54.勇者グスカスは、力量を見誤って失敗する【前編】
ジュードが王都にいる一方その頃、【元】勇者グスカスはというと。
ゲータニィガ王国と、隣国ネログーマとのちょうど国境付近に位置する街で、冒険者をやっていた。
グスカスは依頼を受けに、ギルド会館へと足を運ぶ。
ホール内には数多くの冒険者たちが、依頼を受けようとしたり、あるいは併設する酒場で酒飲んでいた。
「「「…………」」」
ギルドにグスカスが入った瞬間、辺りが静まりかえった。
冒険者たちからの視線をグスカスは受ける。
人から注目されることは、自尊心の塊であるグスカスにとっては大好物だ。
しかし今彼らから受けてる視線は、正直、好ましくないものだった。
「……おい、あいつだぞ。ギルドの試験に落ちたくせに、ズルして受かったって言う口だけ野郎は」
ピクッ! とグスカスは耳をそばだてる。
「……ギルド試験って落ちるもんなのか? そんなやつ初めて見たぞ。でも落ちたのにどうして冒険者やってるんだ」
「……それがこの間入っていた超期待の新人がいたろ? そいつの強い推薦があって、お情けでギルドに入れてもらったらしいぞ」
「……知ってる! 15歳のSランク冒険者だろ! 自分より年下の人間に情けをかけてもらうとかってマジかよ。恥ずかしくないのかね?」
「う、うるせえ!!!」
グスカスは、ひそひそ話をする冒険者たちに向かって叫ぶ。
「あ、あのときは調子が悪かったんだよ! お、俺様が真の実力を発揮してれば、あんな試験、余裕で通ってたんだよ!!!」
そう、グスカスが持つ本来の力。
女神から与えられし勇者の力。
魔王という強大な敵と互角に渡り合うだけの力が、グスカスにはあったのだ。
……しかし、年末の王都での事件後、グスカスの持っていた勇者の力は剥奪された。
現在、グスカスは並以下の、へたしたら子供よりも弱い存在へと成り下がっている。
しかし……だ。
「そうだよ! 俺様はなぁ! こんなくそ田舎の、冒険者みたいな、ド底辺な人間がなるような仕事に、本来はついていていい人間じゃあねえんだよ!」
そうだ。所詮冒険者なんて水商売。
裕福な親元に生まれなかったり、貧乏農家の三男坊とか、金のない、才能の無い人間が、仕方なくなるような職業だ。
「俺様が本来の実力を発揮すればなぁ! Sランク冒険者だと? ハッ! 余裕で慣れるっつーの! その姿を指をくわえて見ておけよ三下ども!!!!」
ニヤッと笑ってグスカスがギルド内を歩く。
「……あいつ、試験落ちるほど弱いくせに、冒険者にしてもらったのに、あんだけ自信満々なんだ?」
「……きっと身の程をしらねえんだろ」
「……いや、でもまさかもしかしてってことも」
ふんっ! と気圧されるザコどもをよそに、グスカスは受付へ向かう。
カウンターには受付嬢が並んでいた。
グスカスは近くにいた受付嬢の元へ行く。
「おめえでいいや。おら平民のブス女。俺様の実力に見合った最高の依頼をだしな。秒で片付けてきてやるぜ」
「……か、かしこまりました」
受付嬢が眉間をぴくつかせながら、カウンターの裏へと消えていく。
そう、自分は元勇者。
魔王という強大な敵に匹敵する実力を秘めたる存在。
それほどまでに実力を持つ自分にぴったりな依頼だ。
さぞ難易度の高いクエストだろう。
ややあって、依頼書を手に受付嬢が戻ってくる。
「あなたの今の実力に見合った、依頼を見繕ってきました」
「さっさとよこしな、ブス!」
グスカスは受付嬢から、乱暴に依頼書を奪い取る。
「さぁて、俺様にぴったりのクエストは……Aランクモンスターの討伐か? それとも難度Sのダンジョンの踏破? んなもんどっちも楽勝でこなしてやるぜ」
なにせこっちは魔王という、SSSランクとされる敵と戦う、勇者パーティのメンバーなのだ。
それくらいの依頼なんて、余裕だぜ……と思って依頼書を見た、そのときだ。
「………………は? なんだよ、これ?」
グスカスが依頼書から受付嬢に目をやる。
