53.英雄、王都を訪れる【後編】
キースの呼び出しで、俺はキャスコとともに王都へやってきた。
【用事】を終えたその日の夜。
俺は王城内にある、でかい風呂場にやってきていた。
体を洗い、湯船に身を沈めている。
「ふぃ~……つ、疲れたぁ~……」
時刻はすっかり夜になっていた。
本当はさらっと用事を終わらせて、その日のうちに帰ろうとしていたんだが。
色々やっているうちに時間がかかってしまったのだ。
「……お疲れ様です、ジュードさん♡」
「ん。お疲れキャスコって……え? キャスコ? え?」
「……はい♡ あなたのキャスコです♡」
俺のとなりには、バスタオル1枚……いや、バスタオルすら身につけてない美少女がいた。
「え? え? ちょっ、え? ご、ごめんここ女湯だったかっ」
俺は慌てて湯船から出て行こうとする。
だがキャスコはニコニコしながら、俺の腕を引っ張ってきた。
「……いいえ♡ 女湯ではありません」
「そ、そうか……。って、ダメだろそれ」
じゃあ男湯ってことだもんな。
なぜこの白髪美少女賢者がいるんだよー。
「……まぁ、ジュードさんはご存じないんですか? ここは王家のみが使える特別な大浴場。男湯も女湯も区別がないんですよ。いわゆる家族風呂みたいなものですから」
「そ、そうなの……?」
「……ええ♡ なので、わたしがジュードさんと一緒にお風呂に入っていても……何も問題ありません♡」
キャスコが目を細めて、クスッと笑う。
ううむ、17歳とは思えないほど大人びている。
正直ドキっとしてしまう、不思議な色気が彼女にはある。
シミ一つ無い真っ白な肌。
体には無駄な肉が一切無い。
流れるようなプロポーションに、神が自ら作ったとしか思えない美しい顔つき……。
い、いかん、見とれてしまった。
「……もっと見てください♡ さわってください♡」
すすっ、と裸身のキャスコが、俺の腕にしがみつく。
思った以上に大きく、そして張りのある胸の感触が、ダイレクトに腕に伝わってくる。
「こらこらキャスコ。ダメだろ。付き合ってもない男女がこんなことしたら」
「……いいんです♡ もはやお互いに気持ちが通じ合っており、もう恋人のようなものではありませんか」
「いやいやキャスコよ。そりゃ確かにそうなんだがな。ちゃんとこういうのは手順を踏んでからというか、正式に付き合ってからというか……」
「……くす。ジュードさんってば、乙女みたいなこと言うんですね♡ かわいいです♡」
ふふっ、と大人びた笑みを浮かべるキャスコ。
目を閉じて、俺の腕にしがみつく。
「……ああ、たくましい腕です♡ 早くこの腕に抱かれたい……♡」
「ええと……キャスコ、だからな、早めに出ないと誰かがやってきたら……」
と、そのときだった。
「あー! キャス姐さんずりぃーっすよー!」
「キャスコ! おぬし……抜け駆けとはズルいのじゃー!」
大浴場に騎士のオキシー、そして第三王女ミラピリカがやってきた。
二人ともバスタオルを体にちゃんとつけている。
「ジュードさんとお風呂入るときは、一緒にっていったじゃないっすかー!」
「……あら、そうでしたっけ?」
すました顔で、キャスコが答える。
「キャスコよ! お、おぬしなぜ裸なのじゃ!? ま、まさか……こ、ここで……お、大人なことを!?」
ミラピリカが顔を真っ赤にして、声を震わせる。
キャスコは答えず、ただ微笑をたたえているだけだった。
「「きゃ~~~~~♡」」
ふたりが顔を真っ赤にして、黄色い声をあげる。
「キャスコ……おまえ、誤解を招くことするなよー」
「……あら? ジュードさん。わたしは別に何も言ってませんよ。肯定もしてません。勝手に向こうが誤解しただけです」
こ、この子……さらっととんでもないことを。
「きゃ、キャスコ! は、はじめてはやはり……い、痛いのかのぅ!?」
「キャス姐さんもついにジュードさんの女になったんすね! おめでとーっす!」
「……ありがとう二人とも。詳しい話は後でね」
「「きゃー♡」」
……ど、どんどんややこしいことになってきた。
「ジュードさん! あたしももらってくださいっすー! ジュードさんのために初めてはとっておいてるんすよ!」
オキシーが笑顔で湯船にダイブして、俺の腕に抱きついてくる。
「じゅ、ジュードよ! わ、わらわも……わらももらってくれ! 頼む!」
必死になってピリカが言う。
だがたぶん何のことかわかってない。顔がそんな感じだ。
「オキシー……ピリカに変なこと吹き込むなって。まだ子供なんだぞ?」
「なにいってるんすか! この年の子ならもう恋バナとか普通にするっすよ! ねえキャス姐さん」
「……ええ。わたしがピリカ様くらいのときは、もうオキシーやキャリバーたちと恋バナで盛り上がってました」
え、そ、そうなの……?
