38.勇者グスカスは、デート現場を目撃する【前編】
ジュードがハルコとデートした、翌日。
12月25日の夕方のこと。
勇者グスカスは、あいもかわらず、王都の牢屋に閉じ込められていた。
第二王子・弟のキースを、父の前で殴ってから、もうどれだけ経つだろうか。
あれからずっと、グスカスは牢屋に入れられたままだ。気分最悪だったが、それでも最近は、気分は少しだけマシになっている。
その理由はというと……もうすぐ来る。
こつ……。
こつ……。
こつ……。
グスカスは身なりを整え、ベッドを格子のそばまで移動させる。ベッドに腰掛け、ふんぞり返る。
「グスカス様! お夕飯をお持ちいたしましましたー!」
やってきたのは銀髪に褐色の鬼少女・雫だ。
小柄な体躯。くりっとした目。そして額から生える1本角が特徴的。
「ちっ、おせーぞ雫。なにぼさっとしてるんだよ。さっさと飯もってこい。俺様は腹が減って死にそうだ」
別に腹は空いてなかった。早くこの少女に会いたかっただけだった。
「申し訳ございませんグスカス様! 次からは気をつけますっ!」
グスカスになじられたというのに、雫は嬉しそうだ。この召使いの少女だけは、グスカスに悪感情を向けてこない。
親は自分を見捨てた。弟に王子の役割と立場をは取られた。妹やそのほかからは軽蔑された。
そんな中で、グスカスを見限ることなく、普通(それ以上に)扱ってくれる女は、こいつしかいないのだ。
それはさておき。
「グスカス様。今日は降臨祭ってことで、なんとっ! ケーキをもって参りましたっ!」
雫が持っていたお盆には、いつもの食事にプラスして、小さなカットケーキがのっていた。
「降臨祭……。ああ、もうそんな時期なのか」
ここに入って何日も経っている。外の様子がまるでわからないので、今が何月何日か、把握できてなかった。
「そうっ! 降臨祭ですよ! 降臨祭……楽しそうですよねぇ……いいなぁ……」
雫がお盆をグスカスに手渡す。そしてうっとりと目を細める。
「降臨祭なんて別に楽しくも何もねえだろ」
「そんなことないですよっ! 特別な日じゃないですか。特に、」
雫が一呼吸入れ、グスカスにニコッと笑いかけながら言う。
「大切な人と大切なひとときを過ごす、特別な日じゃないですかっ!」
大切な人……。
そんなもの自分には居ないーー
ーー白髪の少女。
ーー愁いを帯びた表情。
ーー細く、折れそうなほど儚い体。
脳裏をよぎるビジョンを、グスカスは頭を振って払う。
その間に、雫が続ける。
「降臨祭といえばデートですよ。若い二人が街を歩き、花火を見たり、高いレストランでディナーをした。それで最後にホテルに泊まって……きゃー♡」
雫が楽しげに声を張る。くねくねと体を動かす。
「きめえなぁ、おめーよぉ……」
グスカスはお盆の上の食事に手を出す。皿に入ったシチューとスプーンを手に取る。
「…………」
デート。という単語が、グスカスの頭の中を、何度も駆け巡る。
そしてその単語とともに、浮かんでくるのは、あの白髪の賢者の、幼なじみだ。
デート。そうだ、今日は降臨祭。デートの日だ。もしかして、あの幼なじみも……。
「クソッ……!」
忘れろ。あんな俺を捨てた女なんて。どうでもいいじゃないか。
俺を捨てて出て行った、あんなクソ女なんて。どうでも良い。あんなやつが誰とどうなろうと、どうでも良いんだ。
そう……。
あいつはもう、いない。俺が引き留めたというのに、出て行きやがった。クソ女。
あのクソのことなんて知るか。どうにでもなっちまえーー
キャスコに対する呪詛を、グスカスは心の中で吐きまくる。もういい、あんなのどうでもいい、と繰り返すたび……。
なぜだろうか。あの女の顔を、嫌でも思い出してしまう。あの女の笑顔を思い浮かべる自分がいる。
「…………」
「グスカス様? お食事が進んでないようですけど、大丈夫ですか?」
ハッ……! と正気に戻るグスカス。
雫は気遣わしげに、こちらをのぞき見ていた。
「なんでもねえ。余計なお世話だ」
「そうですねっ。すみませんっ」
えへへと笑う雫。この女の笑顔に、心洗われるグスカス……。
……あれ?
