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39.勇者グスカスは、デート現場を目撃する【後編】



 日が沈みかけている時間帯。


 勇者グスカスは、王都の街の屋根をつたって、キャスコの居るホテルへと、急いでいた。


 勇者の持つ【高速移動】スキル。脚力を強化して、常人では出せない速度で走れるチカラを使っている。


 目指すのは王都の南端の、ホテルだ。


「……しずくの奴、あっさり俺を出してくれたな」


 屋根の上を飛びながら、グスカスはここに至るまでのことを、振り返る。


 キャスコが他の誰かと、デートするかもしれない。それを聞いたのは、つい数十分前。


 グスカスはその事実を確かめたくて、しょうがなかった。


 グスカスは雫に、外の空気を吸いたいから、という理由で外出を求めた。


 渋るかと思った召使いの鬼女・しずくだが、


『わかりましたっ! そうですよね、ずっと牢屋の中じゃ気が滅入っちゃいますもんね!』


 とあっさり承諾。無論1時間以内に必ず帰って来るという約束をして、グスカスは牢屋から出してもらった。


 その後【高速移動】を使って、人目に付かないよう、王城を脱出し、今に至る次第。


「雫が役に立つバカで助かったぜ。しかもキャスコの泊まってるホテルまで、ちゃんと覚えていてくれててよ」


 雫はキャスコたちの会話を聞いていた。王都の南端にあるホテルに泊まっているらしい。


 王都南端にあるホテルは、一つしか無かった。しかも王城からそんなに離れてない。なんて好都合だ。怖いくらい都合が良かった。


 グスカスは走ること数分。目的地であるホテルの、向かい側の建物。その屋上に到着する。


 グスカスは屋上から、地上へと飛び降り、華麗に着地する。勇者の身体能力があれば、これくらい容易い。


「さてキャスコの野郎……どこいやがる。ホテルの中か……?」


 物陰からキャスコを探そうとした、そのときだ。


「お! いるじゃねえか……!」


 なんとも偶然なことに、キャスコはホテルの入り口前に立っていた。


 ここからばっちりと、キャスコの姿が見える。なんという幸運か。探す手間が省けた。


 さっきからラッキーが続く。まるで天が自分に味方してくれているようだ。


「しかし……キャスコの野郎。なんだ、その格好は……!!!」


 グスカスは遠目に、キャスコの服装を見て言う。


 彼女は今……とても綺麗だった。


 黒いワンピースのドレスだ。その上から温かそうな羽毛のカーディガンを羽織っている。


 ドレスの肩口はぱっくりと開いている。スカートは膝からだいぶ上のあたりまでの、短すぎるものだ。


 己の真っ白な肌を、生足を、惜しみなくさらしていた。それは……男にこびるような服装に思えた。


 見てもらう男に、セクシャルを感じて欲しいんだ。という、着ている女の主張がにじみ出ていて……それが、とても不愉快だった。


「クソ……んだよあの服。もっと厚着しろよ……」


 とはいうものの、グスカスの目は、キャスコの白く長いおみ足と、真っ白な肩周りに釘付けだった。


「……まだ、誰も来ねえみたいだな」


 キャスコは【ステェタスの窓】を開いては閉じて、しきりに時間を気にしている。


 肩からかけたハンドバッグから、手鏡を取り出して、何度も何度も、化粧や髪型をチェックしている。


「…………」


 吐き気がする。むかついた。今から来る奴に対して。


 キャスコは、やってくるであろうそいつに、綺麗に見てもらいたいから。何度も何度も、自分の顔周りをチェックする。


 何度も時間を気にするのは、それだけ来る奴と過ごす時間を、楽しみにしてるからだ。


 彼女の所作から、やってくるやつに対する愛情の深さが、見て取れた。


「……くそ。くそが」


 誰が、今からあそこに来るのか。


 もう答えは、99%、出ているようなものだ。あのキャスコが、そこまで気にかける男など、この世に一人しか居ない。


「…………」


 グスカスは期待する。1%の可能性を信じる。


 こういう可能性だ。


 ……実はグスカスを待っている。


 彼女はグスカスに気付いている。


 ふと目が合う。そんなところで何をしているのかと、あきれながら言う。


 グスカスは彼女の元へ行く。綺麗じゃねえかと褒める。


 すると彼女は笑ってありがとうという。そしてーーねえ、良ければ一緒に、街を回ってみない?


