48.勇者グスカスは、悪夢を見る
48話、書き直しました。前回の話は無かったことにしてください。
ジューダスが隣国行きを決めた、一方その頃。
勇者グスカスは、夢を見ていた。
夢の中で、グスカスは、年末の出来事を思い出していた。
場所は王城。謁見の間。
大勢の人たちが見守る中、グスカスは王の前に、跪いて、断罪されていた。
【グスカス。おぬしから王位継承権を剥奪の上、この城から追放する】
自分の父であり、国王であもあるグォールから、そう言い渡されるグスカス。
【お、おやじ……?】
グスカスは目をむいて、わななく。
【どういうことだよ……。俺様が……王位を継げない? う、嘘だよな?】
グスカスはすがりつくように言う。だが父は目を伏せたまま、何も言わない。
【答えろよ! 親父! 親父ーーーーーー!!!】
答えをくれぬ父に、グスカスは憤る。内心の動揺をごまかすように。嘘であってくれと祈りながら。
グスカスは立ち上がり、父にくってかかろうとする。だがグスカスは衛兵に捉えられ、地面に押しつけられる。
【親父! うそだよなぁ! さっきのは何かの聞き間違えだよなぁ!? なぁあ!?】
グスカスは叫ぶ。嘘だと言って欲しかった。
だが父は答えない。目を閉じて、グスカスの言葉を無視する。
……グスカスは焦った。今まで、父が自分を無視することはなかった。
父は自分のわがままを、いつも聞いてくれた。いつも父は、自分を気にかけてくれた。
……半年前。魔王をまえに怖じ気づき、王都へと帰ってきた自分を。父は責めず叱らず、ただよく帰ったと優しく出迎えてくれた。
他の奴らは、臆病者だと自分を馬鹿にする中。父だけが違った。
父グォールは、いつだって、息子であるグスカスの唯一の理解者であり、唯一の家族だった。
しかし……。
【…………】
優しかった父は、目を閉じて、耳と口を閉ざし、グスカスの前に立っている。
それではまるで、グスカスを無視してるようではないか。
まるで赤の他人のように……。
グスカスは、先ほどの父の言葉を思い出す。王位継承権を剥奪すると言っていた。
それは王子である自分から、王になる資格を奪うということ。それは、国王の子ではなくなるということ。
……父が、自分の父でなくなる。家族ではなくなると言うこと。
【……嫌だ】
口をついた言葉は、そんなシンプルな者だった。
【嫌だ! 嫌だ嫌だ! 嫌だぁあーーーーーーーーーーーーー!!!!!!】
叫ぶグスカスの脳裏には、父との思い出が思い起こされる。
自分を産んだ母は、グスカスが幼い頃に死んだ。父の後妻とも、そして彼女が産んだ腹違いの兄弟たちとも、グスカスはなじめなかった。
この広い城の中で、グスカスはひとりぼっちだった。……ただひとり、父グォールを除いて。
【親父! 嫌だ! ここから出て行きたくない! 嫌だ! 俺を! 見捨てないでくれよ! おやじぃーーーーーーー!】
王位を継げないことよりも。グスカスは、父から捨てられることのほうが、怖かった。
【…………】
グスカスの叫びに、グォールは応じない。目を閉じて黙ったままだ。
【お願いだ! 親父! 嫌だ! 出て行きたくない! 親父! ごめん! 許してくれよぉ!】
グスカスは泣いて叫んだ。わんわんと、子供のように泣いた。
かつての父は、こうしてグスカスが泣けば、どうしたのだと心配そうな表情で、自分に駆け寄ってくれた。
……しかし。
【……そのものを、ここから追い出せ】
グォールは冷たく、グスカスにそう言い放つ。
【親父……親じぃ……】
衛兵たちが、グスカスを捉える。無理矢理立ち上がらせる。
【嘘だろ! なぁ! 嘘だよなぁ……嘘だって言ってくれよぉ!】
グスカスは叫ぶが、グォールは瞑目したままだ。
なぜ嘘だと言ってくれないのだ!
