31.英雄、バイト少女からデートに誘われる
ゴブリンの巣を吹っ飛ばした数日後。
年の瀬も迫ってきた、ある日のこと。
この日は朝から大雪で、店には客が誰も居なかった。
俺はカウンターでボケッとし、女子チームは窓ぎわの席に座って、おしゃべりに興じていた。
「……ハルちゃん、がんばですっ」
キャスコが正面に座るハルコに言う。
「うう……でもぉ……キャスちゃん。おら……恥ずかしいよぅ……」
ハルコは頬に手を当てて、くねくねと身をよじる。
「キャスちゃん、ハルちゃんはなんでくねくねしてるのー?」
キャスコの膝の上に、雷獣幼女のタイガが座っている。
「……ハルちゃんは今、気合いを入れてるんです」
「ほう。きあいですか。あたちもいれますっ! ふんすっ!」
むんっ、とタイガが両腕を曲げる。
「どーしてきあいをいれてるのー?」
「……ハルちゃんは今から、女の戦場に赴くからです」
きりっ、とした表情でキャスコが言う。
「せ、せんじょー! やだやだ! ハルちゃん危ないとこいっちゃやー!」
タイガふわり、と宙に浮かぶ。ハルコの大きな胸に飛び込んで、いやいやと首を振る。
おお、おっぱいがタイガの顔によって、ぐにぐにと形を変えている。すげえ。でけえ。
「大丈夫だよタイガちゃん。キャスちゃんのあれは比喩だから」
「ひゆー?」
「たとえ話ってこと」
「おー! そゆことかっ! ハルちゃんはおしえるのがじょうずですね~」
「ふふ、ありがとタイガちゃん♡」
ハルコはタイガの頭をなでる。タイガの猫耳がピクピクと動き、しっぽがくねる。
「ということで、タイガちゃん。おら……ちょっと行ってくる!」
すくっ、と立ち上がるハルコ。タイガをキャスコに預ける。
「行ってくるね、キャスちゃん!」
びしっ! と敬礼するハルコ。
「……ご武運を、ハルちゃんっ!」
びしっ! と敬礼を返すキャスコ。
「あたちもびしっとするー!」
なんだかわからないが、楽しそうにしている女子たち。和むわー。と思っていたそのときだ。
ハルコがこっちを見やり、ずんずんずん! とやってくる。
「あのっ、ジュードさんっ!」
うわずった声で、ハルコが言う。
「ん? なにー?」
「………………」
ハルコが顔を真っ赤にして、口をパクパクとする。
「きょ、今日は良い天気ですねっ!」
耳の先までまっかにして、ハルコがそういう。
「え? 大雪じゃない、今日?」
窓の外を見やる。朝からドカドカと雪が降っている。あとで雪かきしないとなー。
「そ、そうでしたね……」
ハルコがたたたっ、とキャスコたちの元へ行く。
「……ハルちゃんっ。なにをへたってるのですか!」
「……だってだってだってぇ。おら、恥ずかしくて……」
ふたりがボソボソと、と会話している。なんだろうか?
「……デートしませんか。これだけです。これだけのことがなぜ言えないんですかっ」
「……むーりーだーよー。駄目って言われたときのショックが大きすぎるよ~」
「……もうっ! 駄目だったときのことを考えてちゃ、何も前に進みませんよ! ほら行ってきなさい!」
キャスコに背中を押されて、ハルコがまたこっちにやってくる。
「あの……その……ジュードさん。その……あの……」
ハルコは俺の前で、もじもじと身じろぎする。腕を体の前で組み、よじるものだから。胸が。胸がぐにゅっと潰れて、とんでもないことになってた。すげえや。
「も、もうすぐ降臨祭じゃない、ですか……」
降臨祭。そういえば……。
「そうだねー。そろそろそんな時期か」
するとタイガが、キャスコに問う。
「キャスちゃん、こーりーんさいってー?」
キャスコはタイガを胸に抱きながら、答える。
「……女神様がこの地に降り立ったことをお祝いするお祭りです。12月の24日と、25日の二日間に分けて行われるんですよ」
キャスコの説明通りだ。
この星に住む人間は、女神様をみな信仰している。
.
女神様が俺たち人間や砂漠エルフ、獣人など人類を作り、そして人類に様々な恩恵を与えている。
女神様は俺たちにとっては、文字通り神様なのだ。
その神様がこの地に初めて降り立った日を祝うのは、俺たちにとっては当たり前である。
それはさておき。
「降臨祭……じゃないですか」「うん」「降臨祭が……もうすぐじゃないですか」「そうだね」
ハルコはなかなか、本題を切り出してこない。なんだろう?
「その……あの……キャスちゃーん!」
ハルコが顔をゆでだこにして、キャスコの元へかける。
「……ハルちゃん! 駄目です!」
キャスコがキッ……! と柳眉を逆立てて、腕で×印を作る。
「……甘えてては前に進めません! 前進あるのみ! 当たって砕けろです! 大丈夫、骨は拾います!」
キャスコが興奮気味に言う。
ハルコはうう……とたじろぐ。そして俺の方を見て、言う。
「あの……降臨祭!」
ハルコは、目を閉じる。顔を耳の先まで真っ赤にして、叫ぶ。
「い、一緒に行きませんかーーーーー!!」
力一杯に叫ぶハルコ。その背後でキャスコが「……よしっ!」とガッツポーズをしていた。タイガがまねて一緒にガッツポーズしている。
「ふぅむ……」
降臨祭は、若者たちの間では、デートする日みたいになっている。らしい。
俺に好意を向けている少女が、俺に降臨祭へ行かないかと誘ってきている。
素直に考えれば、これはデートのお誘いという奴だろうか……?
