62.英雄、海難救助する
翌日、俺は獣人の国【ネログーマ】に向かう馬車に乗っていた。
「ねーねーハルちゃんハルちゃん。じゅーちんこくって、どんなとこー?」
膝上に乗るタイガが、ハルコに尋ねる。
「じゅーちんこくじゃないよタイガちゃん。獣人国だに」
「そうそれ! どんなとこ?」
「ううーん……おらわからないなぁ」
ハルコが太めの眉を八の字にする。
「おら、田舎からほとんど出たことがなくて、外国っていったことなかったんだに」
「おー! それは……きぐーですね! あたちもいったことない!」
「ねー、奇遇だね~」
うふふ、と笑うハルコとタイガ。
「タイガちゃん、こういうときは賢いキャスちゃんに聞くのはどうかや?」
「それな! キャスちゃん! おしえて~!」
ぴょんっ、とタイガが立ち上がり、キャスコの膝上に座る。
白髪の美少女は、タイガの頭をなでながら、説明する。
「……獣人国ネログーマ。私たちの国ゲータニィガの東側にある国です。最大の特徴は獣人さんたちが住んでいること。それと水がとても豊富にあるお国ってことですね」
キャスコはタイガにもわかりやすい言葉を選んで、説明する。
「おとーしゃん、じゅーじんさんって、なんですかー?」
「動物の耳とかしっぽがついている人たちだぞ」
「ハッ……! それって……もしや……あたち?」
タイガには猫のようなとがった耳と、くねくね動く尻尾が生えている。
「んー、正確に言うと違うんだろうけど……ま、そんな感じだ」
タイガは雷獣というSランクモンスターの子供だ。
この子は【人化】スキル、つまりは人間に擬態化する能力を使っている。
その名残で猫耳猫尻尾が生えているだけだから、獣人たちとはちょっと違う。
「そんなかんじかっ! はるちゃん、あたち……じゅーじんさんだった!」
「わー! いいなぁ。おらね、獣人さん大好き♡ しっぽとか耳とかかわいいよね~♡」
ハルコはニコニコ笑いながら、タイガの耳をつつく。
「ハッ……! はるちゃん……いまのって、もしかして……あたちのこと好きってことっ?」
「もちろん、そうだに~♡」
「わーい♡ あたちもはるちゃん大好き~♡」
むぎゅーっ、と二人が抱き合う。
キャスコはその姿を微笑ましい目で見ていた。
「……ほら、タイガちゃん。お外見てください。海ですよ」
「うみ? はて、なんでしょー?」
タイガが窓から顔を出すと、猫尻尾がぴーんと立つ。
「でっけーーーーーーーーーーー!」
タイガがオレンジ色の目をキラキラと輝かせる。
馬車は海沿いの道に来たようだ。
窓の外には広い海がひろがっている。
水面は日の光を受けてキラキラ輝き、ときおり水面からパシャッ……と魚たちが飛び跳ねていた。
「はるちゃんたいへん! おみずが、あーんなにっ!」
「すごいねタイガちゃん、アレが海だって! わー! おら、海なんてみるの、初めてだに~!」
きゃっきゃ、とふたりが実に楽しそうに海岸を見やる。
「キャスちゃん、あれがうみですかっ!」
「……ええ。あそこにお魚さんがいて、それをとる漁師さんがいるんですよ。ネログーマは別名【水の国】や【海沿いの国】と呼ばれています。夏になれば海水浴客で賑わいますね」
「「海水浴! したいー!」」
「こらこら、季節を考えないとだめだぞー。今は冬だからなー」
日増しに暖かくなってきたとはいえ、まだ年開けてから2ヶ月程しか経っていない。
「この時期の海はとっても寒いぞ~。風邪引いちゃうから、海に入るのはまた今度な」
「「ふぁーい……」」
実に残念そうに、ハルコたちがつぶやいた……そのときだ。
「……ん? なんだ、誰か……溺れてる?」
「えっ? どこどこ、ジュードさん、どこですか?」
ハルコは見えてないようだ。
俺は【見抜く目】を発動。
これはあらゆる情報を見抜く力以外にも、視力を強化して、遠方を見やる力もある。
沖合で、誰かが溺れていた。
「キャスコ、頼む」
「……わかりました」
キャスコはホウキを取り出して、魔法で風を発生させる。
窓の外でキャスコは待機。
俺は窓から出て、彼女の後ろに乗る。
「ごめん、ちょっと行ってくる。ハルちゃん、タイガをよろしく」
「はいっ! いってらっしゃい!」
「おとーしゃんがんばってー!」
俺はうなずくと、キャスコがホウキを操作する。
目的地は溺れているあの人の元だ。
「……あなたってば、本当によくトラブルに出会いますね」
キャスコが小さくと息をつく。
「困っている人が目についちゃうんだよなぁ」
「……呼吸するように人助けするんですから。ほんと……素敵です、大好き♡」