【親父! なんでだよ! なんで俺様がこんな目に遭わないといけないんだよ!?】
グスカスは、本気でわからなかった。
俺は勇者だ。選ばれし人間だ。
ちょっと他人に迷惑をかけても、許される存在なのだ。
なぜなら、幼い頃から、自分が誰かに迷惑をかけても、誰からも怒られなかったから。
グスカスは理解した。自分は特別な人間なんだ。何をしても大丈夫な人間なのだと。そう、誤解していた。
ゆえにグスカスは、今回の騒動でさえも、いつものように、ちょっと周りに迷惑をかけた程度にしか思っていなかった。
【たかだか怪我人が出たくらいじゃねえか! 死んだ人間はいないんだろ!? なら良いじゃねえか!】
グスカスは、言った。
心から、そう思っていることを
【どうしてそんな程度で、俺様がこんな目に遭わないといけないんだよ! 教えてくれよ!!! 親父!!!!】
グスカスの悲痛なる叫びに対して、父はというと……。
【……もう良い】
グォールは、重々しく言った。
【……もう良い。連れて行け】
ただ、その一言だけを。そうして、グォールはきびすを返し、奥へと引っ込んでいった。
【おい待てよ! 答えろよ! 親父! 親父ーーーーーーーー!!!!】
グスカスは父の元へ駆けつけようとした。だが衛兵たちがグスカスを捉えて、動けなくする。
【離せ! 俺様を誰だと思ってやがる!? 勇者グスカス様だぞ!? 第一王子グスカス様だぞぉ!?】
それを捉えるこの不敬な奴らを、誰か引っ捕らえろと叫ぶグスカス。
……しかしその言葉に、誰も従わなかった。当然だ。グスカスは、もう王子でも何でも無いのだから。
【親父! 行くなよ! 親父! 親父ーーーーーーーーーーーーー!!!!!】
グスカスは手を伸ばす。だが父の背中は遠のくばかりだ。
やがてグスカスの意識が暗転する。伸ばした手が何かをつかむ前に、グスカスは暗い闇のそこへと、落ちていった……。
☆
「親父ッッッ!!!」
はっ、とグスカスは目を覚ます。
……自分はどうやら、悪夢にうなされていたようだ。
「はぁっ! はぁっ! はぁー……! はぁー…………はぁー………………」
荒い呼吸を繰り返すグスカス。半身をおこし、自分の心臓に手を当てる。
どくん、どくんっ、と心臓が、体に悪いような鼓動を刻んでいる。この寒い中、額に脂汗をかいていた。
「はぁ……はぁ……くそッ!」
嫌な夢を見てしまった。グスカスは顔をしかめて、マットをぼすんっ! とたたく。
「嫌な夢だ……」
グスカスは起き上がり、周りを見渡す。
粗末な部屋だ。天井も床も、木造で、しかもボロボロ。壁にはひびが入っており、風が吹くたび、冷気が部屋の中に入ってくる。
「……ちくしょう。さみぃ」
グスカスはベッドの上の毛布にくるまる。だが毛布もぺらっぺらで、寒さを全くしのげてなかった。
「…………」
それにしては寒い。まさかと思って、グスカスが窓のカーテンを開け、窓を開ける。
「……雪降ってやがる」
そこに広がっていたのは、辺り一面の雪景色だ。
街に降り積もる雪を見て、グスカスはため息をつく。その息は白い。
窓を閉めてため息をつく。
……ここは人間国ゲータニィガ。王都から南東に下った、【ガオカナ】という街だ。
王都を追放されたグスカスは、従者の少女とともに、この田舎町まで流れ着いたのである。
ガオカナは王都ほどではないにしても、ここを訪れる者は多い。
ここは隣国ネログーマとの国境にある街。中継地点のような街なのだ。
それゆえガオカナは宿場町として栄えている。道行く人の数は多い。
「くそ……なんで俺様が、こんなクソ田舎にいなきゃなんねえんだよ……」
