29.英雄、バイト少女たちから告られる
隣国フォティアトゥーヤァで、ハルコたちからキスを受けた数十分後。
人間国ゲータニィガ。俺たちの住む【ノォーエツ】の街にて。
早朝、俺はいつものように外に出て、雪かきをしていた。
昨晩はまた大雪が降り、道路に雪がこんもりと積もっている。
俺はスコップを持って、屋根の雪をおろしていた。
サクッ、サクッ、サクッ。
サクッ、サクッ、サクッ。
サクッ、サクッ、サクッ。
「…………ふぅむ」
手を動かしながら、考える。つい先ほどのことを。
バイト少女、ハルコとキャスコから、なぜだか知らないけど、キスされた。
彼女たちは俺が話しかける前に、逃げてしまった。
朝食の席でも、彼女たちは無言だった。顔を真っ赤にしてもじもじし、俺が話しかけようとしても逃げられてしまう。
その後ゲータニィガへと帰還。彼女たちは店を開けるまで、少し眠るといって部屋にこもってしまった。
俺はやることがなかったので、店を開けるまで、外で雪かきをしている次第。
「……ううむ。アレは、なんだったんだろうか?」
起きがけにキスをされた。あの意図はなんだろうか。あの行為に何の意味が……?
いや、キスという行為の意味がわからないわけじゃない。男女にとって接吻が、どんな意味を持つかくらいは、わかる。
わからないのは、なぜそんな大切な行為を、俺にしたのか……ということだ。
「……単純に考えることはできるけど、都合良すぎるし、自意識過剰だよな」
俺はため息をつく。
「あれ? なんだ全部雪下ろし終わってんじゃん」
気づかぬうちに、ここ【ノォーエツ】の街の屋根から、雪がすべて無くなっていた。
「ふぅむ、いったい誰が雪下ろしたんだ……?」
感覚的には、俺は雪下ろしを始めたばっかりだった。つまり誰かが、俺が雪を下ろす前に、雪を処理したのだろう。
「俺より早く動けるやつなんて……そういないだろうし。手練れか?」
などと考えながら、俺は地上へ降りる。
「ふぅむ……」
次に俺は、道の雪を、スコップでかく。
サクッ、サクッ、サクッ。
サクッ、サクッ、サクッ。
サクッ、サクッ、サクッ。
手を動かしながら、頭では別のことを考える。
やっぱりキスをしたということは、つまりそういうことなのか……?
好きです的なアレか? いやいやでも落ち着きなさいよ、俺よ。
こっちは35で、向こうは15と17だぞ?
さすがに歳離れすぎるだろ。向こうはこんなさえないおっさんと付き合いたいなんて思ってないに決まっている。
あの子たちは、飛び抜けて美人さんたちだ。同世代の男の子たちが、ほっとかないだろう。
俺なんかよりずっと若くて、かっこよいい男だってたくさんいるだろう。彼らから求婚を受けていても、まるで不思議じゃない。むしろ自然だ。
あの美少女二人が、並み居る同世代のイケメン男子たちよりも、俺を選ぶとは……到底思えない。
おっさんに恋する美少女なんて、そんな都合の良い女の子たちはいないだろう。
「やっぱ俺の考えすぎか……。いかんね、自意識過剰すぎるな、うん」
ふぅ……と俺は一息つく。
「あれ? また雪かき終わってら」
周りを見渡すと、地面の雪が丁寧に、端に寄せられていた。
「あらら? またさっきの手練れ君が、雪を処理してくれたのかな?」
屋根の雪下ろしと良い、地上の雪かきと良い、俺より早く動いて処理したやつがいるのだろう。