 ……と。


 ……そんな、低い可能性を夢見てしまう。

「……アホか」


 理性では、そんなの夢物語だと言う。グスカスは、キャスコが自分の元を離れていったときから、気付いているのだ。


 彼女が誰に、心奪われているのかと。


 グスカスも人間だ。考える存在である。そこまでの対応を取られたら、もうキャスコの心が誰のものなのか、わかる。


 それでも……縋るのだ。

 1%以下であろう、可能性に。


「…………」


 グスカスは、物陰から出ようとする。そして、彼女の居るところへ向かって、一歩。

 足を、踏み出した……そのときだった。


 

 ーーキャスコの元に、誰かが、やってきた。


 グスカスはすかさず、物陰に隠れる。ここからでは視認できるが、しかし声は聞こえない。


「……誰だあいつ?」


 グスカスは、いまホテルから出てきたやつに注目する。


 背の高い男だ。メガネをかけている。


「ジューダス……じゃあ、ねえな。あいつメガネかけてねえし。あんな顔じゃなかったような気がする」


 やってきた男に、見覚えはなかった。


「あのメガネのおっさん、何者だ……?」


 その男が、キャスコと仲睦まじく会話している。


「……しかし……ははっ、なぁんだ」


 グスカスは、にやぁ……っと薄暗い笑みを浮かべる。


「なぁんだ、なぁーーーーーーんだ!」


 グスカスは邪悪な笑みを浮かべる。


「ンだよキャスコのやつぅ! あの裏切り者やろうに、振られてるじゃあねえかよぉ!!!」


 ひっ……ひっ……と気持ちの悪い笑い声が漏れる。


「あんだけ大見得切って俺様の前からでていったくせにぃ? 裏切り者野郎に捨てられてやーーーーーんのっ! ぎゃっはっはー!!!」


 グスカスは胸がすくような思いがした。結局あのキャスコは、ジューダスに振られたのだ。


 ……まあ、別の男にすぐ乗り換えたようだが。しかし相手がジューダスでないのなら、


「これ、俺に勝ち目あるだろ……」


 相手がもし、ジューダスだったら。グスカスは勝ち目ゼロだっただろう。


 グスカスは、キャスコがどれだけ、ジューダスのことを好きだったのか、知っている。


 キャスコのジューダスに対する思いの強さを、愛情の深さを知っていた。なにせ7歳から10年間、変わらずにやつを思い続けたのだ。それだけ強くあいつを思っていたということ。


 相手がジューダスなら、キャスコから心を奪い返すのは、至難のわざだったろう。しかし相手は、よくわからない、メガネのおっさんだ。


 さすがにあのおっさんが、ジューダスほど執着をもたれているとは……思えない。


 なら奪える可能性は……ある。


 グスカスはニヤリと笑った。薄いと思っていた勝ち目が、今目の前に転がっている。

 相手がジューダスでないのだ。なら臆することはない。


 何せ自分は、腐っても勇者だ。地位も名誉もある。金だってある。


 あんなよくわからない、メガネの、さえないおっさんよりも。グスカスの方が見た目も良いし、何より若い。


 勝つ要素しかなかった。グスカスは知らず歓喜していた。諦めていた、愛しい女が。自分の手には入るかもしれないということんに……。


 出て行こうとした……まさにそのときだった。


「ジューダスさーん!!」



   ☆



 誰かが、声を張り上げながら、メガネのおっさんの元へ駆け寄ってくる。


 そいつには……見覚えがあった。


 銀髪の青年だ。女と見まがうほど、体が細い。


 王族のきる服から、白いマントを羽織っている。


「き、キース……?」


 やってきたのは、自分の弟、キースだった。


 第二王子キースはメガネのおっさんの元へ行くと、何かを話している。


「なんでキースが……?」


 王族のキースが、平民(と思われる)のメガネのおっさんと、和やかに会話している。


 キースがペコペコと頭を下げ、謝っていた。メガネのおっさんは、苦笑しながら首を振っている。


「なんだ……? あのキースの野郎……頭下げてやがる……? それにやけに親しげだ。それに……」


 極めつけは、キースが言ったセリフ。


 やつは、あのメガネの見知らぬおっさんに、【ジューダス】といった。


 グスカスは、改めて、キャスコのそばに立つメガネのおっさんを見やる。


 キースが頭を下げる人物。そんなの、一人しか居ない……。


 ならば疑問はある。どうして、やつは見た目が違うのか……?


