28.バイト少女たちは、決意を新たに一歩踏み出す
ジュードたちとフォティアトゥーヤァにやってきて、一夜明けた。
早朝。
ハルコはパチッ……っと目を覚ます。
のそりと体を起こす。
「ふぁ~~………………ねむいだにぃ~…………」
むにゃむにゃ、と目元をぬぐう。寝起きのぼんやりした頭で、しばらくぽーっとしている。
ふと、視界の端に、ジュードを捉える。
「えへ~……♡ ジュードさん……今日もかっこいいなぁー…………………………あ」
ハルコの意識は、一気に覚醒する。となりに眠る愛しい人。そして自分は同じベッドの上にいる。
「どどどど、どういうことっ! はぁっ! そうだ……お泊まりしたんだった……」
ふぅー、ふぅー、と深呼吸をして、気を静めるハルコ。
「ハッ……!」
ハルコは自分の体を、ばばばばっ、と触る。しかし衣服の乱れは一切無い。寝る前と服は一緒。脱がされてる形跡もない。
「なんだぁ……」
がっかり、とハルコは肩を落とす。ついで、しょぼんと落ち込む。
「はぁ~~~~…………」
重々しくため息をつく。三角座りをして、またため息。
「おら……魅力無いのかな……」
となりで寝ている自分に、彼はいっさい手を出してこなかった。優しい彼のことだ。眠る女に手を出すようなまねは、しないだろう。
彼の紳士で優しいところは大好きだ。大好き……なんだけれども。
胸を触るとか、唇にチューするとか、されても全然良かった。むしろ嬉しいくらいだ。自分にセクシャルを感じてくれるということが。
しかし何もしてこなくて、ぐーぐーととなりで安眠をむさぼる彼を見ていると。
彼は自分を、女としてみてくれてないのだろうかと、不安に思ってしまう。
「女としての自信、なくしちゃうなぁ……」
気分が凹み、しょぼんと肩を落としていた、そのときだ。
「……ハルちゃん」
ジュードを挟んだ向こう側から、か細い声が聞こえてきた。
「キャスちゃん……」
むくり、と体を起こす。そこにいたのは、薄幸の美少女だ。
真っ白な髪の毛に、同じくらい白い肌。体は細く儚げだ。それでいて出るところは出ている。
愁いを帯びた灰色の瞳に、ぷっくりと膨らんだみずみずしい唇。同性から見ても、とても美しいと思う。
「……ハルちゃん、おはよ」
笑いかけるキャスコだが、心なしか笑顔が硬いような気がした。
なぜかと考えて、すぐに理由に思い当たった。
「もしかしてキャスちゃんも……?」
抽象的なものいいだ。だがキャスコとハルコは恋する乙女同士。多くを語らずとも、何についていいたいのか伝わったらしい。
「……はい。何もされませんでした」
キャスコが、ふぅ、と悩ましげに吐息をつく。
ハルコは凹んだ。こんなにも美しい少女が相手でも、彼は手を出してくれなかったのだ。なら自分は、もっともっと、望み薄ではあるまいかと。
「……ハルちゃん? どうしたの?」
「ぐすん……キャスちゃん……」
キャスコとハルコは、立ち上がる。部屋に設えたソファの元へ行く。
二人は並んで座る。ハルコは悲しくなって、キャスコの体にしがみつく。
柔らかくて、良い匂いのする体。顔も恐ろしいほど整っている。
この女の子でも駄目なのだ。なら自分のようなぷくぷく無駄肉ボディで、しかも田舎まるだしの地味女では、彼は見向きもしてくれないだろう……。
と、ハルコは抱えている悩みを、キャスコに打ち明ける。
キャスコはハルコに抱きつかれながら、よしよしと頭をなでてくれた。
「おらみたいな女じゃ……やっぱり駄目なんだに……」
「……そんなことないです。ハルちゃんはかわいいです。それでとってもグラマラスです。そのギャップがとってもとっても良いと思います」
「うう……キャスちゃん……ありがとう……」
ハルコは甘えるように、キャスコの体にしがみつく。よしよしとキャスコが、優しく頭をなでてくれる。
「えへへ……♡ キャスちゃん、お姉ちゃんみたい♡」
ハルコはさらに、キャスコの体に頬ずりする。
「おら長女で一番上だったから、お姉ちゃんっていなくって。だからキャスちゃんみたいな綺麗なお姉ちゃん、ずっと欲しかったんだに♡」
「……ふふっ♡ 私もこんなかわいい妹、欲しかったです♡」
しばし二人で抱き合っていると、気分が落ち着いてきた。
二人は離れて、はふん、と悩ましげに吐息を付く。
「駄目だったね……」
「……そうですね。完敗です」
はぁ~……と重くため息をつくふたり。
「おら……がんばって、こんなエッチなパジャマ着たんだけどなぁ」
ハルコが身につけているのは、下着が見えそうなくらい透けている、薄手のもの。
「……そうですね。私も恥ずかしいの我慢したのですが」
「きゃ、キャスちゃん……おらが見てもやっぱり、ちょっと大胆すぎると思うんだに……」
キャスコの着ているのは、完全に下着が見えるようなベビードールだ。
男を誘惑するためだけにデザインされた、エッチな肌着である。
「……やっぱりこんなのではなく、下着一枚で攻めるべきでした。次はそうしましょう」
ぶつぶつと真顔でつぶやくキャスコ。それを聞いてハルコは戦慄する。まだ攻めというのか……!
