59.勇者グスカスは、幸福そうな英雄に嫉妬する
勇者グスカスが、冒険者ギルドで大恥をかいた数十分後。
夜。
グスカスは帰路につこうとしていた。
町の入り口で、彼は思わぬ人物を見かける。
「なっ!? じゅ、ジューダス!?」
馬車から降りてきたのは、かつてグスカスの指導者だった男【ジューダス】だ。
「ど、どうしてこんなところに……?」
さっ、とグスカスは身を隠した。
「……どうして俺様が、こそこそ隠れる必要があるんだ!」
と腹が立った。
しかし自分が追い出した男に、グスカスの現状を見られるのは、嫌だった。
『おまえ落ちぶれたなぁ、ざまぁ見ろ!』
そう言われるのが怖かった……からでは決してない。
グスカスは、ジューダスがそういう男でないことをよく知っている。
ではなぜ隠れているのか?
「…………」
グスカスはポケットのなかから、1つの紙を取り出す。
それは、かつてグスカスが王都の地下牢に収監されていたとき、ジューダスからの差し入れに入っていたものだ。
彼が経営しているという喫茶店の名刺の裏には、こう書かれていた。
【なんか辛いことあったら、愚痴聞くからな。いつでも顔出せよ】
「……くそが!」
ぐしゃっ、とグスカスは名刺を握りしめてポケットに入れる。
そう、ジューダスという男は、そういうやつなのだ。
呼吸をするように、弱者を助けようとする。
困っている人がいたら声をかけ、辛そうにしている人がいたら優しくする。
勇者パーティとして一緒に活動していて、ジューダスという男の性格を、よく理解している。
だからこそ、今グスカスの置かれている状況を、あのジューダスが知ったらどうなるか?
答えは簡単だ。
助けようとするに、決まっているのだ。
「……くそが! あんなやつに! 同情されてたまるか!」
そう、グスカスが身を潜めるのは、ジューダスから同情されたくなかったからだ。
やつは平等に弱者を助ける。
つまりジューダスに助けられてしまえば、グスカスは自分が、弱者だと認めることになってしまう。
そんなことは嫌だった。
「なんであんなやつに助けられなきゃいけねえ! 俺様は勇者だぞ! 選ばれた人間、強者なんだ! あんなやつに……助けなんて求めてたまるか……!」
はたから見ればつまらぬプライドゆえに……グスカスは、救いの手をジューダスにもとめることが、できなかったのだ。
☆
数十分後。
グスカスは近くの宿屋に来ていた。
宿屋の食堂にて。
「……結局ついてきちまった」
グスカスがいる食堂には、ジューダスもまたいた。
彼の周りには赤髪の女、猫耳の幼女。
……そして、白髪の賢者キャスコがいた。
「……キャスコ。くそっ、幸せそうな顔しやがって……。てめえそんなツラ一度だって、俺様に見せたことなかったじゃねえか……」
グスカスがなぜ、ジューダスの後をつけるようなまねをしたのか?
それは、ジューダスがどうして、こんな国外れにいるのかが気になったからだ。
かわいい女を3人もつれて、幸せそうにしているジューダスが……憎たらしくてしょうがない。
今すぐぶっ壊してやりたい衝動に駆られる。
だが今の貧弱なグスカスでは、ジューダスに挑んだところで軽く返り討ちに遭うだけだ。
そしてその後事情を聞かれるという最悪のコースが待っている。
ゆえに直接手を出せず、しかし彼がどうしてこんなところにいるのか気になったので、尾行してきたというわけだ。
「……くそっ。俺はいったい、何がしたいんだ」
ジューダスの動向を調べたところで、何の意味もないというのに。
と、そのときだ。
「ジュードさん! さっきぶりですー!」
やってきたのは黒髪で細い体つきの少年、ボブだ。
「……なっ!? ぼ、ボブがどうしてジューダスと?」
グスカスはこそこそと聞き耳を立てる。
ボブはジューダスの席までやってくると、ペコッと頭を下げた。
「おっ、少年じゃないか。さっきぶりだな~。どうしたんだ?」
「……もう。あなたってば、この子と来るときに町で会うと約束したじゃないですか」
「そうだったそうだった」
「……もう。しっかりしてください」
ぎりっ、とグスカスは歯がみする。
「なんだよ今のやりとり……! まるで……まるで……くそっ!」
ジューダスとキャスコが、まるで夫婦のようなやりとりをしていた。
両者にははっきりと親しき仲であることが、外から見てもはっきりとわかった。
……もう、完全にキャスコの心はジューダスにある。
去年の暮れ、王都でキャスコはジューダスとデートをしていた。
完璧に、キャスコの心は、ジューダスのものになったとあのとき確信を得た。
……気になるのは、あの日の夜。
まさか、体までも、ジューダスのものになったのではないか。
「くそがっ! くそがっ! くそ! くそくそ!」
がんがんがん! とグスカスはテーブルを手でたたく。
「お客様。どうぞ静粛に。ほかのお客様にご迷惑がかかります」
給仕が近寄ってきていう。
「っせーな! どう飯食おうと俺様の勝手だろうが! こっちは客だぞ! 偉そうにすんな給仕のくせに!」
「……失礼いたしました」
給仕が申し訳なさそうに頭を下げてさっていく。
ちっ、と舌打ちをついて、ジューダスたちの会話に耳を傾ける。
「ところでジュードさん、そちらのお二人は誰ですか?」
ボブが赤髪の巨乳女と、猫耳の幼女を見ていう。
「彼女はハルコ。うちの従業員」
「従業員というと、何かお店でもやってるんですか?」
「ああ。田舎で小さな喫茶店をのんびりやってるよ。あんま儲かってないけどね」
「へぇ! いいなぁ田舎でのんびりスローライフ! しかもこんな美人の店員ふたりに囲まれて! いいなぁ……」
……くそが。と泥を飲んでいるような気分になった。
自分は、死にそうになりながら、必死で冒険者やっているというのに。
あのジューダスは、あんな美人2人とのんびり暮らしてるだと……?
