表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/154

72.勇者グスカスは、独断専行し窮地に陥る



 鬼の雫と分かれた後、元勇者グスカスは、船上の人となっていた。


 ネログーマ近海にて。


 冒険者を乗せたボートが、何隻も海の上に浮いている。


 その中の一隻に、グスカスは乗っていた。

「よしみんな注目。これからの予定を話そう」


 この冒険者集団の長である彼が、周りを見渡して言う。


「我々はこれから、海底にあるダンジョンまで向かう。しかし当然の疑問として、海の底までどうやって行くかということがあるだろう。そこでこの人の出番だ。ボブ君」


「はいっ!」


 離れた場所に座っていたボブが、手を上げて言う。


「おいボブって確か」

「ああ、最速でSランク冒険者になったって言う、期待の新人だろ?」

「すげぇよなぁ」


 冒険者たちがボブに、羨望のまなざしを向ける。


「……ちっ。調子乗るなよホモガキが」


 ボブに注目が行くことが面白くなく、グスカスは悪態をつく。


「このボブ君は、なんと素潜りで海底数キロまで泳げるらしい。彼に先に潜ってもらう」


「「おお……!」」


 冒険者たちから感嘆の声が上がる。


 確かにボブはひときわ頑丈だ。


 海底まで単身でもぐることなど、造作も無いだろう。


「しかしリーダー。われわれはどうするんですか?」


「かれにはこれを持って行ってもらう」


 そう言って、リーダーが懐から、手のひらサイズの結晶を取り出す。


「そ、それは【転移結晶】!」


「転移魔法が込められていて、指定された場所まで転移させることのできる、超希少な魔法アイテムじゃないですか!」


 冒険者たちがどよめく。


「ネログーマ国王が今回の作戦にと用意してくださった。ボブくんがまず先行し、彼を基点マーカーとして、我々がこれを使って転移する」


 リーダーがボブを見やる。


「海のなかにも強力なモンスターがいる。それらを払いのけながら、単身で潜ってダンジョンにたどり着くことは君にしかできない。この作戦は、君にかかっている。頼むよ、ボブ君」


「まかせてください!」


 ドンッ! とボブが自分の胸をたたく。


「さすが期待のルーキーは違うなぁ」


「それに比べて……逆期待のルーキーは、なぁんでここにいるのかね……?」


 ちくちく……と冒険者たちの視線が、グスカスに突き刺さる。


 グスカスもまた、悪い意味で有名人なのだ。


「……あいつあれだろ、冒険者登録を一度拒否されたって言う」


「……ああ、知ってる知ってる。ゴブリンにボコられったカスゴミくんだろ?」


「……なんでそんな雑魚が、この作戦に参加してるのかねぇ」


 声を潜めて、冒険者たちがグスカスを馬鹿にする。


 だがせまい船に密集しているので、ちゃんとグスカスの耳に声が届いた。


「うっせなぁ! 俺様が参加しちゃあ悪いっていうのかよ!」


 グスカスが立ち上がって、周りをにらみつけて叫ぶ。


「そこの君、うるさいぞ。話が進められないじゃないか」


「うっせえなぁ! 俺様に命令するんじゃあねえぜ!」


「……リーダー。彼を無視しましょう。時間の無駄です」


 ボブがグスカスにさげすんだ目を向ける。

「あぁ!? ちょっとちやほやされたからって調子乗るなよくそガキがぁ!」


 怒鳴りつけるグスカスを見て、冒険者たちが信じられないようなものを見る目で見やる。


「……うっわ、なんだあいつ」


「……別にボブ君は調子乗ってないだろ。何切れてるのあいつ?」


「……きっと自分と比べてボブの方が優秀だから、妬んでるんだろ」


「……うーっわ、だっさ。小さっ」


「うるせぇえええええええええ!」


 グスカスが地団駄を踏んで叫ぶ。


「おいおまえグスカス! それ以上騒ぐようなら、今回の参加メンバーから除外するぞ!」


 リーダーがグスカスをにらんで言う。


「なっ……!? なんだよそれ横暴だろ!」


「輪を乱すような奴は作戦に参加してもらいたくない。それにただでさえおまえはステータスが弱いんだ。かえってもらっても全然かまわない。もっとも、その場合は報酬は発生しないがな」


 ギリ……とグスカスは歯がみする。


 それは困る。

 自分は、金を稼がないといけないのだ。


 グスカスはおとなしく、その場に座る。


「……金もらえないってわかったとたんおとなしくなったよこいつ」


「……金のことしか興味ないんだな、マジ最低」


 冒険者のなかには、金ではなく、純粋に国が困っているからと志願したものも一定数居る。


 そういう人から見れば、金のためだけに参加するグスカスは、低俗に見えてしまうのだろう。


 だからなんだとグスカスはグッとこらえる。


 周りの目なんて関係ない。

 自分は雫のために、少しでも多く金を稼ぐ必要があるのだ。


「ではボブ君。後を任せるよ。頑張ってくれ」


「はい! いってきます!」


 ボブはうなずいて、海の底へと飛び込むのだった。



    ☆



 ほどなくして、グスカスは海底ダンジョンへと到着した。


「すげえ。海のなかなのに、息ができるよ」


 ダンジョン内は、洞窟のようになっていた。


 水で満たされておらず、普通に歩いて行動できそうである。


 ぬれた岩肌に、フジツボがいくつも見られた。


「ではこれからの行動を説明する。我々の任務はこの海底ダンジョンの攻略だ」


 リーダーが冒険者たちを見渡す。


「今更説明するまでもないが、ダンジョンの基本構造について説明しておこう。内部には【迷宮核】と呼ばれるクリスタルがある。それを破壊することで、ダンジョンは攻略され消滅する」