俺は考え事してたからな。作業が遅くなってしまっていただろう。彼からしたら、俺は邪魔な存在だったかもしれない。
「ううむ……すまない、名も知らない少年よ」
男かも不明だけどね。と思っていたそのときだ。
「おやジュードちゃん。おはよ~」
お向かいに住む、ジェニファーおばあちゃんが、俺に話しかけてきた。
「ばあちゃんおはよ」
俺は挨拶を返す。
「ジュードちゃん、今日も雪かきご苦労さま」
にこやかに、ジェニファーばあちゃんが俺に言う。
「あー、いや。今日は俺じゃないよ。ほかにやってくれた人が居るんだ」
「は? なぁにいってるんだい、あんた。あんた以外、こんな朝っぱらから、外で動いてる人なんていないよ?」
「え、でもじゃあ俺の気づかないうちに雪を処理してくれたひとってのは?」
「あんたが全部やったよ。それに気づかないってことは、さては考え事でもしてたんじゃないかい?」
図星をつかれた。なるほど……俺がこれやってたのか。無意識に。
「ふぅむ……確かに考え事してたけど」
「ふむふむ、恋の悩みかい?」
興味深そうに、ばあちゃんが尋ねてくる。
「恋……なのかなぁ?」
俺は今朝あったことを、軽くばあちゃんに話す。
するとばあちゃんは、あきれたような顔で首を振るった。
「あ、やっぱ俺の思い過ごしだよね?」
「……違うよ。あんたがあまりに鈍感で、ハルちゃんたちが気の毒だって思ってさ」
ふぅー……と長いため息をつくばあちゃん。
「ジュードちゃん、それはね、額面通りに受け取って良いものだよ」
「あの二人が、俺のこと好きってこと?」
ばあちゃんが、こくりとうなずく。
「でなきゃ好きでもない男に、キスなんてしないさね」
「え、でも幼い娘がパパ大好きーみたいな感じでチューしない?」
「あのふたりを何歳だと思ってるんかね? 成人しているんだよ? 一人前の女性なんだよ?」
ばあちゃんはニコニコと笑いながら、しかしハッキリと言う。
「年頃の女が、好きでもなんでもない男に、そんなことしないさね。彼女たちは勇気を出して思いを告げようとしていたんだよ」
「そうか……ふぅむ、そうなのか……?」
俺の自意識過剰だと思っていたのだが、どうやら違うみたいだ。
だとすると、申し訳のないことをしてしまった。好意を向けられていたのに、勝手に俺の自意識過剰だと勘違いしてしまってさ。
「そうさね。きちんと答えてやんな。断るにしろ、受け入れるにしろね」
それじゃ、といってジェニファーばあちゃんは去って行ったのだった。
☆
雪かきを終えて、俺は喫茶・ストレイキャットへと戻ってくる。
からんからん♪
「ただいまー……、ってまだみんな起きてないか」
と思ったのだが。
「……お、おはようございますっ、ジュードさんっ」
喫茶スペースには、すでに着替えて、ばっちりと化粧をしているキャスコがいた。
髪も肌も白く、儚げな少女。今は頬を真っ赤に染めて、俺を見上げている。
「おはよ、キャスコ」
俺はちょっと考えて、彼女に声をかける。
「「あの」」
かぶった。
「「どうぞ」」
……また、かぶった。
しばしどうぞどうぞ、と譲り合った後。
俺たちは窓ぎわのイスに座る。俺はペコッと頭を下げた。
「ごめんなキャスコ」
「…………………………………………」
キャスコの顔が蒼白になる。そしてその場で涙をたたえ、顔を両手で覆ってしまった。
な、なんで泣いたんだっ。俺何かしたか……?