……なぜだろうか。いつもこの女の笑顔に、癒やされているのだが。
今日ばかりは、そうでもなかった。それどころか、罪悪感のようなものを感じた。後ろめたさのようなものを感じている。
罪悪感?
後ろめたさ?
いったいどうして……?
ーーキャスコの顔が思い浮かぶ。
ーー今この現場を、キャスコに見られたら……。
いや、違うんだ。これは……と言い訳をするグスカス。……言い訳? なんの言い訳だよ。
「クソッ……!!!」
なんなんだよ。あんなやつどうでもいいというのに。やけに意識をしてしまう。
グスカスは、ごまかすように、がつがつがつ! とシチューを頬張る。
……あんな、あんなキャスコなんて、どうでもいいんだ。
「そういえばグスカス様。先ほどぼく、キャスコ様とお会いいたしました!」
ドキッ……!!
ピタッ……。
「きゃ、キャスコだとっ?」
グスカスは食事を止め、雫を見やる。
「な、何しに……? ま、まさか……」
ドキ……。ドキッ……。ドキッ……。
「どうやらピリカ様とキャリバー様、そしてオキシー様に会いに来たみたいです」
……。
…………。
…………なんだ。
グスカスはシチューの皿とスプーンを、お盆の上に放り投げる。
そしてどこかほっとしていた。
なんだ。なぁんだ。キャスコの奴、降臨祭だってのに、女同士で会ってやがるのか。
あーあー、惨めったらありゃしねえ。周りがデートするカップルばっかりだってぇのによ!
グスカスは機嫌良く、お盆の上のケーキを手づかみで食べる。
「ったく、あの女もさみしいやつだなぁ! せっかくの降臨祭だってのに、女同士でさみしい降臨祭か。あれだろ、女同士で飯食ったりお泊まりしてわいわい騒いだりすんだろ? さみしいやつだなぁおい!」
グスカスは上機嫌にそう言う。なんだあの女。あいつの元へ行ったくせに、デートにも誘えねえのかよ。
まああいつ昔っからヘタレだもんな!
まあ? あいつが泣いてすがるというのなら?
俺様の女にしてやらないことも?
ないけどな!
けどそのときはグスカス様すみません! 私が悪かったですって土下座して泣いて謝るなら「いや、キャスコ様は今夜、どなたかとお会いになるそうですよ」
許してやらないことも……。
……。
…………。
………………は?
「雫……おまえ……今なんて言った……?」
グスカスは雫を見やる。
「え? 何がですかー?」
きょとん、と雫が目を丸くする。
「だから……さっきおまえおかしなこと言っただろ? キャスコが……なんだって?」
「え、ぼく何かおかしなこといいましたっけ?」
グスカスはいらつき、牢屋から手を伸ばす。
「ぐへっ……!」
「良いから言えって! キャスコがどうしたって!?」
胸ぐらをつかんでひねるグスカス。雫が苦しそうにしている。
「は、離してください……。苦しいです……」
「あ、す、すまん……」
ぱっ……と手を離すグスカス。前なら殴り殺してでもしゃべらせていただろう。
だが今は、それができないでいた。
殴ってしまったら……その先、どうなるかを考えてしまうのだ。また捨てられるんじゃないかと思って、怖くなって……。
いや、今はどうでも良い。
「それでキャスコがどうだって?」
「は、はい……。キャスコ様は今夜、どなたかとお会いになるそうです」
グスカスは、聞き間違えであって欲しいと思いながら、尋ねる。
「そもそもおめー、奴隷のてめえが、なんでそんなこと知ってるんだよ」
「あ、ぼく、今日ピリカ様のお茶くみ係だったんです」
なるほど。キャスコがピリカのもとへくる。で、お茶を出したのはこの召使い。
だからこの召使いが、キャスコが来たこと、そして会話の内容を知っていたのか。
「それでピリカ様たちがキャスコ様とおしゃべりしてまして。その中でオキシー様がキャスコ様に聞いたんです。【降臨祭はどうせ予定ないんすよね? ならアタシらと街を回らないかって】」
「それで……?」
「そしたらキャスコ様は首を振って。【残念ですけど、今日は予定があるんですっ】って、楽しそうに言ってました」
どくんっ……。
どくんっ……。
どくんっ……。
……やけに、心臓の鼓動が、強く聞こえた。
「で、で?」
「え、で? とは……」
グスカスはいらつく。ガンッ! と格子を蹴り飛ばす。
「その相手だよ!? キャスコは誰と街を回るんだって!?」
声を張り上げるグスカス。早くその先を聞きたくてしょうがなかった。
「い、いや……そこまでは。キャスコ様も意味深に笑うだけでして……。いくらピリカ様たちが追求しても、うふふと笑うばかりでして……。結局キャスコ様、それ以上なにもいわず、お昼前には帰って行かれました」
グスカスはベッドにうなだれて座る。
「…………」
今日は、降臨祭。
キャスコは、誰かと会うという。
しかもそれは、キャリバーたち女友達じゃない。
……じゃあ、誰だ?
