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61.勇者グスカスは、反省せず過ちを繰り返す



 ジュードが美少女たちと眠りについている、一方その頃。


 勇者グスカスは、幼い頃の夢を見ていた。

 王城の訓練所にて。


 グスカスは、指導者リーダーであるジュード(当時はジューダス)から戦闘訓練を受けていた。


 木剣をもったグスカスは、城の兵士相手に、打ち込み訓練をしている。


『でりゃぁあああああああ!』


 当時まだ10にも満たないグスカス。


 しかし当時はまだ勇者の力を持っていた。

 ゆえに、兵士おとな相手でも、圧倒できていた。


 カンカンカンカンカン!


『おらどうした!? はんげきしねーのかよ! おいおい!』


『くっ……!』


 兵士は防戦一方だった。


 子供とはいえ勇者。

 職業ジョブによって基礎能力は向上している。


 カキンッ!


 グスカスの攻撃を受けて、兵士が木剣を落とす。


『ま、まいりました……』

 

『はぁ? しらねーよ! まだおれさまはやりたらねーんだよ! おら立てや!』


 グスカスは年齢に似合わぬ邪悪な笑みを浮かべると、木剣を振り上げる。


『しねやぁ!』

『ひっ……!』


 上段に構えたグスカスの木剣が、兵士の脳天にぶつかりかけた……そのときだ。


『はいはい、そこまでなー』


 パシッ……!


 グスカスの剣を、横から掴むものがいた。

『ジューダス! てめえ! じゃますんじゃねえよ!』


 指導者の青年、ジュード(当時はジューダス)が、グスカスの剣を取り上げた。


『勝負はついただろー。参ったっていった相手に殴りかかっちゃだめだ』


『何でだよ! いいじゃねーか!』


『だーめ。戦意のない相手に振るう剣は、それは暴力となんらかわらない』


『うるせえよ! おれさまに命令すんじゃねえ!』


 ジュードはため息をつくと、ごちんっ、とグスカスの頭を軽く殴った。


『いってぇ! なにすんだよおっさん!』


『あのなぁ、グスカス。おまえの力は、暴力を振るうために与えられたんじゃあないんだぞ』


 グスカスの頭を、ジュードが優しくなでる。


『いいかーグスカス。女神様はな、魔王の脅威から弱いものたちを守るために、おまえに力を授けたんだ。誰かのために使う力なんだ』


 ジュードはしゃがみ込み、グスカスの目をまっすぐに見て言う。


『与えられたその力は、自分のものじゃあ決してない。それを忘れて私利私欲に使っちゃ、だめなのさ』


 ……グスカスは、戸惑う。


 周囲の奴らは、みなグスカスをちゃんと見てくれない。


 勇者に気に入られようとこびへつらったり、王の息子であるということに怯えていたりしている。


 とにかく、周りの奴らは、グスカスという少年と言うよりは、彼の肩書きや、父親の影を見ている。


 だが……この青年は違う。


 グスカスという一個人のことを、ちゃんと見てくれる。


 間違った道へ進もうとするグスカスを、この男はいつだって、正しい道へと導こうとする。


 それが、指導者。

 正しき道を指さし、教え導く者。


 父も、城の人間も、誰もがグスカスに正解を教えてくれない。


 おまえはそのままで良いんだよと、判を押したように皆が同じことをいう。


 ……だがジュードだけは違うのだ。


 おまえは間違っているから、直しなさいといつもいうのだ。


 だから……そんな彼のことが……。


『むかつくんだよ!』


 バシッ! とグスカスはジュードの手を振り払う。


『この力はおれさまのもんだ! どう使おうとおれさまの勝手だろ!』


 キッ……! とグスカスがにらみつける。

 こうすれば大抵のものは、びびって頭を地に着ける。


『ふぅむ、まだわからんか。仕方ねえ。まだ子供だもんな』


 しかしジュードはニカッと笑うと、わしゃわしゃとグスカスの頭をなでる。


『やめろ! 髪がみだれるじゃねーか!』


『おっとすまん。おまえ、大好きな父ちゃんと同じ髪型にしてるんだったな。セットを台無しにしてすまんなぁ』


『はぁっ!? な、なんで知ってるんだよ……そんなこと!』


 恥ずかしくて、誰にも告げたことのないことだった。


 ジュードは微笑むと、手ぐしでグスカスの髪の毛を直す。


『見てればわかるさ』


『それも【見抜く目】の効果かよ?』


『いーや、違うよ。そんなもん使わなくても、おまえを見てれば誰だって気づくってばよ』


 ……グスカスは、沈んだ気分になった。


『……誰も、気づいてくれねえよ』


『え? なんだって?』


『うっせー! なんでもねえよ!』


 グスカスはバシッ、とジュードの手を振り払う。


『おらおっさん! おまえおれさまの指導者なんだろっ? ならおれさまの剣の相手しやがれ!』


『おっ、いいぞー。よっしゃ、かかってこい』


『でりゃぁああああああああああ!』


 かーんっ!


