69.英雄、海辺の(モンスター)掃除する
俺がグスカスと偶然であった、その翌日の早朝。
ホテルのベッドにて。
「ううーん……目がさえてしまった」
半身を起こしてつぶやく。
ここはエバシマにあるホテルの一画だ。
女子チームと俺とで2部屋取っていた。
タイガはハルコたちと寝ている。
「……グスカス、元気なかったなぁ」
グスカス。
勇者で、俺の元教え子だ。
夜、みんなでレストランへ行き、ホテルへと帰る途中。
俺は、グスカスを町中で見かけたのだ。
グスカスは、いろいろあって心を病み、癒やすために恋人と遠くで暮らしてると聞いたことがある。
まさかネログーマだったとはな。
積もる話もあったのだが、彼が快復するのを待っている間に、グスカスはいなくなってしまった。
「体力も戻ったし、元気になったから帰った……ってことかな」
ちなみにグスカスは、気を失っている間に、俺が体力回復のため治癒魔法をかけてある。
手足が少し凍傷を起こしてたくらいだったので、俺の魔法で十分対処できた。
「もうちょっと話したかったな。今何してるのか、とか気になったし」
グスカスの恋人さんとやらも見てみたかったしなぁ。
と、思った、そのときだ。
「……ん? なんだ……? 外で妙な気配がするぞ」
俺は気になって、手早く着替え、上着を羽織って外に出る。
おれは【見抜く目】を発動。
外壁すぐそとで、モンスターの気配を感じた。
「こんな近くまでモンスターが? いったいなにが……?」
ともあれ俺は、急いで現場へと急行した。
【高速移動】スキルで、街のなかを風のように走り抜ける。
早朝ということで、人通りなんて皆無だった。
誰かにぶつかる心配も無く、俺は一直線に外へと向かう。
「GYAGYU!」「GYAGYAGYA!」「GIGI!」
「魚人……」
外壁付近に、矛を持った二足歩行する魚人たちがいた。
10数体。
そこそこの数。
「て、敵だっ! くそっ! 数が多い!」
「お、応援を」
「ばかっ! こんな早朝に一体誰がくるっていうんだよ!」
対して衛兵は3人。
レベル的にも魚人に劣っていた。
「よっと」
俺は飛び上がって、【インベントリ】のなかから【魔剣フランベルジュ】を取り出す。
空中で体をひねり、魔力を込めた斬撃を、サハギンどもにお見舞いした。
スパァアアアアアアアン……!
「な、なんだぁ?」
「す、すげえ……一撃で全滅した!」
衛兵たちが目を丸く隣に、俺は着地する。
「よっす。ケガはない?」
「あ、ああ……おかげさまで」
獣人の衛兵が、おっかなびっくりとうなずく。
まだちょっと混乱しているようだ。
「はいみんな深呼吸。すってー、はいてー」
俺の呼びかけに、衛兵たちがすぅはぁと深呼吸する。
ほどなくして、彼らが落ち着いたタイミングで、事情を聞き出す。
「なにがあったんだい?」
「明け方魚人たちが急に、エバシマまで押し寄せてきたんだよ」
「海岸から歩いてきたのか?」
おそらく、と衛兵たちが神妙な顔つきでうなずく。
「普段は来ても2,3匹だったんだけど、一昨日くらいから数が少しずつ多くなってきて困ってるんです」
「え? うそ。サハギンが? この時期に、海からわざわざ外にくるのか?」
水棲モンスターは、冬の寒い時期は活動をしなくなる。
というか陸地に上がることなんてほとんど無い。
それが、出てきていると言うことは、何かしらの原因があるということだ。
「何か原因に心当たりは?」
「……実は最近、街の近くの沖合に、【海底ダンジョン】が見つかったんです」
「海底ダンジョン……」
確か獣人漁師たちが、うわさしていたな。
ダンジョンは世界各地に見られる。
その種類も多種多様だ。
海底にあるものだってある。
またダンジョンは突発的に、自然発生することもある。
よく学者たちはダンジョンは生き物(モンスターの一種)であるという学説を発表している。
モンスターは一度死んでまた復活するように、ダンジョンもまたリポップするのだそうだ。
「ダンジョンが海底にできて、それにびびった水棲モンスターたちが陸地へと追いやられてるのかな?」
「それもありますが、ダンジョン内のモンスターが外に出てるということもありますね」
「なるほどなぁ。リヴァイアサンがいたのは、そういうことか……」
衛兵たちが目をむく。
「り、リヴァイアサンなんていたんですか!?」
「え、ああ。でも安心して。軽く倒してきたから」
「「「軽く倒してきたんですか!?」」」
衛兵たちが驚愕に目を見開いている。
「う、上に報告した方が良くないですか?」
「そうですよ、この人に依頼すれば、きっとなんとかしてくれますよ! 冒険者たちに頼まなくても!」
若い衛兵二人が、上司らしき人物に言う。
だが上司の獣人は、重く首を振る。
「駄目だ。一般人を巻き込むなと、陛下からお言葉を賜っているだろう?」
上司は俺を見て、頭を下げる。