「もちろん話題はジュードさんっすよ! キャス姐さんは子供の時からジュードさん一筋なんすから!」
「わ、わらわもジュード一筋だぞ! ま、まけておらぬなからな!」
う、ううーむ……こ、困った。
良くない。
婦女子が3人もいる中で、男の俺がこの場にいるのは本当に良くない。
さっきから離脱を試みているのだが、キャスコが魔法で、オキシーは鍛えた腕力で、俺をこの場に押しとどめようとしている。
「このままお風呂場でみんなでジュードさんに抱かれましょーッス!」
とか変なことを言った……そのときだ。
「オキシーー!!!!!」
バーンっ! と風呂場のドアが派手に開いた。
「げぇ……! きゃ、キャリー姐さん!」
やってきたのは勇者パーティの剣士、キャリバーだ。
彼女は怒髪天と言った様相で、こちらにやってくる。
「オキシー! キャスコ! それにピリカ様まで……ここは男湯ですよ! 何をやってるんですかっ!!!!!」
キャリバーの怒声が風呂場に響く。
ひぃ……とキャスコたちが萎縮する。
「まあまあキャリバー。落ち着けって。ここ混浴なんだろ。そこまで怒らなくてもいいんじゃないか?」
するとキャリバーがきゅっと目尻をあげていう。
「バカッ! ジュード! 混浴なんてあるわけないだろ! 大衆浴場じゃないんだぞ!?」
「え、うそ。だってさっきキャスコが男湯と女湯の区別がないって……」
俺はキャスコを見やる。
ちろっ、といたずらっ子のように、舌を出していた。
嘘ついてたのかー。
マジかー。
「なんでそんなしょうもない嘘ついてるんだよ」
「……だって、ジュードさんとしっぽりお風呂に入りたかったんですもの」
「おまえなー。まったく、いつまで経っても子供なんだから」
「ジュード! 君も君だよ! もっとしっかりしてくれ!」
「あ、うん。ごめんなー」
キャリバーはプリプリ怒りながら、キャスコたちを連れて、男湯を出て行ったのだった。
「…………嵐みたいだったな」
取り残された俺が、独りごちる。
「大人気ですね、ジュードさん」
キャリバーと入れ替わりで、白髪の美青年が入ってきた。
「お、キース。お疲れさん」
やってきたのはこの国の第二王子、キースだ。
ぱっと見で女にしか見えない顔つきと体つき。
体は病的なまでに白く細く、遠目で見ると女の子みたいだ。
しかし胸板はしっかりあり、喉仏もある。男だ。
「こちらこそ、【式典】の参加、本当にお疲れ様でした。大がかりになってしまって、申し訳ございません」
「いいって。みんなが俺のために集まってくれたんだろ? 俺はうれしかったよ」
さて。
そもそもどうして俺が王都に来たのか。
話は数日前。
キースから、連絡が入ったのだ。
年末の王都での騒動が一段落した。
今回の騒動を収めた功労者として、国王が俺を表彰したい。
ついては、王城まで来てくれないか……と。
当初は非公式で、城の中で表彰式をするつもりだった。
だが、噂を聞きつけた王都の住民たちが王城の庭に殺到。
急遽みんなの前で表彰式を行うことになった。
王都の住民全員が見守る中、俺は王から感謝状と、そして勲章をもらったのである
「しかし良かったのか? 平民の俺に、あんな立派な勲章くれてさ」
俺たちは湯船から上がり、洗い場に移動している。
俺の背中を、キースが洗ってくれていた。自分から志願してきたのである。
「いいんですよ。あなたはそれくらいの偉業をなしたのですから」
「偉業ねぇ……。もらっておいてあれだけど、そんなたいしたことしたつもりないんだけどなぁ」
「幼い頃から人助けをしていたジュードさんにとっては、困っている人を助けることなど、それこそ呼吸をするかのように当たり前にするのですね。……ああ、素敵だ」
キースが俺の背中に、素手で触れてくる。
首の後に彼の吐息がかかる。
「キース。どうした? 具合でも悪いのか? 呼吸が荒いぞ」
俺がキースの方を振り返って言う。
「いえ、平気です。むしろ体調は万全、絶好調と行っても良いくらいです」
ニコッと笑う第二王子。
ううむ……笑顔がまぶしいぜ。さすがイケメン。
しかしなにゆえちょっと前屈みになってるんだろうか。
「式典が長引いてしまって申し訳ないです。本来は午前中にすべて終わる予定だったのですが」
「構わないって。俺も王都の人たちとゆっくり話す時間が欲しかったしな」
表彰式の後、城で食事会が催された。
キースの計らいで、平民でも参加できることになったのだ。
俺は次々来る王都の人たちと雑談していたら、いつの間にかすごい時間が経っていたのだ。
「というか悪いな、泊めてもらって」
「何も悪いことは何一つありません。ここはあなたにとって我が家のような物です」
「いやはや、ありがとな」
ざばっとキースが俺にお湯をかけて、泡を洗い流してくれる。
「サンキュー。んじゃ、今度は俺が背中あらってやるよ」
「い、いいんですかっ!?!?!?」
キースが血走った目で、俺の手をがしっと掴んで言う。
「おう。ほら、後向け」
「は、はい……! ど、どうぞ……」
キースが背中を俺に向けてくる。
線が細いから本当に女にしか見えないな。
腰もくびれているしな。
俺はスポンジにボディソープを垂らし、キースの背中を洗う。
こするたびキースが妙な声を上げていたのだが……なんだろうね。
ややあって、俺は彼の背中を洗いながす。
「ほい終わったぞ」
「ありがとう……ございます……」
ぽーっとした表情で、キースが言う。
「大丈夫か? 湯あたりでもしたのか?」
「いえ……大丈夫です。至福の時でした……」
うっとりとキースがつぶやく。
俺たちは湯船へと移動。
ちなみにキースはまた前屈みでひょこひょこしながら歩いていた。腰でも痛めたのかな?
