05.英雄、隣国の姫と女王からスカウトされる
双子冒険者を助けた、その三日後の午後。
喫茶店ストレイキャッツにて。
午後の忙しいランチタイムを乗り切った後、店内にはだらりとした空気が漂っていた。
客もいないしな。
「はぁ~……疲れただにぃ~……」
テーブルを台ふきんで拭いていた、バイトのハルコが、重くため息をつく。
「ハルちゃんお疲れ。まかない作るよ。何が良い?」
「えっとそれじゃ、チーズオムライスで!」
ハルコが元気よく返事をする。
「またかい。好きだねぇ、チーズオムライス」
「えへへっ♪ だってジュードさんの作るチーズオムライス、もうどえりゃーうまいだに♪ おら大好きだにぃ~♪」
「おら? だに?」
「はわわわっ! き、気のせいだと思います! ……はぁ、田舎なまり直らないなぁ……」
よくわからないが、まあともかく。チーズオムライスを所望と言うことで、俺はいったん厨房へ引っ込む。
勇者パーティ後衛の子から直伝してもらった、チーズオムライスをぱぱっと作る。
お皿に大盛りにして、ホールへ戻る。
「ハルちゃんおまたせー」
「わぁい! 待ってましたー!」
客が使うテーブルの前に、ハルコがちょこんと座る。お皿を目の前に置くと、
「わぁ……! おいしそー!」
「こちらスープとサラダがサービスとなってます」
「ジュードさんありがとう! ……えへへ、料理上手な旦那様かぁ、えへへ~♪ ハルコ、ごはんできたよー、なんつってぇ♪」
「ハルちゃん?」
「ああううん! いただきまぁす!」
ハルコが料理を食べようとした、ちょうどそのときだった。
からんからん♪
誰かが店にやってきたようだ。
「くふ、失礼するわ坊や」
「やあ、ジューくん。元気してたか?」
入ってきたのは、小柄な少女と、大柄な女性だ。
片方は妖狐。もう片方は砂漠エルフだ。
「いらっしゃ…………あー…………」
やってきた彼女たちの顔に、俺は見覚えがあった。ありまくりだった。
「くふ♡ 会いに来たぞ坊主♡」
「私もいるぞ、ジューくん」
にこーっと笑うそいつらは、
「玉藻……。それにアルシェーラも」
隣国の姫・玉藻と、同じく隣国の女王・アルシェーラだった。
彼女たちを見たハルコはというと……。
「は………………? へ? 玉藻、それにアルシェーラ ぇえええええええええええ!?!?!?」
二人を見て、瞠目し、絶叫していた。
「ななななんで!? なんで女王様とお姫様がここにおられるん!?」
ハルコはびっくり仰天して、椅子から転げ落ちてしまった。
「おや、かわいいお嬢ちゃん。大丈夫?」
「腰を打ってけがなどしてないか?」
見た目が幼女のキツネ少女と、浅黒い肌のエルフが、ハルコを心配そうに見やる。
「だだだだ、大丈夫でででですっ!」
ハルコは立ち上がると、直立不動の体勢になる。
「ふふふ、二人の前でししし、失礼な態度とってしまい、ももも、申し訳ございませんでした!」
ガバッ! とハルコが腰を直角におり、頭を下げる。
「くふ♡ かわいい子ね」
「ああ、実に愛らしい。うちの給仕に雇いたいくらいだ」
うんうん、とキツネ少女と褐色エルフがうなずく。
「お嬢さん。気にしなくて良いぞ。我々はお忍びでやってきてる。今は女王アルシェーラじゃなく、ただのシェーラ」
「そしてウチはただの玉藻……そうねぇ、たまもんとでも呼んでちょうだいな♡」
「そそそそ、そんな滅相もない!」
ぺこぺこぺこ、と恐縮しきりのハルコ。
「……ふぅむ。これはまずいな」
ハルコが完全にパニックになっていた。
「ハルちゃん」
「は、はひ? なんれしゅか?」
あかん。緊張しまくってる。
俺はハルコに言う。
「お客さん来ちゃったから、お昼ご飯はバックヤードで食べててくれない?」
「はい! わかりました!」
彼女は立ち上がり、料理をお盆にのせると、
「失礼いたしました-!」
といって、その場を全速力で去って行く。
「くふっ♪ ほんとうにかわいらしい子ねぇ。処女かしら? 男の味を知る前にいろいろ教えてあげたいわぁ♪」
「おいやめてくれよ、うちの大事なバイトなんだから」
ふぅ、とため息をついて、俺は二人に言う。
「ようこそ、玉藻、アルシェーラ。俺の喫茶店へ」
☆
隣国の姫と女王が、俺の喫茶店にやってきた。
玉藻。見た目は10歳くらいだ。小さい体に、あどけない表情。
