66.英雄、バイト少女たちとプールに入る
エバシマ到着から、数時間後。
俺は……南国の海にいた。
「何を言ってるんだぁ、俺は?」
しかしそうとしか言いようがない。
眼前には白い砂浜。
照りつける太陽。
そして遠くには紺碧の海が広がっている。
「季節は春前のはずなんだが、普通に暖かいなぁ。むしろ熱い」
海パン姿の俺が、うーむ、と腕を組んで首をかしげていた……そのときだ。
「おとーしゃーん!」
ふよふよ……と飛びながら、タイガが俺の元へとやってきた。
水玉模様のワンピースタイプの水着を着ている。
「どう? おとーしゃん。あたち……セクシー?」
タイガが着地すると、くね……っとしなをつくったポーズを取る。
「おっ。タイガさん、よく似合ってるぞ。まぶしいぜ」
「せくしー?」
「ああ、セクシー」
「やたー!」
タイガはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
長い髪は水泳キャップのなかにしまわれている。
「ハルちゃんとキャスコ、それと【玉藻】は?」
「もーすぐくる。タマちゃんもくる! うみー!」
だっ……! と海に向かってタイガが走ろうとする。
「おっとタイガ。ハルちゃんたちをまとうなぁ」
「えー」
「みんなで遊んだ方がたのしいぞー」
「いちりあります! 待ちます!」
俺はパラソルを立てて、その下にレジャーシートを敷く。
待つことしばし。
「……お待たせしました、ジュードさん♡」
キャスコがニコニコしながらやってくる。
「うわー! キャスちゃんちょーきれー! ちょー足ながぁい!」
キャスコは黒いビキニに灰色のパーカーを羽織っている。
すらりと長い足が実に美しい。
体に無駄な肉が一切無く、まるで芸術品のようだ。
「……どうです? ジュードさん」
「いやはや、びっくりしたよ。綺麗になったなぁ、おまえ」
キャスコが微笑んで、くるっとその場で回る。
きゅっと引き締まったお尻が実にキュートだ。
「ンふ♡ 坊や。お・待・た・せ~♡」
狐耳の少女が、俺の元へとやってくる。
見た目は10才くらいだろうか。
ふさふさの狐尻尾に、とがった耳が特徴的。
「おー玉藻。似合ってるじゃん、その水着」
真っ赤なセパレートの水着を着ていらっしゃる。
「ンふ♡ ありがと~♡ お姉さん嬉しいわ」
ぱちんっ、と玉藻がウインクする。
幼さのなかに妖艶さが見え隠れする。
「たまちゃん、駄目だよぅ」
タイガが玉藻に近づく。
「おとなの水着! かっこいー!」
「ンふ♡ ありがとうタイガちゃん♡」
玉藻はタイガの額にキスをする。
「タマちゃんいいにおいします……かっこうもセクシーだし……おとなっぽいー!」
「そうだなぁ。玉藻は俺たちなんかよりずっと長く生きてる大人だからな」
「おとーしゃんよりも!?」
「もちろん。なぁ?」
「こ~ら、駄目でしょう坊や。女性に歳の話は厳禁よ♡」
ふふっと玉藻が大人っぽく笑う。
「キャスちゃん、たまちゃんは……なにものなんですかー?」
「……玉藻様は妖狐という、長い年月を生きるえらい狐さまですよ」
物知りなキャスコが、すかさず解説を入れる。
「あらキャスコちゃん、いいのよ、様なんてつけなくても。気軽にタマちゃん♡ って呼んで」
「……恐れ多いです。玉藻陛下」
うやうやしく、キャスコが頭を下げる。
「へーか? おとーしゃん、へーかって?」
「玉藻はこの国の王女様なんだ」
「えー! はつみみなんですけどぉ!」
ぴーんっ! とタイガの耳が立つ。
「そんなかしこまらなくて良いのよ~♡」
「ほわー……王女様……はじめてみた-。すごい!」
