74.英雄、ボスと戦う
俺は海底ダンジョンまでやってきた。
「GIROOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
見上げるほど巨大な蟹……阿修羅蟹が叫んでいる。
「とりあえずこいつをどけるか」
俺は魔剣をインベントリに収納。
グッ……と拳を構える。
「おいてめえ! やめとけ! ボブのけりでもびくともしなかったんだぞ!?」
グスカスが俺に教えてくれる。
固そうな殻をしているからな。
「セヤァッ……!」
俺は拳を固めて、思い切り阿修羅蟹の土手っ腹に一撃を入れる。
ボグッ!
どがぁああああああああああん!
「なっ!? ば、馬鹿な……吹っ飛んだだと!?」
壁に激突する阿修羅蟹をみて、グスカスが驚愕に目を見開く。
「【鎧通し】ってスキルを使ったんだ。防御を貫通してダメージが入るんだよ」
蟹はしばらく動けなさそうだった。
俺はふたりの元へ行く。
「ジュード師匠……来てくださったんですね……」
「おうよ。大丈夫か、ボブ?」
「ぐす……うぐ……うわぁああああん!」
ボブが俺の腰にしがみついてくる。
「ジュード師匠……ぼく……怖かったよぉ~……」
ぐすぐすと涙を流すボブ。
そりゃそうだ。
まだまだこの子は子供だからな。
「もう安心しな」
【見抜く目】で状態を確認。
ボブは比較的軽傷だ。
治癒魔法で傷ついた肌をなおす。
問題はグスカスだろう。
「グスカス。まずは止血するぞ」
「て、てめえ……どうしてここに……?」
目を丸くするグスカスをよそに、俺は来ていたジャケットを脱いで破く。
布きれとなったそれで、グスカスの切断面を縛るのだ。
「気になってボブに連絡したんだ。そしたら迷宮で迷子になってるっていうじゃあないか。だから助けに来たんだよ」
ぎゅっ、ときつく閉めて、出血を止める。
あとは治癒魔法で代謝を促進し、傷の痛みを和らげる。
「俺の治癒じゃこれくらいしかできない。あとはキャスコがくるのをまとう」
「なっ!? キャスコも来てるのかよ!?」
「ああ。みんな、手伝ってくれるってさ」
ボブが俺を見て、心配そうに言う。
「で、でも……いいんですか? 今日、デートだってうかがってましたけど……」
「なーに言ってるんだ。人命第一だろ?」
「ジュードさん……ぐす……うわぁあああああああん!」
ぐすぐすと大泣きするボブ。
俺はぽんぽんと頭をなでた。
「誰が助けてっていったんだよ、馬鹿がよぉ……」
グスカスが悪態をつく。
「うんうん、ごめんな余計なことして。でも元気出たみたいで良かったよ」
「ハッ……! な、何勘違いしてんだよ、く、くそがっ!」
さっきまで切羽詰まっていた表情の二人。
しかし今は少し柔らかくなったみたいだ。
うん、良かった。
これなら……戦いに集中できる。
「よーし、蟹さんよ。待たせたな」
俺は壁に埋まる、阿修羅蟹のもとへゆく。
ちょうど向こうは、壁から剥がれ落ちてきた。
「なんだ、腕戻ってるなぁ。再生能力でもあるのかな?」
6本の腕が生え、じょきじょきとハサミを動かしている。
「ジュード師匠! そいつ、でかい図体の割に素早いです! 気をつけて!」
「GIROOOOOOOOOOOOOO!」
蟹が6本のハサミで、俺に斬りかかろうとする。
「よっと」
スパパパパパンッ……!
「「……は?」」
蟹の腕が地面に落ちる。
「これ持って帰って、あとで蟹鍋にできるかなぁ?」
「お、おい……ジューダス……てめえ、なにしたんだよ……?」
グスカスが目をむいている。
「何って……。攻撃を回避し、すり抜けざまに腕を6本切っただけだぞ? これくらいおまえもできるだろ」
「で、できねえよアホが!」
あら? おかしいな。
【勇者】の職業なら、本当にこれくらい普通にできるはずのだが?
