54.勇者グスカスは、力量を見誤って失敗する【後編】
ボブからSランクの依頼を無理やり奪い、元勇者グスカスは、クエストに出発した。
難易度はF、E、D……と上がっていく。
クエスト難易度Sは、最高難易度。
今回の内容は、Sランクモンスター・九頭バジリスクの討伐。
「…………」
グスカスは現在、町を出る馬車に乗っていた。
九頭バジリスクは南方で目撃情報がある。
近くの街まで、馬車で運んでもらう途中だった。
「……くそっ。何震えてるんだ」
荷駄にいるグスカス。
膝が、自然と震えていた。
……今、自分は勇者としての力を失っている。
九頭バジリスク。
一度だけ、戦ったことがある。
……あのとき、自分ひとりでは倒せなかった。
キャスコやキャリバー、そして何より、指導者のジューダスがいたから。
彼の的確な指導が会ったからこそ、自分は傷一つ負うことなく戦えた。
……だが。今回、指揮を執ってくれるジューダスがいない。
ジューダスが、いれば……。
「いや! 何考えてんだ! 俺様は勇者なんだ、選ばれた存在なんだ! 九頭バジリスクくらい……ど、どってことねえよ!」
今は勇者の力が無くても、大丈夫だ。
自分は女神に選ばれた存在。
きっと窮地に陥れば、真の力が解放され、また前のような強さが手に入る。
そしたら、あのおっさんがいなくとも、バジリスクは倒せるだろう!
そう思っていた、そのときだった。
「お客さん! すまねえ! 敵だ!」
馬車を運転する御者が叫ぶ。
ドキッ! と心臓が、体に悪い跳ね方をした。
じわりと背中に汗をかく。
「ま、まさかバジリスクが、もう……?」
荷台の窓から、緊張の面持ちで、外を見やる。
だが……。
「……なんだ、ゴブリンかよ」
そこにいたのは、亜人のモンスター、スゴブリンだった。
人間の子供くらいの大きさ。
緑色の肌。つるりとした頭。
そして手には棍棒を持っている。
「ゴブリンくらいでいちいち騒ぐなっつーの。大げさだなタコが」
グスカスは窓から顔を引っ込めて、どかっと偉そうに、荷台の床にしゃがみ込む。
「とっとと馬車を出せよ」
「し、しかしお客さん……モンスターが道をふさいで馬車が動かせません」
「チッ……! ったく、これだから戦う力のねえ雑魚はよぉ。しゃーねーなぁ」
グスカスは立ち上がると、剣を手にして、荷台から悠々と降りる。
相手はゴブリン。
Eランク程度の、雑魚だ。
「俺様は勇者だぜ? Sランク、SSランクとの戦いは日常茶飯事だった。今更Eランクのモンスターとか、片手間でだって倒せるぜ~」
グスカスは余裕ぶっこきながら、ゴブリンに対峙する。
「GEGEGE……!」
「おらこいよ。俺様が返り討ちにしてやるぜ~……」
しゃら……っとグスカスが、剣を優雅に、鞘から取り出す。
剣を構える。
それは……ジューダスから習った構えだ。
チッ……! と舌打ちしながら、敵を真正面に捕らえる。
「お、お客さん、お気をつけて!」
「うっせえ! ったく、こんな雑魚さっさと倒して、とっとと本命ぶったおしてやんぜ~」
グスカスは剣を片手に、ゴブリンに斬りかかる。
「おら! 死ねえ!」
グスカスは片手剣をふりあげ、ゴブリンの脳天めがけて、振り下ろす。
かつーん。
「…………は?」「へ?」「GI?」
グスカスも、御者も、そしてゴブリンさえも、驚いていた。
グスカスの振り下ろした剣が、ゴブリンの棍棒とぶつかったあと、宙を舞ったのだ。
「え……おっそ……」
御者が、グスカスの剣技を見て、素直にそうもらした。
「う、うるせえ! 助けてもらう側のくせに文句言うんじゃねえ!」
グスカスは飛んでいった剣を、慌てて回収する。
ゴブリンもまた、グスカスの剣技に困惑しているようだった。
……それはしょうがないことだろう。
あれだけ息巻いていたやつの剣技が、まるでハエの止まるような速度だったのだから。
「さ、さっきのはちょっと失敗しただけだ! 今度こそ! おらぁ!」
グスカスは剣を手に、ゴブリンめがけて走り出す。
「しねぇえええええええええええ!」
走りながらグスカスは、ゴブリンの脳天を狙って剣を振る。
だがゴブリンはそれをひょいっと避けると、足を前に出し、グスカスの足をひっかける。
「がッ……!」
ズシャアッ……!!!
グスカスは無様に、顔から地面に突っ伏した。
草原の土が口に入りる。
鼻先をすりむいていたい。
「っつ~……。くそが……がッ!」
ゴブリンの棍棒が、グスカスの後頭部を強打した。
鈍い痛みとともに、気を失いそうになる。
「て、てめえ~……やりやがったな……がッ! がッ!」
「GEGIっ! GIGI~!」
ガンガンガンッ! とゴブリンがグスカスめがけて、棍棒を何度も振り下ろす。
その様は、まるでいじめっ子が、いじめられっ子をなぶっているようにしか見えない。
「痛え! や、やめろ! やめやがれ! がッ! お、俺様を誰だと! んぎっ!」
がンッ! がンッ! ガンッ!