「…………隠蔽スキルかっ!?」


 グスカスはすぐさま、勇者のもつ【技能スキル】を発動させる。


【看破】スキルを発動。これは魔法やスキルによる隠蔽のみを、見破ることのできるスキルだ。


 あらゆる対象を見抜く、ジューダスの持つ【見抜く目】の下位互換といえるスキル。


 そのスキルを発動させる。はたしてその結果はというと……。


「…………………………」


 グスカスは、その場にへたり込んだ。


 そこにいたのは、メガネをかけた……ジューダスだった。


 グスカスはすぐさま、悟る。やつは、目立たないよう、【隠蔽】スキルか、【認識阻害】の魔法を、自分自身にかけていたのだ。


「…………」


 グスカスは呆然とその場にへたり込んだ状態でいた。うつむいて、うつろな目を地面に向けている。


 ーーだからキースが、グスカスを見て、酷薄に笑う姿に、勇者は気づけなかった。


 はっ……と見上げる。


 すでにキースは手を振り、キャスコたちの元を後にしていた。


 キャスコはメガネのおっさん……いや、ジューダスと和やかに会話する。


 それが気にくわなくてしょうがない。なに談笑してるんだよ!?


 ……あれか!? 俺様を笑っているのか!? 他の男だと思って安心して、俺にも可能性があると希望を持っていた俺様を、あざ笑っているのか!?


