63.英雄、水の街へ到着する
魚人の群れを討伐し、俺たちを乗せた馬車はネログーマを進んでいった。
「おとーしゃん……あたちね、いいたいこと、あります!」
俺の膝上で正座するタイガが言う。
「何でしょう、タイガさん」
「おとーしゃんのおめめは、どうしていっつも、トラブルをとらえちゃうのですか?」
ぴっ、とタイガが自分の尻尾で、俺の目を指す。
「んー……。そうだなぁ。なんでだろうね」
「おとーしゃんばっかりがんばってたら、いつかおとーしゃんがからだこわしちゃいます! それは……イケナイと思います!」
ふんす、とタイガが鼻息荒く言う。
「……タイガちゃん、よく言いました。ほんと、そうですよジュードさん」
キャスコが少し心配そう、眉をひそめる。
「……困っている人を見過ごせない、あなたの優しい性格、私もハルちゃんも、タイガちゃんも大好きです。けどそれで体崩されては困ります」
「そ、そうだに! ジュードさんがいなくなったら……おら……ぐすん……」
どうにもみんなを、不安がらせているらしい。
「ごめんなぁ」
俺はタイガの頭をよしよしとなでる。
「体調は気をつけるよ。けど……やっぱり困っている人はほっとけないんだ」
「どーしてー?」
タイガが俺を見上げる。
キャスコたちも俺に注目していた。
俺は、少し昔話をすることにした。
「昔、俺は孤児だったんだよ。んで、俺を拾って育ててくれたのが、傭兵団のリーダーさんだったんだ」
俺は彼女について、傭兵団とともに各地を回った。
「世の中にはたくさんの困っている人がいて、リーダーたちはその人たちをいつも助けていた。時にはお金をもらわずに人助けすることもあってさ。なんでただ働きするんだって、昔聞いたことあるんだ」
「なんでー?」
「簡単な理屈さ。自分も昔、誰かにそうやって優しくされて、今があるから。今度は自分の番だってね」
生まれたときは、誰もが弱く、一人じゃ何もできない。
そのとき、俺たちは誰かに優しくされ、助けられて育つ。
受けた恩を今度は誰かのために返していく。
「かつて誰かにそうされたように、強く成長したら今度は誰かを助ける。そして助けられた人はまた別の人を……って、世界はぐるぐる回っているんだって、俺は学んだんだ」
俺はタイガの頭をポンポンなでる。
「だから俺は、別に無理して人助けしてるんじゃあないよ。優しくされたら、その分だけ誰かを優しくする。これが自然なことなんだ。そのために女神様は、俺たちに【職業】を与えたんだと思う」
まあ女神様にあったことないので、本当のところはわからない。
けれど俺のなかではそうじゃないかという、確たるものがあるのだ。
「……素敵な考え方です、さすがジュードさん♡」
キャスコはほおを赤らめて、俺の隣に座る。
「……私、ジュードさんみたいな、素晴らしい人の隣にいられること、とてもうれしいです」
「お、おらも! ジュードさんと一緒にいられて……毎日とても幸せです!」
「あたちもー! おとーしゃんだいすきー!」
むぎゅーっと少女たちが俺の体にしがみついてくる。
「いやぁ、旦那。立派な考え方だな!」
獣人漁師が、うんうんと感心したようにうなずく。
「あんたほどの若さで、そこまでの人格者、なかなかいねえよ!」
「いやいやー、もう俺はおっさんですよー」
「おれから見たらあんたなんてまだまだ子供さ!」
そりゃそっか。
ややあって。
「あー! みてー! 街だよー!」
タイガが窓の外から身を乗り出して、前方を指さす。
遠くに街を囲む外壁が見えてきた。
「旦那、あそこがおれたち獣人国の王都、【エバシマ】ですぜ!」
道路脇に流れる大きな河川が、エバシマへから伸びている。
その先にあるのがあの街だ。
「あそこは山から下りてくる水が集まる湖の上に街が立っているんだ。エバシマは通称【水の都】っていわれるそのゆえんだね」
「ほえー! みずーみ! すごいすごい! おとーしゃん、はやくみたい~!」
タイガが窓から飛び出ようとする。
俺は後ろから抱きしめて、座らせる。
「もうちょっとでつくから、おとなしく座ってようなー」
「えー。あたちはやくいきたいよぅ」
ぷー、とタイガが不満そうにほおを膨らませる。
「先に行ったらハルちゃんが置いてけぼりになっちゃうだろー? それはかわいそうだ」
