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52.勇者グスカスは、冒険者ギルドで恥をかく【前編】



 勇者グスカスは、勇者の資格と能力を剥奪後、奴隷少女・しずくとともに王都を追放された。


 そのまま流れ着いた先で、グスカスは怠惰な日々を送っていた。


 グスカスは生活費が、雫が娼婦をして稼いでいたことを知り憤る。


 雫が他の男に抱かれるのが耐えきれないため、グスカスはついに働くことを決意。


 話はその2日後、拠点である【ガオカナ】の街のある一画にて。


「ここが冒険者ギルドか……しけた建物だな」


 見上げるそこには、2階建てのレンガの建物。看板には【ガオカナ冒険者ギルド】と書いてあった。


「……くそ、なんで俺様が、こんな底辺の集まる吹きだまりみたいなところにこねえといけないんだよぉ」


 冒険者。依頼を受けてモンスターを倒したり、クエストをこなしたりする、街の便利屋のようなものだ。


 冒険者には誰でもがなれる。たとえ身分があやしい、後ろめたい過去を持つ人間であっても、誰でもなれる職業だ。


 それゆえに……グスカスのように、冒険者に対して偏見を抱くものは多い。


「チッ……! まぁしゃーねえ。もともと接客業は性に合わないし、切った張ったのこの仕事の方が俺様に向いてるか」


 先日、グスカスは働くことを決意した後、いくつかの店に面接に行った。


 だがそのすべて門前払いされてしまったのだ。理由は推して知るべしだ。


「あのクソ飲食店ども……二度と使ってやんねー。料理人とか今日日奴隷でもできる仕事してる奴らのくせに偉そうに……。ま、いいや。俺様は冒険者として、華麗にデビューといくからな!」


 ふふん、とグスカスが不敵に笑う。

 ……現在、グスカスのステータスは、勇者だった頃より遥かに減少していた。


 この世界は、15歳になると女神から【職業ジョブ】をもらう。職業を得るとそれに併せてステータスが向上したり、スキルを得たりする。


 ……裏を返せば、職業を失っている人間は、ステータスも弱ければスキルもない。一般人よりも、そして下手したら子供(女神から加護を受けていない)よりも弱いかも知れない。