俺は気を動転させながら思考を巡らせ、ごめんが告白の断る感じになっていたことに気づく。
「あ、いや……違うんだ。ごめんていうのは……」
と誤解を解こうとした、そのときだ。
「キャスちゃーーん!!!」
どたばた! と大きな足音をたてながら、二階からハルコが降りてきた。
「……ハルちゃん」
潤んだ目で、ハルコを見つめるキャスコ。
ハルコはキャスコの頭をひしっと抱きしめる。
「大丈夫! 一緒にやけ酒しよ! 付き合うからっ!」
「……ハルちゃんっ」
うう……と抱きしめ合うふたり。
「あぁ……えっと、だからなキャスコ。違うんだって。ごめんって言うのは……その、」
俺は今までの経緯を話す。
俺はキャスコたちからキスを受けた。それは娘が父にちゅーするみたいな、そんな感じの、親愛の印だと思っていたと。
ふたりが瞠目しながら、やがてはぁ~~~~~………………と重くため息をついた。
「あの……やっぱり今朝のアレは、そういうことなの? 親愛的な意味じゃなく?」
俺が尋ねると、キャスコたちは声をそろえて言う。
「「違うに決まってますよ!!」」
怒られてしまった。そりゃそうか。
「ご、ごめんよ……」
俺たちは話し合うことになった。ふたりは俺の前に座る。
「ええっと、だからつまり、ふたりはその……俺のことが、その……好きなの?」
言って、違ったらどうするんだと、理性が語りかける。だよな。その場合ただの自意識過剰なおっさんってことになる。恥ずかしっ。
しかし……。
「「はい」」
と、ふたりはまっすぐに俺を見て、うなずいたのだ。
「……私は、ジュードさんのことが好きです。子供の時から、大好きでしたっ」
「……おら、えっとわたしも、ジュードさんのこと、出会ったときから好きでしたっ!」
ふたりは顔を真っ赤にしている。けどしっかりと、ハッキリと、肯定したのだ。
「そっか……。そっかぁ……」
俺は頭をかく。これは……普通に嬉しかった。嬉しかったけど……どうすりゃいいだろうか……。
ここでうなずけば、彼女たちは、俺の恋人になってくれるだろう。
しかしそれは時期尚早というか、まだ俺側の気持ちがきちんと整理できてない。
確かに俺は、この子たちに好感情を思っている。だがそれが恋愛感情かというと、正直なところイエスとは言えない。
何度も繰り返すが、やはりどこか腑に落ちないところがある。
だって俺、おっさんだぜ?
相手は15と17だぞ?
常識的に考えて、その男女の組み合わせは、あり得ないだろ。
俺がというか、向こうがだ。向こうはもっと歳に見合った男の子と付きあうものだろ。
こんなどこにでもいる、普通のおっさんが、彼女たちのような美少女に好きって言われるはずがないだろ?
と俺がいろいろと考えていると、
「……あのっ、ジュードさんっ」
キャスコが声を張り上げる。
「……その、困惑させてしまって、ごめんなさい」
「い、いやいや! キャスコ、おまえが謝ることじゃないって! 俺が鈍感なバカだっただけだって」
キャスコが頭を上げる。
「その……ほんとごめんな。正直、ふたりから告白されて嬉しいよ。けど……急すぎてな」
俺は正直に打ち明けることにする。
「俺はおっさんで、ふたりは若くて綺麗な女の子だ。だから俺は、告白された今でも、信じられないんだ」
するとふたりは、ふぅ、と悩ましげにため息をつく。
そして、顔を見合わせて言う。
「キャスちゃんの言うとおりだったね」
「……仕方ありません。下手したら親子くらい年が離れてるのですから」
「すぐには女の子って見てくれないかぁ……」
「……残念です」
ふぅー……とため息をつくふたり。
「あ、いや……だから別にふたりが嫌いって訳じゃないからな。ただ少しだけ、時間くれないか?」
言って、ちょっとおいへたれ野郎、と自分の冷静な部分がツッコミを入れる。
うるせえ。だいぶ困惑してるんだよ。
と俺が言うと、ふたりはぱぁ……! と顔を輝かせる。
「「ありがとうございます!!」」
となぜかお礼を言われた。わ、わからん……どういうことなの?
「やったねキャスちゃん!」
「……やりましたっ! ハルちゃん! 一歩……いや十歩……いや! 百歩くらい前進です!」
ふたりは手をつなぎながら、きゃっきゃと笑う。
「す、すまん……。ふたりは何を喜んでるんで、しょうかね?」
俺は若い子コンビに尋ねる。
「おら……じゃない。わたし嬉しいです! 真剣に、わたしたちの告白に対して、考えてくれてることがっ! ねっ! キャスちゃん!」
向日葵のような、明るい笑みを浮かべるハルコ。
「……はいっ。まるで相手にされてなかった、以前と比べたらものすごい進歩でしてっ。とっても嬉しいです!」
いつも上品に笑うキャスコが、このときばかりは、年相応の明るい笑みを浮かべていた。
というか、まるで相手にされてないってひっでえな……。自分のことだった。ひどかったなと反省する俺。
「わたしたち、いくらでも待ちますからっ!」
「……今は私たちに気持ちが向いてくれてないとしても、諦めませんからっ」
力強く、ふたりが宣言する。
「「振り向いてもらえるよう、ずくだしますから!」」
……こうして、俺は彼女たちから、ハッキリと好意を伝えられた。
まだ気持ちの整理が付いてないけど、彼女たちは、待ってくれることになったのだった。
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