45.英雄、わが家に帰る
王都での騒動が終息し、数日経ったある日の朝。
俺は王都にあるホテル、その入り口に居た。
「英雄さん! 今回は本当にありがとうございました!」
俺の前には、中年のおじさんが居る。
この人は、俺たちが泊まっていたホテルのオーナーさんだ。
オーナーさんは俺の手を握ると、ぶんぶんぶん! と上下に手をふってくる。
「わたくしどものホテルを無償で直していただき、本当にありがとうございました!」
女神の結界が壊された関係で、モンスターが大量に、街に入ってきた。そして街の建物を破壊していったのだ。ここのホテルもその一つ。
俺は【修復】スキルという、壊れた無機物を元通りにするスキルを使って、半壊したホテルを直したのだ。
「いえいえ。無事営業再開できてよかったですね」
「はい! これも英雄さんのおかげです! ありがたや~」
そう言ってペコペコと頭を下げるオーナーさん。
「その英雄さんっての、やめてくださいよ。気恥ずかしい」
たいしたことしてないしな、俺。
「それは難しい! なにせわたくしどもにとって、あなたはまさに英雄! 英雄と呼ばずには居られませんよ!」
「おおげさだなぁ~」
その後俺はオーナーさんと会話した後、その場を後にすることに。
「英雄さん。それに聖女さんも、またホテルにいらしてください! いつでも無料で、このホテルを提供させていただきます!」
オーナーさんが俺と、そしてとなりに立っているキャスコに言う。
そう、俺が英雄と呼ばれているように、キャスコも、聖女というたいそうなあだ名がついてしまっているのだ。
「あとここにはいない、かわいらしいお嬢さん2名さまにも、よろしく言っておいてください」
ハルコとタイガの2名は、さきに俺たちの喫茶店のある、ノォーエツの街へ戻ってもらっている。
俺とキャスコは、この街の復興のために、滞在していたのだ。
それはさておき。
「了解です。それじゃオーナー。また」
「はい! いつでもお待ちしております!」
ぶんぶんぶん! とオーナーが手を振るなか、俺たちはその場を後にする。
王都の街を、俺とキャスコは歩く。
「俺が英雄で、キャスコが聖女だってさ。大げさなあだ名がついちまったなぁ」
「……ほんとです。けど、わたしには似合いませんけど、ジュードさんにはよくお似合いですよ?」
くすっ、と上品に笑うキャスコ。
「え、そうかー?」
「……そうですよ。なにせ魔王を倒した真の英雄はあなたじゃないですか」
「あー……そんなこともあったなぁ」
なにせあれから、もう半年経つ。それにもうすぐ年が変わって新年を迎える。
あれからもう、ずいぶんと時間が経っているように思えた。
「今年がもう終わるのかー。なんか大人になってから一年が経つのすごい早い気がするよ」
「……もうっ、ジュードさんおじさんっぽいですよ?」
「いやいや俺はもう立派なおっさんですよ」
なにせ35だ。十二分におっさんと言えよう。
と、そんなふうに雑談をしながら、街の外へ歩く。
王都の街の、外壁にたどり着いた……そのときだった。
「ジュードさーん!」
背後から、俺を呼ぶ声がした。
「なんだ? こんな朝っぱらから?」
オキシーかキャリバーだろうか? しかし彼女たちには、もう通信魔法で別れの挨拶を、昨日のうちに済ませてある。
じゃあピリカか……と思って振り返ると、
「キース」
線の細い、銀髪の美青年。第二王子キースが、こちらに向かって、ふぅふぅと走ってくるではないか。
ややあって、彼が俺たちのそばまでやってくる。
「ジュードさん酷いですよ。黙っていなくなるなんて」
「いやいや、だっておまえつかれてるだろ?」
騒動があってから、キースとは一度も顔を合わせていなかった。
その理由は単純で、そんな暇が無いからだ。街が破壊され、大混乱に陥った。
事態は収束したとは言え、その事後処理(クレーム対応も含む)があって、キースはとても忙しくしていたのだ。
だからキースには別れを告げられないで居たのだった。
「お心遣いは大変感謝いたしますが、それでも黙っていなくなるのは酷いと思います」