 ……だがそんなこと、グスカスは関係ないと思っていた。


 だってそんなものがなくても、自分は元勇者だったのだ。選ばれし存在、勇者になる資格を備えた特別な人間だったのだ。


 女神はきっと、グスカスに強くなる素質があったからこそ、勇者に選んだのだ。だから、加護が、職業がなくても、十二分に俺は強い。……という理屈らしい。


「いくぜオラァ! 大型新人冒険者のお通りだ!」


 グスカスは乱暴に、冒険者ギルドの扉を開ける。


 中は手前が酒場に、奥が受け付けカウンターになっていた。酒場ではたくさんの冒険者たちが、酒を飲んだり、今日の冒険の感想を語り合ったりしている。


「チッ……中もきたねえよ……それに品のねえ奴らばっかだ……アホそうだ。低脳のゴミどもがうじゃうじゃとごみのようにいやがる……」


 グスカスは顔をしかめて言った……そのときだ。


「おいてめぇ。低脳のゴミっていうのは、俺たちのことかぁ?」


 出入り口付近で飲んでいた、ひとりの冒険者が、グスカスに絡んできたのだ。


「あぁ? そーだよ、てめぇのことだよ、見るからに頭に脳みそつまってなさそうな、筋肉ゴリラのことだよぉ」


「あ゛ぁ!? やんのかごらぁ!?」


 筋肉ゴリラがグスカスの胸倉を掴んでひねりあげる。すごんでくるのだが……グスカスはまったくひるまなかった。


「て、てめぇ! なめてんじゃねえぞごらぁ!」

「おーおー怖い怖い。見た目だけはな」


 にやりと笑うグスカス。

 そう、こんながたいのいいだけの人間に、、勇者グスカスは臆したりしないのだ。


「こ、こいつ……妙に肝が据わってやがる」


「ったたり前だろぉがよ。なにせこちとら魔王とバトってきたことがあるんだからよぉ。それと比べたらてめぇなんて? 子猫みたいなもんだよ!」


 グスカスの言葉に、筋肉ゴリラがひるむ。

「ま、魔王……そういえばその見た目……ま、まさかあんた……」


 筋肉ゴリラの目に、畏敬の念がうつった。ぞくぞくと快感が背筋を伝う。そうそう、こういう態度だ。


 ずっとグスカスが欲しかった感情だ。自分をおそれ、そして敬うその気持ち……。


「まさかあんた……勇者グスカスか?」

「だとしたらどうする? そのうすぎたねえ手をどけろ、このゴリラ野郎!」


 バシッ……! とグスカスが筋肉ゴリラの手を払う。向こうはたじろいでいた。


「まじかよ……」「勇者グスカスだって……?」「魔王を倒した最強の男が、どうして冒険者に……?」


 周囲がざわつく。ああ……この感じだ! この感じだよ……! とグスカスのすさみきっていた心が、満たされていく思いがした。


 王都では、自分をのけ者にしたり、こけにしたり、ないがしろにされてばかりだった。


 こうやって人から尊敬されたり、恐れられたりする感覚……たまらない。これがあるから、グスカスは勇者をやっていた感もあった。


「おいゴリラ。俺様を受付まで案内しろ」

「わ、わかりました!」


 筋肉ゴリラは態度を一変させ、ぺこぺこと恐縮しながら、グスカスをギルドの受付へと案内する。


 受付嬢がグスカスを見て、ペコッと頭を下げる。


「いらっしゃいませ。当ギルドに何のご用でしょうか?」


 受付嬢が慇懃に対応してくる。それはグスカスが勇者という噂を聞いたからか、はてまた全員に対してこういう態度なのか……。まあどっちでも良かった。


「ンなもん冒険者として登録しにきたに決まってんだろぉがよ。ここに来る理由なんてそれしかねえだろ、そんなのもわかんねえのかよ。まったくてめえもここらにいる底辺どもと同じ低脳な使えねえ女だなぁ!」


 グスカスは調子に乗りまくっていた。王都にいた頃ボコボコに凹んでいた彼の自尊心は、このギルドに来て畏怖されたことで、すっかり回復していたのである。


 舌の滑りも、もとのクソ勇者の頃に戻っていた。


「……申し訳ございません。ギルドに登録となりますと、まずは基礎能力の測定。次に適性試験を受けてもらいます」


「あ゛ー? なんで俺様がそんなめんどっちい手続き踏まねえといけねーんだよ」


 グスカスが受け付けカウンターに肘をついて、身を乗り出して言う。


「すみません、規則で決まっているのです。たとえ前職をお持ちであろうと、登録を受けるならまずは【ステェタスの窓】を開示してもらうことにより基礎能力を見せてもらい、そして冒険者としての適性を見るために実技試験を受けてもらうとギルド規定に書いてあるのです」


「っち! ったくめんどうだなぁ……ま、しゃーねー……」な、と。


 調子に乗れたのは、そこまでだった。

 ……ステェタスの窓の開示、だと?


「…………」

「どうかいたしましたか? ステェタスの窓を開いてください」

「い、いや……それは……できねえな!」


 グスカスは額に大粒の汗をうかべながら、ふんぞり返って言う。


「審査する必要なんかねーだろ? この見た目に見覚えないか? お、俺様はグスカス……勇者グスカス様だぞ!」


 グスカスは高らかに宣言する。……若干声が裏返っていた。内心の動揺を表に出さないよう、必死だった。


「おおまじかっ」「あの勇者グスカスかっ」「すげーマジモンだ……」


 一部の冒険者たちは、グスカスに驚き、


「……あれ、でもなんで勇者が冒険者になろうってしてるんだ?」「それな。王都にいるんじゃないのか?」


 一方でそんな冷静な判断を下せる冒険者もいた。


 観衆は、突如現れた勇者を名乗る男に、注目していた。おそらくその場にいた全員が、グスカスを見ている。


 ま、まずいぞ……! とさらに焦るグスカス。名乗ったことで、余計に注目を浴びてしまった。


 普段なら良い。だが今は困る。なぜなら今、自分はステェタスの窓を確認されようとしているからだ……バレて、しまいそうになっているからだ。


「皆さん、静粛に」


 受付嬢が声を張ると、観衆は黙り込む。


「グスカス様。あなたは勇者かも知れませんし、そうでもないかもしれません。この業界、名前を偽って他人の手柄を取る輩も多いのです」


 ドキッ……!

