07.英雄、第二王子の愚痴を聞く
双子冒険者の訓練をした翌日。
お昼をちょっと過ぎたくらいのこと。喫茶店ストレイキャッツにて。
ランチタイムが終わり、客が少なくなってきた。それでもまだお昼休みなのか、客がちらほらといる。
「ね、ね、かっこいいわよねキース様ぁ♡」
「ほんとよねー! 薄幸の美少年って言うのかしら。もうすっごい好みだわ~♡」
客の女の子二人組が、食後の雑談に興じている。
彼女たちは何かをテーブルの上に広げていた。なんだろうか……。
カウンターから彼女たちのことを見ていると、
「ど、どうしたんですかっ、ジュードさん?」
とバイトの少女ハルコが、俺の元へやってくる。
「あ、あの子たちが気になるんですかっ? ああいうきゃぴきゃぴしてる子の方がいいんですかっ?」
さぁ……っと青い顔をして、ハルコが言う。
「いや、あの子たちがというか、あの子たちが読んでる物が気になってさ」
俺が言うと、ハルコは「……良かったぁ。ワンチャンある!」と何かをつぶやいた後、
「ハルちゃんあの子たち何読んでるの?」
「あれは雑誌ですね。若者向けの女性週刊誌ですよ」
私も持ってます、と言っていったんバックヤードへ戻る。そしてハルコが、手にあの子たちと同じ雑誌を持ってやってきた。
「ふーん……若い子向けの雑誌か。何が書いてるの?」
「最新ファッションとかですかね。あとは芸能ニュースとか」
「ふぅむ、そういう雑誌があるんだな」
おっさんだから、読んだことないよ、そういうの。
雑誌はカサカサとした紙の束だ。そこに文字や【絵】が描かれている。
異世界には【シャシン】といって、物を正確に印字する技術があるそうだ。
しかしこの世界には、そんな大層なものはない。手で書いた絵を印刷しているのである。
「ん? なんで若者向けの雑誌の中に、キースが載ってるんだ?」
さっきのお客の会話を聞く限りだと、雑誌の中にキースのことが書いてあったらしい。
「それはそうですよ。キース様はゲータニィガで大人気ですからね」
「ほぉ~……あのキースがねえ」
確かにあの子、昔からかわいい顔はしていたからな。女の子に見まがうほど。
顔の作りもミラピリカ同様に、恐ろしく整っていたし。
「ジュードさん……キース様とお知り合いなのですか?」
「ん。まあ、ふるい知り合い」
「へぇ! そうなんだぁ……! 顔が広いですね! さすが私のジュードさん! ……きゃっ、おらのって言っちゃった言っちゃった♪」
えへ~となんだか知らないが、上機嫌のハルコ。
「キースは昔、体が弱くてさ。ベッドから立ち上がれないほどだったんだよ」
「ええ!? そうなんですかっ?」
俺はうなずく。
「けど……キース様って今普通に生活してますよね。隣国に赴くこともあるみたいですし」
「ああ、体が丈夫になったんだよ。たしか今から……15年くらい前かなぁ」
当時キースは4歳だった。つまり彼は今19歳。あのときは病弱少年だったけど、今ではすっかり健康体だ。
「へぇ……。15年前に何かあったんですかね?」
「ん。まあ、俺が【指導者】の能力で……」
とそのときだ。
からんからん♪
喫茶店のドアが開く。
「いらっ」しゃいませ、という前に、
「「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー♡」」
と、さっきの女の子たちの、黄色い声が上がる。なんだなんだ。
「うそぉ……! キース様よぉ!」
「きゃー♡ キース様ほんものよぉ! ほんもののキース様だわぁ♡」
女の子たちが立ち上がり、目を♡にして言う。
入ってきたのは……中肉中背の、銀髪の美少年だった。
顔は女の子と見まがうほど、小さく、肌も真っ白だ。
銀髪を肩まで伸ばし、本当に女の子みたいである。
王族の服の上に、白いマントを着ていた。
「ジュードさん、こんにちは」
にこっ、と彼……キースが笑って言う。
「「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡」」
女の子たちがキースの笑顔を見ただけで、くらり……とその場で貧血を起こしたかのように倒れる。
【見抜く目】を発動。意識はあるようだ。病気ではないみたいだ。良かった。
☆
ランチタイムを過ぎても、彼女たちは店から出ようとしなかった。
俺は仕方なく店に【CLOSE】の札をかけて、お昼休みということにした。
ちなみにハルコも昼休みを取らせて、外に出てもらっている。
店の中には俺とキースしかいない状況だ。
窓際の席には、銀髪の美少年が座っている。
「キース……おまえどうしたんだよ?」
「どうしたと言いましても、ジュードさんに会いに来たんですよ」
キースはミラピリカから、俺が偽名を使ってこの街で暮らしていることを聞いたらしい。
第二王子は第三王女の兄だ。そしてふたりは仲が良い。だから俺の居場所とか知っているのか。
「ジュードさん、会いたかった……」
キースが眼に涙をためて、俺の手をがしっと握る。
「泣くなよ。大げさだなー」
「泣きますよ。命の恩人であるあなたに、久しぶりに会えたのですから」
キースが自分の目元をぬぐう。美少年は泣いていても絵になるなぁ。いや、少年というか年齢的には青年だが。
しかしこいつ、女の子みたいに華奢なので年よりも若く見えるんだよな。
「命の恩人って、大げさだろ」
「いいえ! 大げさなもんですか!」
第二王子は、俺の手をぎゅーっと握る。
「ステータスが他のひとたちより弱かった僕。ベッドから起き上がれないくらい、体が虚弱だった僕を、ジュードさんが救ってくれたじゃないですか!」
このキースという少年は、先天的に体が弱かった。
体力も、腕力も、丈夫さも最底値だった。
キースは、どのステータスの数値も(賢さ以外)、一般人よりも遙かに低い、超虚弱体質だったのだ。
「ジュードさんの【指導者】の能力で、僕を仲間にしてくれたおかげで、やっと人並みの生活が送れるようになったんです。これを感謝しないのはおかしい!」
【指導者】には仲間の強さを三倍にする能力がある。
それを使って、キースの基礎ステータスを三倍に向上させた。
もともと低かった値は、三倍になることで、人並み(よりやや低い)になれた次第である。
命の恩人か、といわれると疑問符がつく。だが向こうはそう思っているみたいだった。
「そ、そうか……。落ち着け」
キースは俺の手を、指まで絡ませてにぎってきた。ぱっ……と俺の手を離す。
「すみません、つい」
ぺこっと頭を下げるキース。
その後自分の手をすりすり、となぜか自分の頬にこすりつけていた。
なにやってるんだ、こいつ?
