03.英雄、王女の申し出を断る
国王から、勇者パーティを追放されてから半年が経過した、ある冬の日のことだ。
朝。俺は目を覚ますと、上着を着込んで、店の外に出る。
「さみぃー……」
今日はよく晴れていた。ピーカン晴れだ。
しかし昨晩雪が降ったのか、道にはどっちゃりと雪が積もっている。
「さて、雪かきやりますか」
【店】の入り口の前に、おいてあったスコップを、俺は手に取る。
「よっと、ほいっと」
道に降り積もる雪を、俺はスコップでさくさくさくっと片付けていく。
ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ。
店の前をかき終わる。
「次はそれ以外のとこか」
ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ。
ざくっ、ざくっ、ざくっ、ざくっ。
…………。
…………。
夢中で雪をかいたら、いつの間にか、村全体の道を雪かきしてしまった。
「ふう、良い運動になった」
外に出てから、30分もしてないだろう。だが村全体の道の雪は、きれいさっぱりと片付いていた。
自分の店の前へと戻ってきた、そのときだ。
「ちょいとジュードちゃん」
「ん? おお、ジェニファーばあちゃん。おはよ」
お向かいにすむ老婆が、俺の元へやってきた。ニコニコしながらやってくる。
「ジュードちゃん。今日も雪かきありがとぉねぇ」
俺を見て、ジェニファーばあちゃんが言う。
俺はジューダスという名前を、【ジュード】と改名し、この【ノォーエツ】の村で生活しているのだ。
「いやいや。朝の軽い運動のついでだから」
「ほかの若い衆はまったく、ジュードちゃんを見習ってほしいもんだ。朝早く起きて、みんなのために雪かきするんだから」
ふぅ……とばあちゃんが悩ましげにため息をつく。
「まぁしゃーねーよ。さみいもんな」
「まったく、ジュードちゃんはほんと、お人好しだねぇ」
くっくっくとジェニファーばあちゃんが笑う。
「お店は9時からだっけ? またコーヒーを入れておいておくれよ」
ばあちゃんが、俺の背後の【店】を見て言う。
そこには、二階建てのレンガの店があった。これは、俺が買った【店】だ。
【喫茶・ストレイキャット】
と看板が出ている。
「あー、ごめんばあちゃん。今日ね、大切なお客さんが午前中に来るんだ。お店開けるのは昼からね」
「おや? そうなのかい。もしかしてジュードちゃんの彼女かい?」
「まっさかー。ふるい友達だよ」
「なぁんだ、つまんないねぇい」
くつくつと笑いながら、
「それじゃ、ジュードちゃん。またお昼にね。やってくる彼女によろしく♪」
「ああ、待ってるよ。だから彼女じゃないってば」
ジェニファーばあちゃんはその場を後にしていく。
「「ジュードさぁん!」」
次にやってきたのは、二人組の女冒険者だった。顔が全く同じ、双子だ。
「おー、ふたりとも。おはようさん」
俺はいったん店に引っ込んで、カウンターの上に乗っている紙袋を手に取る。
紙袋を、
「ほら」
といって、冒険者たちに投げてわたす。
「「今日もありがとー!」」
にぱーっと笑う冒険者のふたり。
「そんな売れ残りのパンばっかくってると、体に悪いぞ」
「「いいの、これとってもおいしいんだから!」」
双子冒険者が、ニコニコしながら言う。
「「お金払うよ-?」」
「いやいいって、残りもんだし。むしろ処分に困ってたんだ。毎日それを回収してくれるおまえらに感謝してるよ」
俺が言うと、双子の少女はひそひそと言う。
「お姉ちゃん、ジュードさんってほんといい人よね」
「ねー! だよねぇ。かっこいいし、頼れるし、優しいし!」
「「ねー!」」
と俺に聞こえるように言ったあと、ちらっと俺を見やる。
俺は苦笑した後、
「ちょっと待ってな」
そう言って、俺はいったん戻って、また別の紙袋を手に取る。
「ほら、朝焼いたばかりの焼き菓子だ。熱いうちにもってきな」
「「やったぁ♪」」
双子が嬉々として、紙袋を受け取る。
「「ありがとー♪ だぁいすきっ」」
「まったく調子の良い奴らだよ」
ばいばーい、と手を振りながら、双子がたちさっていく。
ふたりにお世辞を言われてうれしかったし、まあもともと焼き菓子はたくさん作るしな。お裾分けだ。
さて。
俺は店に戻る。店は手前がパン屋。奥が飲食スペースになっている。