 ドクッ……ドクッ……ドクッ……。


「お、おう! そうだなぁ……! そういう最低な奴らもいるよなぁ! ま、まあ俺様は! 俺様違うがな! 俺様はな!」


 ……一瞬、この女が魔王討伐の真相を知っているのかと思って焦った。ジューダスから手柄を横取りしたのはグスカスだから。

 しかしこいつが知ってるわけないと、気を取り直す。


 グスカスの嵐のように動揺する一方で、受付嬢が冷静に言う。


「なので身分の確認のため、ステェタスの窓の確認は必須となるのです」


 ステェタスの窓には個人情報が書き込まれている。ここの情報は、女神しか書き換えることができない。


 ゆえにここに書かれた情報は、信用できるというわけだ。


「グスカス様。ステェタスの窓の提示を」

「いや……しかしなぁ……お、俺様勇者だから、特例で免除しろよ」


「勇者であるというのなら、なおのこと、ステェタスを見せて我々に示してください。自分が、何者であるかを」


 ぐぐ……っとグスカスが言葉に詰まる。確かに勇者であると公言した以上、ここまで言われてステェタスの窓を見せないわけにはいかなくなった。


 だが見せたところで……そこに書かれているのは……。


「おいどうした勇者!」


 答えに困っていると、観衆からヤジが飛ぶ。


「本物なら見せろよ!」「それとも見せられねえのかよ!」「やっぱ偽物なんだろ、この英雄を騙る偽者が!」


 ……ぷちん。


 そのセリフが、グスカスの逆鱗に触れた。英雄を騙る偽者。……グスカスが、一番言われたくない言葉だった。


 ……脳裏に、あのジューダスのおっさんがちらつく。


 英雄を騙る偽物。……まさに、グスカスのことだったから。図星をつかれて、グスカスは頭が真っ白になった。


 我を忘れてしまった。だから……。


「あー良いぜ見せてやンよぉ! ほらよぉ……! お望みのステェタスだ! ひれ伏せ下民ども! 俺が! 俺様が勇者だぁ……!」


 グスカスはステェタスの窓を出現させる。受付嬢が冷静に、それを見て……。


「………………………………うそ」


 受付嬢が、言葉を失っていた。

 ぷるぷると肩をふるわせる。


「あの……グスカス……さん?」

「お、おおなんだよ?」


「えっと……あの……早く……ぷっ、ステェタスの窓……くすっ……閉まってください。もう……ぷすすっ……結構ですので」


 ……受付嬢が口元を手で押さえていた。


「おい受付の姉ちゃん、どうだったんだよ!」

「こいつは本物? それとも偽物だったんか?」


 民衆は突如現れた勇者に、興味津々だった。しかし受付嬢は「い、いや……個人情報ですから、公開はできません」と肩をぷるぷるとふるわせて、顔を真っ赤にして、言う。


 ……こいつ、笑いを必死なってこらえてやがる!


「こ、こちら……試験用紙になります。此を持って……実技試験に……ぷすすっ、おす、おす……ぶひゃっ……! お進みください……」


 受付嬢が、グスカスと目を合わせないようにして、試験用紙を手渡してくる。明らかに笑いをこらえていやがった。


 ……きっと勇者と豪語していた人間のステェタスが、あまりに低かったから、笑っているのだろう。


 だが最低限の仕事をしているようだ。相手の個人情報を、べらべらとしゃべらなかったのだ。まあ許してやるかと思いながら、受付嬢から用紙を受け取ろうとした……そのときだ。