 消滅すれば、今起きている異常はすべて解決されるのだそうだ。


「今回我々はその迷宮核を探しだし、それを破壊することが目的とされる。ただし注意が必要なのは、迷宮核を守護する【迷宮主ボスモンスター】がいることだ。こいつはとても強力だ。もし迷宮主のいる部屋を見つけたら、通信魔法を使っておれに報告すること」


 特に……とリーダーがグスカスを見て言う。


「手柄ほしさに、自分一人だけで決して挑まないこと。迷宮主の部屋を見つけたら一度集合し、全員で挑むんだ。いいな?」


「なんで俺様を見て言うんだよ!」


 グスカスは犬歯を向いて叫ぶ。


「……ま、とーぜんだよな」


「……こいつがルール守るとは思えないし」


「……もっとも、こんな雑魚がボスにかなうなんてみじんも思わないけどなぁ」


 クスクス……と冒険者たちが蔑んだ目をグスカスに向ける。


「今回は新規のダンジョンだ。どんなトラップがあるかわからない。単独で行動せずグループを作って行動すること。では各人、4~5人でグループを作れ」


 リーダーが言うと、近くに居た人たちが、即席のパーティを作り出す。


「ボブさん! おれとパーティを組んでくれ!」


「おい、ボブ君は僕たちのパーティに入るんだよ!」


 さすがにボブは人気があった。


 強い仲間を入れれば、その分パーティの生存確率も高まるから、当然といえた。


 ……そして、誰一人として、グスカスとチームを組みたがらなかった。これもまた当然の結果だった。


「……おい、誰かあのクズカスと組んでやれよぉ」


「……やだよ、あんな雑魚のくせに偉そうなの、いれたくねーよ」


 グスカスはかぁ……と顔が赤くなる。


「あー、諸君。誰かグスカスをパーティにいれてくれんか?」


「「「…………」」」


 リーダーの頼みに、しかし誰一人として、首を縦に振らなかった。


「ということだ、グスカス。おまえ、ここで居残りな」


 ぽん、とリーダーがグスカスの肩をたたく。


「地上との連絡係を残す必要があるんだ。それ、おまえな」


「ふっざけんな!」


 バシッ……! とグスカスがリーダーの手を払う。


「俺様は一人で行く! てめえらなんぞと誰が組むかバーカ!」


 グスカスは冒険者たちをにらみつけると、一人で先へと進んでいく。


 それを、誰も引き留めなかった。


「ま、今回君たちは、危険を承知で依頼を受けてきている。どうなろうと基本的に自己責任だ。いいな? グスカス?」


「俺様だけに言うんじゃねええええ!」


 グスカスはそう叫ぶと、一人先へと進んでいくのだった。



    ☆



 一人で先に進んだグスカス。


 海底ダンジョンの壁は、ぬめった岩肌で四方を囲まれていた。


 足場が悪く、気を抜いたらすぐに転んでしまいそうになる。


 現に出発してから数十分で、グスカスは何度も転んだ。


「いてぇ……マジでいてえよ……くそが……」


 壁に手をついて、グスカスはゆっくりと進む。


 びょぉおおお………………。


 風が通る音が、ダンジョンの置くから聞こえてくる。


 進む先に光などはない。


 ダンジョンの壁が淡く発光しているので、それを頼りに前へと進むしかない。


「…………」


 いつ、モンスターが出てくるのか、気が気でなかった。


 今のグスカスでは、魚人にすら負けてしまうだろう。


 だというのになぜこんな危ない場所へ来たのか?


「迷宮核を破壊したとなれば、国から莫大な報酬金が払われる。そしたら……」


 脳裏によぎるのは、自分を慕ってくれる少女の笑顔だ。


 あの子に苦労をかけてしまっている分、少しは楽させてやりたいのである。


「絶対見つけてやる。必ず、帰るからな……」


 と、そのときである。


 ゴゴゴゴゴゴ…………!


「な、なんだ……? 奥から、妙な音がするぞ……?」


 グスカスは立ち止まり、目をこらしてみる。


 ゴゴゴゴッ…………!


「!? み、水だぁあああああああ!」


 ドッバァアアアアアアアアアアア!


 突如として奥から、大量の水が押し寄せてきたのだ。


 考えてみればここは海底。


 内部も水に沈んでいてもおかしくはない。

 どこから穴が開いたのか、それとも別の原因があるからか。


 とにもかくにも、このままでは自分は水没してしまう。


「に、にげ……」


 焦って走ろうとしたそのときだ。


 ツルッ……!


 どしーん!


「いってぇええ!!」


 なんと足を滑らせてしまったのだ。


 このタイミングで転けることは、すなわち……。


「う、うわぁあああああああああ!」


 押し寄せる水流に、グスカスはあっさりと飲み込まれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