「キャスちゃんは、すごいなぁ……」
はぁ~、と嘆息をつくハルコ。
「がんばって……おら応援してるよ」
するとキャスコが、きっ……! とにらんできた。
「……ハルちゃんっ。駄目です!」
キャスコがハルコのほっぺを、両手で包んで、ぶにっと押しつぶしてくる。
「ふぁ、ふぁにふんふぉ……?」
何するの……とハルコが尋ねると、キャスコは手を離して言う。
「……何を弱気になっているのですかっ。このくらいでへこたれちゃいけませんっ」
どうやらキャスコは、ハルコのことを元気づけようとしてくれているみたいだ。
「……まだ始まったばかりです。私たちの戦いはっ」
「キャスちゃん……うう……でも……でもぉ……おら自信ないよぉ。だってキャスちゃんみたいな美人さんでも駄目だったんだに? おらみたいなのじゃ……」
するとキャスコは、「もうっ」といって、ハルコの背後に回る。
「キャスちゃん……? ひゃんっ! な、なにするのっ?」
ハルコの胸を、キャスコが後からもんできたのだ。
「……こんなに立派な、私にない女の武器を持っているくせにっ。どうしてそんなに自信ないのですかっ?」
むにゅっ♡ むにゅっ♡
「ひゃっ♡ はぅ……♡ だ、だってぇ……。キャスちゃんみたいに、足細くないし。体もきゅって引き締まってないし」
キャスコがもむのを辞める。ハルコは背後をに居るキャスコを見上げながら言う。
「……それを言ったら、私はハルちゃんみたいにおっぱい大っきくありません。お尻も小さいです。私の方こそ、自信ありません」
キャスコは安心させるように笑いかけると、後からきゅっ……と抱きしめてくれる。
「……容姿に自信が無いのは、誰も一緒です。ハルちゃんだけがひとり、過剰に気に病む必要はありませんよ」
ふわりと、甘い匂いが鼻孔をつく。花のような良い匂いだ。スレンダーで、綺麗で儚げで、こんなにも美しい少女。
彼女でも、自信を喪失させることがあるんだと。ハルコはその発見に驚かされると同時に、キャスコに対して共感を抱いた。
この美少女もまた、自分と同じく、悩める女の子なのだと。
同じく悩めるこの子が、前を向いているのだから、自分も前を向こうと、そう思った。
「キャスちゃん……。うんっ、おら、ずくだす!」
「……そのいきですっ。一緒にずくだす、です!」
えへっと笑い合うキャスコたち。
「……幸いこの世界は一夫多妻制が当たり前。ハルちゃんと私、一緒にお嫁さんになることは可能ですっ」
「うんっ! 一緒にジュードさんのお嫁さんになろうねっ!」
とふたりはうなずき合う。
「同時にプロポーズされて、一緒の日に入籍するのって素敵だと思うんだけど、キャスちゃんどう思う?」
「……とっても素敵ですっ。そうなれるといいですねっ」
ふたりは現地人なので、改めて口にするまでもないが。
この世界は一夫多妻が当たり前である。王族だけじゃない、平民だって、一人の男と、複数の女性が夫婦になっていてもおかしくはないのだ。
しばし妄想をしたあと(結婚式はどこでするとか、ドレスはどうするとか)、キャスコは意を決して言う。
「……そのためにはハルちゃんっ! 私たちも、一歩前に出る必要があります!」
ソファに座るハルコたち。キャスコはぐっ……! と拳を握りしめる。
「……ジュードさんは少し鈍感です。それに私たちとはだいぶ年が離れてます。ジュードさんの中では、私たちは娘とか妹とか、そういう扱いになってるんだと思います」
「な、なるほど……。なおのこと相手にされてないってことだに?」
そうそう、とキャスコがうなずく。
「……私たちは年齢というハンディがある状態です。ですがここで落ち込んでいては、いつまで経ってもハルちゃんとウエディングドレスは着れないのです!」