いったい誰と、キャスコは今日、会うというのだ。誰と、街を回るというのだ。
「…………」
脳裏に、あのおっさんの顔が浮かぶ。
キャスコは子供の頃から、あのおっさんを頼りにしていた。
何かにつけて、キャスコはあのおっさんに会いに行っていた。
キャスコは、あいつと一緒に居るときだけは、花が咲いたような笑み浮かべる。
自分と一緒に居るときは、決して向けない、明るくて、美しい笑顔を。
……自分が惚れた、自分が大好きな、あの笑顔を。あいつだけに、向ける。
「…………」
「しかしキャスコ様は、いったい誰とデートに行かれるんでしょうね」
雫がいつもの、ニコニコ笑顔でそういった。
ーーグスカスは、まともな精神状態ではなかった。
最愛の女が他の男とデートに行ってるのかも? ということで、心の中は同様の嵐だった。
ーーだから気づけなかった。
キャスコが、グスカス以外の誰かとデートに行くことに対して。雫が、憤りをあらわにしてないことを。
閑話休題。
「デートかぁ……。誰と行ってるんでしょうねぇ」
「知らねえよ……」
「今日は特別な日ですから、その日にデートをすると言うことは、特別な人ってことでしょうねえ」
「…………」
雫の最初のセリフが、脳内に響き渡る。
ーー降臨祭といえばデートですよ。若い二人が街を歩き、花火を見たり、高いレストランでディナーをしたり。それで最後にホテルに泊まって……きゃー♡
「…………くそが」
グスカスの脳裏には、ハッキリとした映像が浮かんだ。
キャスコが、あの男と一緒にデートしている。
「……クソが」
キャスコはあの男と、街を歩き、花火を見ている。
「クソがクソがクソが……」
キャスコはあの男と食事をし、そしてホテルへ行って……。そして……。
「クソがぁあああああああああああああああ!!!!!」
ガンガンガンガンガンッ……!!!!
グスカスは格子を蹴る。
「クソッ……! クソッ……! くそぉおお!」
ガンガンガンガンガンッ……!!!!
ガンガンガンガンガンッ……!!!!
「ぐ、グスカス様? どうかなさったのですか?」
「何でもねえよ! 畜生ッ!!!」
グスカスはベッドに座り込む。いらだちながら貧乏ゆすりをする。
……あんな女どうでもいい。
……だがあの女が、今日誰とデートするのか。それだけが気がかりだ。
……早急に。
「……早急に確かめないと」
「グスカス様?」
グスカスは、ちらっ、と雫を見やる。彼女の腰には、牢屋の鍵が結びつけられている。
彼女はこの牢屋の掃除係でもあるのだ。
掃除をするためには、牢屋の中に入る必要がある。ゆえに雫は、この牢屋の鍵を持っているのだ。
鍵は、ある。
そして目の前には、自分の言うことを何でも聞く、従順な奴隷がいる。
なら、どうする?
「おい雫……」
グスカスは雫を見て言う。
「ちょっと外の空気を吸いたい。ちょっとだけ、牢屋から俺様を出せ」
長くなったので前後編に分けます。
明日、後編アップします。
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