47.英雄、隣国の女王たちが新年の挨拶に来る
正月から4日経ったある昼下がりのこと。
正月明けと言うことで、喫茶店ストレイキャットは閑古鳥が鳴いていた。
ランチタイムが終わり、店内はがらんとしている。そこに、来客があった。
からんからん♪
「いらっしゃーい」
入ってきたのは、見知った二人組だった。
「玉藻。それに、アルシェーラも」
一方は、幼女のキツネ娘。もう一方は背の高い砂漠エルフだ。
「くふっ♡ あけましておめでとう、坊や♡」
キツネ娘は名前を玉藻という。10歳児程度の幼い見た目をしており、ピンととがったキツネ耳と、ふわふわのキツネ尻尾が特徴的だ。
「やぁジュー君。新年おめでとう」
砂漠エルフはアルシェーラ。チョコレートのような肌と、流れるような銀髪が特徴。
砂漠エルフとは、人間国ゲータニィガの隣国フォティアトゥーヤァに住む亜人のことだ。
昔はダークエルフと呼ばれていたのだが、ゲータニィガと同盟を結んださい、名前が今のへと変わったのだ。
「おー。ふたりとも久しぶりだなぁ。元気してた?」
俺は二人に、窓ぎわの席をすすめる。ここは日が当たって気持ちが良いのだ。
「あら♡ お姉さんの体の心配をしてくれるの、坊や♡」
玉藻が席に座ると、蠱惑的にほほえむ。
「そりゃ友達が元気してるかどうか、気になるだろ」
玉藻、そしてアルシェーラも、俺の古い友人なのだ。
「くふっ♡ まあ坊やったら。嬉しいこと言ってくれるじゃない♡」
口元を、そのふわふわのキツネ尻尾でかくす玉藻。
「おやジュー君。玉藻だけを気にして、私のことは気にならないのかい?」
砂漠エルフのアルシェーラが、ニコニコと笑いながら言う。
「そりゃ気になるさ。元気だったかーアルシェーラ?」
するとアルシェーラはふぅ……とため息をつく。
「ここ数日は鬼のような忙しさだったよ。ひっきりなしに人が来てね。挨拶をしたりされたり。気が休まることがなかったね」
アルシェーラは隣国の女王様なのだ。
新年となれば、国王の下に来客がひっきりなしに来るだろう。
「シェーラ、あんた大変ねぇ」
人ごとのように言う玉藻も、獣人国ネログーマのお姫様だ。
「玉藻も疲れたんじゃないか?」
と俺が尋ねると、玉藻はニコッと笑う。
「お気遣いは無用よ坊や♡ なにせ獣人は体力が自慢だもの。ちょっとやそっとじゃ疲れなんて感じないわぁ♡」
獣人は人間よりも魔獣に体の構造が近い。ゆえに俺たちよりも遥かに頑丈なのだ。
「とはいうものの、最近は忙しかったからねぇ。坊やのところでまったり過ごしたいと思って、シェーラと予定を合わせてきたのよ♡」
「そういうことだジュー君。きみの煎れる美味しいコーヒーで一息つきたくてね。さっそくいっぱい頼むよ」
忙しい王族たちが、なにゆえここに来たのかと思ったが、なるほど。癒やしを求めてきた訳か。
喫茶店をやっていて、これほど嬉しい理由はない。ひとときの癒やしを提供するために、店やってるからな。
「了解だ。ちょっと待ってな」
こうして俺の店に、隣国の女王様たちがやってきたのだった。
☆
コーヒーを煎れて、アルシェーラたちに出す。
ちなみにバイト少女たちは、タイガを連れてお散歩に出かけている。天気良いし、客もいないからな。
「坊や♡ お姉さんたちとお茶しましょう♡」
「そうだぞジュー君。私たちはたまにしか来れないのだ。一緒にしゃべろうじゃあないか」
ふたりがお誘いしてくる。
まあ他に客もいないことだしな、ということで、俺はふたりの前に座る。
「ところで坊や。ピリカちゃんから聞いたわよ、年末は大活躍だったみたいじゃない♡」
ピリカとは、ここゲータニィガ王国の第三王女、ミラピリカのことだ。
