77.英雄、穏やかな朝を迎える
獣人国ネログーマでの騒動を終えてから、2ヶ月後。
季節は春。
ゲータニィガにある、俺の喫茶店【ストレイキャット】にて。
「ふぁ~……よく寝たわー……」
俺は自室で目を覚ます。
ほんの少し前は起きた瞬間、まつげが凍っていたということもざらだった。
しかし今は早朝でも暖かい。
「すぅー……」
「えへへー……♡ じゅーどさぁん……♡」
「まあ、暖かくて当然か」
俺の両隣には、美しい少女たちが眠っている。
濃い桜色の長い髪をした少女ハルコ。
雪のように真っ白な短い髪のキャスコ。
ふたりの比類無き美少女たちが、無防備に寝顔と……そして肌をさらしている。
「春だけどこの格好じゃあ、風邪引きますぞっと」
俺はふたりの体に毛布を掛ける。
4月になり暖かくなったけど、今の格好で寝てたら体調を崩すからな。
「……ジュードさん?」
もそ、っとキャスコが体を起こす。
眠い目をこすりながら、俺を見てニコッと微笑む。
「……おはようございます♡」
「うん、おはよ、キャスコ」
じっ、とキャスコが俺を見上げる。
「んー……♡」
目を閉じて、そのサクランボのような唇を、俺に向けてきた。
俺は苦笑しながら近づいて、彼女と口づけをかわす。
暖めたシロップのように甘く、ゼリーのように柔らかい唇。
俺が顔を話そうとすると、彼女はもっととおねだりするように、両手で俺のほおを掴んで引き寄せる。
しばらくして、キャスコが顔を離す。
「ご満足いただけたでしょうか?」
「……ええ、とっても♡ 今朝もごちそうさまです」
キャスコは上品に微笑みながら、下着類を身につける。
「そうだ、ハルコに服を着させてやってくれない? 風邪引きそうだ」
「……まぁ。ジュードさんってば、どうして遠慮なさるの? 私たちあなたの女ですよ」
「寝てる女の子の体をまさぐるなんてできないって」
「……あなたって本当に律儀なんですね。そんなところも素敵です♡」
キャスコがまたキスをしてほしそうに、目を閉じて唇を近づける。
「店の外掃除してくるから、風邪引かないように」
俺はキャスコの寝癖を手ぐしで直し、その場をあとにする。
『ふぁー……。キャスちゃんおはよー……って、えええええ!? なななな、なんでおらジュードさんのお部屋ですっぽんぽんなのかやーーーーー!?』
去り際、ドア越しにハルコの声が響いた。
『……おはようハルちゃん。私たちもう結ばれたんですよ、忘れたんですか?』
『はっ! そ、そうだったー!』
「今日も元気だなぁ」
俺は2階に降りる前に、タイガの様子を見ておく。
「がー……んがー……がー……」
「こっちも元気そうだ」
ネログーマでの一件があったあと。
タイガは一人でよく寝るようになった。
自立心のようなものが芽生えだしたらしい。
とはいえ何日かに1度くらいは、一緒に寝て欲しいとベッドに潜り込んでくるんだけどね。
1階に降りて、まずは店の外の掃き掃除をしに行く。
「んー……。良い天気だなぁ~」
空には雲一つ無い。
抜けるような青空が、どこまでも広がっている。
「よーし、お掃除頑張るぞー」
と、そのときだった。
「おはようございます、ジュード師匠!」
街の入り口の方から、小柄な黒髪の子供が、こちらにやってくる。
結構な早さで俺の前までやってくると、土煙を起こしながらブレーキ。
「おっす、おはようボブ」
黒髪にショートカット。
くりくりとした目が特徴的なこの子は、ボブ。
「おいおい寒くないのか、そんな格好で?」
ボブはタンクトップ1枚にショートパンツという、大変涼しそうな格好だ。
いくら暖かくなったからとはいえ、それでは体を冷やしてしまうそうだ。
「いえ! 朝練の帰りなんで、気持ちいいくらいです!」
髪の毛からぽたぽた……と汗を垂らしながら、ボブが元気よく言う。
「ところで師匠! お掃除ですか、ぼくがやります!」
手に持ったホウキを、ボブが受け取ろうとする。
「ふぅむ、少年。まずはお風呂に入ってきなさい。それから一緒に掃除しようぜ?」
「わかりました! ぼくが風邪を引かないように配慮してくれたんですね、うれしいです! ありがとうございます!」
バッ……! とボブは頭を下げると、ストレイキャットの扉を開けて中に入る。
「元気だなぁみんな」
とそのときだ。
「ちょいとジュードちゃん」
振り返るとそこには、美人の老婆がいた。
「おー、ジェニファーばあちゃん、おはよ。はやおきだね」
「ばばあは早起きって相場が決まってるだろう?」
そういうもんかね?