「す、すごい……早すぎて、ぼくには目で追えなかった……なんてすごいんだ!」
阿修羅蟹の腕がまた再生する。
6本腕を振り回すが、それをまた俺が切り飛ばす。
「GIUROOOOOOOOOOOOOOO!」
また腕が生えた。
こりゃキリがないな。
「一撃で消し飛ばすしかないなぁ……」
阿修羅蟹はまた連打を繰り出してくる。
俺は攻撃ではなく、防御に切り替える。
刃の腹で攻撃を流し、相手の物理攻撃をかわす。
「お、おいてめえ! なにちんたらやってるんだよ! さっさと細切れにしろやぼけ!」
「いやぁ、固くてな。ちょっと待ちだ」
「ざっけんな! 腕切り飛ばしたんだからそれくらいできるだろうが!」
グスカスの注文に、残念ながら俺は答えることができない。
「腕を切っているんじゃあない。あくまで関節を切断してるだけだ」
蟹は何も、全身がガチガチに硬いわけじゃない。
それだと動けないからな。
関節の部分は甲羅で守られてない。
俺はそこを斬っているだけ。
だがこの蟹は部分的に切断しても倒すことができない。
だから俺は【来る】のを【待つ】。
「ジュード師匠が……ぼ、防戦一方です。だめなのかなぁ……」
ボブが沈んだ声で言う。
「はぁ!? ざっけんな! あのおっさんがこんなのに負けるわけねえだろうが!」
グスカスが俺を見て言う。
「おいおっさん! てめえさっさとこんなのぶっ殺せよボケが!」
「そうはいってもなぁ。今はちょっと。よっと」
阿修羅蟹の攻撃を、あるときは避け、あるときは捌く。
端から見れば確かに防戦一方だし、不安にさせてしまうだろう。
「安心しな。すーぐ倒してやるから。なぁ、キャスコ」
ドガァアアアアアアアアアアアアン!
天井が破壊され、上空から彼女が降りてくる。
ホウキにまたがった、銀髪の賢者が、降臨した。
「……お待たせしました、ジュードさん」
ふわり……と彼女が俺の隣に着陸する。
「キャスコ……てめえ……どうしてここに……?」
ちらっ、とキャスコがグスカスを一瞥し、すぐ俺を見やる。
「……ダンジョン内の遭難者は全員、待避させました。今はハルちゃんたちが街へ誘導しています」
「さんきゅー。さすが賢者様。頼りになるぜ」
「ど、どういうことだよ……」
俺はグスカスに説明する。
「俺一人でここに来た訳じゃあなかったんだよ。キャスコには転移魔法で、ダンジョン内で遭難してる人を助けてもらってたんだ」
だから到着が遅れたという次第だ。
「キャスコさん……ごめんなさい……ぼくたちのせいで……幸せな時間を邪魔しちゃって……」
「……もう。気にしなくて良いんですよ」
ふふっ、とキャスコが微笑む。
「ほら、キャスコもこう言ってるし、ほんと全然気にしなくていいからな」
「……あなたは少しは自重してください。いっつもトラブルに巻き込まれるんですから」
「いやぁ、こればかりはどうしてもなぁ」
ふふ、と俺たちは笑い合う。
「そんじゃ、賢者様も来たことだし、決めるとするか」
キャスコがうなずき精神を集中させる。
俺は阿修羅蟹に近づいて、【鎧通し】による打撃を与える。
ズガンッ……!
致命傷にはならないが、これで距離を取る。
「キャスコ!」
「……【絶対零度棺】!」
その瞬間、阿修羅蟹の周辺の気温が一気に下がる。
びょぉおおおおおおおおおお!
氷雪の嵐が阿修羅蟹の体を一瞬で凍り付けさせた。
巨大な氷の棺に、蟹野郎が閉じ込められたような形だ。
俺は魔剣に魔力を注ぐ。
刃が赤く煌めく。
「……さぁ、帰る準備をしましょうか」
キャスコがしゃがみ込み、ボブやグスカスの治療に当たる。
ぴく……ぴくぴく……。
よく見ると、阿修羅蟹は氷のなかで、必死にもがいていた。
「きゃ、キャスコさん! 蟹がまだ生きてます!」
「……落ち着いてボブさん。もう、勝負は終わってますから」
俺は魔剣を振り上げて、思い切り振り下ろした。
ズバァアアアアアアアアアアアン!
魔力の乗った斬撃は、蟹めがけてまっすぐ飛んでいく。
それは氷を突き破ろうとする阿修羅蟹を、一刀両断する。
「う、うっそぉ……あの固い甲羅を、切り飛ばしたなんてぇ……」
ボブが目をむいている。
「キャスコが甲羅を凍らせてくれたからな。もろくなったところを、剣で切ったのよ」
俺はインベントリに魔剣をしまい、ふぅとため息をつく。
俺は三人のもとへとやってくる。
「治療はどんな感じ?」
「……ボブさんは完全に直りました。グスカスの腕は……戻りません」
腕は完璧に切断されたからな。
さすがの賢者様の魔法でも戻らないか。
「そうか……グスカス、すまん。俺の到着が、遅れたせいで」
俺は彼に頭を下げる。
だがグスカスは答えない。
「ありゃ。気絶してら」
「……ジュードさんに命を救ってもらっておいて、礼も言わないなんて」
「まあまあ。……さて、帰ろうか」
「…………」
ボブは立ち上がって、俺の体を正面からハグする。
「ジュード師匠……本当にありがとう、ございました!」
ボブが笑顔を向けて、俺を見上げる。
うん、良かった。
子供の命を救うことができて。
「おう、どういたしましてだ」




