36.英雄、田舎少女とデートする
俺が娘たちと買い物をした、翌日。
12月24日。降臨祭1日目の夕方。
俺は宿泊してるホテルの一室にて、ハルコが来るを待っていた。
「おとーしゃんおとーしゃん」
「ん? なんだタイガ?」
ベッドの上で仰向けになっていた、雷獣少女・タイガが、俺を見て言う。
俺は部屋の壁に設えた鏡を見ながら、服装が変じゃないかチェックしていた。
「おとーしゃん、今日は一段と……おしゃれさんですね!」
「そうかー?」
「はいっ! いつもより……しゃんとしてます!」
「いつもしゃんとしてませんか……」
まあいつもシャツにズボン+エプロン、という気合いの入ってない格好だからなー。
現在の俺は、デートと言うことで、身なりを整えていた。といってもシャツの上からジャケット羽織っただけだ。
ジャケットとズボンは、いちおう昨日新しいやつを、服屋で購入していた。
「おとーしゃん、そんなおめかししてどこ行くの-?」
タイガがふよふよと飛んできて、俺の体に抱きついてくる。俺はタイガを抱っこしながら言う。
「今日はハルちゃんとデートしてくる」
「ほう! デート! あたちそれ知ってるー!」
雷獣少女が、猫耳をピクピクと動かす。
「おとーしゃん、しっかりハルちゃんを、エスコートしないとだめですよっ」
「ん。了解だ。ちゃんとエスコートしますぜ」
んふー、とタイガが満足そうに鼻息をつく。
「ところでおとーしゃん、デートって何するのー?」
俺はタイガを抱っこしながら、ベッドに戻って腰掛ける。
俺は今日のデートプランを、娘に説明する。
「16時に集合して、街をまずプラプラするだろ。んで18時から王都の大広場で魔法花火が打ち上がるからそれを見る。19時からレストランを予約してるからそこで飯食って、で帰ってくるよ」
「ほう! 素敵なデートプランですね!」
「ありがとう。タイガにそう言ってもらえると、少しだけ自信付いたよ」
よしよしと娘の頭をなでながら、しかしちょっと不安だった。
なにせこちとら35のおっさんだ。若い子のデートの方法なんて知らない。
果たしてこれであってるだろうか……と思っていたそのときだ。
「むー! 少しってなにー! あたちがほしょーするんだから、おとーしゃんは自信満々でデートしてきてくださいっ!」
ぷくっと頬を膨らませるタイガ。
「そうだなぁ。うん、タイガさんがそう言ってくれるんだ。よし、自信が付いてきた。めっちゃ自信付いてきたぜ。ありがとな」
俺はタイガを抱っこして、ぎゅっとハグする。
「えへ~♡ おとーしゃんが元気になってくれて良かったの~♡」
ぱたたたたっ、とタイガの猫尻尾が俺の腕に当たるのだった。
さて。
この部屋で待つこと数時間。ちらっと時計を見ると、そろそろ16時になろうとしていた。
「もう6時間くらい待ってるのか……長いなー」
ホテルは2部屋取っている。男用と女用だ。本来ならタイガは、女の子部屋にいるはずなのだが。
今朝はハルコのおめかしがあるからといって、タイガの面倒を、俺がこの男部屋で見ている。
ハルコはキャスコに連れられ、女部屋に引きこもっている。それも6時間も。
6時間って……いったい何をやってるのだろうか。キャスコ曰く『戦闘準備』だそうだ。戦闘って。戦いに行くんじゃないんだから……。
とまれ6時間も、俺はこうしてボケッと、部屋で待っている。途中タイガを連れて、街にお昼ご飯を食べてきたりしたが、基本はここで待ちだ。
そろそろ待つのにも飽きてきたな……と思った、そのときだった。
がちゃっ。
「……お待たせしましたっ」
部屋に入ってきたのは、白髪の賢者キャスコだった。
その顔は、やりきった職人の顔をしていた。晴れ晴れしい笑みを浮かべている。
「……ハルちゃん。ほら、ジュードさんが待ってますよ」
キャスコが廊下の外に向かって言う。
「うう……おら、やっぱ恥ずかしくて……」
「……大丈夫。自信もって。さぁほら」
キャスコはいったん廊下に引っ込む。そして……ハルコがやってきた。
「…………」
「…………」
「…………」
「な、何か言ってほしい、だに……」
俺は目の前の少女に、見とれてしまっていた。
そこにいたのは、ハルコだったけど、普段のハルコじゃなかった。
なんというか……上手く言葉が出てこないが、別人のように綺麗な女の子が、そこにいるのだ。