何度もグスカスは、ゴブリンに脳天を叩かれた。
ややあって……。
「も、もうやめてください……勘弁してくれ~……。そ、そうだ! あの御者を先に食えよ! 俺なんかより弱いぞ!」
グスカスが情けない声で命乞いをする。
だがゴブリンはニタァ……と楽しそうに笑みを濃くするだけ。
モンスター界隈において、ゴブリンは最弱に近い。
いつも虐げられる側だった存在だ。
だが今目の前にいるのは、自分より遥かに弱者。
ならばいたぶらずにはいられない。
ゴブリンとはそう言う生き物だった。
「やべ……やべで……で……」
やがて、グスカスは虫の息で、それでもまだ命乞いをしていた。
顔中が晴れ上がり、頭部にもこぶがいくつもできている。
前歯は欠けて、口が切れて出血していた。
もうろうとする意識の中、グスカスが取った行動は、土下座だった。
剣を取る気力も体力も、すでになかった。
「おねがいじまず……だずげでぐだざい……」
「…………」
ここまでしても、ゴブリンからは、容赦するとか、手心を加えるとか、そういう気にはなれないようだった。
ゴブリンは棍棒を、思い切り振り上げる。
そして勢いよく振り下ろす。
もう終わった! と死を覚悟した……そのときだ。
スカッ……!
「………………は?」
いつまでたっても痛みが襲ってこない。
グスカスが恐る恐る目を開ける。
そこにいたのは……ボブだった。
「ぼ、ボブ! てめえ! 何してやがる!」
「ちょド通りかかったんです。グスカスさんが苦戦しているようでしたので! 助太刀します!」
ボブはグスカスをお姫様抱っこしていた。
どうやらこのガキが、グスカスの窮地を救ってくれたらしい。
ボブはグスカスを下ろす。
「超強いグスカスさんがここまで苦戦するなんて……きっとあの小鬼は、凄まじく強いんですよね!」
ボブが曇り無き眼で、グスカスをみていう。
……ボブが、冒険者の試験のあった日から、グスカスがすごい強いと勘違いしているのだ。
そのグスカスが手を焼く。
それほどまでに強い相手だと、勘違いしているらしい。
「ぼくも本気出します! はぁああああああああああああ!!!」
ボブは気合いを入れる。
すると彼の体から、黄金の闘気が立ち上る。
「喰らえ! 闘気砲!!!!!」
ボブは片手に闘気を集中させ、それをゴブリンめがけて放出する。
びごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
凄まじい破壊の光線が、前方にいるゴブリンを包む。
ジュッ……! という音とともに、ゴブリンはあっさりと消滅したのだった。
「…………」
ボブの出した闘気砲は、ゴブリンを消し炭にした後、遠くの山まで飛んでいく。
そして山の山頂部分を、ごりっと削っていった。
「あわわ、またぼくやっちゃいました。失敗失敗」
ボブがえへへと笑う。
「や、山が削れてやがる……」
呆然とつぶやくグスカス。
「お坊ちゃん!」
御者がボブめがけて走ってくる。
「いやぁ助かりました! 正直今乗っていた方が弱すぎてねえ……」
ちらっ、と御者がグスカスを見て、ふんっ、と鼻で笑う。
「大言を吐くばかりで、Eランク程度のモンスターに手こずるやつだったんですよ。あげく命乞いまでして、わたしをモンスターの前に差し出そうとしたんですよ」
「本当ですか? 酷い人もいたもんですね!」
……どうやらこの感じ。
御者の言っている人間が、グスカスであると、ボブはわかってないみたいだった。
別の誰かだと思っているようだ。
「最低な人もいるもんですね、グスカスさん!」
「あ、ああ……」
ふらつきながら、グスカスが立ち上がる。
御者が、汚物を見るような目でグスカスを見てきた。
いたたまれなくなって、グスカスはその場から逃げようとする。
「どこへいくんですか?」
「ついてくんな!」
「九頭バジリスク退治にいくんですよね! 僕もおともします! 他の依頼はもう片付けてきたので!」
どうやらこのボブ、あんなたくさんあった依頼をこなしてきたようだ。
「う、うるせえ! ついてくんな!」
「ふたりで戦った方が楽に倒せますよ!」
「うるせえうるせえ!」
グスカスは手に持っている依頼書を、ボブに投げつける。
「そんなにやりてえならてめえ一人でやってこい!」
グスカスはそう言って、ボロボロの状態で、その場から逃げる。
……Eランクのゴブリンにすら、負けてしまった。
「ちくしょう……間違ってやがる……こんなの……間違ってる……」
どうして隠された力が解放しないのだろうか。
命の危険にさらされたのに。
「女神は何やってやがるんだよぉ~……ぢくじょう……ぢくじょ~……」
グスカスは惨めだった。
自分より年下なやつに助けられた。
ゴブリン程度に後れを取ってしまった。
そして、モブからも、冷たい目で見られた。
きっとこの失敗は、あのモブ御者を通じて、広まってしまうだろう。
そうしたら、息巻いて出て行ったのに、ゴブリン程度にやられたと、冒険者ギルドでバカにされてしまう……。
そしてお使いクエストを今度こそやらされるだろう。
元勇者で、危険な敵と戦いまくっていた、自分が……である。
「ちくしょう……認めない……こんなの、認めねえぞ、ちくしょお~……」
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