60.英雄、無自覚に人助けをする
俺はボブ少年と、宿屋の食堂で再会した。
食事をとっていたそのときだ。
がしゃんっ!
何かが壊れる、激しい音がした。
「ん? なにかったのか?」
俺は立ち上がって、音を方を見やる。
給仕の女の子が尻餅をついていた。
近くに皿が割れている。
何かとぶつかって落としちゃったのだろうか。
俺は女の子に近づく。
「大丈夫かい?」
「す、すみません……すぐに片付けます……あっ」
「こらこら、割れてるお皿をもったら危ないよ」
俺はしゃがみ込み、割れた皿に【復元】スキルを使用。
壊れたものを直すスキルだ。
割れた皿と、そして落ちて散らばった料理が、元通りになる。
「これでよし。あとはきみだ。手を出して」
「は、はい……」
俺は女の子の手を取る。
軽い治癒魔法なら、キャスコからコピーしているので使えるのだ。
お皿で切った手を、俺は魔法で直す。
「これでよし。痛くなかった?」
「は、はい! あの……ありがとうございました!」
「いえいえ。ところでどうしたんだい? 転んじゃったのか?」
「いえ……お客様の一人が、お金を払わず出て行ってそのときにぶつかって」
どうやら彼女が持っていた料理を、その客が食うことなく出て行ったようだ。
「まあ君のきれいな手に傷が残らなくてよかったよ」
「あ、えと……その……」
もにょもにょ、と女の子が顔を赤らめてうつむく。
「そんじゃ、この料理もらっていい?」
彼女が落とした料理を、俺はひょいっと持ち上げる。
「い、いけません! それは落としてしまったんですよ! それにお客様が頼んだ料理ではありません!」
「いいっていいって。復元できれいになっているからばっちくないよ。それにこの料理は美味しそうだしね」
せっかく店の人が作ってくれたのだ。
食べずに捨てられるなんて、料理にも、料理人もかわいそうだしな。
「代金はあそこのテーブルのところにつけといて。後で払うからさ」
「そ、そんな! お金なんてもらえませんよ!」
「何言ってるの。作ってくれた人に対して、対価を払うのは当然じゃん」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか? お皿を割ったのも、わたしが怪我をしたのも、料理が無駄になりかけたのも……全部あなたには何も関係ないのに」
どうしてって……言われてもな。
「困っている人がいる。その人を助ける力を俺は持っている。だから助ける。普通のことだろ?」
じわ……と女の子が目に涙を浮かべる。
「すみません……わたし、数日前に田舎からでてきたばかりで、仕事始めたばかりで……失敗ばっかりで……どんくさくて……」
「最初はみんなそんなもんだって。頑張れ、給仕さん」
ぽんぽん、と給仕の女の子の頭をなでる。
「はいっ! ありがとうございます!」
女の子が笑って言う。
うんうん、やっぱり女の子は笑ってないとね。
俺は自分の席に戻る。
「ジュードさん……すごいすごいすごいです!」
ボブがキラキラした目を俺に向ける。
「見ず知らずの困っている人を当然のように助ける! すごいです! 尊敬します!」
「よせやい。大げさだよ」
俺は女の子からもらったパスタ料理を、むぐむぐ食べる。
うん、美味い美味い。
「さっすがジュードさん! かっこよくて素敵な……おらの未来の旦那様♡」
「おとーしゃん、えらい! はなまるあげます!」
「おっ、サンキュータイガさん」
俺が料理を食べていると、ぶすっ、とした表情のキャスコ。
「どったの?」
「……もう。あなたってば」
キャスコはあきれたようにため息をつくと、俺の手を取る。
「……お皿で手を切ってますよ」
「ありゃ、本当だ」
割れた皿を拾ったときに、破片で指先を切ったらしい。
