64.勇者グスカスは、金がなくて出発できない
ジュードが水の街に到着した、一方その頃。
勇者グスカスはというと、まだ【ガオカナ】(先日ジュードが泊まった街)にいた。
「くそ……! 金がねえ……」
グスカスはガオカナの街をとぼとぼ歩いていた。
「馬車があんな高いとは思わなかったぞ……くそが!」
現在グスカスは、冒険者として働いている。
だがしかし、彼は【職業】を失っている状態だ。
冒険者に登録することすら、最初はできなかった。
ボブの助力もあって、なんとか冒険者になれたが、今の実力でまともなクエストなどクリアできるわけもない。
収入がないのだから、当然、馬車なんて乗る金はなかった。
「こうなったら金を借りるか。つっても借りる当てなんて……」
そのときだ。
「グスカス様」
「雫……」
グスカスの隣を歩くのは、褐色に銀髪の鬼少女【雫】だ。
「冒険者ギルドでお金を借りるのは、どうでしょうか?」
「あ? ギルドは金貸しじゃねーだろ」
「冒険者は何かと金がかかる職業です。特に新人なんて装備もまともに買えないなんてことがママあります。そこでギルドは冒険者向けにお金を貸す、と以前聞いたことがあります」
「そんな制度があるなら早く教えろよ! このぐずが!」
「も、申し訳ございません……」
しゅん……と雫が肩をすぼめる。
ただまあ良いことを聞けた。
「よし、ギルドいくぞ。そっこーで金借りて、そっこーでエバシマへ向かう」
「それはよいのですが、なぜエバシマに固執するのですか? ここでだって依頼は受けられますよ?」
雫の問いかけはもっともだ。
だが……グスカスには、プライドがあるのだ。
懐から依頼書を取り出す。
それは、エバシマ付近での討伐クエストだ。
「このクエストをクリアするんだ。そんで……俺様がすごいってことを証明するんだよ」
街にいる、自分を捨てていったやつらを、見返してやりたい。
グスカスの頭のなかにあるのは、それだけだ。
「わかりました、グスカス様についていきます!」
「ったりめーだろ。ほらいくぞ」
「はいっ! ですがグスカス様。すんなりお金を貸してくださるでしょうか? 審査が必要であると聞いたことがあります」
「誰に物言ってやがる。俺様はグスカス、女神に選ばれた存在なんだぜ? 金くらいパパッと借りられるだろ」
それと何の因果関係があるのか、などというツッコミを入れるものはいなかった。
雫は「すごいですグスカス様!」といいながら、しかし虫の死骸をみるようなさげすんだ目を向けていた。
だがグスカスは気づかなかった。
ややあって。
グスカスは意気揚々と冒険者ギルドへとやってきた。
受付カウンターまでやってきて、金を貸せと言った。
「無理です」
「はぁ!? なんでだよ!」
冷静に返す受付嬢に、グスカスは声を荒らげる。
「新人用に金を貸してるんだろ? 俺様も新人冒険者だろうが! ケチケチしないでとっとと金かしやがれボケが!」
グスカスがくってかかるが、受付嬢は冷ややかな態度で帰す。
「グスカス様、先日のあなたの振る舞い、忘れてしまったのですか?」
先日、グスカスはゴブリンに襲撃された。
その際、同乗していた一般人を守ることなく、むしろ命をゴブリンに差し出す……という最低最悪の行為をした。
そのせいでグスカスは、ギルドの信用を落としたとされ、次やったらクビだと警告を受けたのである。
「残念ですが素行の悪い方にお金を貸すわけにはいきません」
「ふざっけんな! 素行の悪さと金貸す貸さないは別だろうが!」
「次また何かやらかして、冒険者を首になったら、あなたに貸した金を回収できません。ですので、ギルドから警告もらっている方には出資できない。これは規則です」
「規則がなんだ! こっちは金が必要なんだよ! さっさと寄越せ!」
至極当然の理屈に、しかしグスカスは得心がいかないのか、引き下がらない。
「ふぅー……。話になりませんね。受付嬢長を呼んできましょうか? またイエローカードをもらうことでしょうけど」