 ……無論そんなことはない。ジューダスたちはまるで、グスカスに気付いてないのだ。


 別に変装も、悪意があってやったわけじゃない。それでもグスカスは、それが自分に対する嫌がらせであると、誤解してしまった。


 ーーまあもっとも、間違いではない。悪意があってやったのも、グスカスを見て嘲笑を浮かべているのも、別の人間なのだが。


 それはさておき。


 グスカスはキャスコたちの会話が気になった。


 なのでグスカスは、【聞き耳】スキルを発動させる。


 これも勇者が持つ【技能スキル】の一つだ(野伏レンジャーのスキルでもあるが、勇者も持っている)。


 聴覚を強化して、遠くの音を拾うスキルである。


 スキルを発動させると、遠く離れた、キャスコたちの会話が聞こえてきた。


【……もうっ。キース様ったらおっちょこちょいですからっ】


【いやまぁ、しゃーねーよ。昔の呼び名って、つい口に出ちゃうからなぁ】


【……幸い周りに誰もいなくて助かりましたけど。誰か居たら大変でしたよ】


 ……やはり向こうは、グスカスに気付いてないようだ。


【しかしキャスコ、いつ王城に行ったんだ?】


【……今朝ピリカ様やキャリバーたちに会いに行ったんです。そのときにこの髪留め、落としちゃってたみたいです】


 どうやらキャスコの落とし物を、キースが届けに来ていたらしかった。


【そうなんだ……。てかなんでキャリバーたちのとこ行ったの? 城には明日みんなで行こうってなってなかった?】


 ジューダスの問いに、キャスコがいたずらっ子のように笑う。


【……キャリバーさんたちに、自慢したかったんです。今日、ジュードさんとデートするってことを】


 ……その、キャスコの表情の。なんと……嬉しそうな、ことだろうか。


 今のキャスコは、本当に、心から……嬉しそうだった。


 目の前のジューダスと、デートできることが、本当の本当に、嬉しそうではないか。


 どくっ……。


 どく……っ。


 どく……。


 血の気が、引く。それなのに、心臓が痛いくらい、鳴っている。


【キャスコおまえなー】

【……ごめんなさい。それよりもジュードさん】


 キャスコがジューダスを見上げる。……どうやらあのジューダスは、【ジュード】と名前を変えているようだ。


【……どうですか、今日の私の格好は?】


 くるん、とキャスコがその場で一回転する。ミニスカートがふわりと舞い上がる。


 そんな子供のような、無邪気な所作をするキャスコ……初めて見た。


【ん。いいんじゃないか。とっても似合ってるし、とっても素敵だよ】


【……ふふっ♡ やった♡ 嬉しいですっ♡】


 ……やめろ。


「やめろぉ……」


 グスカスは、泣きそうになった。


「そんなかおするなよぉ……。そんな子供みたいに、嬉しいそうな顔……おまえ、誰にもそんな顔したことなかったじゃねえかよぉ……」


 キャスコの表情は、恋する乙女そのものだった。もう目はジューダスしか見てない。


 目には♡が浮いてると錯覚するほど、熱烈な視線を、キャスコはジューダスに向けている。


【……しかもこの服の下には、昨日ジュードさんが買ってくれた、エッチな黒いスケスケの下着があるんですよ。見ます?】


 ちらっ、とキャスコが胸元をひっぱって、自分の下着を見せようとする。


 その、キャスコの【女】の顔に、グスカスは激しい嫉妬の感情を抱いた。


「ジューダスが買っただとぉ……しかも……あんだよ……なんだよ……そのほんとうに嬉しそうな表情はよぉ……」


 自分グスカスが、いくらキャスコに高級なプレゼントを送っても。やつは一度たりとも、嬉しそうにしたことはなかった。


 それが……たかだか下着を買ってもらっただけで、そんなに喜ぶなよ!!!


【……さ、ジュードさん♡ 街へ繰り出しましょう。そして花火みて、ディナーして……ホテルでお泊まりです♡】


 キャスコが笑いながら、ジュードの腕を取る。


 バキッ……! と何か固いものが、壊れる音がした。


 何だろうと思って……それが自分の、奥歯が割れた音だと気付く。嫉妬しすぎて、歯がみしすぎて……歯が割れてしまったのだ。


「お泊まりだと……お泊まりだとぉ……!」


 いまキャスコは、ハッキリそういった。デートの後にホテルで泊まろうと。


【いやキャスコ。それはちょっと……】


【……あら? 駄目とは言わせませんよっ。昨日ハルちゃんとホテルで一泊したのは、どこの誰でしたけっけ?】


 は?

 …………は?

 ………………はぁ?


 いま、キャスコはなんと言った?


【いやハルちゃんとは確かに、昨日ホテルに泊まったよ。けど何もしてないってば。本人も何もなかったって言ってたろ?】


【……さぁ? どうでしょう。口裏を合わせてるだけかもしれませんし。とにかく、ハルちゃんも泊まったのです。なら私も一泊してくれないと、不公平ですっ】


 ……どうやら、聞き間違えじゃない。


「……うそ、だろ」


 話しぶりからすると、ジューダスは、もうひとり女と付き合っているらしい。


 複数付き合うのは、別に不自然じゃない。この世界では重婚を認められている。


 問題はそこじゃない。

 

 ジューダスに、キャスコという比類無き美少女の他にも、まだ女がいると言うこと。

 そして、もう一人女がいることを、キャスコが認めていること。


 ……圧倒的な敗北感を、グスカスは感じた。


 これでジューダスが、別の女と浮気しているのだったら良かった。しかしそうじゃなかった。どっちの女の心も、ジューダスは奪っているらしい。


「…………」


 キャスコを、取られただけでなく、別の女さえも、虜にしている。


 ……なんという敗北感だろうか。雄として、負けた気分だ。


 打ちのめされているよそに、キャスコはジューダスと、楽しげに会話する。


【……ジュードさん。ね♡ いいでしょう♡ ホテルで一泊しましょ♡】


【いやでもなぁ……】


【……大丈夫ですっ! やましいことしません。ただ……ハルちゃんと同じで、私も下着姿一枚になります。それで寝るまで抱きしめてくださいね♡ あ、そのときに間違いがあっても、私ぜんっぜん大丈夫ですからっ】