喫茶ストレイキャットは、パンもケーキも売るし、それを買ってここで飲むこともできる。純粋な喫茶店というよりは、パン屋の延長みたいな感じだな。
壁にかけてあった時計を見やる。
「ふぅー……。さて、そろそろかな」
今日、【彼女】は9時頃に来ると言っていた。
彼女。勇者パーティの剣士、キャリバーだ。
彼女は時間を守るやつだからな……と思っていたそのときだ。
からんからん♪
とドアベルが鳴る。
「お、うわさをすれば……。キャリバー………………って、おまえ」
そこにいたのは、小柄な少女だった。
10歳くらいか。ちっこくて胸とかしりとかぺたっとしている。
銀髪。真っ赤な目。目は勝ち気そうにつりあがっている。
「ジューダス・オリオン! さがしたぞ!」
「…………ミラピリカ姫。どうしてここに?」
そこにいたのは、ゲーニィガ王国、国王の娘、ミラピリカ姫だった。
☆
喫茶店の中。窓際のテーブルにて。
俺の前には、銀髪幼女と、金髪の剣士が座っている。
どうやらミラピリカ……ピリカは、キャリバーが連れてきたようだった。
「すまない、ジューダス。姫がどうしてもおまえに会いたいって言ってな」
「うむっ! ジューダスに会いたかったからな!」
にこーっと笑うピリカ。
「しかしおぬし、こんなド田舎にいたとはなぁ」
このミラピリカという少女は、年齢は10歳だ。なのに話し方が古風なのは、祖父(国王の父)の影響を受けている。おじいちゃんこなんだよな、この子。
「王都からノォーエツまでだいぶ離れてるからなぁ。田舎なのはしょうがない」
「獣人国のネログーマにほど近いですかね、ここ。ほぼ隣国です」とキャリバー。
「ネログーマと言えばジューダスよ」
「あー……姫さん。今俺はジュードって名前を変えてるんだ」
「うむ、そうだったな。ジュード! すまぬ!」
からっとした笑顔を浮かべるピリカ。
「で、となりの国がなんだって?」
「そう、ネログーマの姫もおまえの無事を知って大層よろこんでおったぞ」
「玉藻が? って、待て待てピリカ。しゃべっちゃったのか、隣国の姫に? 俺がここにいるって」
「うむっ!」
うむって……。俺はお忍びでここにいるんだけどなぁ。
「近々玉藻のやつ、おぬしに会いに来るといっておったぞ。なにやら重要な話がしたいとも言っておった」
「ふーん、なんだろうな」
話が一段落したので、俺はコーヒーを入れて、キャリバーに出す。ピリカにはホットミルク。
「しかしおぬし、この店、買ったのか?」
「ああ。貯蓄とキャリバーからもらった退職金があったからな。それを使って店とか必要なものをかって、ここで喫茶店やってるよ」
「ふぅむ、しかし退職金はそうとうなものだったのではないか? なら働く必要はないのでは?」
「いやぁ、さすがにまだ働きたいよ」
なにせまだアラサーだからな。働く意欲はある。
「今まで忙しかったのじゃ。働かずにのんべんだらりんとしておればよいのに」
「そんなことできねえよ。俺は普通に、一般市民として生きたいんだ。普通の生活に憧れてたんだよ」
「そうか……」
ピリカ視線をテーブルの上に落とす。俺は彼女たちの前に座る。
「なぁジュードよ」
「ん? どうした」
ピリカは顔を上げると、俺をまっすぐに見て言う。
「今日はな、おぬしの顔を見にくるためだけに、ここに来たわけじゃないのだ」
「そうなのか? じゃあ何しに来たんだ?」
ピリカは一息ついて言う。
「おぬし、王都に戻ってこい」
戻ってこい、っていわれてもなぁ。
「いや今いったら非難囂々(ひなんごうごう)だろ。裏切り者がのこのこ帰ってきたってさ」
ここノォーエツは王都からかなり離れている。なにせ隣国の国境付近だからな。つまり田舎町だ。
田舎であるからこそ、裏切り者ジューダスの顔を皆知らず、俺は平民【ジュード】として平穏な生活を送れている。
「わかっておる。だからわらわが、ゲータニィガ王国第三王女ミラピリカが、おぬしの無罪を訴えるのじゃ」
「もちろん、ボクも協力します」
ふたりそろって、真面目な顔で言う。
「無罪を訴えるってなぁ……。もうあれから半年たって、裏切り者の汚名は広くとどろいてるだろ」
「そうじゃ。返上するのは難しいかもしれぬ。だがわらわやキース兄様、勇者パーティの前衛や後衛たちは、みなおぬしの味方だ」
キースというのは第二王子の名前だ。前衛、後衛というのは、勇者パーティの構成員のこと。