グスカスにとって、王都以外はすべてクソ田舎に分類されるのだ。
人も少ないし、街だって田舎くさい。垢抜けてない。不便だし。宿だってぼろい。
グスカスが泊まっているのは、ガオカナの安宿だ。
グスカスは、ほぼ何も持たずに、実家を追い出されたのだ。
手持ちに余裕がないため、こうして安くて汚い宿に、我慢して泊まっている。
「くそ……こんなとこじゃなくて……ちゃんとした宿に泊まりてぇよ」
悪態をつくグスカス。
「……くそが。どうして、俺様がこんな目に遭わないいけねえんだよ」
グスカスはベッドに腰を下ろして、恨み言を言う。
「なんで王都を追い出されなきゃなんねえ。どうして王の資格を奪われなきゃいけねえ。どうして……」
最後の言葉は、口にしなかった。
どうして、親父は俺を、見捨てたんだ……と。
……グスカスは、本気で、すべてを理解していなかった。
王都を追い出された理由も。王の資格を奪われた理由も。父が自分を見捨てた、理由さえも……。
グスカスはわからなかった。なぜなら、誰も教えてくれないからだ。
彼は今まで、周りからちやほやされ、誰からも怒られたこともなかった。
だから何が間違っていることで、何が正しいことなのか、彼にはわからないのだ。
「……畜生。覚えてろよ。俺様をこんな目に遭わせた野郎どもめ。俺様を誰だと思ってやがるんだ」
王都を追放されたときは、ショックで抜け殻のようになっていた。
だがあれから1週間以上が経過し、徐々に別の感情が芽生えてくる。
それは、怒りだ。自分にこんな理不尽な目に遭わせた奴らに対する、憤りだ。
「俺様は勇者なんだぞ。なんで女神に選ばれた俺様が、こんな目に……!!!!」
……だが。
言ってから、グスカスは思い出す。
「………………」
自分は、もうすでに【勇者】ではなくなっていることを。
かつてグスカスは、女神から【勇者】の職業をもらった、文字通り選ばれし子供だった。
それがこの間、追放処分が決定した際、【王子】の職業だけでなく、【勇者】の職業さえも、失ってしまったのだ。
「……関係ねえ!」
だがグスカスは憤る。
「俺様が女神に選ばれたって事実は変わらねえ! 俺様は! 選ばれた人間なんだよ!」
……たとえ人から与えられた、勇者の称号であったとしても。女神からチカラを与えられた、選ばれた人間であったという事実は、消えない。
自分は特別なんだ。特別な人間なのだ! ……と思い込むグスカス。
……そうしていないと、精神を保てなかった。
「勇者に選ばれた俺様をこんなひでえめに会わせやがって! 覚えてろよ目に物みせてやるからぁ……!」
グスカスは立ち上がる。そして宿の安い壁に向かって、ボコッ! と勢いよく、拳をたたきつける。
「いってぇええええええええええええええええええええええ!!!!!」
あまりの痛さに、グスカスはその場にしゃがみ込む。痛い。拳が腫れている。
「い゛でぇ゛……! くそっ、折れた! これぜってえ骨が折れた! いてぇよぉ! 誰かぁ! 医者はどこだぁあああ!」
グスカスは地面に転がり込んで、痛みに耐える。だがグスカスの呼びかけに、誰も答えようとしない。
……雫は、【仕事】からまだ帰ってこないだろう。
医者を呼んでも、来るわけがない。ここはただの、宿の中なのだから。
「くそぉ……いてぇ……ちくしょう……いてぇよぉ……」
地面に無様に横たわりながら、グスカスは涙を流していた。
……決して、惨めな自分に、泣いていたわけではない。
と、自分に言い聞かせながら。
グスカス側の話は、じっくりやっていきます。
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