「! だ、だれっ? おとーしゃんっ、知らない人が来たっ!」
タイガが俺の腰にしがみついて震える。
「あ、いや……タイガ。あれは……ハルちゃん……だよね?」
俺は思わず、ハルコに確認するように言う。
「は、はい……。おら……じゃない、わたしはハルコ、です」
するとタイガが「なんだー。びっくりしました」ほっ、と安堵の吐息を漏らす。
ふよふよと浮くと、タイガがハルコのそばまでやってくる。
「ハルちゃん……いまとっても綺麗ですね!」
タイガがストレートに、ハルコを褒める。
「ふふっ、ありがとタイガちゃん♡」
ハルコがタイガを抱っこする。
「あ、あの……ジュードさん?」
ハルコが俺に、不安げな視線を向けてきた。俺は気付いた。この子は、感想を求めてるのだろう。
俺が何も言わなかったから、不安に思ったのだ。
「えっと……びっくりしたよ。とっても……綺麗だよ」
自分で言っててなんだそのセリフ、と思った。けどそんな単純なセリフしかでてこないほど、この子は綺麗だった。
まず、顔はバッチリと化粧している。普段の素朴な少女の感じはなりをひそめ、大人っぽいメイクが施されていた。
紅を引き、まつげも伸びている。髪の毛は普段はストレートなのだが、なぜか今は、ふわふわクルクルと、パーマ? がかかっていた。
それをシュシュでまとめて、肩から前にかけている。
服装は、白いニットのセーターに、茶色いチェックのスカートという、清楚な出で立ちだ。
靴下は白く、赤いヒールを履いている。
特筆すべきは、ハルコの白いセーターだ。肩と首の部分に、布がないのだ。
肩と鎖骨の部分が、ぱっくりと空いたセーターを着ている。そのせいで彼女の白い肌が見える。
「え、えへへ~……♡ 綺麗だって……綺麗だなんて……」
タイガを抱っこした状態で、ハルコがふにゃふにゃと笑う。
「……ハルちゃん。良かったですねっ」
そのとなりで、キャスコが上品にほほえんでいる。
「キャスちゃん! ありがとう! キャスちゃんのメイクとお洋服のおかげで、おらジュードさんに綺麗だって言ってもらえただに!」
ハルコがキャスコに、明るい笑みを浮かべる。そうして大きく笑う彼女は、普段のハルコで、ちょっと安心した。
女の子って……すげえよな。お化粧とお洋服で、別人になれるんだから。
「……ハルちゃん。これからです。健闘を祈ってます」
キャスコはタイガをよいしょと回収すると、びしっ! と敬礼する。
「うんっ、おら、ずくだすよ!」
びしっ! と敬礼を返すハルコ。タイガも同じようにビシッと敬礼していた。
「そ、それじゃ……うん。いこっか」
俺は立ち上がって、ハルコのそばへ行く。
「はいっ! 今日はその……よろしくお願いします!」
最高の笑みを浮かべるハルコ。俺はその明るい笑みと、そしてぱっくりと開いた肩口を見て、年甲斐もなくドキドキしてしまった。
まあとにもかくにも。
こうして俺は、ハルコとデートに行くことになったのだった。
☆
俺たちはホテルを出発し、花火の打ち上がる18時までは、ぶらぶらと街を歩いて回ることにした。
「さむぅ~……い」
俺のとなりで、ハルコが白い息を吐きながら言う。
今は冬。年の瀬も迫った真冬だ。
今日は晴れているとはいえ、日が落ちてきているので、気温もぐんぐんと下がってきている。
「ハルちゃん。そんなかっこで寒いでしょ?」
ハルコは生足にくるぶしまでのソックス。そしてミニスカートという出で立ちだ。
むき出しのムチッとした白い太ももは、実にエロいが、しかし見ていて寒くなってくる。
「はいっ! 寒いですッ! けどいいんです」
えへへ、とハルコが笑って言う。
「ジュードさんがおら……じゃない、わたしの太もも見て、少しでも喜んでくれるなら……それでいいんです!」
どうやら太ももを見ていたのを、気付かれてしまったようだ。
「ごめん、セクハラだったね」
「まさか! 違いますよ。むしろ見て欲しいから、おらずくだして、こんな寒いかっこしてるんですっ」
ハルコは太めの眉毛を逆立て、ふんす、と鼻息荒く言う。
「見てもらわないと、むしろ困ります! どんどん見てください!」
「う、うん……。わかっ……たよ」
困惑する俺。え、こういうときって普通、見ないでエッチー! と怒られるかと思ったんだけど……。
むしろ見てってどういうことなの……?