「助けてくれたこと、感謝する。だが後のことはこちらに任せて、あなたはもうお帰りください」
「いや、そうもいかんよ。俺も手伝うよ」
上司は首を振る。
「駄目です。あなたは無関係だ。国の問題は国で解決する」
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。手伝うって」
「無用です。今日陛下は騎士や冒険者を集って海底ダンジョンへ向かうことが決定しています」
そうなのか……。
玉藻は、俺に気を遣って、黙っていたんだな。
悪いことしちまったな。
「さぁ、お帰りください」
「いやでもなぁ……」
と、そのときである。
ひときわ大きなモンスターの気配を、近くの海岸から感じ取った。
「悪い、ちょっと出てくる」
「あっ! ちょっと!」
俺はモンスターのほうめがけて、走り出したのだった。
☆
昨日来た道を逆走する感じで、俺は海岸までやってきた。
朝日が少しだけ、水平線から顔を出している。
薄ぼんやりとした視界のなか、俺は【それら】を眼で捕らえた。
「巨大蟹……か。Aランク程度の弱い奴だけど、陸地に来るなんてやっぱりおかしいわ」
3メートルほどの巨大な蟹が、かさかさかさと音を立てながらこちらにやってくる。
「数は100か。まあまあ多いな」
水棲のモンスターは群れをなしてやってくることが多い。
自衛手段の一環として、まとまって動いてるんだとかなんとか。
「殻があって、斬撃はあんまり効かないな。となるとー」
俺は右手を前に掲げる。
「【獣神の豪雷】」
雷獣タイガからコピーさせてもらった、一撃必殺の魔法スキルを使用する。
魔力を消費し、俺の右手から、凄まじい勢いの雷魔法が出る。
ズガァアアアアアアアアアアアアアン!
極太の雷が蟹たちに激突すると、電流が辺り一面にほとばしる。
蟹たちは白目をむいて、その場に倒れ込む。
「ふぃー……片付いた。しかしそうか。ダンジョンの影響かぁ」
俺は【見抜く目】で、沖合を見やる。
この目は対象となるものの情報を見抜く。
海底ダンジョンの居場所だって、見つけることができるのだ。
「……あった。結構陸に近いとこにできてるな。厄介だ」
俺は上半身の服を脱いで、準備体操をする。
飛び込もうとした、そのときだ。
「坊やっ!」
ぐいっ、と誰かに手を引っ張られた。
「玉藻。どうした?」
「どうしたじゃないわよ……。はぁ……」
妖狐の幼女が、その場に疲れたようにうずくまる。
汗びっしょりだった。
走ってきたのだろうか。
「坊や。まずは、サハギンと巨大蟹、対処ありがとうね」
「なんのなんの。あとは海底ダンジョンだろ。任せとけって」
すると玉藻が、俺の腕を掴む。
「いっちゃ駄目よ、坊や」
「なんでさ」
玉藻が深々とため息をつく。
「あなた、今日デート本番でしょう? あの子たちに告白するって言ってたわよね?」
「そりゃあ……。でもそれまでに帰ってくるからさ」
「駄目」
玉藻が、珍しく少し怒ったように言う。
「気持ちはとても嬉しいわ。けどこれはこの国の問題よ。あなたは自分のことだけ考えていれば良いの」
獣人は義理堅い人たちが多い。
でも逆に言うと、人間関係ではきっちりしている。
玉藻は微笑むと、落ちている俺の上着を手に取る。
「それにこんな寒いなか泳がせて、デート前に風邪を引いてしまったら、あのかわいい子たちが泣いちゃうわよ。ね?」
「…………そうだな」
俺は服に袖を通す。
「別に今日ダンジョンをクリアする訳じゃあないわ。何日かかけてじっくり掃討する。そのための人員もきちんと確保しているの。あなたはお呼びじゃあないのよ」
そういえば、さっき衛兵も言っていたな。
「けどなぁ、新造ダンジョンは危険だって……」
「坊や」
玉藻がとがめるように言う。
「……わかった。わかったよ。けど、どうにもならないと判断したら、すぐに通信魔法を俺にいれてくれ」
彼女は苦笑すると、首を振った。
「嫌よ」
「なんでさ」
「そうね。とりあえずあなたがちゃんと、ハルコちゃんとキャスコちゃんに思いを告げたら、考えてあげてもいいわ」
ぱちん、と玉藻がウインクする。
「本当に、危なくないんだな?」
「ええ。あなたの手を煩わせるほどじゃない。何事もなく、つつがなく、作戦は完了できるわ」
玉藻の言葉に偽りはないようだった。
ちゃんとした人員をそろえられているのだろう。
だとしたら、外様である俺は、作戦の話を乱す異分子でもあるか。
「わかった。後は玉藻たちに任せるよ」
ちょうど、朝日が昇りだした。
あたりに光が差し込む。
「少し曇っているわね。雨降らないといいのだけれど」
「作戦に天候って支障きすのか?」
「こっちの話じゃあないわよ。あなたの話し。上手くいくと良いわね」
「そうだなぁ。上手くいくと、いいなぁ」
かくして、俺は俺の、玉藻は玉藻の。
それぞれが、頑張ることとなったのだった。




