22.英雄、ロリ王女から求婚される
街を囲っていたザコ敵を殲滅した、その日の午後。
ランチタイムの忙しい時間を超えた、喫茶店ストレイキャットには、まったりとした時間が流れていた。
「暇だなー」
俺は店内のテーブルを、布巾で拭きながら呟く。
店には客が誰もおらず、店員しかいない。
カウンターでは、バイト少女ふたりが、お皿を洗っていた。
「……そういえばハルちゃんは、どういう経緯でここで働くことになったんですか?」
白髪の美少女、【賢者】キャスコが、となりに立つ少女に、見上げて言う。
「えへへ~♡ キャスちゃん、聞きたい~?」
「……はいっ、聞きたいです」
濃い桜色の髪の毛をした少女が、笑いながら言う。
「おらがここに来たのが半年前で、そのとき財布を落としちゃったんだに」
少女がちらっと俺を見て、えへっ♡ と笑う。
彼女は女性にしては、背がやや高め。骨格もしっかりとしている。
卵形の顔に、まんまるな青い目と、ぱっちり二重。ぷくっとした小鼻が愛らしい。
そして特徴的なのは、その大きすぎるおっぱいだ。自己申告でGカップ(本当はHカップらしい)の大きな胸が、体を動かすたびたぷたぷと揺れる。
「その財布、全財産入ってて、おらもう大パニックで。周りしらん人ばっかだし、こりゃもう終わったー……って思ってたところに!」
「……ジュードさんが助けてくれたんですねっ」
「そうっ! はぁ~♡ あのときは王子様が来たーって思ったんだにぃ~……」
うっとりとした表情を浮かべるハルコ。
「それでねそれでねっ、お金なくって困ってたら、うちで働かないかって!」
「……まぁ♡ 素敵な出会いかたですね。うらやましいです♡」
「えっへ~♡ でしょ~♡ もー、そのときからおら、ジュードさんのことが……えへへ~♡」
ハルコが俺を見て、ふにゃふにゃと笑う。笑うとえくぼができる。かわいいなぁ。
「……いいなぁ。うらやましいです。素敵だなぁ」
「キャスちゃんはどんな感じだったに?」
「……えへへっ。聞きたいですかっ?」
「ききたーい!」
ふたりが仲睦まじく、お皿を洗っている。俺はちらっとキャスコを見やる。
過去を話すのは良いけど、あんまり……いや、やめておこう。女子二人が楽しそうに会話しているのだ。
そこに水を差すのは、やぼってもんだ。
キャスコはちらっと俺を見ると、大丈夫、とでもいいたげに笑う。ほら向こうだって、ちゃんとわかってるんだってば。
「ふぅー……。今日も平和ですなぁ」
テーブルを拭き終わり、一息ついたそのときだ。
からんからん♪
「いらっしゃー……い。って、お、ピリカじゃんか。久しぶりだなぁ」
そこにいたのは、銀髪の幼女だった。
真っ白なコートに、頭に高そうなティアラをつけている。
鼻の頭をまっかにしている。目は大きく、ちょっとつり目だ。空に浮かぶ月のように、その目はらんらんと、黄金に輝いている。
彼女こそ、人間国ゲータニィガ、その第三王女、ミラピリカである。
「じゅ、ジュード! ひ、ひさしぶりじゃなっ!」
やや古風なしゃべり方の、10歳児が、俺を見て言う。
顔を真っ赤にして、眼に涙を浮かべながら、ぷるぷると震えていた。
「おう。ん? どうしたピリカ? 熱でもあるのか? 顔真っ赤だぞ?」
「ち、違う。心配かけてすまぬな……。きょ、今日は非常に重要な用事があって……やってきたのじゃ」
ピリカが俺のそばまでやってきて、俺をきっとにらむ。
「重要? 前みたいに王都に帰ってこいーってのは、なしだぜ?」
先日、ピリカはお供のキャリバーを連れて、この喫茶店へやってきた。そして王都に帰ってこいと言ってきた。
またその件かと思ったのだが……。
「今日は別件じゃ、とても、とても重要なお願いをしに来たのじゃ」
「ふぅむ、ま、座れよ」
俺はピリカを席に座るよううながす。
「いや! まずは言わせてほしいのじゃ」
ピリカは、震える声で、
「じゅ、ジューダス」
顔を、耳の先まで真っ赤にして、
「わ、わらわのお婿さんに、なってくれ!」
と言ってきたので、
「…………。あー……。うん。とりあえず、落ち着こうか。ハルちゃん、コーヒーを……」
バイト少女にコーヒーを頼んだのだが。
「あば……あばばばばばばば!!!!」
がくがくがくがく、とハルコが青い顔をして、震えている。
「た、ただでさえライバル多いのに! お、王女様がががががががが!」
なんだか知らないが、ハルコがバグっていた。
「キャスコ。コーヒー頼む」
「……はい♡」
一方でキャスコは、にこやかに笑うと、コーヒーの準備をする。
キャスコの方が年齢が上だ(17歳。ハルコは15歳)。
さすが年長者。落ち着きがある。
キャスコはコーヒーを入れて、マグカップを持って、俺たちのテーブルへとやってくる。
がたがたがたがた…………!