わぁわぁ、とタイガが両手を挙げて喜ぶ。
「さて、そろそろ出てきたらどうかしら? ハルコちゃん?」
玉藻が背後を振り返る。
そこには……タオルを頭からかぶった、ハルコがいた。
「うう~……うう~~~…………」
体もスポッと隠れており、顔面だけが露出している状態だ。
ほおは真っ赤で、目が潤んでいる。
「どーしたのハルちゃん。おばけごっこ~?」
「ちがうよぅ~……はずかしいんだよぅ~……」
もじもじ、とハルコが体をよじっている。
「どうしてー? ハルちゃんははずかしくないよ-?」
「……そうです。ハルちゃん。自信もって!」
「ンふ♡ そうよ、とっても魅力的な体よ。坊やなんてイチコロね」
少女三人に励まされ、ハルコが恐る恐る、タオルを俺の前で脱ぐ。
「おぉー……」
ハルコは真っ白なビキニを身につけている。
なんというか……とても立派だった。
トップスから、大きくて柔らかそうな乳房が、こぼれ落ちそうだった。
胸だけでなく太もももむちっとしている。
だが決して太ってはいない。
健康的な美、とでもいうのだろうか。
「うう……ど、どうかやぁ~……?」
「すごい似合ってるよ。恥ずかしがることないって」
「ほ、ほんとう……?」
上目遣いに、ハルコが尋ねてくる。
「うん、ほんと。超セクシー。……って、ごめんねセクハラかなこれ?」
「い、いえ! ぜんぜんセクハラじゃなくて! むしろ嬉しい的な、むしろごほーびてきな……ああおら何言ってるんだろう……!」
ハルコがわたわた、と言う。
「あの……ね。ジュードさん……ほんとうに、セクシー? ぷくぷく太ってる、ださださ女じゃない……?」
この子はどうして、そこまで自己評価が低いのだろうか。
こんなにも、美しく、魅力的な外見をしているのにね。もったいない。
「すごい綺麗だよ」
「う、うへへ……♡ ジュードさんに言ってもらえたら……おら……ちょっとだけ自信つきました。うれしいです♡」
ハルコがハニカむ。
「ハルちゃんおよごー! れっつらごー!」
「うん! いこー!」
ハルコはタイガの手を引いて、海へと駆けだしたのだった。
☆
浜辺にて、俺はパラソルの下で寝そべっている。
「日差しが気持ちいいわぁ。これ、本当に幻術なのか?」
俺は隣に座っているキャスコに尋ねる。
「……室内の壁や天井に、映像を魔法で投影していますね」
「日の光も光魔法を応用して作ってるのよ。どう、我が国自慢の【室内プール】は?」
「はー、こりゃすごいわ。本当に夏の海みたいだわ。これで室内なんて信じられん……」
波の音すらも聞こえてくる。
揺れ動くさざ波が、魔法で見せているものなんて思えなかった。
「うちの国の子たちは、手先が器用な子がたくさんいるからね。これくらい朝飯前よ」
ここはエバシマにある王城。
王家の所有するプールのなかだ。
「悪いな玉藻。ちょっと挨拶に来ただけなのに、プールにご招待してくれてさ」
「いいのよ♡ ちょうど坊やに自慢したかったからね」
玉藻はデッキチェアに寝そべって、ぱたぱたと狐尻尾を振る。
この子は俺の友達だ。
ネログーマに遊びに来たと言うことで、挨拶に向かったのだ。
そこでプールに入っていけと誘ってくれたのだ。
「それで、坊や、告白の言葉は考えてきたのかしら?」
「え? あーっと……玉藻さん。ここでその話はぁ」
隣に座っていたキャスコが微笑むと、立ち上がる。
「……ハルちゃんたちと遊んできますね♡」
キャスコはウインクすると、俺の前から離れていく。
「きゃすちゃーん! 一緒におよごー! ハルちゃんおよげなくてさー」
「うう……ごめーんタイガちゃん……おら金槌で……」