「さっきのあの子、いつも元気いっぱいだねぇ。もう弟子入りして2ヶ月だったかい?」
「ネログーマから帰ってきてすぐだったから、まあそんくらいかな。というか、別に弟子を取った訳じゃあないんだがなぁ」
キャスコたちとデートした、その翌日。
ボブが俺に、弟子にしてくださいと頭を下げてきたのだ。
「弟子じゃないのに一緒に住んでいるのかい?」
「んー……まあそうかぁ。でも一緒に住んでいるのは、こっちに知り合いがいないって言うからさ。開いてる部屋も合ったし、貸してあげたんだよ」
ボブは何でも、遠く海を越えた場所からこっちにやってきたばかりらしい。
ネログーマに拠点を構えようとしたが、どうやら俺とで会ってここゲータニィガの【ノォーエツ】の街を拠点に決めたらしい。
「若い恋人がふたりもいるのに、もう3人目に手を出したのかい? ジュードちゃんも元気だねぇい」
「? 何の話し?」
「なにってあんたの可愛い恋人たちがいるのに、もう新しい女にちょっかいだすのかってことさね」
「? 本気でわからんのだが……」
うちには確かに、3人の女の子がいる。
ハルコ、キャスコ、そしてうちのタイガだ。
「さすがに大事な娘に手を出すなんてことはしないよー」
「なんだか会話がかみ合ってないねぇい」
「そうだねぇい」
ふふふ、あはは、とのんきに笑い合う俺とばーちゃん。
「んじゃばあちゃん、俺掃除するから、またあとでね」
「おうさね。いつも通りお店にいくから、いつものやつ頼むね」
俺はジェニファーばあちゃんと分かれて、ちょちょいとノォーエツのお掃除をする。
「うっし、完了」
「ジュード師匠!」
バーン!
勢いよくボブが扉を開けて、俺の元へとやってくる。
「お風呂入ってきましたー!」
「あー……こらこら。なんだなんだその格好は」
ボブはショートパンツ1枚という、大変だらしのない格好だった。
「へへっ。風呂上がりだし、早朝だしこれくらいでいいかなーって」
「ダメダメ。いくら男しかいないからってそういう格好はいけません。ほら、ちゃんと服着て。髪も乾かすんだぞ」
「でもっ! お掃除しないと! ぼく、ジュード師匠のために何かしたいです!」
子犬のように、ボブは純粋で無垢な目を俺に向けてくる。
まぶしいぜ。
「うん、じゃあ最初のミッションだ」
「はいっ!」
「きちんと身なりを整えてくること。はい、いったいった」
「わかりました! ちゃんと着替えてきまーす!」
だっ……! とボブが駆け出す。
ほんと、素直な子だよなぁ。
「おーっす、ジュードさーん」
「ん? おおー。郵便屋さん。おはよ」
郵便局からやってきた、獣人の男の子が俺に話しかけてくる。
「いつもごくろーさん。ほい、いつもの」
俺はあらかじめおいてあった紙袋を郵便屋さんに手渡す。
「いや、いいですってジュードさん。お金払いますよ」
「いいっていいって。余り物のパンだし、捨てるのもったいないからさ。いただいてください」
「へへっ。ありがとう! ジュードさん!」
郵便屋さんがうれしそうに、尻尾をパタパタ振る。
「はい、ジュードさん。今日の郵便」
「おっ、サンキュー」
受け取ったはがきを確認する。
「うーん……これだけかい?」
「え? あ、はい。どうかしましたか?」