わ、わからん……。おっさんは乙女心、まるでわからないよ……。
「と、とりあえず行こっか」
「はいっ!」
俺とハルコは、ならんで出発する。目指すはメインストリートだ。
王都中央にある大広場で、花火が打ち上がる。そこに向かって歩く。
「結構混んでるなー」
「ですね。はぁ~……カップルばぁっか……えへへ♡」
ハルコが嬉しそうに笑う。
「どったの?」
「ジュードさんとこうして、一緒に街を歩けることが……おら嬉しくって~♡」
とろとろに蕩けた笑みを浮かべるハルコ。
……こんなおっさんと一緒よりも、若くて格好いい男の子の方が良くないの?
と言いそうになり、口を閉ざす。
好意に気付く前ならともかく、今俺は、この子に好きだと言われている状態だ。
理由は、わからない。何を思って、こんなさえない普通のおっさんを好きになったのか。
けど彼女は俺を好きだと言ってくれている。なら先ほどの言いかけたセリフは、彼女を傷つけることになる。
それは俺のことが好きというハルコを、否定するような言葉になってしまうから。
と、ボケッと考えながら歩いていると、俺はハルコが、後に居ることに気付く。
「あー……」
ハルコは、歩きにくそうにしていた。彼女はヒールを履いている。
普段の彼女は、普通の運動靴を履いている。履き慣れてないから、歩きにくいのだろう。
「ごめんねハルちゃん」
俺は立ち止まって、彼女が来るのを待つ。
「あ、いいえ全然! むしろお待たせしてすみませんっ!」
「いや……ハルちゃんが謝る必要ないって」
言って、俺は少し考えて、
「ハルちゃん。ハルちゃんが良ければなんだけど」
俺は右手を差し出す。ハルコが俺の手を、ぽかんと見やる。
「人混みで危ないし、手でもつなぎませんか?」
するとハルコは、
「はいっ! はいっ!」
目を大きく開き、らんらんと輝かせながら、ぶんぶんとうなずく。
俺の手をつかんで、きゅーっと握ってくる。
彼女の手はすべすべとしていた。それでいてぷにっとしている。女の子の手だ。
「ジュードさん……♡ おら……おらもう……幸せで死にそうです……♡」
ハルコが目を閉じて、空いてる方の手で、自分の胸を押さえる。
「ジュードさんと一緒に居られるだけで嬉しいのに……手までつないでもらって……♡ もう、もう嬉しくって天国行っちゃいそうだに……♡」
手をつないだだけで、そこまで喜んでもらえるとは。
「天国行かれると困るから止めてね」
「はいっ! 行きませんっ! 行くとしても、ジュードさんとおばあちゃんになるまで一緒に生きてから……ってああッ……! おおおおら何言ってるんだに!? 今の聞かなかったことにしてください!」
ハルコが顔を真っ赤にして、ぶんぶんぶんと首を振って言う。
「うん、バッチリ聞こえてたけど、聞こえなかったことにするよ」
俺がからかうように言うと、
「も、も~♡ ジュードさんのいじわる~♡ えへ~♡」
やっぱり嬉しそうに笑うハルコだった。
さておき。
俺はハルコと手をつないで、メイン通りを歩く。
「ジュードさん。空のアレ、なんですか?」
ハルコが指さす先には、銀にきらめく球体があった。
球体はいくつもあって、それが複雑な軌道を描きながら、空の上を動いている。
「あれ? ハルちゃんって【結界石】見たことないの?」
「けっかいせき……?」
俺は立ち止まって、空に浮かぶ銀の石を指さす。
「あれは結界石って言って、女神様の結界を構成するパーツの一つなんだよ」
この世界の街には、女神様が作ってくれた【結界】が張られている。
それによって、外部からモンスターが入ってこないようになっている。
「結界は【発生装置】と【結界石】から構成されているんだ。空に浮かべた結界石に魔力を照射して、バリアを発生させるのが発生装置」
「うう……専門用語ばっかでわからん……」
俺は苦笑して、ハルコの頭をなでる。