俺たちは湯船につかる。
「これでジュードさんも、王都民たち全員から愛され、尊敬される存在になりました。ぼくはうれしいです」
「いや大げさだって。俺なんてそんな尊敬される存在じゃないよ」
ちょっとだけ強いだけの、ただの隠居したおっさんだからね、俺。
「強い上に謙虚。さすがですジュードさん……兄もジュードさんを見習う心があれば……」
キースの兄、つまりグスカスの事を言っているのだろう。
第一王子にして、勇者の青年だ。
「そうだ。キース。風呂上がりにグスカスのとこいこうぜ。久しぶりに三人で話そう」
するとキースは首を振る。
「残念ながらそれはできません」
「ん? どうして?」
薄くキースが言う。
「実は兄は……今、療養中なんです」
「療養……? え、どうしたんだよ。体壊したのか?」
そう言えばグスカスは、結構精神的に参っていると聞いていた。
年末王都に来たときは、グスカスのもとへ顔を出そうと思っていた。
だが事件があったせいでそれはかなわず。
今日こそはと思ったが式典があって会いに行けなかったのだが。
「兄は最近、なれぬ公務に尽力したからか、体を崩されたのです。でも安心してください。仕事は僕が引き受けて、兄には恋人とゆっくり旅行へ行ったんです」
「へえ……。えっ? 恋人?」
「はい。つい最近お付き合いすることになったみたいです。可愛らしい、鬼族の女の子ですよ」
ほおー。
グスカスにもついにガールフレンドか!
「いやぁそりゃ良かった。あいつ、なかなか彼女できなかったからさ、俺心配してたんだよ」
ちょっととっつきにくい性格をしているが、あいつは悪いやつじゃない。
見てくれも悪くない……というか美形だ。
だから彼女なんてすぐできると思ったんだが、なぜかあいつ、頑なに恋人を作ろうとしなかったんだよなぁ。
「いやほんと良かったよ。今度会ったらお祝いしないとなぁ」
「ええ、ぜひ。たしか兄たちはネログーマの方へ旅行へ行ったと聞きます」
「まじか。奇遇だなぁ~」
キースが口角を、ニヤッとつり上げた。
だが一瞬で元に戻り、いつも通りの、微笑みを浮かべていう。
「ジュードさん、奇遇とは?」
「実は俺たちもネログーマへ行くんだ。キャスコたちとな」
俺はかいつまんで、今度の旅行のことをキースに教える。
旅行先で、ハルコとキャスコに思いを伝えるのだと。
「へえ……! それは……素晴らしいですね!」
大輪の花が咲いたように、明るい笑みをキースが浮かべる。
「どこでプロポーズなさるんですか?」
プロポーズって……気が早いなぁ。
「ネログーマのエヴァシマって街だよ」
「へえ……覚えておきますね、ええ……」
「お? なんだー。おまえも一緒に来るか?」
「いえ、残念ながら僕【は】無理です。公務が山ほどありますので」
「ありゃ、そら残念」
「でも仮にいっしょに旅行へ行ったところで、キャスコさんたちに悪いですよ。せっかく恋人同士の旅行なんですから」
うっとりとした表情でキースが言う。
「ああ……楽しみだなぁ……」
「そんなふうに、自分の事みたいに楽しみにしてくれてありがとな」
「え……。ああ……そう言う……もちろんですよ。だってジュードさんは僕の命の恩人だし、家族みたいな物ですからね」
うれしいこと言ってくれるぜ、このイケメンは。
「旅行のお土産話、ぜひ後日また聞かせてくださいね」
「おうよ。楽しみにしてな」
「ええ……楽しみに、してますね」
その後俺は王都で一泊し、翌日キャスコとともに、ホームタウンへと戻ったのだった。
次回、グスカス側の話となります。
明日、土曜日(11/16)も更新します。




