ。何でまた急に?」
「母上がいっていた。竜の王の娘たるもの、だれよりも強くなければいけないと。けどベヒモスぶっ飛ばした人間が現れた。母上は骨のある人間がいると感心していた。だからおまえと戦いにきたっ!」
なるほど、俺がベヒモスを倒したことは、竜の間で伝わっていると。
そして竜を素手で倒した男に興味をいだいて、ロゼは俺のところへ来たと。
「じゅーど! 勝負してっ!」
「いやいや、女の子を俺、殴れないよ」
「むー! しょーぶ! しょーぶぅ! しょーぶしてくれなきゃヤダヤダヤダー!」
その瞬間、ロゼの赤い髪の毛がボッ……! と燃えた。
「あちちっ。危ないよ。しかし……ふぅむ。ロゼは俺と戦わないと、帰らない感じか?」
「もちろん!」
「なるほど……わかったよ。ここじゃあ危ないから、街の外へ行こうか」
「おうっ!」
とまぁ、こんな感じで、竜王の娘さんと戦うことになった。
俺はロゼと街の外へと向かう。
「ロゼは何歳なんだ?」
「半月だっ!」
「生後2週間でもう人化できるうえに、ここまでハッキリ自我があるなんてな。さすが竜王の娘。レベルが違うぜ」
「おう! 母上はすげーんだっ!」
ニカッとロゼが無邪気に笑う。
悪い子じゃなさそうだ。
俺たちは街から十分離れた、草原までやってきた。
「よし、やるかぁ」
「やるかー!」
ごっ……! とロゼの体から、炎が吹き出す。
「竜の姿にならないのか?」
「おう! けんかだからな! たいとーな勝負じゃないとだめだっ!」
条件を人間に合わせているらしい。
真面目な子だ。
命の取り合いにはならないだろう。
とはいえ相手は竜王の娘。
気は抜けない。
「準備は良いぞぉ。掛かってこい」
「よぉおおおおおおおおし! いっくぞぉおおおおおおおおお!」
彼女の体から吹き出ているのは、最初竜の炎だと思った。
だが……違った。
闘気だ。
彼女は闘気を炎へと変換している。
「あんな使い方もあるんだなぁ」
「でりゃぁああああああああ!」
闘気の炎を纏って、ロゼが超高速で近づいてくる。
それはまさに隕石の落下のごとく早く、そして膂力を秘めていた。
炎を纏った拳が俺の土手っ腹へと吸い込まれていく。
生まれて2週間でこれか。
すげえな。
パシッ……!
「なにぃっ!?」
俺はロゼの拳を受け止めるのではなく、受け流す。
力はそのままに、ベクトルの向きを変えて、明後日の方向へ投げる。
「そーい」
ロゼは火の玉となって、空へと吹っ飛んでいく。
「す、すげー! じゅーど、すげー!」
遙か上空から、ロゼが俺を見下ろしている。
彼女の背中には、炎の翼がいつの間にか生えていた。
「いまのなになにっ? どーやったの!?」
「合気道っていってな、力をうまーく受け流す技術だよ」
「すげー! 母上のいっていたとーりだ! ジュード、つえーな!」
ロゼは嬉しそうに笑っていた。
「よぉし、われもほんきをだすぞぉ!」
ゴォオオオオオオオオオオ!
炎の翼が、上空で燃え広がる。
紅蓮の炎となり、ロゼの拳に集中する。
「ジュード! いくぞっ!」
ダンッ! とロゼが空を蹴って、一瞬で俺の元へやってくる。
「やぁっ! たぁっ! おりゃぁ!」
ロゼが連打を繰り出す。
確かに早いし、一発一発は凄まじい威力だ。
スカッ。スカッ。スカッ。
「あははっ! すげー! まったくあたらない! どうなってのっ?」
俺が攻撃を避けていることを、むしろこの子は笑っていた。
「俺の目は特別なんだ」
【見抜く目】は、対象のあらゆるものを見抜く。
それは次の攻撃の位置だって見抜くことができる。
……まあ、もっとも相手の攻撃が来るとわかっていて、避けられるかというのは別だが。
しかし今の俺は、闘気を身につけている。
身体能力は以前よりも格段に上がっているので、ロゼの攻撃速度についていけるのだ。
「ジュード。すごいなっ。母上は、にんげんはぜいじゃくな存在だっていってたけど、おまえは別格だ!」
「そりゃあ光栄だな。よっと」
俺はロゼのパンチをかわす。
そのまま彼女の腕を掴み、てこの原理を応用して、また遠くへと投げ飛ばす。
「あはははははっ! すごいすごい! ぽんぽん投げられる! ジュードほんとすげー!」
またもロゼが、上空で留まる。
「ねえジュード! これが最期! 竜の息吹……受け止めて!」
ロゼが両手を上空に掲げる。
手に纏っていた紅蓮の炎が、さらに強く燃えさかる。
しかしその炎は徐々に小さくなっていく。
消えているのではない。
圧縮されているのだ。
やがてロゼの目の前に、小さな紅玉ができる。
だが俺にはわかった。
凄まじいエネルギーが、圧縮されてできていると。
「さすがにそりゃマズいな」
俺は【インベントリ】から魔剣を取り出す。
「くらえっ! 竜の息吹!」
その瞬間、超高速で、超高熱のビームが、俺めがけて打ち出された。
あまりに早くて、音を置き去りにしていた。
だが俺の目はハッキリと、彼女のビームを捕らえた。
魔剣の刃の腹で、俺はビームを、はじき返す。
パキィイイイイイイイイイイン!
ビームは反射すると、そのまま彼女の横を通り抜けて、遙か空の彼方へと消えていった。
「す、すごいすごいすごーーーーーーい!」
上空で目を丸くしていたロゼが、両手を挙げて歓声を上げる。
「ジュード! 今の何っ!?」
「攻撃反射ってスキルだよ。タイミングが合えば、どんな攻撃だってはじき返せるんだ」
とはいえ逆に言えば、タイミングが合わなかったら直撃する技なんだけどね。
「すごいよ! ドラゴンブレスの直撃を受けて無事な人間なんていないって、母上はいってたよ!」
「そりゃあどうもどうも」
ロゼは空から降りてきて、俺の元へかけてくる。
ぼふっ、と彼女が俺のお腹に抱きついた。
「ロゼ、きめたっ!」
「おう、なにを?」
「ジュードをわれの、おむこさんにするっ!」




