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42.勇者グスカスは、罰を受ける【前編】



 ジューダスが田舎少女たちを救い出して、数日が経過したある日のこと。


 朝。

 王都の大通りにて。


 第二王子キースは、朝の王都を散歩していた。


 キースはこうして毎日、街を出て歩き、そこで暮らす人たちの様子を見て回るのが日課なのである。


「さぁさぁ! 年末大安売りだ! みてってみてって!」


「ままー。あたしクレープ食べたーい!」

「しょうがないわねえ。お昼ご飯はちゃんと食べるのよー」


 あちこちで、にぎやかな声がする。人も多く、少々歩きにくいほどだ。


 先日、あれだけの大騒動があったにもかかわらず、街も人も、平常運転をしているように、キースには思えた。


 むしろ年の瀬が近いと言うことで、さらに活気づいている感さえある。


 キースが町並みを歩いていると、


「キースの旦那!」


 と声をかけてくる人物がいた。


 露天商だ。

 敷物を広げ、そこに雑誌や新聞を売っているようである。


「こんにちは。景気はどうですか?」


「いやぁまぁ、いつも通りですな! みんなも普通に街を歩いている。あれだけの騒ぎがあったのが、まるで嘘のようですぜ!」


「それは良いことです。【週刊・現代人】を一つください」


 ゴシップや芸能ニュースなど、大衆が好きそうな話題をまとめた、週刊雑誌を、キースがひとつ買う。


「キース様は不思議なお方ですなぁ。こんな品のない雑誌をお読みになるなんて」


「そうですか? こういう雑誌の方が、町の人のリアルな意見が知れて、僕は好きですよ」


 露天商から週刊誌を受け取り、ぱらぱら……とキースがめくる。


 もっぱら、先日起きた【王都騒動】について書かれた記事ばかりだ。


 キースはページをめくる。


 ニュースのコーナーには、やはり先日の王都での騒動が大きく取り上げられている。


【25日夜。王都の結界が破壊され、街は大混乱に陥った。王城の結界を発生させる装置が壊れたとのこと。幸いにも死者行方不明者0人、重傷者0名、軽傷者が数名だった。未曾有の大事件だったにもかかわらず、被害は驚くほど少なかった】


 キースは別のページをめくる。


 今度は先日の事件の、被害者たちの声をまとめたコーナーだ。


【・ホテルを直してくれた英雄さま(53歳ホテルオーナー)


 この間の王都の騒ぎ、いやぁ困ったよ。なにせやってきたモンスターに俺の大事なホテルをぶっ壊されたんだ!


  ホテルは俺の親父のそのまた親父から代々受け継いできたものだったからさ。壊されたときはそりゃあ絶望したもんだ……


 けどそのとき突如として現れた、メガネをかけた男が、俺のホテルを直してくれたんだ! 


 ありゃーすごかった。技能スキルでも使っているのだろうね。手で触れただけで、半壊したホテルがみるみる元通りに!


 しかもその直してくれた男(たぶん30くらいのメガネをかけた兄ちゃん)は、無償で良いと言ってきたんだ。ただだぜただ!


 正直ホテルを直すほどの金がなかったから、もう大いに喜んだよ!


 いやぁ……彼はほんと、俺にとっての英雄さまだよ!


 しかも聞いたところに寄ると、他の壊れた建物を、全部直していったって言うから恐れ入った! まさに英雄だね!】



【・英雄さま、助けてくれてありがとう!(10歳女の子)


 わたしとパパとママね、降臨祭があるからって、王都のホテルに泊まってたの。


 そしたらね、モンスター……ゴブリン? っていうんだって。そのゴブリンががやってきて、わたしたちを連れさらっていったの! 


 泊まっていたお客さんたちも、わたしたちみたいに、ゴブリンの巣に連れて行かれたの。


 パパとママは大丈夫だっていったけど、わたしすっごく怖かった。みんな食べられちゃうんじゃないかって心配だったの……。

 けどね! メガネをかけたおじちゃんが、わたしたちを助けてくれたの!