実際に戦闘をこなす、俺を含めたキャスコ、オキシー、キャリバーそして勇者グスカスが前衛。
そのほか俺たちをサポートしてくれる後衛メンバー。勇者パーティは、思いのほか大所帯なのである。
「友人でもある隣国の姫の玉藻や、砂漠エルフの国フォティアトゥーヤァの女王も、協力してくれる」
人間の国ゲータニィガは、右に獣人国ネログーマ、左に砂漠エルフの女系国家フォティアトゥーヤァに挟まれている。
この三国は友好関係にある。玉藻と砂漠エルフの女王アルシェーラは、特にピリカと仲が良かったと記憶している。
「そりゃすごい。三国のトップが俺をかばってくれれば、無罪は証明できるかもな」
「じゃろ!」
「けど……いいよ」
俺はピリカに、はっきりとそういった。
「いいよ……とは?」
目を見開いて、王女ピリカが言う。
「いいって。汚名なんて返上しなくて。ジューダスは裏切り者。大罪人。それでいいじゃん」
「……何を言っておるのじゃ!」
だんっ! とピリカがテーブルをたたく。キャリバーが王女をなだめていた。
「おぬしは何一つ悪いことなどしておらぬではないか! なのに……なのにどうして、おぬしが悪者扱いされぬとならぬのじゃ!」
ミラピリカは眼に涙を浮かべて、怒っていた。俺のために、本気で怒ってくれてるようだ。
「ありがとな、泣いてくれて」
「泣いとらんわ!」
ぐすぐすと涙を流し、キャリバーの胸でわんわんと泣く。
キャリバーは王女付きの近衛騎士に任命されたらしい(手紙で知った)。王女の世話係も兼ねてるそうだ。だから仲が良いのか。
「ピリカ。俺はこの生活を愛してるんだ。平民として、普通に生活したいんだ。だから今更英雄扱いされても、正直困るんだ」
「おぬし……」
ぐすん、とピリカが鼻を鳴らす。俺はハンカチを取り出して、彼女の鼻をちーんとさせる。
「それに裏切り者の汚名を返上させるのだって、大変な仕事だ。おまえはほかにやるべき仕事がたんまりあるんだろ?」
「そんなの些事じゃ。おぬしの名誉の方が大事じゃ」
「ありがとう。でもピリカには、もっと別の仕事をしてほしい」
「仕事しながらでもできる! ……と思う」
ピリカが自信なさげに言う。仮に王女が先頭だって、俺の汚名を晴らす運動したとしよう。隣国と足並みそろえるのだって難しいだろうし、そのための打ち合わせとかしないといけないだろう。そんなの、手間過ぎる。
この子にはほかにやるべき仕事が多いのだ。余計な仕事をさせて、彼女に負担をかけたくない。
「俺は別に今の生活で不自由してない。誰にも後ろ指指されないし、悪く言われない。だって俺は裏切り者ジューダスじゃなくて、喫茶店のマスター・ジュードだからな」
まあたまにジューダスの悪口を耳にするのだが、別にそんなの俺は気にしないのだ。
「だから別に良いよ。そんな無理してまで、俺の面倒見なくてもな」
「…………ジュード」
ピリカは沈思黙考する。やがて、顔を上げて言う。
「わかった」
と。そうかわかってくれたか。
「ありがとう、ピリカ」
「……うむっ!」
ピリカは立ち上がる。
「帰るぞキャリバー!」
「え、もうですか?」
「ああ! わらわにはやることができたからな!」
ぐっ、と拳を握りしめるピリカ。
「ジュード!」
「なんだ?」
「わらわは無理はしない。じっくりとやる。なら良いのだろ?」
「? ああ、良いんじゃないか?」
何のことかよくわからないが、とにかくピリカが元気になってくれたようで良かった。
「焦らずじっくりと策を練り、仕事の負担にならないよう周到に計画を進める! まずは仲間を増やすことじゃな……やることは満載じゃ!」
ぶんぶん! と腕を振り乱して、よくわからないことを言う。
「ではさらばじゃ、ジュード!」
「ひ、姫様……ボクはまだジュードとお茶してない……」
「いいから帰るぞ!」
そう言って、王女ミラピリカは、剣士キャリバーを連れて、外に止めていた馬車に乗り込む。
「すげえ豪華な馬車だな」
「うむ、王族の馬車だからな」
窓からピリカがにゅっ、と顔を出して言う。
「またおぬしに会いに来ても良いか? 今度は客として」
「ああ、大歓迎だ。いつでもどうぞ」
ピリカは笑うと、「馬車を出せ!」と命じる。キャリバーも「また会いに来るからね!」といって、ふたりは去って行ったのだった。
夜にもう一度更新します。
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