ややあって、俺たちは溺れそうになっている人の元へとやってきた。
「ちょっと行ってくる。キャスコは上で待機」
俺はシャツを脱いで、ひょいっと海に飛び込む。
結構……いや、かなり冷たかった。
だが俺には【船長】の職業を持つ知り合いがいた。
彼は【海難救助】というスキルを持っていた。
泳ぎの技能に補正がかかり、なおかつ水で体温が下がらないという結構便利なスキルがある。
なので冬の海に入っても平気だった。
「おーい、大丈夫か?」
「あっぷ……あっぷ……げほっ、た、たすけて……」
溺れていたのは獣人の男性だった。
俺は彼に肩を貸す。
「もう大丈夫。寒かったろ?」
「ああ……ありが……と……」
がくっ、と獣人が気を失う。
俺に助けられて、気が抜けたんだろうな。
「おーい、キャスコ~」
キャスコが水面ギリギリまで、ホウキの高度をさげてくる。
「先にこの人を馬車まで運んであげてくれ。それ三人は乗れないだろ?」
「……そうですけど、でも、ジュードさんが」
「へーきへーき。風邪引いちゃ大変だろ? 俺は大丈夫だからさ。キャスコ、頼む」
「……はい♡ すぐ戻ってきますから、良い子で待っててくださいね♡」
キャスコはあきれたように、しかし苦笑いすると、獣人を連れてその場を後にした。
「さて……と。俺は【こっち】の相手しますかー」
そう、なぜ獣人が溺れていたのか?
このくそ寒い冬の海で、まさか海水浴などするわけがない。
ではどうしてか?
「さっきの人、漁師だったんだな。船を【こいつ】に沈められたか」
そのときだ。
俺の足に、何か柔らかいものが絡みつく。
そして、ガクッ……! と一気に水中へと引きずり込まれた。
すさまじいスピードで海底へと引っ張られていく。
足には【吸盤のついたの足】が絡みついていた。
これか。
俺は【ステェタスの窓】を開き、【インベントリ】から魔剣を取り出す。
スパンッ……!
俺は絡みつく【敵】の足を切断する。
たこ……? いや、イカかな?
【GUBOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!】
水中に、くぐもったうめき声が響く。
【見抜く目】を使い、敵の正体を見やる。
『クラーケン。Sランク。海底に住む巨大な水棲モンスター。長い足を伸ばして、船を破壊しエサを捕獲する』
つまりさっきの獣人は船乗りで、クラーケンに船を沈められたのだろう。
船に一人で乗っていたなんて、考えにくい。
……すまん、イカくんよ。
君に恨みはないが、困っている人はほっとけないんだ。
『GUBOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』
クラーケンが触手を俺に伸ばしてくる。
その足を、俺は素早い動きで、泳いで回避した。
『GUBO!?』
悪いな、【海難救助】スキルのほかに、【水中移動】スキルももっているんだ。
俺の職業は【指導者】。
仲間を強くするかわりに、仲間の能力の6割をコピーさせてもらえる力を持つ。
【水中移動】は【船長】の持つスキルの一つだ。
俺は通常ではあり得ない早さで、水のなかをまるで魚のように動く。
触手の間をすり抜けて、巨大イカの間合いに入る。
……悪く思うなよ。
俺は魔剣を手に持って、剣を振る。
スパァアアアアアアアアアアアアン!
水中戦も経験があるからな。
水のなかでも剣を振る技術が俺にはあるのである。
俺の剣はイカを両断した。
切断面から、船員数名がまろびでる。
さっきの獣人の船員たちだろう。
俺は彼らを両脇に抱えて、水上へと向かう。
「プハッ……! ふぃ~。ちょっと息苦しかったなー」
【見抜く目】で船員たちの状態を確認。
気絶してるだけだった。
「……ジュードさん」
「おっ、キャスコ~。こっちこっち~。この人らも頼むわ」
ホウキに乗ったキャスコが、俺を見てため息をついた。
キャスコは俺の言いつけどおり、水難者たちを優先して救助した。
最後に、俺を乗せて、馬車へと向かう。
「……敵がいるなら、どうしてわたしを頼ってくれなかったのですか?」
「ん? いやほら、2月の海は寒いからさ。キャスコが風邪引いたら大変だろ?」
それに気配から、俺一人で十分対処可能な相手だってわかっていたからな。
「……もう、ジュードさんは、本当にお人好しなんですから。けどあなたに風邪引かれたらこっちが困ります」
「俺は別に風邪引いても良いけど、おまえは女の子だろ?」
「……あなたのそういうとこ……大好きです」
キャスコは困ったような表情になるが、しかしほおを赤らめて、笑うのだった。




