72.勇者グスカスは、独断専行し窮地に陥る
鬼の雫と分かれた後、元勇者グスカスは、船上の人となっていた。
ネログーマ近海にて。
冒険者を乗せたボートが、何隻も海の上に浮いている。
その中の一隻に、グスカスは乗っていた。
「よしみんな注目。これからの予定を話そう」
この冒険者集団の長である彼が、周りを見渡して言う。
「我々はこれから、海底にあるダンジョンまで向かう。しかし当然の疑問として、海の底までどうやって行くかということがあるだろう。そこでこの人の出番だ。ボブ君」
「はいっ!」
離れた場所に座っていたボブが、手を上げて言う。
「おいボブって確か」
「ああ、最速でSランク冒険者になったって言う、期待の新人だろ?」
「すげぇよなぁ」
冒険者たちがボブに、羨望のまなざしを向ける。
「……ちっ。調子乗るなよホモガキが」
ボブに注目が行くことが面白くなく、グスカスは悪態をつく。
「このボブ君は、なんと素潜りで海底数キロまで泳げるらしい。彼に先に潜ってもらう」
「「おお……!」」
冒険者たちから感嘆の声が上がる。
確かにボブはひときわ頑丈だ。
海底まで単身でもぐることなど、造作も無いだろう。
「しかしリーダー。われわれはどうするんですか?」
「かれにはこれを持って行ってもらう」
そう言って、リーダーが懐から、手のひらサイズの結晶を取り出す。
「そ、それは【転移結晶】!」
「転移魔法が込められていて、指定された場所まで転移させることのできる、超希少な魔法アイテムじゃないですか!」
冒険者たちがどよめく。
「ネログーマ国王が今回の作戦にと用意してくださった。ボブくんがまず先行し、彼を基点として、我々がこれを使って転移する」
リーダーがボブを見やる。
「海のなかにも強力なモンスターがいる。それらを払いのけながら、単身で潜ってダンジョンにたどり着くことは君にしかできない。この作戦は、君にかかっている。頼むよ、ボブ君」
「まかせてください!」
ドンッ! とボブが自分の胸をたたく。
「さすが期待のルーキーは違うなぁ」
「それに比べて……逆期待のルーキーは、なぁんでここにいるのかね……?」
ちくちく……と冒険者たちの視線が、グスカスに突き刺さる。
グスカスもまた、悪い意味で有名人なのだ。
「……あいつあれだろ、冒険者登録を一度拒否されたって言う」
「……ああ、知ってる知ってる。ゴブリンにボコられったカスゴミくんだろ?」
「……なんでそんな雑魚が、この作戦に参加してるのかねぇ」
声を潜めて、冒険者たちがグスカスを馬鹿にする。
だがせまい船に密集しているので、ちゃんとグスカスの耳に声が届いた。
「うっせなぁ! 俺様が参加しちゃあ悪いっていうのかよ!」
グスカスが立ち上がって、周りをにらみつけて叫ぶ。
「そこの君、うるさいぞ。話が進められないじゃないか」
「うっせえなぁ! 俺様に命令するんじゃあねえぜ!」
「……リーダー。彼を無視しましょう。時間の無駄です」
ボブがグスカスにさげすんだ目を向ける。
「あぁ!? ちょっとちやほやされたからって調子乗るなよくそガキがぁ!」
怒鳴りつけるグスカスを見て、冒険者たちが信じられないようなものを見る目で見やる。
「……うっわ、なんだあいつ」
「……別にボブ君は調子乗ってないだろ。何切れてるのあいつ?」
「……きっと自分と比べてボブの方が優秀だから、妬んでるんだろ」
「……うーっわ、だっさ。小さっ」
「うるせぇえええええええええ!」
グスカスが地団駄を踏んで叫ぶ。
「おいおまえグスカス! それ以上騒ぐようなら、今回の参加メンバーから除外するぞ!」
リーダーがグスカスをにらんで言う。
「なっ……!? なんだよそれ横暴だろ!」
「輪を乱すような奴は作戦に参加してもらいたくない。それにただでさえおまえはステータスが弱いんだ。かえってもらっても全然かまわない。もっとも、その場合は報酬は発生しないがな」
ギリ……とグスカスは歯がみする。
それは困る。
自分は、金を稼がないといけないのだ。
グスカスはおとなしく、その場に座る。
「……金もらえないってわかったとたんおとなしくなったよこいつ」
「……金のことしか興味ないんだな、マジ最低」
冒険者のなかには、金ではなく、純粋に国が困っているからと志願したものも一定数居る。
そういう人から見れば、金のためだけに参加するグスカスは、低俗に見えてしまうのだろう。
だからなんだとグスカスはグッとこらえる。
周りの目なんて関係ない。
自分は雫のために、少しでも多く金を稼ぐ必要があるのだ。
「ではボブ君。後を任せるよ。頑張ってくれ」
「はい! いってきます!」
ボブはうなずいて、海の底へと飛び込むのだった。
☆
ほどなくして、グスカスは海底ダンジョンへと到着した。
「すげえ。海のなかなのに、息ができるよ」
ダンジョン内は、洞窟のようになっていた。
