79.英雄、ボブに修行をつける
俺の喫茶店、ストレイキャットは、今日も絶賛閑古鳥が鳴いていた。
「ふぁー……。ぽかぽか陽気ですなぁ~……なぁタイガさん?」
「ですなぁ」
窓際の席に座り、俺たちはぐでーっとしている。
ランチタイムが終わった後。
しかも平日。
そうするともう、うちはガラガラになるのだ。
ハルコとキャスコも、カウンターに座ってふたりで雑誌を読んでいた。
「わぁ、キャスちゃん見て見て。近くにお花見スポットあるんだってぇ」
「……いいですね。では今度のお休みの日に、ジュードさんに連れて行ってもらいましょうか」
「さんせー! ……って、いいのかや? ジュードさん?」
「んー、いいよー」
お花見かぁ。
今年は暖かいし、花も見頃になってるだろうしな。
と、のんびり休日の予定を考えていた、そのときだ。
「ただいま帰りました、ジュード師匠!」
ばーん! と喫茶店のドアが開かれる。
「これこれ少年、ドアはもうちょっと静かに開けてくれ」
「はい! すみません!」
そーっ、とボブがドアを元の位置に戻す。
「冒険者の仕事は終わったのか?」
「はいっ! つつがなく!」
ボブの本業は冒険者。
ここノォーエツ冒険者ギルドに所属することになったのだ。
ちなみに、俺がボブを、ギルドへ紹介しに行ったとき、ギルドマスターから『ありがとう! こんな逸材をスカウトしてくれて! ありがとうございますぅううう!』となんだか感謝されてしまった。
俺はボブを連れて行っただけなんだが、感謝されることでもしただろうか?
「それで師匠……もしよければ……ぼくと、付き合ってください!」
ボブが目をきゅっと閉じて叫ぶ。
「び、びっくりしたぁ~……で、でもおらもうあわてないもん! ね、キャスちゃん!」
「……当然です。私たちはもうジュードさんとお付き合いしてますから。何事にも動じませんよ」
「うん、いいぞ」
「「!?」」
くわっ……! とハルコとキャスコの目が、限界まで見開かれる。
「どどどど、どういうことなのかやー!?」
ハルコたちが立ち上がると、俺の元まで駆け足でやってくる。
「お、おらたちじゃ物足りないのかや!?」
「……まさかもう3人目を!?」
「? 何の話し?」
ふたりが何を焦っているのかさっぱりだった。
「「あー……」」
ハルコ、そしてキャスコが、納得したようにうなずく。
「キャスちゃん、これジュードさんのいつものやつだに?」
「……そうですね。驚いて損しちゃいました」
はふん、とふたりが悩ましげに吐息をつく。
「え? なになに? どーゆーこと?」
「……知りませんっ」
「うう……ジュードさん……乙女心をもてあそぶなんて……でも、そんなちょい悪なジュードさんもかっこいいなぁ~♡」
ふたりが俺元を去って行く。
もうわけわからんですよ。
まあいいや。
「じゃ、行こっか。修行に」
「はいっ!」
「「いってらっしゃーい」」
☆
やってきたのはノォーエツからちょっと離れたところにある、森だ。
ここはドがつくほどの田舎。
周りは畑や森なんて腐るほどある。
「じゃあジュードさん、いきますよー!」
ごっ……! とボブの体から、湯気のようなものが立ち上がる。
「よーしゃ、こーい」
俺もボブも素手だ。
組み手だからね。
「たー!」
ドンッ……!
凄まじい衝撃波を伴って、ボブが弾丸のごとく突っ込んでくる。
俺はまっすぐボブを見据える。
【見抜く目】を発動。
ボブの攻撃が、見た目ほど単調でないことを見切った俺は、バックステップしておく。
ぴたっ! とボブは途中で突っ込むのをやめて、蹴りを入れてくる。
ブォンッ……!
真空波をともなった蹴りを、俺は手で捌く。
ズバンッ……!
背後の木々が、ボブの蹴りの衝撃によって切り倒された。
「いいぞ、ボブ。前より攻撃が読みにくくなってるな」
「ありがとうございます! たぁー!」
ボブが脇を締めて、俺にジャブを繰り出す。
ズガガガガガッ!
あまりに早く、普通なら目で追えない。
しかし俺は【見抜く目】で筋肉の動きから、攻撃の動作を予知してそれを全てかわす。
ジャブの衝撃波はやはり背後の木々をなぎ倒していった。
ボブは連打を続ける。
「よぉし、いいぞ。脇を締めて、手数で攻める。ちゃんと教えたことが身になってるね」
ビシバシガガガッ……!
「でもっ! ジュード師匠にはまだまだ及びません! やっぱり……師匠は最高です!」
ひゅひゅっ! ガッ! ドガがガッ!
「いやはや照れますなぁ」
ズドドドががががズドドドドドド!