 ひょぉおお……っと、どこからか風が吹いた。それで試験用紙が吹き飛んだ。


「あぁッッ!!」


 グスカスが悲鳴を上げる。

 用紙はあろうことか、先ほどの筋肉ゴリラの足下に落ちていた。


「おいおい大事な試験用紙が落ちてるぜ、グスカスさんよぉ……って、なんじゃこりゃ!」


 試験用紙には、グスカスのステェタスの写しが書いてある。能力値だけでなく、職業も……。


「ぎゃーーーーーーーーはっっはっはーーーーーーー! なぁんだよこれぇーーーーーーーー!」


「や、やめろよぉ! 返せよぉ!」


 グスカスは急いで筋肉ゴリラの元へ駆け寄る。試験用紙を回収しようとしたが、ゴリラは用紙を高く掲げて言う。


「おーーーーーい! みんなぁ見てくれぇーーーーーーーーーーい! これが、勇者グスカス様のステェタスなんだってよぉーーーーーーーー!」


 筋肉ゴリラが、詳細がよく見えるように、高く掲げて言う。


 その場にいた全員が、グスカスのステェタスを見て……。


「ぷっ……!」「くく……!」

「「「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーはっはっは~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」」」


 一斉に、大声で笑い出した。


「まじ……ちょっ……まじかよ!」

「ステータス軒並み最低ランクって……ぷぎゃーひゃひゃっひゃ!」


「おいおい数値が赤ん坊のそれじゃねえか! この間生まれた俺の子供よりも低いぞこいつぅ……ひー! ひー! あーおっかしぃ~!」


 みな口々に、グスカスのステェタスを見て馬鹿にしてくる。グスカスはどうしようもない敗北感と、羞恥心を覚えた。


「しかもこいつ! イキってたわりに職業【無職】だってよぉ!」


「うっわすげぇ! 職無しとか俺はじめてみたわー! うわーすごいわー! めっずらしいわー! ぷーくすくす!」


 女神信仰が根付くこの世界では、みな女神様に祈りを捧げ、そして全員が女神から職業という加護を受けている。


 職業を持っていない人間は、皆無だ。おそらくその場にいた人間も、無職の人間を見たことがないだろう。


「いやぁさすが勇者様! レアな職業をおもちでらっしゃるぅううう!」

「おいおいレア職業って無職がかよぉ! それ職持ってねえってことやないかーい!」


「「「ぎゃーっはっっはっはー!」」」


 ……グスカスは、顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えていた。


「う、うるせぇ! 笑うな! 笑うなよぉ!」


 グスカスは試験用紙を持つ筋肉ゴリラに向かって、拳を振り上げる。


 パンチ一発でも食らわせてやろうと思った。思い切り振りかぶり、


「死ねぇええええええええええええええええええええええええ!!!」


 ぺちー…………………………ん。


「「「………………」」」


 あまりに、あまりに非力なグスカスのパンチが、筋肉ゴリラの腹に当たる。


「「「ぷっ……! ぎゃはははははははーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」


 その場にいた全員が、大爆笑していた。

 受付嬢さえも、うつむいてて、おかしそうに大笑いしている。


「おいおいなんだ今の蚊の止まるようなパンチはよぉ……? 赤ん坊に触られたのかと思ったぜ~!」


 筋肉ゴリラがゲラゲラ笑いながら、グスカスを見下ろす。


「う、うるせぇうるせぇ!」


 グスカスは立ち上がり、胸を張る。……それは明らかな虚勢であったが、虚勢でも張っていないと、恥ずかしくて死にそうだった。


「す、ステェタスがなんだ! ただの数字だろうが! 問題はそいつが本当に強いかどうか! 実技試験の結果が重要だろうが!」


 ステェタスは強さの指標に過ぎない。強い数値を持っていなくても、戦闘技能に優れる人間もいる。


 ……そう、例えばジューダスとか。あいつも勇者よりステェタスの数値は低かったが、豊富な戦闘経験があったため、グスカスよりも強かった。


 ……悔しかった。引き合いに出したのが、あのにっくきジューダスであることが、屈辱で仕方なかった。


 だがグスカスのセリフに、一部の人間たちが「……まあ、言われてみれば」と納得していた。


 グスカスはたたみかけるように言う。


「大事なのは実際の戦闘スキルと能力! 腕っ節が強いのでは関係ない。見せてやるよ……俺様が勇者ってことをなぁ……!」


  

夜に後編アップの予定です。


また、新作をはじめました。


「自由を奪った状態で倒すなんて、この卑怯者!」と追放された最強の暗殺者、人里離れた森で魔物狩りしてたら、なぜか村人たちの守り神になってた

(https://ncode.syosetu.com/n9668fp/)


最強の影使いの暗殺者が無双するお話です。頑張って書いたので、読んでくださると嬉しいです。


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