33.勇者グスカスは、奴隷少女に、嘘の冒険譚を語る
ジュードのもとを、キースやミラピリカたちが訪れた数日後。
勇者グスカスは、相も変わらず、軟禁状態にあった。
人間国ゲータニィガ。その王都。その王城の牢屋にて、グスカスは収監されている。
日がな一日、グスカスはベッドの上で、まるで死人のように横たわっている。
「…………」
他にやることがない彼は、【彼女】が来るまでの間、こうして寝ることしかしない。
【彼女】の他に、ここを訪れるものはいない。【彼女】以外に、グスカスに話しかけてくれるものもいない。
だから、【彼女】がいない間は、こうして寝てるだけ。【彼女】がいない間の時間は、苦痛で仕方が無かった。
「…………」
ちら、と窓の外を見やる。太陽の加減から、朝になったことがわかる。
「ちっ……やっとかよ」
ようやく、グスカスの目に光が戻る。起き上がり、【彼女】が来るのを心待ちにしていた。
起き上がり、ベッドを格子のそばまで押しやる。そしてベッドに腰をかけ、偉そうにふんぞり返る。
こつ……。
こつ……。
こつ……。
すると部屋の奥から、足音が聞こえてきた。知らずグスカスは、寝癖を整える。
そして、【彼女】がやってくる。
「グスカス様っ、おはよーございます!」
褐色肌に、銀髪の少女が、グスカスにあいさつをする。
彼女の名前は【雫】。グスカスの召使いだ。
「ちっ、朝からうるせえ声だしてるんじゃあねえぞバカ雫!」
グスカスは横柄な態度で、そう返す。その目には生気が戻っていた。
「すみませんっ!」
「ったく、うるせえよ。ばか。静かにしろっつただろうが。あーあー、ほんとおまえ
はバカだなぁ」
「えへへ♡ バカですみませんっ!」
グスカスが罵倒しても、この雫という少女は、笑みを崩さない。その明るい笑顔に、グスカスのすさんだ心は癒やされる。
「おいバカ。早く飯をよこせ」
「はいっ! どうぞっ!」
雫はグスカスの世話係を任命されている。食事を運んできたり、着替えを持ってきたりするのが彼女の役目だ。
雫は食事ののったお盆を、グスカスに手渡す。
グスカスはお盆を受け取り、食事をする。
その間、雫はニコニコとしながら、グスカスのことを見やる。
「ンだよ?」
「いえ。グスカス様が元気になってくださって、嬉しいなーと思いまして。ご飯も食べてくれるようになりましたし」
言われ、確かにとうなずくグスカス。雫がここへ本格的に来るようになってから、そこそこ日が経つ。
彼女が食事を運んでくれるようになってから、グスカスは、食事を口にするようになった。
というか、食欲がわくようになったのだ。
それまでは、食事をしたいという気持ちになれなかった。周りから疎まれ、一番信頼していた人間から見捨てられ、食事どころの気分じゃなかった。
それが、この少女と出会い、日々を過ごすうちに、改善されたのだ。
彼女はよく笑う。自分のわがままや、横柄な態度。乱暴な言葉使いに、いっさい嫌な顔をしない。
いつも明るく元気だ。そんな彼女の姿を見ていたら、壊れかけていた心が徐々に回復していったのだ。
「ったく、気持ちの悪いやつだ。俺様が食事をするようになったのが嬉しいとかよ!」
「えへへ、気持ち悪くてすみませんっ」
どんなときでもニコニコと笑う雫。グスカスも知らず、笑顔になる。食事も進む。
グスカスは、ゆっくり、時間をかけて飯を食う。これには明確な理由があった。
食事が終わると、この女が帰ってしまうからだ。だから、グスカスはワザと、ゆっくりと食事をする。
こうして食事をしながら、この女とふれあっている時間が、グスカスの唯一のオアシスである……のだが。
ひとつだけ。
グスカスを、苦しめるものがあった。
グスカスの食事が、あらかた終わりかけていた、そのときだ。
「グスカス様!」
きた……とグスカスは内心で汗をかく。
「今日もお話、お聞かせくださいませんか!」