 白い髪の毛のかわいいお姉ちゃんと一緒に、わたしたちのもとへやってきて、もう大丈夫です、外に出ましょうって!


 パパはね、そとにはゴブリンがいて危ないよって言うんだけど、そのメガネのおじちゃんは、ゴブリンはすべて退治したって! すごいよねー!


 パパもママも、その人にはとっても感謝してるんだ!


 パパはあの人のこと、英雄様って呼んでる。わたしもそう呼ぶことにしたの! ほんと、ありがとう、英雄様ー!】


 キースは、雑誌を閉じると、それを胸に抱いて目を閉じる。はぁ……っと悩ましげに吐息をつく。


「すごい人気ですね、この英雄様ってかたは」


 キースは目の前の、露天商に言う。


「そう! 今や時の人となっているんですぜ。いやぁ、たいしたお方だ。無償で建物は直す。モンスターに拉致された住民を助け出す。そして目撃証言によると、S級の強いモンスターを、一撃で倒したって言うんだから、いやぁ、強くて人格者なんて、まさに英雄にふさわしい人だ」


 露天商が熱っぽく語る。この男も、【英雄様】に助けてもらったのだろうか。


 キースは対外的な笑みを崩さずに言う。


「そうですね、この彼には是非とも、僕直々にお礼をしたいと思っています」


「おお! そうなんですな。まあでも当然かぁ。なにせ街を救った英雄なんだから!」


「ええ、いずれ正式に表彰するつもりです」


「そりゃあ楽しみだ!」


 そのあと雑談した後、キースはその場を離れる。


 歩きながら、キースはパラパラとページをめくる。


 見るのはさっきの、町の人の声を集めたページだ。



【勇者はなにやってるの?(40代主婦)


 この間の騒ぎさ、勇者は何をやってたんだろうね。


 だって街のピンチにいち早く駆けつけてもいいもんだろ?


 なのに誰も勇者を見かけなかったらしのよ。


 英雄様はモンスターを倒したり、壊れた建物をなおしたり、怪我した人を助けたりと、いろいろやってくれたって言うのにね。

 まったく何やってるんだろうね】



【職務怠慢、裁かれるべき(20代冒険者)


 勇者これ、職務怠慢でしょ。


 俺の友達に騎士の子がいるんだけどさ。街での騒動があったとき、勇者は王城の中にいたらしいんだよ。


 しかも一歩も外に出ないでさ。ずっと部屋に引きこもってたんだって。まじなんなん?


 勇者は世界を救うヒーローじゃなかったのかよ。なに街のピンチに、駆けつけないんだよ。


 ほんとマジないわ】



【勇者は精神を病んでる疑惑(10代騎士。匿名希望)


 アタシ城で衛兵やってるのよ。んでアタシ見ちゃったんだ。


 王都の騒ぎがあったとき、勇者はずっと部屋の中に……というか、檻の中にいたのよ。


 これ言っちゃ駄目なんだけど、勇者はキース様のことを殴ったせいで、謹慎処分されてたんだ。


 話戻るけど、で檻の中でずっと、勇者はブツブツ言ってたの。『壊れろ、ぶっ壊れちまえ……みんな壊れろぉ』ってひたすら言っててもーちょーぶきみ!


 アレ絶対精神やんでるよ。やばいって。あーあ。勇者ってなんかね。普段の態度も悪いし、頭もいっちゃってるとか、ほんとダメダメだね】



 キースは雑誌のページを閉じて、ひとりほほえむ。


 すべてが順調だ。全部自分の思い通りに事が運んでいく。


「……さて、向こうはそろそろ始まった頃でしょうか」



    ☆



 第二王子キースが散歩をしている、一方その頃。


 国王グォールは、王の謁見の間にて、息子と相対していた。


 王座に座るグォール。そして息子グスカスは、その前で跪いている。


 周囲にはグォール以外に、宰相などの、城の重要人物たちがいる。こちらの動向を、じっと見つめていた。

 

