65.英雄、水の街を観光する
俺はバイト少女と娘とともに、ネログーマの【エバシマ】までやってきた。
獣人漁師の厚意で、ゴンドラを貸してもらえることになった。
俺はさっそくゴンドラに乗って、この水の街を見て回ることにした。
「ジュードさんすごい! ゴンドラまで上手に扱えるんですね!」
ハルコがキラキラした目を、俺に向けてくる。
「いや、ロッピさんからコピーさせてもらったんだよー」
ロッピさんとは、さっき俺に船を貸してくれた獣人漁師のことだ。
「コピー?」
はて、とハルコが首をかしげる。
「……ジュードさんの職業【指導者】は、相手の能力を向上させるかわりに、6割能力をコピーさせてもらうというものなんです」
「そうそう。さっきロッピさんから【小舟操作】をコピらせてもらったんだ」
「はえー……ジュードさんはすげーだに!」
エバシマは湖の上に立つ街だ。
水流というものがほとんどなく、ボートをこぐのも実に楽だ。
「はっ! おとーしゃんおとーしゃん! 橋があります! あっち! くぐってー!」
タイガはゴンドラの先頭に座り、前方を尻尾で指す。
「おっ、了解だタイガ船長」
「せんちょー? キャスちゃんせんちょーってなぁに?」
タイガの後ろに座る白髪賢者が、頭をなでながら言う。
「……船乗りで一番偉いひとのことですよ、タイガちゃん船長」
「そーゆーことかっ! よぅし、はしのしたへごーごー!」
街はレンガの道路が引いてある。
景観を崩さないためだろう、地味目な色合いのレンガで建物や橋が構成されている。
「俺はこういう地味な方が好きだなぁ」
「ふぇ!? じゅ、ジュードさん……じ、地味な女の子のほうがすきなのかや!?」
ハルコがキラキラ目を輝かせて言う。
「え? うん。そうだなぁ。一緒にいて安心する子が好きだよ」
「ふへ……♡ ふへへへ~♡ ふへー♡」
とろとろにとろけた笑顔で、ハルコがほっぺを押さえて言う。
「……ふふっ、よかったですねハルちゃん♡」
キャスコが上品に微笑んで言う。
「……私よりハルちゃんの方が、ジュードさんは好きなのですか?」
「あ、いや……そういうことじゃないから……その……」
「……ふふっ、冗談です♡ からかっただけですよ♡」
ぽりぽりと俺はほおをかく。
「なんかキャスコさん、ちょっといじわるになったなぁ」
「……あら、そういうキャスコはお嫌いですか?」
「いいやぁ、そんなことないよ。魅力抜群だね」
「……もう、か、からかわないでさいっ」
耳の先を赤くして、キャスコがぷいっとそっぽを向く。
大人びたなと思ったけど、まだまだ子供のようだ。
すると、ちょうどゴンドラが橋の下を通りかかる。
「わー! すげー! 橋の下ってこーなってるんだぁ! すげー!」
アーチの下を潜ると、すぐに光が差す。
「あー! おとーしゃんもう抜けちゃった! もーいっかい!」
「そうしたいんだが、水路は一方通行なんだよ。後ろの人に迷惑かかるから、がまんなー」
結構ゴンドラはあちこち見受けられた。
観光客を乗せる大型のもの。
個人所有の小型のゴンドラ。
様々なゴンドラが走っているが、基本的に水路は一車線の一方通行だ。
「えー、あたちまた橋の下潜りたい……くぐりたーい!」
「また機会はあるさ。っと、そう言ってるうちにほら、タイガさん橋があるぜ?」
「よぅし、おとーしゃん! タイガさんせんちょーめーれーです! 橋へごー!」
☆
ゴンドラ遊泳を楽しんだ後、俺たちは泊まるホテルへとやってきた。
船ごとホテルに入れたので驚いた。
地下一階が船着き場となっており、そこにいくつもゴンドラが係留されていた。