ボブの成長はめまぐるしい。
俺の教えたことをすぐに吸収する素直さ。
そしてそれを自分の物にする学習能力と鍛え抜かれたその体。
「うーむ、これは将来が楽しみですねぇ」
「ぜえ……はぁ……あ、ありがとう……ございます!」
連打を終えたボブが、膝の手を置いて、荒い呼吸を繰り返す。
「だいぶマシになったけどまだ動きに無駄な力が多いな。もうちょっと肩の力を抜こう」
「は……はい!」
ボブが立ち上がり、気合いを入れる。
「じゃあ師匠……いつも通りに、全力で!」
「おう、かかってきなさい」
ババッ……! とボブはバク転して、俺から距離を取る。
「ハァアアアアアアアア!」
ボブは気合いを入れると、体から凄まじい量の力を放出する。
「これが闘気かぁ」
ボブから教えてもらった。
この世には自然に満ちるエネルギーがあり、それを取り込むことですごい力を発揮できると。
「ぼくの全力……受けとめて、師匠!」
闘気を手のひらに集中させ、そして一気に、解放する。
「闘気砲!」
ビゴォオオオオオオオオオオオオ!
見えるほどの高密度のエネルギーが、砲撃となって俺に向かって飛んでくる。
「すぅー……はぁー……」
俺は気合いを入れる。
ごぉおおおおおおおおおお!
俺の体から闘気が噴出する。
それを拳に込めて、解放する。
「闘気……砲」
ビゴォオオオオオオオオオオオオ!
俺の手からも砲撃が生まれる。
それはボブとの中間点でぶつかり合い、凄まじいエネルギーの余波を発生させた。
それは周辺の木々を吹っ飛ばしていく。
ややあって……。
「ま! け! たー!」
ごろん、とボブはその場に寝転ぶ。
全身汗びっしょりで、何度も荒い呼吸を繰り返していた。
「というか……ジュード師匠……すごすぎです……こんな短期間で闘気をマスターするなんて……」
「おまえの教え方が上手だったからだよ。ありがとな、時間割いてくれて」
俺はボブの隣に座り、【インベントリ】からタオルを取り出す。
ボブの汗を拭う。
「えへへ♡ ジュード師匠……優しいです!」
ボブはタオルを受け取ると、顔を拭く。
「しかし闘気ってすごいなぁ。体を強化させるだけじゃなくて、外に放出もできるのか」
色々と使い方がありそうだった。
「すぅー……はぁー……♡ ジュード師匠のにおい……♡ とっても良い匂いです……♡」
ボブはうっとりとした表情で、タオルを鼻に当てる。
「それは洗剤の匂いだよ」
「いえ! ジュード師匠のにおいです! ぼく……師匠のにおいだぁいすき! 大人の男の人って感じで……最高です!」
「うれしいこといってくれるねぇい」
俺はよいしょ、とボブを背負う。
「じゃ、帰ろっか」
「わわっ! い、いいですよ! 一人で帰れますよ……」
「このまま放置したら風邪引いちゃうだろぉ? いいって、おとなしく背負われてなさい」
「……はい」
俺はボブをおんぶして、帰路につく。
「あのね……師匠。ぼく……最近変なんです」
「変? どうかしたの?」
帰り道の途中、ボブがぽそっともらす。
「ジュードさんを見てると……胸がきゅーってなるんです」
「おや、大丈夫か? あんま根を詰めすぎて修行しないようにな」
「はいっ!」
かくして俺たちは修行を終えて、家に帰ったのだが……。
……後日。
「ジュードさん、お願いがあります」
「おー、どうしたジュリア?」
ギルドマスターのジュリアが、俺の店までやってきたのだ。
「実は最近……森に強大な魔物が住み着いたみたいでして……」
「なんとなんと。どんなモンスターだ? 力になるよ」
「どうやらモンスターは二人組で」
「ふんふん」
「手からビームを出したり、森の木々を素手で吹っ飛ばすようなんです」
「そりゃあ怖いな。よぅし、まかせな。調査に行ってくるよ」
するとコーヒーを持ってきたキャスコが、ジュリアにカップを置いて、深々と頭を下げた。
「……うちのジュードさんが、ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」
「「へ……?」」
俺も、そしてジュリアも目を丸くする。
「ど、どういうことですかぁ?」
ギルドマスターが、恐る恐るキャスコに尋ねる。
「……この人、最近そこで修行をしているんです。たぶんボブちゃんとふたりで」
「あー……それか。良かったなぁ、勘違いだってよ。……って、どうした?」
ジュリアはコーヒーをぐいっと一気飲みした後、ブルブルと体を震わせる。
「なんかうちのコーヒーに異常でもあるのか?」
「異常なのはあなたですよぉおおおお!」
「え? 俺?」
「そうだよ! なに手からビーム出してんだよ! そんなの普通できないんだよぉ!」
……以後、俺たちは修行の場所を森から海へと移したのだが、同様の苦情が来たのは言うまでも無い。