水で満たされておらず、普通に歩いて行動できそうである。
ぬれた岩肌に、フジツボがいくつも見られた。
「ではこれからの行動を説明する。我々の任務はこの海底ダンジョンの攻略だ」
リーダーが冒険者たちを見渡す。
「今更説明するまでもないが、ダンジョンの基本構造について説明しておこう。内部には【迷宮核】と呼ばれるクリスタルがある。それを破壊することで、ダンジョンは攻略され消滅する」
消滅すれば、今起きている異常はすべて解決されるのだそうだ。
「今回我々はその迷宮核を探しだし、それを破壊することが目的とされる。ただし注意が必要なのは、迷宮核を守護する【迷宮主】がいることだ。こいつはとても強力だ。もし迷宮主のいる部屋を見つけたら、通信魔法を使っておれに報告すること」
特に……とリーダーがグスカスを見て言う。
「手柄ほしさに、自分一人だけで決して挑まないこと。迷宮主の部屋を見つけたら一度集合し、全員で挑むんだ。いいな?」
「なんで俺様を見て言うんだよ!」
グスカスは犬歯を向いて叫ぶ。
「……ま、とーぜんだよな」
「……こいつがルール守るとは思えないし」
「……もっとも、こんな雑魚がボスにかなうなんてみじんも思わないけどなぁ」
クスクス……と冒険者たちが蔑んだ目をグスカスに向ける。
「今回は新規のダンジョンだ。どんなトラップがあるかわからない。単独で行動せずグループを作って行動すること。では各人、4~5人でグループを作れ」
リーダーが言うと、近くに居た人たちが、即席のパーティを作り出す。
「ボブさん! おれとパーティを組んでくれ!」
「おい、ボブ君は僕たちのパーティに入るんだよ!」
さすがにボブは人気があった。
強い仲間を入れれば、その分パーティの生存確率も高まるから、当然といえた。
……そして、誰一人として、グスカスとチームを組みたがらなかった。これもまた当然の結果だった。
「……おい、誰かあのクズカスと組んでやれよぉ」
「……やだよ、あんな雑魚のくせに偉そうなの、いれたくねーよ」
グスカスはかぁ……と顔が赤くなる。
「あー、諸君。誰かグスカスをパーティにいれてくれんか?」
「「「…………」」」
リーダーの頼みに、しかし誰一人として、首を縦に振らなかった。
「ということだ、グスカス。おまえ、ここで居残りな」
ぽん、とリーダーがグスカスの肩をたたく。
「地上との連絡係を残す必要があるんだ。それ、おまえな」
「ふっざけんな!」
バシッ……! とグスカスがリーダーの手を払う。
「俺様は一人で行く! てめえらなんぞと誰が組むかバーカ!」
グスカスは冒険者たちをにらみつけると、一人で先へと進んでいく。
それを、誰も引き留めなかった。
「ま、今回君たちは、危険を承知で依頼を受けてきている。どうなろうと基本的に自己責任だ。いいな? グスカス?」
「俺様だけに言うんじゃねええええ!」
グスカスはそう叫ぶと、一人先へと進んでいくのだった。
☆
一人で先に進んだグスカス。
海底ダンジョンの壁は、ぬめった岩肌で四方を囲まれていた。
足場が悪く、気を抜いたらすぐに転んでしまいそうになる。
現に出発してから数十分で、グスカスは何度も転んだ。
「いてぇ……マジでいてえよ……くそが……」
壁に手をついて、グスカスはゆっくりと進む。
びょぉおおお………………。
風が通る音が、ダンジョンの置くから聞こえてくる。
進む先に光などはない。
ダンジョンの壁が淡く発光しているので、それを頼りに前へと進むしかない。
「…………」
いつ、モンスターが出てくるのか、気が気でなかった。
今のグスカスでは、魚人にすら負けてしまうだろう。
だというのになぜこんな危ない場所へ来たのか?
「迷宮核を破壊したとなれば、国から莫大な報酬金が払われる。そしたら……」
脳裏によぎるのは、自分を慕ってくれる少女の笑顔だ。
あの子に苦労をかけてしまっている分、少しは楽させてやりたいのである。
「絶対見つけてやる。必ず、帰るからな……」
と、そのときである。
ゴゴゴゴゴゴ…………!
「な、なんだ……? 奥から、妙な音がするぞ……?」
グスカスは立ち止まり、目をこらしてみる。
ゴゴゴゴッ…………!
「!? み、水だぁあああああああ!」
ドッバァアアアアアアアアアアア!
突如として奥から、大量の水が押し寄せてきたのだ。
考えてみればここは海底。
内部も水に沈んでいてもおかしくはない。
どこから穴が開いたのか、それとも別の原因があるからか。
とにもかくにも、このままでは自分は水没してしまう。
「に、にげ……」
焦って走ろうとしたそのときだ。
ツルッ……!
どしーん!
「いってぇええ!!」
なんと足を滑らせてしまったのだ。
このタイミングで転けることは、すなわち……。
「う、うわぁあああああああああ!」
押し寄せる水流に、グスカスはあっさりと飲み込まれたのだった。