第三王女と、玉藻たちは仲が良いのである。
「大活躍って……そんなたいしたことしてないよ」
俺が答えると、玉藻がにんまりと笑う。
「ちょっとシェーラ聞いた? 国を揺るがす大事件をすくっておいて、たいしたことないだぁって♡」
「ああ、聞いたぞ玉藻。まったくジュー君にはいつも驚かされるよ」
ふぅ、と悩ましげにと息をつくアルシェーラたち。
「女神の結界が壊れたなんて、大事件じゃあないか。経済的損失は測りきれないし、流入してきただろうモンスターによる人的被害もしゃれにならない」
「それをズバッと解決するんだもの♡ ほんと、坊やはすごい子ねぇ♡」
うんうん、とうなずきあう女王様たち。
「そう言ってもらえると光栄だなぁ」
とは言っても、王都の事件を解決したのは、俺一人のチカラじゃない。
俺だけじゃなくて元勇者パーティのメンバーたちや騎士団、そして賢者キャスコにと……。
たくさんの人たちの協力があってこそだ。それに俺のチカラも、自分一人だけのチカラじゃない。
俺は【指導者】という職業についている。
これは仲間を強くする代わりに、仲間たちの持つ能力をコピーさせてもらう、という職業だ。
俺はかつての仲間たちから受け継いだ能力を使って、モンスターを倒し、街を直しただけにすぎない。
だから俺ひとりがすごいと褒められても、違うんじゃないかなと思うわけだ。
俺の意見を述べると、ふたりとも感心したようにため息をつく。
「聞いたシェーラ。坊やってば強いだけじゃなくて人格まで備えてるのよ♡」
「知ってるさ。だからこそジュー君は、わがフォティアトゥーヤァに来て欲しいのだ」
アルシェーラが、にこりと笑って言う。
「ジュー君。改めて言うが、わがフォティアトゥーヤァに来てくれないかい? 君の望む地位、待遇を用意するよ」
熱っぽい視線を俺に向けながら、俺の手をがしっとつかむ。
「能力を瞬時に3倍する君の能力。そしてその人望は、我が国をさらなる発展へと誘ってくれる。君は我が国に必要な人材なのだ。ぜひとも来ていただけないだろうか?」
アルシェーラが、俺の手をぎゅっと握ってくる。その手を、玉藻が横から、チョップしてくる。
「だーめ♡ 坊やはお姉さんがもらうのよ♡ ねえ坊や」
玉藻は立ち上がると、俺のとなりに座る。
「坊やがネログーマに来てくれるのなら、お姉さんが坊やのお嫁さんになってあげるわぁ♡」
俺の手を握ると、自分の胸にぐいっと押しつける。
「獣人は体力が無尽蔵なの。朝から晩までひたすらご奉仕することも可能よ♡ 坊やの子種を、たっぷりちょうだい♡」
口紅の引いた口を、三日月のようににぃっとつり上げる玉藻。
「む。ずるいぞ玉藻。色仕掛けとは。卑怯じゃあないか」
「しかたないじゃない。うちの国はシェーラのとこみたいに潤ってないから。こうして女の体で坊やの気を引くしかないのよ♡ ね、坊や♡ いいでしょ、お姉さんをもらって♡」
ニコニコしながら、玉藻が俺の腕をつかんでくる。
「いやぁ玉藻。それはちょっと今は無理かな……」
そう、今は他の女性にうつつを抜かしている場合じゃないのだ。
すると玉藻、そしてアルシェーラも、目をキラキラさせる。
「ねえ坊や♡ あの噂は本当なのかしら?」
「噂って?」
玉藻の前に、アルシェーラが答える。
「ジュー君が、ハルコ君とキャスコ君に、告白しようとしている、という情報を耳にしてね」
俺は内心ドキッとする。
おいおい、誰だよ情報流したのは……。
「ええと……」
「ごまかしても無駄よ坊や♡」
「今の動揺した態度が、すべてを物語っているからね」