すると……。
「あの、あの! み、みんな一緒に行きませんか!?」
とハルコが目を回しながら言う。
「え?」「……ハルコぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺が瞠目していると、キャスコがすごい表情で叫んだ。
なんだなんだ。キャスコが叫んでいるよ。びっくりした。おしとやかな彼女が何をキレてるんだ?
キャスコがブンブカと、ハルコを手招きする。
「……おばかっ! なぜそこでヘタるんですかっ!?」
「だ、だって返事が遅かったから……断られるかって……」
ふたりが普通の音量で会話していた。だから俺にも聞こえた。
そ、そうか……。返事が遅かったのがいけなかったのか。
「……考えてただけですよ。大丈夫。だからへたらず攻めるのです! ごーごー!」
「ごー!」
キャスコとタイガに応援され、ハルコがこっちにやってくる。
ハルコは深呼吸する。そして目を開いて、覚悟を決めた戦士のような表情で言う。
「あの! ジュードさんっ! おら……じゃない、わたしとっ! 一緒に! 降臨祭デート、しませんかっ!」
目を潤ませた美少女が、俺にそう提案してきた。
なんとも、まあ……魅力的な提案だ。
こんなかわいい女の子から、デートに誘われるだなんな。光栄なことすぎる。
「えっと……ハルちゃん。降臨祭は大事なお祭りじゃん。俺なんかと一緒でいいの?」
ハルコはブンブンブン! と強く首を縦に振る。
「はいっ! だってジュードさんは……おら、じゃない、わたしの一番大切で、大事なひとですから! 一緒に行きたいんです!」
「そうか……ありがとねー」
そこまで言ってくれるのなら、是非もなかった。
「うん、良いよ」
俺がそう答える。
「ああ、でもわかってます。その日はジュードさんにとっても大事な日ですもんね。わかってます。おら覚悟してますから。駄目って言われても大丈夫、キャスちゃんと女子会しますから……って、良いんですかーーーーーーー!?!?!?!?」
ハルコは目を大きく見開いて叫ぶ。
「うん。是非ともご一緒させてくれ」
俺はこの子のことを、まだよく知らない。だからハルコからの好意に、まだ答えられないで居る。
ハルコにちゃんとした答えを返すためには、ハルコのことをもっと知らないといけないからな。
だから俺は、ハルコとデートすることにした。
「キャスちゃんッッッ!!!」
「……ハルちゃんッ! やったね!」
ハルコはキャスコの元へ、笑顔でかけていく。ハルコはキャスコとタイガを、一緒に抱きぃ……! と抱擁。
「なになにハルちゃん? なにかいいことでもあったのー?」
タイガがハルコに尋ねると、
「うんっ! 間違いなく人生最良の日だよー! あー! 嬉しい! ジュードさんとデートできるなんて……! 夢のようだにぃ~♡」
うふふ~♡ とハルコが笑顔で、キャスコたちを抱きしめる。キャスコはハルコの頭をよしよしと頭をなでる。
「……よくやりました、ハルちゃんっ! これは大きな一歩ですよ!」
「ありがとー! キャスちゃん!」
ふたりが和やかに笑う。
「……さて、ハルちゃん。後よろしく」
キャスコがタイガを、ハルコに渡す。
「うん! キャスちゃんファイトっ! おら応援してるよっ!」
びしっ、と敬礼するハルコ。キャスコもびしっと敬礼を返す。
「なになにー? ハルちゃん、なにー?」
「キャスちゃんもまた……戦場に向かったんだに!」
「? だにー!」
タイガがよくわからん、という顔をしていた。
一方でキャスコが、ずんずんずん、と俺の元へやってくる。
「……ジュードさんっ」
キッとキャスコが俺を見上げて言う。
「どした?」
「…………」
顔を真っ赤にして、ぱくぱく、と口を動かした後、
「……な、なんでもないです」「キャスコぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
今度はハルコが、声を張り上げる。そしてぶんぶん! と手招きする。
キャスコがそそくさと退散。
「もうっ、なんでヘタるのっ! おらにあんなこと言っといてっ!」
「……ちょ、ちょっとタイミング逃しただけです。大丈夫です、私、言ってきます」
「ふぁいと、キャスちゃん!」
ハルコに背を押され、キャスコが俺のとこへやってくる。
「……ジュードさん。その、降臨祭、二日あるじゃないですかっ。ハルちゃんのあとでいいのでっ、一緒に行きませんかっ?」
首まで真っ赤にして、キャスコが俺に告げる。
な、なるほど……そういうことか……。
キャスコも、ハルコ同様に、俺のことを好きだって言ってくれた(ありがたいことに)。
ハルコが降臨祭を回ろうと言ってきたのだ。ならキャスコもそう思っていたのか……。
「うん、良いよ。一緒に行こう」
「~~~~~~~~~~~!!!!」
キャスコは目を潤ませ、口元を手で覆う。頬を上気させながら、その場でパタパタと小躍りする。
「……ハルちゃんッ!」
「キャスちゃん! 見てたよっ!」
ハルコは立ち上がって、キャスコの元へかける。ふたりは手をつないで、その場でジャンプする。
「……おめかししなきゃですねっ!」
「うんっ! いっぱいおめかしなきゃ!」
きゃっきゃ♡ とふたりが楽しそうに笑う。
「ふたりが笑顔! あたちもうれしー!」
タイガがふよふよと浮いて、俺の元へやってくる。
「そうだなー。俺も嬉しいよ」
娘の頭をなでながら、俺はそういった。
こうして俺は、バイト少女たちと、降臨祭デートへ行くことなったのだった。
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