 ……キャスコたちの会話を、グスカスは空虚な気持ちで聞いていた。


【……私の処女はジュードさんにあげるって、決めてるんですからっ】


 もう……。


【……ジュードさん以外に抱かれるくらいなら、私、一生処女のままでいますからっ】


 もう……。


【……ジュードさんの元気な赤ちゃん産むのが、私の一番の夢なんですっ】


「もう……やめてくれ……」


 グスカスは、思い知らされている。


 もう、キャスコの、身も、心も。完全に、ジューダスに奪われているのだと。


 自分の体も、心も、子宮さえも。キャスコという【女】は、ジューダスという男に、捧げているのだ。


「…………」


 グスカスは、聞き耳スキルを切る。そしてその場にうずくまる。


 聞きたくない……これ以上、キャスコとジューダスの幸せそうな会話を聞きたくなかった。


「消えろ……」


 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。


「これは夢だぁ……たちの悪い悪夢だぁ……消えろぉ……」


 果たしてそれは、自分自身に向けているのか。それとも、幸せそうなあの二人に向けているのか……。


 判然としないが、グスカスはその場にうずくまり、ずっと消えろ消えろと一人呟くのだった。



    ☆



 それからいくらか時間が経って。


 すっかり日が落ちた頃。


「…………」


 グスカスは、よろよろと立ち上がる。いったい今が何時なのか、グスカスにはわからなかった。


「…………」


 キャスコたちも、すっかりいなくなっている。辺りを見回すも、影も形もない。


 この降臨祭の、幸せな雑踏の中に、二人は消えてしまったのだろう……。


「…………」


 グスカスはふらふらと立ち上がる。そして、幽鬼のような足取りで、当てもなく歩く。


「キャスコぉ……キャスコぉ……」


 キャスコのことなんて、どうでも良いとか思っていたのは……嘘だった。


 こうして、キャスコのすべてを、あの男に取られた事実を見せつけられ……。


 グスカスの心には、大きな穴が、ぽっかりと空いているのだから。


「キャスコぉ……」


 どうでも良いと言ったのは強がりだった。本当はあの賢者の少女が、好きで好きでしょうがなかったのだ。


 自分でなく、ジューダスを選んで、城を出て行ったあの日から……ずっと。


 グスカスは、ずっとずっと、キャスコの

ことを好きでいた。


 彼女が自分を振り向いてくれないとしても。自分が、振られたとしても。


 グスカスは、キャスコのことが好きであり、その事実と感情は、簡単には捨てられないものだった……。


「…………」


 どんっ。


「いってぇなぁ! 気をつけろ!」

「…………」


 誰かにぶつかり、グスカスはその場に尻餅をつく。


 ぶつかったのは、男だった。


 となりに恋人らしき女をはべらせている。


「うーわ、なにあいつ……死人みたいな顔してる……」

「だめだよぅ。そんな風に言っちゃぁ」


「うわ、にらんできた。行こうぜ」

「うんっ♡」


 カップルが、自分の元を去って行く。その後ろ姿に、キャスコと、そしてジューダスを重ねてしまった。


 今頃……。


 今頃ふたりは、どこにいるのだろうか。


 花火を見ているのだろうか。ディナーを楽しんでいるのだろうか。それとも……ホテルでもう、肌を重ねているのだろうか。


「………………て、やる」


 いずれにしろ、幸せそうにしてるのは、間違いない。


「…………して、やる」


 ジューダスたちだけじゃない。この場に居るすべての人間全員が、今この瞬間、幸せを享受しているのだ。


 そんなの……ゆるせない……。


 だから……。


「……ぶっ壊してやる」


 グスカスはほの暗い思いを胸に抱く。立ち上がって、グスカスは王城へと向かう。


【高速移動】を駆使し、屋根伝いに走りながら、王城を目指してひた走る。


 その心と頭にあるのは、


「ぶっ壊してやるよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 何もかもを、破壊する。


 ただ、それだけしか……なかったのだった。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スキル等封じる罪人の腕輪?だったかの設定はどこに行ったのですか?牢屋から出されたら普通にスキルを使っている謎。
[一言] 自分が不幸な目に遭ってるのは半分は自業自得なのに (残り半分は色々とチートな主人公(ジューダス)の存在) それを認めることができずに、逆恨みで周りにとっての災いになる… グスカスには本当にク…
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