「あー、そっかぁ。ハルちゃん足遅いもんねー」
うんうん、とタイガがうなずく。
「わかった! おとーしゃんのいうこときいて、おとなしく座ってます!」
「おっ、タイガは偉いなぁ。偉い偉い」
わしゃわしゃ、と俺はタイガの頭を頭をなでる。
「タイガさんは……えらいですかっ?」
「うんっ♡ タイガちゃんは偉いさんだに!」
「……ええ、とても良い子です。偉い偉いです」
ふふっ、とタイガが嬉しそうに笑う。
「おとーしゃんの言うこと守ったら、えらいっていわれた! ありがとー、おとーしゃん!」
「なんのなんの。タイガが偉かったから偉いって言われただけで、俺はなーんもしてないよー」
そんなふうにのんびり話していると、馬車はエバシマへと到着するのだった。
☆
俺たちは門をくぐって、外壁の内側へとやってきた。
「ほわー! すっげー! でっけー! きれー!」
タイガが尻尾をぱたたたたっ、と小刻みに動かす。
「おとーしゃん……海だ!」
「海じゃないぞー。湖だ」
澄んだ湖面が辺り一面に広がっている。
エバシマの街はその上に作られていた。
「旦那、馬車は入り口であずけておくんですぜ。この町は水路が発達してるから、なかでの移動はアレを使うんだ」
獣人漁師が指さす先には、小さな小舟が浮いていた。
「なにあれなにあれー!」
「……アレはゴンドラという乗り物ですよ。数人で乗る手こぎのボートです」
入り口にはゴンドラ乗り場があり、そこからたくさんの船が出ていた。
「はえー……すごい人だに。お祭りでもあるんかや?」
ゴンドラ乗り場には、数多くの人たちが列をなしていた。
「……元々エバシマは観光地として有名ですからね。人も多いです。ただこの時期はハルちゃんが言うとおり、お祭りもありますし、特に混んでいるんです」
「こりゃゴンドラ並ぶのに、時間かかりそうだなぁ」
と思っていたのだが。
「旦那、こっちこっち!」
獣人漁師が、俺を手招きする。
彼の後をついて行く。
ゴンドラ乗り場から少し離れたところに、小屋があった。
「ここは漁師たちの寄り合い所さ。おーい、帰ったぞー」
寄り合い所の入り口には、同じく漁師らしき獣人たちが集まっていた。
「おい聞いたぞ、大変だったんだってな!」
「クラーケンに襲われて、よく無事だったなぁ」
どうやら通信魔法で、すでに先ほどの事件については報告がいっているらしい。
「ああ、けどこの兄ちゃんがおれたちを助けてくれたんだ!」
バシッ! と獣人漁師が、俺の背中をたたく。
「まじか! ありがとよー!」
わっ……! と漁師たちが俺たちのもとへ集まってくる。
「仲間を助けてくれてありがとな!」「若いのにたいした奴だ!」「どうだい、うちの娘の旦那にならないかい?」
わぁわぁ、と獣人たちが俺に笑顔を向けてくる。
友好的なやつらが多いんだよなぁ。
「おっといけねえ、本題に入ろう。旦那たち、こっちだ」
獣人漁師に連れられてやってきたのは、寄り合い所の裏手だ。
そこには小さな船着き場があって、何艘かのゴンドラがおいてある。
「これはおれのゴンドラだ。旦那にこれをやる。ぜひ使ってくれや」
「え? いや……それはできないよ」
「いいんだって! おれぁあんたに命を救われたんだ! ゴンドラくらい安いもんだ! それにおれにはまだ何艘かあるしな」
「けど……これ一つだって高いもんだろ-? もらえないよ」
「いいっていって! もらってくれや!」
その後もいいよ、もらって、の押し合いへし合いを繰り返した。
「……もう、ジュードさん。こういうときは、受け取らない方がかえって失礼ですよ」
キャスコがあきれたように、俺を言う。
「ううーん……けどなぁ。大したことしてないのに、こんなたいそうなものもらえないよー」
すると獣人漁師と、キャスコたちがはぁ~~~~~と深々とため息をつく。
「姉さん、もしかして旦那、超鈍感?」
「……ええ、残念なことに」
「で、でもでも……おらそんなジュードさんの鈍感なとこ、可愛くって大好きです!」
よくわからないが、獣人漁師が納得したようにうなずく。
「じゃあこうしよう。旦那がエバシマいる間にこれ貸すってことで。使用料はまける。これでどうだ?」
「そうだなぁ……うん。じゃあ、お言葉に甘えて、ありがたく使わせてもらうよ」