「ジュードさんがいなかったら、今でも僕はベッドから一歩も歩けませんでした。本当にジュードさんには心から感謝してます」
「気にすんな。たいしたことしてねえしよ」
俺が何かしたというより、俺の【指導者】の能力が勝手にキースの体を治してくれただけだからな。
「ああほんと……できたお方だ。とっても素敵だ……」
目を潤ませて、キースが言う。
「ん? どうした」
「いえ、ジュードさんは素敵だなと思いまして」
ニコッと笑ってイケメンが言う。
「嫌みかよイケメンくん」
「そんなまさか。本心です。ジュードさんは素敵です。格好いいです」
「お、そうか? ありがとよ」
イケメンにそう言われると、お世辞だとしてもうれしくなるね。
うれしくなった俺は、コーヒーとパンケーキを用意して、キースの元へやってくる。
「ほら食ってけ。俺のおごりだ」
「いいんですか? うれしいです!」
キースは笑うと、上品な仕草でパンケーキを食べる。
「ふぅむ、どうしてイケメンは、食ったり飲んだりするだけで、こうも絵になるんだろうなぁ」
「もう、ジュードさんやめてくださいよ。からかわないでください。惚れちゃいますよ」
「はは、何言ってんだおまえ男だろうが」
キースの冗談に、俺は笑う。彼もまた「そうですね……なんで僕、男なんだろう」と笑い返した。ん? なんか言ったか、こいつ?
パンケーキを綺麗に食した後、コーヒーをキースがすする。
「それでキース。今日は何しに来たんだ?」
「最初から言ったでしょう? ピリカからジュードさんの話を聞いて、あなたに会いに来ただけです。仕事の間に」
「仕事かぁ……。今もグスカスの代わりに働いてるんだっけ?」
「ええ、兄では第一王子の仕事を回せないので、僕が、仕方なく」
このキースという青年は、なにせ頭が良い。賢さの数値がずば抜けている。
なにせ9歳で、国立魔法学校に入学。そのまま飛び級飛び級を繰り返し、成人する前に大学を首席で卒業したくらいの天才だからな。
「あのカス兄上のせいで、僕の仕事がたまる一方です。あのカス、自分にどんな仕事が与えられてるかすら把握してないんですよ。困った物です」
憎々しげに、キースがつぶやく。彼はグスカスに迷惑をずっとかけられ続けてきた人間だからなぁ。
「口がわりぃぞ」
「いいんです。本当のことじゃないですか。……あのカス無能勇者め」
キースが暗い目をして、ぶつぶつと呟く。
「……なにジュードさんに迷惑かけてるんだよなに濡れ衣着せてるんだよあのカスふざけんなジュードさんが許しても僕は許さないから愛しいジュードさんにあんなひどい仕打ちしやがってただですむと思うなよゴミカス野郎死ぬよりも苦しい目に遭わせてやるからな」
「き、キース? どうした? 具合でも悪いのか?」
キースがあまりに小さな声で、何事かをぶつぶつと呟いていた。だから体調でも悪いかと思ったのだが。
「いいえ、なんでもありません」
と晴れやかな表情で、キースが言う。
「あ、そう……。ま、まあ兄弟仲良くな」
「いくらジュードさんの頼みでも、それは承服しかねます。姉上たちやピリカとなら仲良くできますが。あのカスとは死んでも仲良くなんてできません」
きっぱりと、キースが言った。ふぅむ、なんでこんなに二人は仲が悪いんだろうなぁ。
その後キースと1時間くらい雑談した。俺もコーヒーをついで、ふたりでコーヒーを飲みながら語り合う。
久しぶりの友人との再会に、話が弾んだ。
やがてコーヒーを飲み終わり、一息ついた頃。
「キース様。そろそろ」
そう言って、喫茶店のドアが開く。キースの護衛騎士のようだった。
「わかりました、今行きます」
キースは立ち上がる。俺も出口まで、彼を見送りすることにした。
「それでは、ジュードさん。またコーヒー飲みに来ます」
「なんだ、本当にコーヒー飲んで俺と話しに来ただけなんだな」
「最初からそう言ってるじゃないですか。あなたに会いに来たって」
苦笑するキース。どうにもここ最近は、俺を連れ戻そうとしたり、他国へスカウトしようとしたりと、そんな連中ばっかりだったからな。
「それじゃ、ジュードさん。また」
「ああ、またな」
キースは笑って、俺に手を振る。そしてきびすを返し、止まっていた馬車に乗り込んだ。
そして馬車は王都へ向けて、出発したのだった。
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ではまた!