「ようするにあの銀色は女神様の結界なんだよ。あれのおかげで、俺たちは街で平和に暮らせてるんだ」
「そうなんだに~……。あれ、じゃあ結界がなくなったら大変じゃないですか?」
ハルコが不安げに俺を見上げてくる。
「今日はただでさえ人が多いのに、もし結界が壊れたら大混乱じゃ……?」
「まあそうだろうね。けど大丈夫。結界が壊れることなんて、絶対無いから」
俺は遠くにある、王城を指さす。
「結界の発生装置は、どの街でも厳重に警備されている。とくにこの王都の結界装置は、王城の中にあるんだ。一般人がそもそも立ち入れない場所に保管されてるし」
「そ、そっか~……なら誰かがふらーっと入って装置を壊すってことはないわけですね?」
そゆこと、と俺はうなずく。
「安心した?」
「はいっ! これで安心して、ジュードさんとのデートに集中できますっ♡」
ハルコがちら……っと俺の腕を見やる。
「ハルちゃん?」
「ええい……ずくだせハルコ! キャスちゃんも攻めろって言ってたし……えいやっ!」
ハルコは手をつなぐんじゃなくて、俺の腕にむぎゅっと、しがみついてきた。
むにゅ~~~~~………………♡
な、なんだ……この、腕に当たる、とてつもなく柔らかな物体は。
腕が、沈んでいく。ハルコのおっぱいの中に。服ごしだというのに、ハルコの乳房は、とてつもなく柔らかだ。
「は、ハルちゃん……それはさすがに大胆すぎるんじゃ……?」
「え、えー? なんだってー? おら聞こえないです-! 周りの声が大きすぎて-!」
ハルコが顔を真っ赤にして言う。耳や、そしてむき出しの肩さえも朱に染めていた。
そんなに恥ずかしいのなら、やめればいいんじゃないか……と思ったが。いや待てと。
彼女は勇気を出して、俺に抱きついてくれている。恥ずかしい気持ちを押し殺して、俺とふれあってくれている。
……そこまで、俺のことを好いてくれている。ということなのだ。
その好意を、無下にはできない。やましい気持ちがないと言ったら嘘になるけど。やはり一番は、彼女の好意を無視するのはよくないと思ったからだ。
「そ、そっか……。じゃ、いこっか」
「はいっ! やたっ。キャスちゃんやったよっ。ジュードさんドキドキしてるっ。勇気って出すもんだな~♡」
えへ~♡ と小さく笑うハルコ。俺も顔を赤くしてるのか……。年甲斐もなく。
や、そうなるって。だってこんな綺麗でかわいい女の子が、ぎゅっと抱きついてきてるんだぞ?
そりゃなるよ。俺も男だから。まあ、おっさんだけどな……。おっさんが顔を赤らめるなと。
俺はハルコの温かな体温と、甘い匂いを感じながら、冬の街を歩く。
立ち並ぶ出店。魔法電球に彩られた町並み。
街ゆく人たちはみな笑顔だ。どこもかしこも、幸せそうな表情のひとばっかだ。
「みんな楽しそうだに~……♡」
「そうだねー。ハルちゃんもそんな感じだね」
「えへへ~♡ そりゃそうですよっ。だって大好きな人と一緒に居られるるんですもん♡ おら、ジュードさんのそばにいられるだけで幸せです……♡」
ハルコはずっとニコニコしっぱなしだった。ときおり「ずくだせハルコっ!」といっては、むにむに♡ とおっぱいを押しつけてくる。
そのたび俺はドギマギしてしまう。いやほんと、おっさんが何をときめいてるんだ……と。
いやでもしょうがないんだって。この子ほんとびっくりするくらい美人なんだからさ。
俺はハルコとともに町並みを見たり、出店で汁物を買って温まったりする。
ややあって。
「そろそろ花火の時間ですね、ジュードさん」
「そうだねー。んじゃ大広場に移動しよっか」
と、そのときだった。
「うぇええええええええええん! おかーさーーーーーーーーーーん!!!」
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