金色の髪の毛にキツネ耳、そしてふわふわのキツネ尻尾をはやしている。
アルシェーラ。20代前半くらいの女性。
砂漠エルフ。昔は【ダークエルフ】と呼ばれていたが、三国間での友好条約が結ばれたときから、呼称を砂漠エルフと変えた。
アルシェーラの特徴は、そのチョコレートと見まがうほどの暗い褐色の肌。流れるような美しい銀髪。長い耳。大きな乳房。
どちらの女性も、絶世の美女だ。
「ふたりはどうやってこの場所を……って、ピリカか」
俺は厨房で賄いのオムライスを作っている。彼女たちが、腹減ったといってきたので、俺が作っているのだ。
「そうだ。ミラピリカから君が生きてることを聞いた」
「ピリカちゃんとウチらは親友だし頻繁に文通してるのよぉ」
なるほど……。出所はそこか。
俺はオムライスを二つ持って、ホールへ移動。
彼女たちのテーブルの前に、オムライスをおいた。
「美味そうだ。いただこう、玉藻」
「そうねぇシェーラちゃん♪ まずは一口」
はむ……っと妖狐と砂漠エルフが、口にオムライスを含む。
「これは……美味いなぁ」
「ええ本当にねぇ♪ ねえ坊や、ウチにオムライスを食べさせてくれないかしら?」
「自分で食えよ、子供じゃあるまいし」
この玉藻という少女は、見た目10歳だが、中身は恐ろしく長く生きた化け狐である。
年齢は見た目通りじゃあないのだ。
「坊やはケチねぇ。そんなところがいいのだけど♪」
「おい玉藻。抜け駆けはずるいぞ。まだ交渉の場に入ってないのに」
交渉?
「なぁにシェーラ。坊やがとられると思って焦ってるのかしら?」
「当たり前だろ。こいつは我々砂漠エルフの国に来ていただく」
「くふ♪ 何を言っているのやら、坊やはウチら獣人の国がいただくに決まってるでしょう」
とやんわり火花を散らす二人。
「え? なんのこと?」
「まあ後で話すわぁ。坊やはちょこっと待ってなさいな♪」
「だな。今我々は食事で忙しい。すまない」
そう言って、ふたりはばくばくとおいしそうにオムライスを食べる。
しかし何だろうか……?
来てもらうだの、ウチがいただくだのと。
なんの話だろうか……?
ややあって、ふたりが食事を終える。
俺は二人の前に座る。
「それで何の用事だ?」
「ウチから先に言っていい、シェーラ?」
「いやまて私が先だ」
「くふっ♪ じゃあお先にどうぞぉ」
アルシェーラは居住まいを正すと、すっ……と頭を下げる。
「英雄ジューダス・オリオン。貴君を我が砂漠エルフの国……フォティアトゥーヤァに来ていただきたい」
「………………ふぅむ」
続いて玉藻がぺこっと頭を下げる。
「ウチもそこの女王様と要件は同じよ。坊や、ウチの国、獣人国ネログーマに来ない? もてなす準備はとうにできてるわ」
「……ふぅむ。それって、つまりスカウトってことか?」
俺の言葉に、ふたりがうなずく。
「そう解釈してかまわない」
「ウチは違うわ♪ ウチの旦那になってくれないかしら、という求婚の意味もあるのよぉ♪」
求婚ってあんた……。
「そう来たか。未婚の立場をそう使うのか。あなどれないな、玉藻」
「くふっ♪ 女の一番の武器は体だからねぇ。あなたも旦那になってくれと頼めば良いのに」
「それは困る。なにせ私は既婚者だ。男を娶り正室として迎えたとなれば、彼女が泣いてしまう」
フォティアトゥーヤァは女系国家だ。
女同士の結婚が当たり前……というか、砂漠エルフには男がいない。
じゃあどうやって繁殖してるのかというと、女同士で子作りができるのだそうだ。生まれてくる子も女らしい。
「だからジューダス。君に望む地位を上げよう。それに君の望むすべてをあげよう。金も地位も思うまま」
「ウチのところはあまり豊かじゃないから、かわりにウチがこの体を使ってたぁっぷりと、ベッドでご奉仕してあげるわぁ♪」
とふたりがアピール合戦を繰り広げる。
「まてまて落ち着けってふたりとも」
俺は一度ストップする。話がいきなりすぎて、ついて行けないのだ。
「どうして俺なんかをスカウトするんだ? 俺みたいな裏切り者をさ」
世間では裏切り者ジューダスとして、汚名がとどろいているはず。それは隣国、フォティアトゥーヤァやネログーマにまでも届いてることだろう。
そんな裏切り者を、自分の国に置こうとするだろうか……?