「…………」


 グォールは息子を見やる。


 息子はうつむき、王の前に膝をつかされている。両隣には、武装した騎士が立っていた。


 ……痛ましい光景だ。今すぐにでも解除させようと思ってしまう。だがそれは駄目だ。


 この息子は、いま、普通の状態じゃない。暴れ出してもおかしくないだろう。


 グスカスの手には、抵抗できないよう、【罪人の腕輪】がつけられていた。


 牢屋に入っているときは、この腕輪は外されていた(牢屋の中でなら、暴れないだろうと、グォールが命令して外させたのだ)。


 だが今再び、こうして能力をセーブされる、魔法の腕輪をつけられている。


「グスカス。面を上げよ」

「…………」

 

 グォールの言葉に、しかしグスカスは応じない。うつむきかげんで、うつろな目をしてた。


 痛ましい。息子は憔悴しきっていた。もう何日も眠っていないのだろうか。目にはでかい隈ができている。


「グスカス。我が息子よ。なぜここに呼び出されているのか……理解してるか?」


「…………」


 息子が返事をしてくれない。国王グォールは、ため息をついて続ける。


「グスカス。おぬしをここに呼んだのは他でもない、先日の騒動についてだ」


 先日、結界が壊され、街が大混乱に陥った。


 そしてその混乱を引き起こしたのは、他でもない、眼下にいる息子グスカスなのだ。


「グスカス……。結界装置を壊したのはおぬしであると、目撃証言が上がってきている。それはまことか?」


 何かの間違えであって欲しいと、グォールは何度も思った。


 だが結界装置を守っていた衛兵の口から、犯人の顔をハッキリと見たと、証言が出ているのである。


「……るせえよ。だからどうしたっていうんだよ?」


 グスカスが、ようやく口を開いてくれた。だがグォールは……失望した。


 息子の態度が、反抗的であったからだ。行いを反省している人間の態度では、なかったからだ。


「……なんだその態度は!」


 知らず、グォールは声を荒げてしまう。グスカスはビクッ! と体を萎縮させる。


 息子に怒鳴ったことなど……今までなかった。だがグォールはこのときばかりは、声を荒げずに居られなかった。


「おぬしのせいで、どれだけ王都に住む民に迷惑をかけたと思っている!? 死者こそ出なかったものの、怪我を負った者は多く居たのだぞ!」


 グォールは今まで、グスカスのことを大事に育ててきた。


 それは初めての息子だったこともあったが、それ以上に。



 ーー亡き妻の産んだ、最初にして最後の息子だったこともある。



 現王妃は、グォールにとって、二人目の妻なのだ。(キースやピリカは、二番目の妻が産んだ子供たち)


 前妻はグスカスを生んですぐに他界しているのだ。


 亡き妻は、死に際にグスカスのことを頼む……といって事切れた。


 グォールは死んだ妻を愛していたし、その妻が残してくれたグスカスを、宝物のように思っていたし、そう扱っていた。


 だが……。それでも……。


「国民はわしの子供同然! グスカス……おぬしにとって、国民はいわば兄弟だ。その兄弟を傷つけて、その態度は何だ!?」


 グォールの語気は強い。それだけ真剣に国民の身を案じていたのだ。


 だがそれでも、息子に本気度は伝わってないようだった。


 グスカスはうつむいたまま、無反応だった。のれんに腕を押しているような、むなしさと、そして悲しい気持ちになる。


 息子は、いつからこんな、人の痛みを理解できない子供になってしまったのだろうか……と。


 だがいつまでも親の顔をしているわけにはいかない。


 自分はグスカスの親である前に、国民たちの王なのだ。


 王としての仕事を、しなくてはならない。

 グォールは、ため息をついて続ける。


「グスカス。なぜだ? いったいなぜ、このようなことをしたのだ? 何か理由があるのなら申せ」


 その理由が、情状酌量の余地があるのならば、刑を軽くすることができるかもしれない。


 ……そう、刑罰だ。


 息子は罪を犯したのだ。当然、罪には罰を持って対処せねばならない。


 グォールは、できるなら、息子の罰を軽くしたいと思っていた。……この場においてまだ親馬鹿なのか?