「なっ! お、俺様を脅すつもりかよ? そ、そんなんでびびらねーからな!」
「そうですか。では呼んできますね」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
グスカスは受付嬢の腕を引っ張る。
彼女は、すごく汚いものに触られたように、顔をしかめる。
腕を払うと、受付嬢はハンカチで自分の手をふいて、そのままゴミ箱に捨てた。
「わ、わかったよ! くそっ! もうこんなとこで金なんて借りねーよ! くそが!」
ガンッ! とグスカスは受付カウンターを蹴り飛ばす。
「いってぇ!」
小指を強打したグスカスが、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
「「「ぎゃはははははは!」」」
その姿を見た、周囲にいた冒険者たちがグスカスをあざ笑う。
「ぷーくすくす、おいおい今の見たかよぉ?」
「あー、だっせえ。金も借りれない、足もぶつける。実に哀れだねぇ~」
「「「ぎゃーっはっはっは!」」」
ぎりっ、とグスカスが歯がみする。
「うっせーな! 何見てやがる! 見せもんじゃあねえぞごらぁ!」
グスカスがすごむ。
だが冒険者たちは、誰一人としてグスカスにひるむことはない。
「あーこわいこわい。ゴブリンにボコボコにされた最弱冒険者がにらんでもぜーんぜんこわくねーっつーの」
「むしろゴブリンの方がこわいっつーか? グスカスく~ん、ちょっとゴブリンの爪の垢を煎じて飲ませてもらえば~?」
「う、うるせうるせえ! 黙れ最底辺の日雇い労働者どもが!」
ぺっ……! とグスカスがつばを吐いて、その場を後にしようとする。
「おおい、いいのかぁ? 金欲しいんだろ~?」
冒険者の一人が、ニヤニヤ笑いながら、ポケットから革袋を取り出す。
「ちょうど珍しい鉱石をひろいあててな。金に余裕があるんだよ。貸してやっても、ま、いいぜ?」
「……けっ」
誰がこんな奴から金を借りるか。
グスカスはその場を後にしようとする。
「おいおいいいのかよ~? せっかく金貸してやるって言ってるんだぜ?」
「誰が借りるかよ。街の金貸しのところへいく」
「そりゃ無理だな。金融機関はおれらみたいな根無し草にぁ、金貸してくれないぜ?」
言われみれば、何の担保する者がない冒険者に、街の金融は金を貸してはくれないだろう。
だからこそ、冒険者ギルドが金を貸しているのだろうから。
「……おい。貸せよ」
「あー? きこえなーい」
革袋を持った冒険者が、わざと聞こえないふりをする。
ぎり……っとグスカスは歯がみする。
「金貸せっつてんだよ!」
「それが人にものを頼む態度かね~? あーあ、こりゃ貸せないなぁ」
グスカスは、歯が欠けそうになるほどかみしめる。
……だがほかで金を借りる手立てもない。
グスカスは怒りで体を震わせながら、頭を下げる。
「グスカス様……」
雫が見ている前で……だ。
グスカスはいつも、雫には尊大な態度を取っていた。
そんな男が、金がなくて、他人に頭を下げて金を借りている。
……屈辱だった。
だが今は金が欲しかった。
「いいぜ? ほらよ」
冒険者は革袋の紐を解いて、足下に金をばらまく。
「拾えよ。さっき馬鹿にした日雇い冒険者の前で、無様に這いつくばって小銭をさぁ」
クスクス……と周囲がグスカスを見て嗤う。
「馬鹿に……すんじゃねえええええ!」
グスカスは散らばる小銭を蹴り飛ばして言う。
「俺様はてめらなんかと違った選ばれし者なんだよ! 誰がてめえらなんかモブキャラの雑魚どもから金を借りるもんか!」
グスカスはきびすを返すと、雫を連れてギルドを出る。
「なーにが選ばれし者だよ。ゴブリンにも負けたくせに」
「前職が何かしらねーけどよ、どんだけプライドが高いんだよ」
「おれら冒険者を馬鹿にしてさ。あーあ、いい気味だよ」
グスカスに聞こえるような大声で、冒険者たちがグスカスを馬鹿にする。
肩を怒らせながら、グスカスはその場を後にするのだった。