目をキラキラとさせながら、雫が言う。
「グスカス様の冒険譚、今日も聞きたいです!」
☆
この女、ここ最近ずっとこうなのだ。
勇者に、自分の冒険を聞かせてくれと、しつこく聞いてくるのである。
何を隠そうこの鬼少女、自分の親を魔王に殺されている。
その魔王を倒した勇者を、雫は心酔しているのだ。
ゆえに勇者の活躍を、この女は聞きたがる次第。……なのだが。
言うまでも無く、勇者には、勇者の活躍なんて語れない。
世間一般では、勇者が魔王を倒したことになっている。だが真実は違う。
あのおっさん、ジューダスが、キャリバーたちを連れて魔王を倒した。
グスカスは惨めに逃げ帰った。だから魔王をどう倒したとか、グスカスにはわからない。
だが……。
「そ、そうだな……よ、よし聞かせてやるか!」
グスカスはふんぞり返って、奴隷少女に語る。否、騙るのだ。
嘘の冒険譚を。嘘で塗り固められた、英雄物語を。
「今日は何を聞かせてやるかな?」
「やはり最終決戦の場面を、聞きたいです!」
グスカスは内心で舌打ちをする。もっとも、自分がよくわからない部分であり、もっとも自分が語りたくない部分であるからだ。
それでもグスカスは騙るのだ。
この女に、嫌われたくないから。この女から、見捨てられたくないから。
「しかたねえなぁ……。あれは半年ほどまえだ。この国の南端、【大穴】の近くに出現した、浮遊魔王城。そこに俺様と下僕たちは向かったんだ」
グスカスは当時を振り返りながら言う。
「浮遊魔王城……空飛ぶお城なんですかっ!? どうやって入ったのです?」
「パーティに魔法使いがいてな。そいつの飛行魔法を使ったんだ」
すると雫が目をキラキラさせる。
「グスカス様のおっしゃっていた、キャスコ様ですねっ! グスカス様のことを大好きだったっていう!」
……そう。
グスカスはつい見栄を張ってしまったのだ。キャスコがグスカスに気がある。好意があると。
というか、勇者パーティの女ども(キャリバー、オキシー、キャスコ)は、みな自分のことが好きだったと。
つい、見栄を張ってしまったのだ。……実際にはそんな事実はない。
「勇者様がモテるのは当然ですよね! だってキャリバー様やキャスコ様に訓練をつけたのが、グスカス様なんですものね!」
「あ、ああ……」
「10年前、勇者の従者に選ばれたキャリバー様たち……。しかし彼女たちはまだ幼い。だからグスカス様が、代わりに先頭に立って戦った! ああ! なんてお優しいんだろう! グスカス様は!」
……グスカスは、沈鬱な表情を浮かべる。
もちろん上述の内容も、嘘だ。
嘘というか、別の人間の手柄を、グスカスがさもやったみたいに騙っているだけだ。
キャリバーたちに訓練をつけ、キャスコたちの代わりに先頭に立って戦ったのは……。
言うまでも無く、あの男だ。
あの、ジューダスだ。
「…………」
ぎり、と歯がみするグスカス。あの男はいつもそうだ。いつも、自分が欲しいものを手にしている。
仲間たちからの信頼。パーティメンバーたちからの好意。
魔王を倒した栄誉。そして、愛しい女さえも。
全部、全部……あの男が持っている。自分にないもの、すべて……。
だからグスカスは、嘘をついたのだ。やつの手柄は、全部自分のものであると。ようするに、嫉妬だ。
だがジューダスの手柄を、自分のものとして騙る自分は、本当に、惨めだった。
それでも騙らずにはいられなかった。そうしないと、勇者としての体裁を保てないから。
この女から、尊敬されたいから。
「グスカス様?」
「あ、いや……なんでもねえ。それで魔王城に入った俺様たちなんだが、そこには魔王が待ち受けていたんだ」
グスカスは騙る。
魔王城には、凶悪なモンスターの王が待ち受けていた。
グスカスは逃げることなく、聖剣を抜いて立ち向かった。
「しかし逃げたんですよね!」
ドキッ……!