 というそしりを、自分は甘んじて受け入れよう。それくらい、グスカスのことを愛しているから。亡き妻の忘れ形見だから。


「……………………………………だからだよ」


 長い沈黙の後、グスカスは小さく答える。

「なんだ? 申してみろ」

「むかついたからだよ!!!」


 グスカスは顔を上げて叫ぶ。その目はギラギラと、妖しく輝いていた。


「むかついた……だと?」


 グォールは、耳を疑った。その間に、グスカスは続ける。


「そうだよ! 街の奴らがむかついたからだ! あいつら俺様が大変な目に遭ってるって言うのに! あほ面下げて幸せそうにしてよぉ!!!」


 つばを飛ばしながら、息子が怒鳴り散らす。


「いったい誰がこの世界を平和にしたと思ってやがる!? 俺様だ! 俺様が世界を救ったんだぁ!!!!」


 グォールは……息子から目を背けた。グスカスは……心を病んでしまっている。


 誰が世界を平和にしただと?


 ……言うまでも無い、ジューダスだろう。

 グスカスは怖じ気づき、魔王の前から逃げてきたのだ。恐怖に対して逃げる行動を取るのは、何も間違いじゃない。


 そもそもグォールは、息子を危険な場所へ行かせたくなかった。それでも魔王との最終決戦。泣く泣く息子を送り出すことにした。


 息子が逃げて帰ってきたと聞いたとき、グォールは純粋に、息子の無事を喜んだ。


 逃げるのはしょうがない。致し方ないと、本気でそう思っていた。


 それなのに……この息子は。


「俺様が世界を救ってやったってのによぉ……! この国のバカどもは……! 俺様への感謝を忘れ、自分たちだけ幸せをむさぼるやつらばかり! ほんと! むかつくやつらだったぜ! だからみんなぶっ殺してやろうと思ったんだよ! だから結界をぶっ壊してやったんだよぉおおおお!!! ぎゃーーーーーーーーーーーははははは!!!」


 ……それを聞いて、グォールは。


 優しかった息子は、完全に死んでしまったのだと……そう思った。


「グスカス。おぬしへの罰を言い渡す」

「あ゛? 罰……だと? なんだよ罰って!」


 グスカスが立ち上がる。となりで控えていた騎士たちが取り押さえる。


「おぬしのしたことは、許されざる行為だ。結界を破壊し、人々の心に恐怖を刻み込んだ。町を壊し、住民の心の安寧を壊した罪は……重い」


 グォールの言葉に、グスカスがさぁ……っと顔を青くする。


「お、俺様を殺すのかっ!? 俺は……俺様は勇者だぞ!? 女神が使わした選ばれし人間を! 殺すって言うのかよ、親父ぃ……!」


 グスカスが必死の形相をしながら叫ぶ。くってかかろうとするが、騎士がそれを止める。


「……勇者であろうと、罪には罰だ。グスカス」


「い、嫌だ! 嫌だぁああああああああああああ!!!!」


 グスカスが駄々っ子のように首を振る。騎士たちがグスカスを押さえつける。


「死にたくない! お、親父! 助けてくれ! 死にたくない! 死にたくないよぉおおおおおおおおおお!!!!」


 涙を流し、鼻水を垂れ流す息子。


 グォールは目を閉じる。まぶたの裏に、幼き頃のグスカスの姿が写る。


 ……亡き妻そっくりの、金髪の美しい子供だったのに。


 目を開ける。目の前には、無様に泣き叫ぶ、勇者グスカスが居た。


 グォールは……覚悟を決める。


 自分で言ったではないか。たとえ息子だろうと、罪を犯したのならば、罰を与えないといけないのだ。


 グォールは、重々しく口を開いた。


 そして、息子に与える罰を……言い渡す。

「グスカス。おぬしを……」


 一呼吸入れ、目を閉じる。


 この後、大臣や宰相たちから、言われるであろう。非難の言葉を、覚悟しながら。


 ……目を開ける。そして、心の中で、息子に言う。


 ……大丈夫、わしも、一緒に【責任】を取るから。



「王位継承権を剥奪した上で、この城から追放する」




次回もグスカス側です。罰が甘い理由は、次回説明が入ります。


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