「けどちょびっとだし。こんなのなめてりゃ治るって」
「……そうですね」
キャスコは口を近づけると、俺の指先を、パクッと口に含んだ。
「な、何してるんだ?」
「……ちりょー、れふ」
目を閉じて、キャスコがちゅうちゅう、と俺の指先をなめる。
ぬるりとした感触がくすぐったい。
また、年端のゆかぬ女の子に、指をしゃぶらせてるという行為に、背徳感を覚えた。
ややあって、キャスコが口を離す。
「……はい、血が止まりましたよ」
「あ、ああ……さんきゅー」
キャスコは微笑むと、自分の唇を指でなぞる。
「……ジュードさんの遺伝子、私のからだの中に入ってきました」
「そ、そうだな。ばっちいから口ゆすいでおけよ」
「……汚いものですか。高潔な精神を持つ、素晴らしあなたの血ですもの。きっととてもきれいです♡」
俺はなんだか気恥ずかしかった。
「あわわ……」「はるちゃん、どうして目をかくすんですかー?」
ハルコが顔を真っ赤にして、タイガの目を隠していた。
「ジュードさんとキャスコさんは、らぶらぶですね!」
ボブがキラキラした目を俺に向ける。
「やめい。照れるぜ」
「……あなたでも顔を赤くするんですね。私、うれしいです」
潤んだ目をキャスコが俺に向けてくる。
「……やっと、女として、私を意識してくれるようになってくれた。とっても、うれしいです」
「あー……。うん、今までごめんな」
キャスコが7歳の時から、俺は一緒にいる。
勇者パーティの一員として、時に彼女を導き、時に悩みを聞いたりした。
そんな彼女は、俺にとって愛娘同然だった。
……しかし王都での一件を経て、そして一緒に過ごしていくうちに、俺は彼女を異性として意識するようになったのだ。
「……ほんとです。いつまでも子供扱いして」
「ごめんね」
「……だから一生かけて、償ってくださいね♡」
ふふっ、とキャスコが微笑む。
「あー! キャスちゃん、フライング! フライングだにー!」
ハルコが焦った表情で言う。
「……ごめんなさい、ハルちゃん。がまんできなくって」
「二人一緒って約束したのにー! 抜け駆けずーるーいー!」
「……大丈夫です。返事がまだですもの。セーフですセーフ」
「そ、そう……なのかな?」
はて、とハルコが首をかしげる。
「そーゆーものです」
「そっか! ならよかったぁ」
ほぅ、っとハルコが吐息をつく。
「まったく、タイガさんをおいてけぼりにするとは、いけませんな!」
タイガが唇をとがらして、ハルコの膝上に乗る。
「ふたりとももっとわかりやすくはなしてください! あたち、ついていけてないよ!」
「ご、ごめんねタイガちゃん……」
「……後できちんと教えますから」
「なら、よし!」
☆
その後楽しく食事をした。
「じゃあジュードさん! また!」
宿屋のフロントにて。
食事を終えたボブは、帰るそうだ。
別の宿に泊まっているとのこと。
「明日には出発してしまうのが、本当に残念です! もっと滞在してくだされば良いのに!」
「ごめんなー。明日はネログーマの王都へ向かう予定なんだ」
「残念です! けど……また会えますよね?」
「おうよ。そうだ、お店の名刺を渡しておこう。ええっと……名刺名刺」
俺がポケットの中を探していると、となりでキャスコが、すっ、と名刺を取り出す。
「おっ、サンキュー」
「……もう、肝心なとき以外はダメダメなんですから」
「わるいわるい」
「……ふふっ♡ もう、あなたはわたしがいないとだめなんですから」
俺はボブに名刺を渡す。
「喫茶ストレイキャット。いつでもひましてるから、いつでもおいで」
「はい! ありがとうございます!」
ボブは名刺をしまうと、ばっ……! と頭を下げる。