「いやまぁ、今日の昼くらいに通信で言おうと思ってたよ」
朝は寝てるだろうって思ってさ。
キースは苦笑すると、「あなたは本当にお優しいかたですね」といって、俺が黙って消えようとしたことを許してくれた。
それはさておき。
「今日は出発のお見送りと、それとここ数日に関するお礼をと思い、参上いたしました」
キースは居住まいを正すと、すっ……と腰を折る。
「このたびは本当にありがとうございました。王に代わり、第二王子キース・フォン・ゲータニィガが、あなたにお礼申し上げます」
堅苦しい挨拶を、キースがしてくる。固いよと俺が言うと、すみませんと笑っていた。
「ジュードさんがいなければ、今頃王都は壊滅状態でした。街に入ったモンスターの討伐だけじゃなく、モンスターに連れ去られた人たちの救出や治療。壊れた街の復興作業。そのほか諸々に協力してくださり、ありがとうございました。これはほんのお心遣いです」
そう言ってキースが、懐からでかい革袋を取り出す。
俺はキースからそれを受け取り、中身を見やる。中には金貨がぎっしりと入っていて、びびった。
「これはもらえねえよ。ボランティアのつもりでやったからさ」
そう言って俺は、革袋をキースに返そうとする。だがキースはニコニコとほほえんだまま、手を後に引っ込める。
「あの……キースさん?」
「駄目です。ジュードさん。受け取ってください。さすがに今回の功労に対して、何も謝礼をしないわけにはいきません。それくらい、あなたがしてくれたことは大きなことなのです」
「いやでもなぁ……。この金、俺じゃなくてもっと別のことに回した方が良いと思うぞ。復興金とかさ」
正直今回俺がしたことって、俺がしたくてしたことだからな。
別に感謝されたくてやったことじゃないので、感謝されてもちょっと戸惑ってしまう。
「……ジュードさん。無欲なのは美徳ではありますが、しかし謝礼を受け取らないのは、逆に失礼かと思います」
キャスコの俺を見上げて、そう言う。
「そーゆー……もんか」
「……はい。そーゆーもんです」
ならじゃあ……もらっておこう。俺はキースからもらった袋を、【インベントリ】の中にしまう。
「ジュードさんが受け取ってくれて、ほっとしました。ありがとうざいます、キャスコさん」
「……いえいえ。キース様。この人は遠慮が過ぎるので、もっとぐいぐいいく感じじゃないと駄目ですよ」
「なるほど。覚えておきます」
ふたりが和やかに会話する。
「しかしおふたりは……本当にお似合いのカップルですね」
ニコッと笑うキース。
「……か、カップルなんてそんな」
「そうだぞキース。俺たちはまだそんなんじゃないから」
「「ねえ?」」
と俺はキャスコを見やる。キャスコも俺を見上げて言う。
「しかしお似合いだと思います。ああ、楽しみです」
キースがうっとりとした表情になる。
「英雄のあなたの子供は、さぞ立派な傑物となり、この世界をさらに繁栄へと導くでしょう……。ああ、見てみたいです、ジュードさんの赤ちゃん……」
「き、気が早いってば……なぁキャスコ。きゃ、キャスコっ?」
当の本人は、顔を真っ赤にして「あわわわわわっ」と動揺しまくっていた。
ややあって。
「そういえばキース。今回の騒動の犯人って、もう捕まったのか?」
俺は気になっていたことを、キースに尋ねる。
キースは沈んだ表情で、首を振った。
「そっか。まだか」
さすが事件発生から数日しかたってないわけだし、犯人は見つからないか。
「ええ。ですが証言もありますし、内部犯ということがわかってますので、すぐに犯人は割り出せるかと思います」
「そっか。まぁ、何かわかったら教えてくれ」
はいっ、とキースが返事をする。その後2,3,連絡事項を受けて(ちょっと面倒なことになりそうだったが、詳細は後日)、俺はキースと別れることになった。
「そんじゃキース。またな」
「ええ! また!」
☆
俺たちはキースに手を振ったあと、街の外へと出る。
結界の範囲外まできたので、キャスコが【転移】スキルを発動させる。
すると一瞬にして、王都から、俺たちの住む街、ノォーエツまで帰ってきた。