にやにやと笑うアルシェーラたち。ぐ……バレてしまったか。
「しかし坊やも、【あれ】から20年くらいか。ついに誰かと付き合うようになったとはねぇ」
遠い目をする玉藻。
「いや、まだ付き合っているわけじゃないけど」
告白もまだなので、正式に付き合ってるわけじゃないのだ。
「さっさと付き合いなさいよ坊やも、あの子たちもお互いに好き合ってるんでしょう?」
「いやまぁ……」
バイト少女たちは、ハッキリと、俺のことが好きだと言ってくれた。
俺も、王都での件があって、ふたりが俺にとって大事な存在であることに気づけた。
つまり玉藻の言うとおりではあるのだが。
「何をまごついてるのよ、あなた」
ため息をつく玉藻。
「いやなんというか……俺より20も年の離れた子と付き合ったことなくて、どう返事をすれば良いかわからなくてさ」
下手したら親と子くらい離れている女の子が相手なのだ。どうすりゃいいのか、さっぱりわからない。
「そんなの簡単よ♡ ね、シェーラ」
「そうだな。男らしくビシッと、付き合ってくれ。これで万事解決だ」
うんうん、とアルシェーラたちがうなずく。
「いやなんというか、告白するにしても、こういうのって雰囲気とかってあるじゃないか。なかなかそういうの難しくてなぁ」
そもそも雰囲気とかどう作れば良いのかわからん。【前】のときは【向こう】が全部やってくれたしなぁ。
「あら、だったら坊や、お姉さんところに遊びに来たら良いじゃない♡」
にっこりと笑うのは、獣人国のお姫様・玉藻だ。
「ふむ、確かにネログーマは水の都で、若い子たちの良いデートスポットでもある。そこで告白するのは、悪くない手だね」
隣国ネログーマは、水の大精霊ウンディーネが住んでいる関係で、水源が豊かなのだ。
水に浮かぶ街もあったりして、確かに綺麗だ。
「なるほど……」
「タイガちゃんはお姉さんが面倒見てあげる。夜にハルちゃんとキャスちゃんを誘って水の町をデートして、雰囲気が良くなったところで告白……どうかしら?」
かなり魅力的なデートプラントに思えた。
「そうだな……そうしてみるか」
「あい♡ 決まりね♡」
楽しそうに、玉藻が笑う。
「しかし……いいのかい玉藻?」
「あら、なぁにシェーラ?」
アルシェーラが、玉藻を見下ろしながら言う。
「君はジュー君と結婚したいんじゃなかったのか? 他の女と付き合うのはいいのかい?」
すると玉藻がケタケタと笑う。
「良いに決まってるじゃない♡ だってこの世界、重婚オッケーなのよ♡ ならみんなでたくさん暮らしたほうが、楽しいじゃない♡」
どうやら玉藻の中では、俺とハルコたち、そして自分も一緒に結婚する図式がある様子だ。
獣人国は特に、ハーレムを推奨しているくらいだからな。(動物の気質が残っているらしい)
「ハーレム大歓迎よ坊や♡ いっぱい女の子作ってみんなで爛れた、楽しい生活を送ろうじゃない♡」
「いや……それは考えさせてくれ」
まあ、何はともあれ。告白の段取りと、次の行動は決まった。
「そうなると善は急げね♡ なんなら今日来ても良いわよ?」
「いや、年末休んだからな。しばらくは休みなしだ。もうちょっとしてから、みんなでネログーマへ旅行しに行くよ」
「そ♡ 楽しみにしてるわぁ♡」
……その後玉藻たちはコーヒーを飲んで雑談をし、夕方前には帰って行った。
こうして俺は、獣人国のお姫様から助言をもらい、近いうちに、ネログーマまで行くことになったのだった。
次回グスカス側の話となります。
励みになりますので、よければ下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです!