 ……斬りかかったグスカスの木剣が、遙か彼方に飛んでいく。


『攻撃が単調すぎる。脇が開いている。前のめりすぎ。やれやれ、悪い癖はなかなか直らんなぁ』


『くそっ! どうしていつもてめえにかてねえんだよ!』


 だんだん、とグスカスは地団駄を踏む。


 ジュードは笑うと、グスカスの頭をぽんっと優しくなでる。


『そりゃな、俺がおまえを強くするために力を使っているからだ』


 彼はしっかりとグスカスを見て、こういった。


『大丈夫。おまえも、誰かのために剣を振れるようになれば、俺なんかを超える強い男になれるよ。俺が保証する』



    ☆



「……夢、か」 


 明け方。

 グスカスは目を覚ます。


 彼がいるのは、安宿の一室だ。


 ボロボロのベッドの上には、グスカス。

 

 そして、その隣には、裸身の少女がいる。

 褐色の肌に、銀の髪。

 額には【つの】が生えている。


 彼女は【しずく】。


 鬼族の少女にして、グスカスの恋人だ。


 王都を追放された後も、この雫という少女は自分についてきてくれた。


 いわばグスカスの唯一の味方であり、ただ一人の理解者だ。


「……そうだ。もうこいつしか、おれのことをわかってくれない。味方は、こいつしかいねえんだ……」


 ……脳裏に、ジュードの顔が浮かんだ。


 そして、追放後の彼が授けてくれた、メッセージカード。


「…………」


 グスカスは、枕元を見やる。


 そこには、ビリビリに破いたはずのメッセージカードがあった。


 ジュードの開いている店の名前と、裏にはグスカスに向けたメッセージ。


【なんか辛いことあったら、愚痴聞くからな。いつでも顔出せよ】


「…………辛いこと、ばっかりだよ」


 震える声で、グスカスはそう独りごちる。

「……親から見捨てられ、兄妹からは白眼視されて、勇者の力は失い、冒険者どもからは笑われて……ゴブリンにすら、ボコボコにされて……」


 ぽた……っと自分のほおを、涙がこぼれ落ちる。


「どうして……こんなことになっちまったんだよ……。おれが……何したっていうんだよ……。わからねえよ……」


 いつだって正しい答えを、ジュードはグスカスに教えてくれた。


 今も、どうすれば良いのかわからないでいる。


 暗闇の中をもがいているような気分だ。


「…………ジューダス。おれは、なにか間違ってるのかよ?」


 グスカスの口から、彼の言葉が漏れる。


 彼に頼りたい……と思ったそのときだった。


 ……脳裏に、キャスコが、ジュードのそばに寄り添っている姿が映った。


 彼の周りに、美しい少女たちがいる姿を思い出した。


 ……自分より、幸福そうにして、のんきに笑っているジュード。


 彼の姿を思い出すと……ムカムカ、と腹が立った。


 ギリッ! と歯がみする。


「いや! おれさまは間違ってねえ!」


 グスカスは立ち上がる。


 メッセージカードを、窓からぶん投げる。

「おれさまは何も間違っちゃいねえ! おれさまのやっていることはすべて正しいんだ! それを否定する、あいつらが全部悪いんだ!」


 グスカスは大声で叫ぶ。


「そうだ! あんなおっさんは間違ってるんだ! おれさまがあいつより強くなるとかほらを吹きやがったからな!」


 結局、パーティを抜けるその日まで、グスカスはジュードに勝ったことが一度もなかった。


 ……いや。


 今も、現在進行形で、負け続けている。


 地位も、名誉も、人望も。


 すべて、すべて……。


「いやちがう! おれさまは負けてねえ! おれさまは証明するんだ! あいつが間違っていて、おれさまが正しいってことを!」


 グスカスは宿のテーブルに置いてある【紙】を手に取る。


 それは、ボブからくすねた、冒険者ギルドからの【依頼書】だった。


「この依頼をこなして……おれさまは復活するんだ!」


 グスカスはベッドに近づくと、眠っている雫の肩を強く揺らす。


「おら! 雫! いつまで寝てるんださっさと起きろ!」


「おはようございます、グスカス様! いったい、どうしたのですか……?」


 無理矢理起こしたというのに、雫はいつも通りの笑顔だった。


「この宿を引き払う。仕事で遠くに行かねえといかねーからよ」


「それはよいのですが……どちらに向かうのですか?」


 グスカスは言う。


「【ネログーマ】だ」


 ……そこは、奇しくも明日ジュードが向かう場所と同じだった。


 指導者ジュード元勇者グスカス


 獣人国にて、再び邂逅することとなる。


 

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