俺たちはチェックインした後、荷物を置いて、今度は歩いて街を探索する。
「おとーしゃん、へんなのがいる……」
俺はタイガを肩車している。
頭上から、彼女の怯えた声がした。
「へんなの? どこだ?」
「あれ……! まっしろい変な顔のひと!」
尻尾で指す先には、【仮面】をつけ、ドレスを着た女性が歩いていた。
「あー、ありゃ仮面だな。あの下に素顔があるんだよ」
「ほぅ! あのしたにおかおが……」
キラキラとした目を、タイガが向ける。
「タイガさんも一枚どう? 欲しいか?」
「ほしー! あたちも仮面つけるー!」
しばし歩いていると、仮面屋さんがあった。
屋台を出し、様々な仮面が飾ってある。
「こんなにいっぱい……ねえねえハルちゃんキャスちゃん、どれが似合うと思う-?」
「ん~? そうだに~。これとかっ!」
「……こっちの方も似合ってます」
きゃあきゃあ、と女子チームが仮面を選んでいる。
「いろんな種類あるんだなぁ」
目だけ隠すものから、頭からスポッとかぶるものまで、多種多様だ。
「ふぅむ。しっかしどうしてこんなにたくさん仮面が……?」
「おや、お客さんネログーマの【精霊祭】は初めてかい?」
「せーれーさい?」
仮面屋のおっちゃんが、俺に言う。
「ネログーマに住まう精霊たちに感謝を捧げるお祭りさ。みんなこの日は仮面をつけて精霊になりきってるのさ」
「はぁん、なるほど。精霊たちが街に遊びに来やすくしてるんだなぁ」
「そーそー! お客さんよくわかったね!」
「あ、いやぁまぁ……うん。なんとなく」
そうか、だからさっきから、精霊があちこちにいるんだなぁ。
俺たちの住む世界には、人間だけでなく、霊的な存在いる。
彼らは精霊。
魔法を使うときは、精霊に魔力を渡し、その代わりに魔法の力を貸してもらっている。
魔法が生活に根付いてる俺たちにとっては、よき隣人たちなのだ。
「おとーしゃんっ! 仮面きめましたー!」
「お? どれどれ~?」
「この金ぴかで頭から鳥の羽はやしてるやつ……!」
結構ごっつい仮面を、タイガはチョイスしていた。
「お気に入りですかい?」
「おきにおきにー!」
「じゃあこれ一つ。あとハルちゃんとキャスコも選んで良いよー」
仮面屋のおっちゃんにタイガの仮面の代金を渡しながら、バイト少女たちに言う。
「そ、そんな! 悪いですよ」
「いいって。ほらお祭りなんだし、みんなつけてるし」
「……ハルちゃん、お言葉に甘えましょう。彼氏にもらったプレゼント……思い出になりますよ」
「た、たしかに! たしかにー!」
えへえへ、とハルコが笑う。
「じゃあ……えっと、ええっとぉ……おらこれ!」
ハルコが手に取ったのは、犬の仮面だ。
「……では私は、この赤いので」
キャスコは眼鏡のような、顔半分を隠す仮面を手に取った。
バイト少女たちの仮面を購入する。
タイガはさっそく金ぴかごっつい仮面をつける。
「どー?」
「似合ってるよタイガちゃんっ!」
ハルコもまた犬の仮面をつける。
すると、すぅ……っと仮面が透ける。
だが仮面の犬耳だけが残った。
「あははっ。ハルちゃんわんちゃんみたい! かわいー!」
犬耳をつけたハルコが、俺の前にいるような感じだ。
「へ、変じゃないですかや……?」
ハルコが恐る恐る、俺に尋ねてくる。
「ぜんぜん変じゃないよ。よく似合ってる。その尻尾もね」
「え、えへへ~♡ ……って、尻尾!?」
ハルコのお尻から、ふさふさの犬の尻尾までもが生えていた。
「……どうやら幻術の魔法がかかっているみたいですね」
「不思議な仮面もあるもんだなぁ」
「ハルちゃん……おそろいだね!」
ぴこぴこ……とタイガが耳と尻尾を動かす。