ドクッ……。ドクッ……。ドクッ……。
「あの裏切り者、ジューダスは!」
ほっ……と安堵するグスカス。そうだ。この女は真実を知らないんだった。
「お、おうよ! あのクソ裏切り者は、魔王を見てびびって逃げやがったんだ!」
「なんと愚かな! 世界を救う人間が、魔王に恐れをなして逃げるなんて!」
ずきり……と痛む心を、グスカスは押さえる。
「本当に酷い奴です! 仲間をおいて逃げるなんて最低ですよ! 自分の命おしさに仲間の命まで危険にさらして、おめおめと逃げるなんてほんと最低のクズです!」
グスカスの顔をまっすぐに見ながら、雫が言う。
それを聞いてグスカスは、暗い気持ちになった。
先ほどのセリフ、雫はジューダスに向かって言っているつもりだ。
しかし、オメオメと逃げた最低野郎は、自分なのだ。
だからさっきのセリフも、グスカスに向けていっているように聞こえた。
「そ、そうだろう! そうそう、最低な奴なんだよ!」
同意することで、またさらに惨めな気持ちになる。
もうグスカスは泣きたくなった。なぜ自分の惨めな部分を、自分で認めないといけないのか。
「ほんと最低です! 死ねば良いのに!」
……雫の言葉、ひとつひとつが、グスカスに刺さる。
だってそのセリフは、本当は、全部グスカスに向けて放っているものなのだから。
雫は、真実を知らない。裏切り者がジューダスだと思っている。だからこそ、無邪気にジューダスをディスっている。
だが違うのだ。逃げたのはグスカスで、裏切り者もグスカスなのだ。
「ぐ、グスカス様……? どうしたのですか? なぜ泣いてるのですか?」
「な、泣いてねえよ!」
いや、泣いているのだ。
惨めだった。この子からの尊敬をもらうために、嘘をついている自分が惨めだった。
この子のキラキラとした目は、グスカスを見ている。だが実際は、グスカスじゃなくて、ジューダスに向けている目なのだ。
魔王を倒したのも、仲間のピンチを救ったのも、世界を平和にしたのも、全部ジューダスだ。
自分は、何一つしてない。惨めに逃げ帰っただけ。なのに手柄を自分のものと偽り、こうして無垢な少女に嘘をついている。
嘘の英雄物語を、聞かせている。そして喜ぶ少女を見て、喜んでいる自分がいる。
……むなしかった。騙る内容には何一つ真実が含まれてない。グスカスの騙る物語の中の英雄は、自分でなくジューダスなのだ。
「グスカス様……?」
気遣うように、雫がグスカスを見てくる
「何でもねえし。泣いてもねえよ」
少女から見えないように、こっそりと涙を拭くグスカス。
「そうですよね! グスカス様は勇気あるお方! 泣くわけがないですもんね!」
……この女。
わざとなのか? いや、ワザとじゃない。無垢なだけだ。
グスカスは勇気ある者で英雄で、魔王にも逃げずに立ち向かったと。無邪気にそう信じてるだけなのだ。
「……ああ、そうだよ! 泣くわけねえだろ! 俺様は勇者なんだぞ!」
やけくそ気味に、グスカスが叫ぶ。
「はいっ! わかってます! 勇気があり、優しくて、誰からも好かれる真の英雄! それが勇者グスカス様です!」
言われて、グスカスは心の中で否定していた。
勇気があり、優しくて、誰からも好かれる真の英雄。それは……自分ではないのだ。
では誰かというと……。
【なんか辛いことあったら、愚痴聞くからな。いつでも顔出せよ】
やつからもらったメッセージが、脳裏をよぎる。グスカスは頭を振って叫ぶ。
「そうだよ! 俺様だよ! 勇気があって、優しくて! 誰からも好かれる真の英雄とは、この俺様だッ……!!」
そのセリフの、なんと空虚なことだろうか。
自分で言っていて、とてもむなしい気持ちになった。
だがそれでも……。
「ああほんと、グスカス様は素晴らしいです……!!」
この少女から、尊敬のまなざしを向けられることが。
グスカスにとっての、唯一の心の支えだから。
だから、何度でもグスカスは騙る。
ジューダスの手柄を、自分の手柄として。ジューダスを自分と置き換えて。
英雄の物語を、この少女に聞かせ続けるのだった。
☆
鬼少女・雫は、グスカスの空いた皿を片付けて、牢屋を後にする。
空いた皿を食堂に戻し、雫はその足で、【彼】の元へ向かっていた。
雫は廊下を歩く。やがてひとつの部屋の前にたどり着く。
【第一王子・執務室】
かつてグスカスが使っていた部屋だ。
……こんこん。
【どうぞ】
「失礼いたします」
がちゃ……。
入るとそこは、整理整頓のなされて、清潔な部屋が広がっていた。
奥の執務机には、【彼】が座っている。
「ご苦労様です、雫」
彼が労をねぎらってくれる。雫は彼の前まで行くと、ぺこっと頭を下げる。
「恐縮です」
「……あなたには辛い仕事を任せてしまって、申し訳ない」
彼が眉をひそめて言う。
「いえ、平気です。これもすべて大願成就のためです」
そう語る雫の顔には、先ほどまでの、無垢な少女の笑顔はなかった。
雫は冷たく笑う。そして、彼もまた笑う。
「そう……すべてはあのお方のため。あと少しです。頑張りましょう、雫」
雫は大きくうなずく。
「はい、キース様」
すべては、あのお方の、真なる英雄様のために……。
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