キャスコの言葉に、確かにと強くうなずくハルコ。
「……ハルちゃん、ここからは攻めのターンです。待っていては駄目。ガンガン攻めていかないとっ。私たちの好意に、ジュードさんは気づいてくれませんっ」
「そ、そうだねっ! この半年でよ~~~くわかったよ!」
男女が一緒のベッドで寝たというのに、手を出されなかった。その事実が、ハルコたちのやる気に火をつけたのだ。
やばいと。これは、本気でかからないと、いかん! と。
「……攻めましょう、ハルちゃん」
「うん!」
「……がんがんいきましょう!」
「うんっ!」
「……では手始めにほっぺにチューからしましょう!」
「うんっ! ……って、ええええええ!?」
ハルコは目をむいて叫ぶ。キャスコは真剣な表情で、しっ……! と口の前に指を立てる。
「きゃ、キャスちゃんそれはちょっと攻めすぎじゃ……?」
「……そんなことないです。いきますよ、ハルちゃん!」
キャスコがハルコの手を引っ張って立たせる。
この薄幸の美少女、見た目の繊細さに反して、結構積極的だなぁ……と。
ハルコは怖じ気ずきそうになる。だがキャスコが手をがしっとつかんで、ずんずんと進む。
目的地は、ジュードのいるベッドだ。
彼はまだ、安らかな寝息を立てている。
キャスコとハルコは、彼を間に挟むようにして座る。
「……ハルちゃん! ジュードさんが目覚める前にしますよ!」
「で、でもキャスちゃん……。ジュードさんが寝ている間に、ちゅーすることに何の意味が……?」
「……この先も気合い入れてアタックしていきますよっ、という決意表明です。というか寝ている相手のほっぺチューくらいできないで、相手を惚れさせることができるとでもっ?」
キャスコは本気だ。マジの目をしていた。
「そ、そうだね……。うんっ、おらもそう思う!」
ほんとはちょっぴり【この子なにいってるんだろうか?】と思ったが、雰囲気に流されるハルコであった。
「……じゃあハルちゃん、1、2、3でですよ」
「うんっ!」
キャスコたちは、ジュードの顔をのぞき込む。
「……いいですか。いち、にぃ……」
キャスコがジュードに、顔を近づける。ハルコも体を熱くしながら、顔を近づける。
大丈夫……相手は寝てるんだ。寝ているから気づかない。絶対に気づかないんだ!
「さんっ」「えいっ」「ん?」
「「え?」」
ちゅっ♡
……。
…………。
…………やってしまった。
「「「え?」」」
その場にいた三人とも、目を丸くする。
そう、三人だ。
ジュードはなんと、ハルコたちがキスをする、ちょうどそのタイミングで目を覚ましたのだ。
ばっちりと、見られてしまったのだ。
ハルコと、キャスコが、ジュードのほっぺにキスをするところを。
「え? え? ど、どうしたの……? ふたりとも……?」
眼下で困惑するジュード。
「あわ、あわわわわわっ! きゃ、キャスちゃんどうしよう……!?」
そう、頼りになるのは年上のこの女の子だ。
なにせ年上だし、結構大胆だ。
こういうピンチもなんなく切り抜けてくれるだろう。
「はわ、はわわわわわ……」
しかしキャスコも顔を真っ赤にして動揺していた。いやお前もかい……!
「ハルちゃん? キャスコ……?」
ジュードがこっちを見てくる。ハルコは立ち上がり、キャスコの手を引っ張る。
「し、失礼しましたぁあああああああああああああああああ!!!!」
ハルコはキャスコの手を引っ張って、その場から全速力で逃げた。
へたれ? うるせえ! 言ってろ!
と心の中で叫びながら、ハルコはキャスコを連れて、ジュードの居る部屋から離脱したのだった。
これにて三章終了。四章へ続きます。
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