「今のグスカス様にぴったりの依頼ですけど」
「いや……ふざ、ふざけんなよ!!!!」
グスカスは受付嬢に依頼書を投げつける。
だが紙なのでぶつかることなく、空を切り、近くにいた冒険者の足下へと落ちる。
「なんだなんだ……って、ぷっ、こ、こりゃ……」
冒険者が依頼書を見て、吹き込む。
「ぷっ……くす……」
「おいどうしたんだ?」
「み、見ろよ、この依頼書……ぷぷっ!」
依頼書を拾った冒険者が、馬鹿にしたように、近くにいた知り合いの冒険者に依頼書を渡す。
すると……。
「ぎゃはははっ! な、なんだこりゃー!」
「だろ!? うける! マジ受けるわぁ!!」
がはははっ! と冒険者たちが、グスカスをあざわらう。
「う、うるせえ! 返せよ!」
グスカスが依頼書を持つ冒険者に殴りかかる。
……ぺちんっ。
と、情けない打撃音が。
それを聞いた瞬間、周囲で爆笑の渦が巻き起こる。
「ひー! ひー! み、見たかよ今の蚊の止まるようなパンチ!」
「み、見た見た! ひひっ! なんだそれ……! ざっこ! うわざっこ!」
「いやぁさすがあれだけたいそうなことを言ってただけあるなぁグスカスくん」
依頼書を持つ男が、グスカスに近づいてきて、グスカスにそれを紙を手渡す。
「さすがだグスカスくん。君にぴったりの依頼だよ……そう、ま、【迷子になった犬を捜してくる】依頼、た、大変そうだね……ぷっ、ぷぎゃははははっ!」
かぁ……! とグスカスの頬が熱くなる。
頭皮と脇下に大量の汗をかく。
「い、犬の捜索って! きょ、きょうび子供でもできるぞそんなのよぉ!」
「し、しかも他が、【落とし物ひろい】に【隣町までお使い】だって! おいおい冒険者ギルドは、いつから子供のお使いギルドになったんですかぁ~? ぎゃーっはっっはっは!」
モブ野郎の言うとおりだった。
グスカスに与えられた仕事は、どれもこれも、子供が親に言われてやるような、簡単すぎる内容の物だった。
グスカスは受付嬢に詰め寄る。
「やいてめえ! ふざけたもん持ってくるじゃあねえよ! なんだ? ブスって言われた腹いせにこんなもん持ってきたのか!? ああっ!?」
グスカスはすごむ。
だが受付嬢は涼しい顔で答える。
「いえ、純粋に、グスカス様の実力に見合っているギルドが判断した依頼を持ってきました」
「「「ぎゃははははははっ!!!!」」」
受付嬢の受け答えを聞いて、さらに周囲が爆笑する。
「ひーっ! ひっ! き、きいたかよぉ……」
「あ、ああ……ぷっすす! あ、あんだけ大口言っといて、ぴったりな仕事が、こ、子供のお使いだって!」
「あーあー! なるほどねぇ。そりゃあたいした実力の持ち主だわ! さすがグスカスくん! 口だけはSランク冒険者だよ、ほんと」
「「「ぎゃーはっはっは!」」」
グスカスはギリっ、と歯ぎしりする。
「う、うるせえうるせえうるせえーーーー!」
だんだんだん! とグスカスがその場で地団駄を踏む。
だが誰一人として、萎縮することもなかった。
むしろ、駄々をこねる子供を見るような、哀れな物を見るような目でこっちをみて、笑いものにしてくる。
「ぎ、ギルドがなにをもって、俺様の実力を語ってやがるんだ! 何も見てねえくせに!」
「……ぷっ!」
受付嬢が、顔をそらして、吹き込む。
「ああっ!? んだよてめえ!」
「い、いえ……すみません。ただ……こちらはきちんとギルド入会時、きちんと冒険者としての能力は、は、測ってましたけど?」
「!」
そ、そうだった……。
ギルド入会テストをすでに受けていたのだった。
実力は、すでに測っていたのだった……。
「あ、あんなのあのときだけの実力だろうが! い、今の俺様はちげえから! 秘めた力が俺様にはあるんだよ!」
「は、はひ……そ、そうで……ぷっ、ぷすすっ、か、くすっ! あ、あはははっ!」
受付嬢すらも、グスカスをあざ笑ってきた。
「ギルドの能力テストは、潜在能力すらもきちんと測定します。あのとき出た結果が、あなたの……し、真の実力です……ひ、ひぃ! ひー! あははははっ!」