「……じゃあ一緒に泳ぐ練習しましょう」
キャスコはハルコの手をとって、泳ぎの練習をし出す。
「で? 告白の言葉は?」
「まぁ……いちおう考えてるよ」
「そっ。ならいいわ。ふふ……あの超鈍感坊やが、やっと女の子からの好意に気づいて、告白するところまで来たか。感慨深いわね」
忘れがちだが、今回の旅行は、ハルコとキャスコに告白するためのイベントでもある。
「やっとってなんだよー」
「あなた、気づいてないだけで、かなりの数の女の子から好かれてたのよ」
「いやぁ、照れますなぁ」
人間的な好きって意味だろう。
「はぁ~~~~~…………。ぜんっぜん、鈍感さ加減、なおってないわねぇ。男女的な意味でよ」
「え、うそぉ?」
「嘘じゃないわよ。アルシェーラとかキャリバーちゃんとか、キースの坊やもあなたのこと好きよぉ」
最後キースって。
男じゃあないか。
「ほらぁ。人間的な意味での好きじゃんかー」
「ふふ……いいわぁ。お姉さん、そういうのもいける口よ♡」
「どういうの?」
「あなたはまだ知らなくて良いわ♡」
ううーむ……俺も30うんねん生きてるが、まだまだ知らないことも多いようだ。
「ハルちゃん! くらえー!」
パシャッ……とタイガがハルコの顔に、水をかける。
「あ、やったなぁ。えーい!」
ハルコが笑顔で、タイガにパシャッ、と水をかける。
「キャスちゃん、魔法でやっちゃって!」
「……いいですよ。それ~」
キャスコが水魔法で、水の柱を出す。
「わー! すっげー!」
「わわっ、すごいだに~!」
水柱の上に乗るハルコとタイガ。
「あ、そうだ。玉藻」
「ん~? なぁに」
「最近、何か変わったことないか?」
俺は獣人漁師から聞いたことを思い出す。
最近、水棲モンスターの活動が活発になってきているという、アレだ。
「ん? んー……特にないわね」
玉藻が微笑みながら、足をパタパタさせる。
「ほんとうか?」
「ええ、ほんとよ」
王女が微笑みながら、ハルコたちを見やる。
国思いのこの子が、国の情勢に気づいていないわけがない。
モンスターの活発化のことだって、承知しているはず。
その上で……何も言わないと言うことは、俺に異変を伝えたくないのだろう。
「いいんだぞ、頼って」
「いいわよ、気にしないで」
「いいってば。教えてくれよ。水くさいじゃんか。俺たち友達だろ?」
「友達だから……よ」
玉藻は俺を見やる。
その目は慈愛に満ちたものだ。
おいでおいで、と手招きする。
俺が近づくと、玉藻が俺を抱きしめる。
「友達だから、変なことに巻き込みたくないの。あなたには、素敵な思い出を作ってかえって欲しいわ」
やはり、この国で異変が起きているのは確実のようだ。
ただ玉藻は、俺を巻き込まないようにしてくれているらしい。
「そっか。でもな玉藻。本当にどうにもならないときは頼ってくれよ」
「ええ、ありがとう。でも……坊や。あなたはあの愛しい女の子たちのことを第一に考えてあげて。この国のことは、この国の人間が考えればそれでいいのよ」
ハルコが笑顔で、俺に手を振っている。
キャスコも上品に微笑んでいる。
タイガが一緒に遊ぼうと手招きしてきた。
「ほら、いってらっしゃい」
俺はうなずいて、ハルコたちのもとへ向かう。
「玉藻」
「なぁに?」
「ありがとな、いろいろ気を遣ってくれて」
玉藻は目を丸くすると、ふふっと微笑む。
「大人にそんな口聞くようになるなんて、坊やも成長したのね」
「そりゃね。もうおっさんですよ」
「……ありがとう。大好きよ、坊や」
玉藻は目を閉じて、小さくつぶやくのだった。