「そ、そうだに……わー、びっくりしたぁ」
「ハルちゃんお耳うごかないのー?」
「動かないよぅ……って、動いてるー!?」
ハルコの獣耳と尻尾は、タイガ同様にピコピコと自在に動いていた。
「……仮面が表情に合わせて、幻術の形を変えてるみたいですね」
「な、なんかすごい……こんな高い仮面、本当に買ってもらってよかったんでしょうか?」
ハルコが不安げに、俺に尋ねてくる。
「いーっていーって。ハルちゃんは値段は気にしないの。いつもお世話になってるからね。俺からのプレゼント」
「うへへ~♡ ジュードさん優しい……おら……だいすきっ♡」
「ハルちゃんいつもしあわせそーにわらいますなぁ。みてるとあたちもうれしくなる!」
ピコピコとハルコとタイガが耳を動かしあいながら言う。
「……さて、ジュードさん。私はどうですか?」
すちゃっ、とキャスコが仮面をかける。
パッと見で眼鏡のようであるので、知的なキャスコにはよく似合っていた。
「ああ、すっごい似合ってるぞ。普段の2倍くらい賢く見えるなぁ」
「……もうっ。もっと可愛いとか、きれいだよ、とか言ってください」
「キャスコは普段から可愛いし綺麗だよ」
「……も、もう……恥ずかしいです……」
手でぱたぱた、と顔を仰ぐキャスコさん。
「むむっ! ハルちゃん隊員!」
タイガが仮面をずらし、くわっ、と目を多く見開く。
「むむむっ、なんですかタイガちゃん隊長!」
犬耳を生やしたハルコが、タイガに乗っかる形で尋ねる。
「あっちにアイスクリーム……売ってます! 気になります!」
「おっけータイガちゃん! れっつごー!」
ハルコはタイガを抱っこすると、アイスの屋台へと突撃していく。
俺とキャスコは後からついて行く。
ケースの中に柔らかそうなアイスが入っていて、コーンの上にそれを塗りたくっていた。
「アイスにしては変わった形だな」
「……これはジェラートという、アイスの一種ですね」
「「じぇらーと!」」
タイガとハルコが、目を太陽のように輝かせる。
「おっ、お兄さんもしかしてロッピ兄貴を助けてくれたっていう恩人さんじゃあないっすかっ?」
ジェラート売りの兄ちゃんが、俺に気づいて言う。
「きみは?」
「ロッピ兄貴の弟っす! ここでジェラート売ってるんすよ! それより兄貴から言われてるんす! ジェラート食べに来たらサービスしなって!」
ニカッと店員が笑って言う。
「どれでも好きなのえらんでほしーっす! ただであげるっすよ!」
「「ほんとー!? わーい!」」
ハルコとタイガが両手を挙げて喜ぶ。
「いやいや、さすがにそれはマズいよ。ちゃんとお金払うからさ」
「いいんすよ! あんたは兄貴の命救ってくれたじゃあないっすか! ジェラートなんて安いもんす!」
ううーん……でもなぁ、と困っていると、キャスコが苦笑する。
「……あなたって、いつも厚意でもらえるもの、素直に受け取りませんよね」
「いやだって申し訳ないじゃん。ただでもらっちゃさぁ。向こうも商売なんだし」
「……けど受け取らないと助けた恩をむげにすることになりますよ?」
「ううーん……それもちょっと……ほんとうにいいの?」
もちろん! と店員が明るく笑う。
男気に甘えることにして、ジェラートを受け取ることにした。
「あめー! うめー! さいこー!」
タイガがジェラートをペロペロとなめながら、笑顔で言う。
「おとーしゃんのおかげで、おいしージェラートをただでたべられました! おとーしゃんありがとー!」
「ジュードさんのおかげです! ありがとうございます!」
タイガたちが笑顔で頭を下げる。
俺はみんなが笑顔になってくれて、うれしかったのだった。