「んにゃ……なんでもないよ。ただ……今日も来なかったなぁって」
俺は手紙のあて名をもう一度確かめる。
だが何度見返しても、【彼】からの手紙はなかった。
「お手紙ずっと待ってますよね、2ヶ月くらい」
「うん、会う約束してたんだけど、会いそこなってさ。その連絡が来るの待ってるんだけど……こないなぁって」
相手というのは、グスカスのことだ。
ネログーマの騒動の翌日、俺はグスカスと会う約束をしていた。
だが彼は時間になってこなかった。
結局、寮から帰るまでの間、ついぞグスカスと会うことはできなかった。
「住所は知ってるはずだから、一本くらい手紙よこせばいいのになぁ」
「通信魔法は使えないんですか?」
「ずっと音信不通なんだ。ま……便りが無いのは元気の証拠っていうし、大丈夫だろうな」
俺は郵便屋さんと別れて、店のなかへと入る。
するとキャスコが着替えて、店の掃除をしていた。
「ありゃ。バイトの時間はまだ早いぞ?」
「……いいです。このお店は、もう私の家ですから」
ニコニコしながら、キャスコが進んで机を拭く。
「いや家って、気が早いですよキャスコさん?」
「……それは暗に、私と結婚したくないってことですか?」
「違う違う。そんなことないよ」
「……ちゃんと私のこと好きっていってくれなきゃ、いやです」
つん、とキャスコがそっぽを向く。
俺はキャスコに近づいて、彼女の頭をなでる。
「好きだって。ただちゃんとお付き合いしてからな」
「……してるじゃないですか、2ヶ月もっ」
「いや付き合って二ヶ月で結婚なんて早すぎるよ。よく見て考えてからね。暮らしてくうちに嫌なとこも見えてくるだろうし」
するとキャスコが、俺の腰に抱きついて、ぎゅっとハグする。
胸板に彼女の張りのある乳房があたって、実に気持ちよかった。
「……嫌なところなんてひとつもありません。むしろお付き合いするようになってから、日増しにジュードさんのこと好きになっていきます♡」
「そりゃこっちの台詞だよ」
俺たちは微笑むと、キャスコがまた目を閉じてきたので、口づけをかわす。
「なんだか毎日10回くらいキスしないか?」
「……15回くらいですよ。間違えないでくださいっ」
「いちいち数えてるのか?」
「……もちろん。恋人になった日からすべて覚えてますよ♡」
ニコニコしながらキャスコが言う。
ううーむ、さすが賢者。
記憶力抜群すぎじゃあありません?
「ハルコはそんなにちゅっちゅちゅっちゅしないんだけどなぁ」
「……ハルちゃんはシャイですから。それでも毎日1回はキスしてあげている、ジュードさんは優しいです♡」
ふふっ、とキャスコが微笑む。
「ふぁー……おはよ~ございますだに~……」
しょぼしょぼと目をこすりながら、ハルコが2階から降りてくる。
キャスコが着せたのだろう、ピンクのパジャマ姿だった。
「おはよう、ハルちゃん。朝ご飯作っておくから、お風呂は行ってきなさい」
「ふぁーい……♡ えへへ~……♡ ジュードさんは朝からやさしいなぁ~……♡ だいすき~……♡」
ふにゃふにゃ笑いながら、ハルコは風呂場へと向かう。
その後みんなで朝ご飯を食べて、お店は9時から開店。
これが、最近の俺の朝の風景だ。