するとふたりは、きょとんとする。
「坊やは自己評価が低い子だと思ってたけど、まさかここまでとはねぇ」
「謙虚は美徳だが、ジューくん。それはちょっと嫌みに聞こえるぞ」
「え、なにそれ?」
ふぅ……っとふたりがため息をつく。
「彼は自分がどれだけ、重要人物かわかってないようだぞ、玉藻」
「そうねシェーラ。坊やはちょぉーっと抜けてるところがあるからねぇ。くふっ♡ そこがかわいらしくて良いところでもあるんだけどね」
うんうん、とうなずくふたり。何なのだ……?
「ジューくん。我が国は人間国で広まっている汚名など一切気にしない。何せ他国だからな」
「ウチもそうよ。人間がぎゃーぎゃーいってるのなんて気にしないわ。ウチの国でのんびり楽しく、ただれた生活しましょう?」
玉藻が妖艶に笑い、足を伸ばしてくる。足先で俺の股間のあたりを、つんつんとつついた。
「ウチがほしいのは、その最強の力。その子種。最強の力がウチらの血に混じってくれたら、国の未来は安泰よぉ」
「私たちは君のその【指導者】としての能力を欲している。きみが来てくれたら我が国はさらなる発展を遂げていくだろう」
だから我が国に来いと、ふたりがスカウトしてくれる。
「ふぅむ……なるほど。どっちも魅力的な提案だな」
「だろ?」「でしょう?」
「けど……悪いな。断らせてもらう」
ふたりがふぅ、とため息をつく。
「やはりか」
「ピリカ嬢ちゃんから聞いてたとおりねぇ」
やれやれ、と首を振るう。
「ジューくん。君はこの生活を気に入ってるんだったな」
「ああ。この平民としての、普通の生活を俺は愛してるんだよ」
「そっかぁ。それじゃあウチは、今日はいったん帰らせてもらうわ」
玉藻がスクッと立ち上がる。
「今日のところは顔見せ。次からは本気で、坊やを誘惑して、ウチのところへきたいと言わせるように、しっかり準備してくるわね♡」
「私も今日は準備不足だった。次回はきちんと策を練って、君を我が国に迎え入れさせてもらおう」
アルシェーラが立ち上がって、ニコッと笑う。
「いやあの……ふたりとも。だから俺はどっちの国にいくつもりもないんだけど」
俺が言うが、しかし二人は不敵に笑う。
「今は……だろう?」
「今は坊やにその気がないだけでしょう? だぁいじょうぶ、安心して。今にウチなしじゃ居られないからだにして、あ・げ・る♪」
玉藻は笑うと、俺の額にキスをする。
「私は身持ちが堅いんだ。みだりに異性にキスなどできぬ。だからこれを置いていこう」
そう言うと、アルシェーラが【ステェタスの窓】の【インベントリ】から、一本の剣を取り出す。
華美な装飾の、豪華な曲刀だ。
「これは?」
「我が国の国宝の一つ。魔剣フランベルジュだ」
「おいおい……こんなのもらえないよ」
刀を抜いてみる。刃に膨大な量の炎の魔力が込められていた。一発で業物……いや、大業物だとわかる。
「君は剣を使うのだろう? だのに剣をもってないと心細いと思ってな。プレゼントだよ」
「いやだからいらないって……国宝なんて。おまえのところに行くつもりもないのに」
「いいって。言っただろう? それはプレゼント。魔王を倒して平和をもたらした君へのな」
「はぁ……そう……」
正直、もらいたくない……。これもらったら、スカウトを断りにくくなる。
「坊や、シェーラがプレゼントっていうんだから、もらっときなさいな。女からの贈り物を、男の子は拒んじゃいけないのよぉ」
「そう……だな。わかったよ、もらってく」
ふたりは笑うと、それじゃあといって、店を出て行った。
「ふぅ……」
「あのぉ……ジュードさん」
そのときだ。バッグヤードから、ハルコがひょっこり顔を出したのだ。
「おふたりは……?」
「ああ、帰ったよ」
「そうですか……」
ハルコは神妙な顔つきで、俺のそばまでやってくると、言う。
「一国の女王様と姫様と、お知り合いなんて……ジュードさん、何者?」
どうやらハルコは、俺たちの会話自体は聞いてないようだ。
俺は答える。
「ただのおっさんだよ」
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