ジューダスと今の自分とを比べて、グスカスは悔しくて歯がみをするしかなかった。
「それで、そちらのかわいい幼女ちゃんは?」
「タイガさんです! おとーしゃんと……むすめです!」
タイガの言葉に、ボブ、そしてグスカスすらも「「ええ!?」」と驚く。
ハッ……と声を抑えるグスカス。
「じゅ、ジュードさんご結婚なさっていたのですか!? キャスコさんと?」
なんだと!? とグスカスがいきり立つ。
そんなこと聞いてはいない。
ま、まさか結婚? 子供まで……?
尿道がぎゅっ、と狭まるような思いがした。
脇の下に嫌な汗をかき、はぁ……はぁ……と呼吸が速くなる。
「いや、違うよ。俺はこの子の養父だ。訳あって育てることになったんだよ」
「あ、そうなんですね! すみません、勘違いしてました!」
ほーっ、グスカスが安堵していた。
よかった、まだキャスコの体は、ジューダスのものになっていないようだ。
「で、ジュードさんたちはどちらに?」
「ネログーマへ3人で旅行中なんだ」
「おとーしゃん、そこでふたりに、告白するよていなのー!」
……。
…………。
…………は?
「こらこらタイガ。言っちゃだめでしょうが。めっ」
ジューダスはタイガを膝に乗せると、ほっぺをぷにぷにいじる。
「どーしてですか? だってはるちゃんたちだって知ってるもん! ねぇ?」
するとハルコたちは、「え、えー? なんだってー?」「……なぁんにも、きこえませんでしたー」とすっとぼける。
……どうやらすでに、ジュードとふたりの美少女は、両思いらしい。
「そ、そんなぁ……ジュードさんには、心に決めた女性がふたりもいるんですね……しょんぼり……」
「? なんでしょんぼりしてるんだ?」
「……もう。ジュードさんのばか。乙女心わかってなさすぎです」
深々とキャスコがため息をつく。
「まぁでも、一夫多妻制ですもんね! がんばるぞ!」
「おー、がんばれよ少年。ところで何を頑張るんだ?」
「「はぁ……」」
と、キャスコだけでなく、ハルコもため息をついた。
「キャスちゃん、この子ってもしかして……」
「……ええ。気づきましたか。まったく、鈍感なんですから」
「で、でもおら……ジュードさんのそーゆーとこ、すきだに♡」
「……わたしも大好きですけど、ライバルが増えるのはいかんともしがたいです」
ジュードの膝上の幼女が、彼に尋ねる。
「ねー、おとーしゃん、はるちゃんたちなにいってるの~?」
「なー、何言ってるのかさっぱりだよ俺は。やれやれ」
「やれやれー」
それを見て、その場の全員が、楽しそうに笑う。
……もう、見てられなかった。
ふらり……とグスカスは立ち上がる。
決して背後にいるジューダスを、見ずに。
「お客さん、お勘定」
給仕が料理を持って、やってくる。
グスカスは注文したそれを食べる気にはなれなかった。
「うっせえ! 食ってねえんだから払わねえよ! くそがぁ!」
どんっ、と給仕をどついて、グスカスはその場から走り去る。
「はぁ……! はぁ……! あっ……!」
がっ……!
グスカスは躓き、地面に顔から倒れる。
「……ちくしょう」
ぽつり、と言葉と、そして目から涙がこぼれ落ちた。
「ちくしょう……ちきくしょうちくしょう!」
グスカスは子供のように、その場で手足をジタバタさせる。
「どうして……どうしてあのおっさんばっかり幸せになるんだよぉおおおおおお!」
グスカスは仰向けになって吠える。
「おれは……おれはこんなに頑張ってるのにいっさい幸せになれねえ! なのに、あんな何も頑張ってねえあのくそオヤジばっかりに、どうして良いことがおきるんだよぉ!」
ジューダスは、追放された、汚名を着せられてるはずなのに。
幸せそうに笑っていやがった。
田舎で自分の店を出し、あんなかわいい美少女がいて、その二人から好意をもたれ、両思いで、しかもこの後告白するという。
娘もいて、自分の家と店もあり、趣味で働く程度ですみ、こうして旅行までしている。
とても優雅なスローライフを、送っている。
……その一方で、自分は。
同僚から馬鹿にされ、力の差をまざまざと見せつけられ、冒険者として成功できない。
冒険へいっても死にかけ、惨めに他人が倒したゴブリンの死体を回収し、雀の涙程度の小金しか手に入らない。
「何が違うんだよ! おれとあいつ……何がどう違うって言うんだよ! おれもあいつも……同じだったじゃねえか! おなじ勇者パーティだったじゃねえか! なのに……なのにおれだけ! どうして!? どうしてジューダスばっかり! ちっきしょぉおおおお!」
グスカスは、天に向かって、怨嗟の声を張り上げる。
「ジューダスばっかり幸せにしやがって……おれも幸せにしやがれよ! 女神のくそやろぉおおおおおお!」
……しかしその声は誰にも届くことなく、むなしく響き渡るのだった。