「う、うるせええええええええ!」
がンッ! とグスカスは受付カウンターを蹴る。
だがすねを思い切りぶつけてしまったので、その場で悶絶する。
「ぎゃはははっ! な、何だぁ今のよぉ!」
「ひー! ひー! あー……おっかし。すねをぶつけて痛がるくらいの実力ですかそうですか!」
「これは子供のお使いすら無理なんじゃね?」
と、バカにされていた、そのときだった。
「あ! グスカスさん! グスカスさんじゃないですかっ!」
ギルドの入り口から、幼い子供の、甲高い声がしたではないか。
「……ぼ、【ボブ】」
グスカスは額に汗をたらしながら、今しがたやってきた少年を見やる。
「はいっ! ボブです! 名前覚えてくれてたんですね! 感激だなぁ……」
少年ボブが、グスカスの元へとやってくる。
「おいおい期待のSランク新人のボブじゃねえか!」
「入会試験で前代未聞の、最初からSランクをたたき出した超エリート新人だ!」
うわさする冒険者たちをよそに、ボブがグスカスの元へ来る。
「グスカスさん、今から仕事ですか?」
「お、おうよ……」
グスカスはこの少年が苦手だ。
というのも、入会テストの時、このボブという少年に、デカい態度を取った上で、実力試験で大敗北を食らったからだ。
この少年、こんなモブみたいな外見しているくせに、規格外に強いのである。
「奇遇ですね! 僕もこれから仕事なんです!」
ボブは受付嬢に挨拶をする。
「おはようございますボブ様。こちらあなたへの依頼となっております」
受付嬢が、先ほどとは態度を一変させ、丁寧に対応する。
グスカスは、自分よりもボブを丁重に扱っている受付嬢に、不快感を覚えた。
「俺様の方が偉いんだぞ! なんでそんなガキにへえこらしてだよ! ああっ!?」
すごむグスカス。
だが受付嬢は無視して、ボブに紙の束を渡す。
「わわっ、こ、こんなにたくさん……」
「それだけあなたにみんな、仕事を受けて欲しいと思っているんです。それだけの実力をあなた様は持ち合わせているんですよ。……そこのゴミカスと違ってね」
受付嬢がグスカスに、蔑んだ目を向けてくる。
「まいったなぁ……こんなに仕事こなせるかな。グスカスさんはどんな仕事なんです?」
まさか子供のお使いレベルとは言えなかった。
「そ、そりゃあ俺様の実力にあった、すげえクエストだよ!」
「へえ! そうなんですね! きっとすごいんだろうなぁ……」
キラキラとした、無垢な瞳を、ボブがグスカスに向けてくる。
背後で冒険者たちが笑いをこらえているのが見えて、不愉快だった。
グスカスは自分の依頼書を見やる。ペラ紙が数枚。しかもどれも子供のお使い。
一方でボブは、大量の紙の束。その内容もちらっと見た限りでは、AやSランクのモンスターの討伐という……花形の依頼だった。
「…………」
がッ! とグスカスは、ボブの依頼書の、一番上にあった紙を手にする。
「あ、あのグスカスさん?」
「依頼全部こなせるか不安なら俺様が手伝ってやるよ。そうだな……この依頼、俺様が引き受けてやるぜ」
それはSランクモンスターを討伐せよ、という内容の依頼書だ。
最底辺の実力しか無いグスカスがすれば、当然、命をあっさり落とす依頼。
だが、誰もとめなかった。
危ないからやめろと、助言する物もいない。
「手伝ってくださりありがとうございますグスカスさん! 助かります!」
「ふ、ふんっ! 別にてめえのためじゃね。俺様の実力にあった仕事するだけだ」
グスカスは、依頼書を手にギルドを去る。
全員が、グスカスに哀れみの目を向けてきた。
「ふんっ! 今に見てろ……Sランクの討伐だと? こんなもん余裕で倒してきてやるよ! おぼえとけモブ冒険者ども!」
グスカスは叫ぶと、ギルドの壁を蹴り、その場を後にするのだった。
夜にもう1話、更新します。
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