「昼間はありがとうございました! ぼくも……ぼくもジュードさんみたいな、かっこいい大人になれるよう、がんばります!」
「俺がかっこいいかはさておき……がんばれ少年。君なら最高の冒険者になれる。俺にはわかるんだ。目だけは良いからさ」
「やったー! ジュードさんにそう言われて……自信つきました! よぉうし、がんばるぞー!」
ボブはまた頭を下げると、全速力で宿から出て行った。
「……かっこいい大人ですって。あの子、慧眼ですね」
「いやいや、俺なんてさえないおっさんですよ」
「そんなことねーだに! ジュードさんは、素敵でかっこいい……素敵な男の人だに!」
ハルコがふんす、と鼻息荒く言う。
「はるちゃん……うるしゃーい……」
満腹でおねむのタイガが、ハルコの腕の中でぐずっていた。
「あ、ご、ごめんねタイガちゃん……」
「うむ……ゆるす……ぐー……」
タイガは完全に寝てしまった。
俺はハルコからタイガを回収し、よいしょとおんぶする。
「そんじゃ、そろそろ寝ますかね」
「「はいっ!」」
ハルコたちが、いやに元気いっぱいだった。
ニコニコ~と笑顔である。
俺はハルコたちと二階に上がる。
「……ジュードさん。はい、部屋の鍵」
「おっ、サンキュー」
俺は鍵を開けて、部屋の中に、タイガと入る。
「それじゃふたりとも、お休み」
俺は部屋に入って、タイガをベッドに下ろす。
「ん? やけに部屋が大きいような……?」
大人一人部屋をとったはず。
だというのに、ベッドは大きいし、部屋もそこそこ広かった。
「「失礼しまーす♡」」
振り返ると、そこにはハルコとキャスコがいた。
「いやいやなんでいるの?」
ハルコはあさっての方向を見やる。
「あ、あれれ~? キャスちゃんおかしいね! ここもおらたちの部屋だよね!」
「……宿屋の手違いで、二部屋頼んだはずが、二人部屋になってしまったようですね」
確かにベッドは2つ。
二人部屋だった。
「い、今からフロント行って、もう一部屋とって……」
「おら聞いてくる!」
だっ……! とハルコが出て行く。
すぐ帰ってくる。
「たいへんだぁ! 部屋はどこも満室! もうここしかないそうだに!」
「なら……別の宿屋に……」
「ううー……ん。おとーしゃん……うるしゃい……しゃーらっぷぅ……」
タイガはもう完璧に寝る体制になっていた。
「起こすわけには、いかんな……しかし……」
「「私たちに気を遣わないでください!」」
ふたりともふんすっ、と興奮気味に言う。
「……私たち、一緒の部屋で全然問題ありません」
「お、おらも……! 恥ずかしいけど……大丈夫です! 勝負パンツです!」
「そ、そっか……。最後のなに?」
しかしまあ、しょうがないか。
「ミスなんてよくあることだしな」
「そ、そうだに! あるある!」
「……では、みんなで寝ると言うことで」
ふぅ、と俺はため息をつく。
「それじゃ、俺は床で適当に寝るから、そっちのベッドは2人で使って」
「は、はいはい! 提案がありまーす!」
「……なんでしょう、ハルちゃんっ!」
「ベッド、結構おっきいですし、三人で寝るのはどうでしょう!」
「……いいですねっ! そうしましょう!」
なるほどな。
「ハルちゃんとキャスコが、タイガと三人で……って、二人とも? どうして俺の両腕をつかむんですか?」
有無を言わさず、ふたりが連携して、あいている方のベッドに放り投げる。
「わたしここ!」
「……では私はその反対側!」
俺を挟むように、ハルコとキャスコが横に寝る。
「い、いやいやふたりとも。それはまずいって……」
「「ぐぅ」」
「寝てらっしゃる。……まあ、起こすの悪いしな」
何はともあれ、長かった旅行1日目は終了。
明日は本格的に隣国へと向かう。
そこで俺は……両隣の美少女たちに、告白するのだ。