「お疲れさん、キャスコ。んじゃ我が家へ帰るか」
「……はいっ」
俺たちがいるのは、ノォーエツの街の外だ。街の中では、【転移スキル】は使えないのである。
ノォーエツの街に入り、俺たちは喫茶店ストレイキャットへ向かって歩く。
「そうだキャスコ。今回はほんと、ありがとな」
となりを歩くキャスコに、俺は言う。
「キャスコが手伝ってくれなかったら、街の混乱を効率よく鎮められなかったし……それに……」
俺は立ち止まり、キャスコをまっすぐ見やる。
「ハルコたちが死んだかもって、俺が動揺しているときにさ。励ましてくれて、ほんとに助かったよ」
キャスコが励ましてくれなかったら、俺は不安で押しつぶされそうになってたと思う。
「だからおまえが居てくれて良かった。ほんと、ありがとう」
「……ジュードさん」
キャスコが目を潤ませて、俺を見上げる。
「今回のことでさ。俺、いろいろ気付かされたよ」
俺はキャスコを連れて、店へ向かって歩く。
「ハルコやタイガが死んじゃうかもって思ったとき、俺は心から焦ったよ。いなくなったらどうしようってさ」
あのときは本当に焦った。そして、俺は失いかけて気付いたのだ。大事な物は、失ってみないとわからないと人は言う。
本当に、その通りだと思う。失う前にきづけて、本当に良かった。タイガも、そして何より……ハルコも。
俺は自分が思っている以上に、ハルコのことを、強く思っているみたいだ。
「それに俺は……キャスコがいないと駄目だなって。しっかりしてるおまえが、そばに居てくれない駄目だよ。俺、ひとより鈍感みたいだし。抜けてるところもあるしさ」
「……そ、それってつまりっ」
キャスコが、うわずった声で言う。俺はキャスコを見てほほえむ。
「二人への返事、近いうちに、ちゃんと答え出すから。ちゃんと機会を設けるから、もうちょい待ってて」
「~~~~~~~~~!!!!」
キャスコが顔を真っ赤にする。口を手で押さえて、震える。
「きゃ、キャスコ?」
「……ハルちゃーーーーーーーん!」
だーーーーー! とキャスコが、店に向かって走り出す。
先にキャスコが、店のドアを開けて中に入る。すると……。
「じゅじゅじゅじゅ、じゅーどさぁあああああああん!!」
「おとーしゃーーーーーーん!!!」
ハルコと、そしてタイガが、俺の元へやってくるじゃないか。
「ジュードさん! きゃ、キャスちゃんから聞きましたっ!」
ハルコが顔を、耳までまっかにしながら、俺に言う。
「すすす、末永くよろしくお願いします! ゆ、結納はいつ済ませましょうかっ!?」
「は、ハルちゃん落ち着いて……」
続いてタイガが、俺の顔にくっついてくる。
「おとーしゃんっ! もうっ! 帰ってくるの遅すぎです! あたちもうまちくたびれたよっ!」
俺はタイガをはがして、抱っこする。よしよしと彼女の頭をなでる。
「ごめんなタイガ。もう終わったから。今日からちゃんとお前のそばに居るよ」
「うんっ! ならよしっ!」
タイガが笑って許してくれた。
するとハルコと、そしてキャスコも、明るく笑う。
俺は三人を連れて、店までやってくる。
少し歩くと、懐かしい店が見えてきた。
猫型の看板に、【ストレイキャット】という店名が書いてある。
「ふぅ……」
正直ここ数日は、色んなことがありすぎた。ちょっと疲れた。
「お、お疲れならっ、お、おらがマッサージします!」
「……ではわたしは、お風呂でお背中でも流しましょう」
バイト少女たちが、そんな魅力的な提案をしてくる。
「じゃああたちは、おとーしゃんにがんばれーがんばれーって、はげまします!」
「お、そうか。ありがとうなタイガ~」
俺はタイガの頭をわしゃわしゃなでる。
「さて、と……」
俺は一息ついて、店のドアノブに手をかける。回して、ドアを引き寄せる。
からんからん♪
懐かしいドアベルを聞きながら、ドアをくぐる。
こうして俺は、我が家へと、帰ってきたのだった。
これにて4章終了です。次回から新しい展開に入っていきます。
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