「…………」
かちかちかち…………!!
がッ……!
「あっ……!」
ぱりーん!
「……す、すみません」
床に落ちたカップを、慌ててキャスコが拾い出す。俺は「危ないからいいよ」といって、割れた破片を拾う。
キャスコには新しいコーヒーを入れてもらい、それを俺が持っていく。
……かくして、王女がうちに求婚? しにやってきた。
なのだが、ハルコもキャスコも、どうしたというのだろうね?
子供の言っていることを、まさか真に受けてるのだろうか?
☆
いつもの窓ぎわの席。
10歳の第三王女、ミラピリカことピリカが、座っている。
真剣な表情で、俺を見上げてくる。
「で、さっきの話はなんだったんだ?」
「うむ。キャスコがウチをやめたのは知っておる……そしてその理由を、オキシーから聞いたのじゃ」
確かグスカスのやつが、強権発動して、キャスコをクビにしたと聞いた。
「キャスコがおぬしのもとに、嫁ぎに行ったと、聞いたのじゃ!」
「おい」
あの女騎士さんは、いったいこの王女殿下に、何を吹き込んでるのだろうか。
「……ななな、何を言ってるんでしょうかっ。違いますからっ。ねぇジュードさん?」
キャスコがクビをふるいながら、しかし口元をニヨニヨと緩ませつつ言う。
「ああ。キャスコは仕事クビになって、俺の元にバイトしに来たんだぞ。嫁ぎにきた? バカ言っちゃいけない。こんなかわいい女の子が、俺みたいなおっさんとこに嫁に来てくれるわけないだろ?」
俺がハッキリと、ピリカに言う。
「で、でーすよねー……」
キャスコが死んだ目をしながら、乾いた笑みを浮かべる。「キャスちゃん! しっかりして! 傷は浅いよー!」とハルコがなんか、キャスコを抱きしめてよしよししていた。
どうしたのだろう?
まあいい。
「うむ、わらわもオキシーの冗談だとすぐに理解できた……。じゃが、問題はそこじゃないのじゃ」
ピリカが自分の胸の、心臓のあたりを、手で押さえる。
「わらわはキャスコが嫁ぐという話を聞いて、胸がきゅーっとなったのじゃ。おぬしがどこか遠くに行ってしまう気がしてな……そして、そして気づいたのじゃ!」
ばっ……! とピリカが俺を見上げる。その顔は、湯気がでそうなほど真っ赤だった。
「これは恋であると……わらわはおぬしに、け、懸想してるのではないかとっ!」
目をキラキラさせながら、ピリカが俺に言う。
「ふぅむ……そっかー……」
俺のことを、好意的に思ってくれていることは嬉しい。だがなぁ……。
俺はピリカの真っ赤な顔を見やる。興奮しているのか、ふすふすと鼻息が荒い。
たぶん、ちょっとハイになっているのだろう。こりゃいかんね。
よし。
「ありがとう、俺嬉しいよ」
俺は手を伸ばして、ピリカの頭をよしよしとなでる。
「で、ではさっそく式の準備をしなければなっ! 玉藻やアルシェーラなどを呼んで、国を挙げて盛大に祝わねばっ!」
うきうきるんるん、とばかりに、声を弾ませるピリカ。
「そうだなぁ。けどピリカ。まずはコーヒーを飲もう」
「う、うむ? なんじゃいきなり」
「まあまあ。飲めよ。落ち着くぜ?」
俺はピリカにそういう。彼女は素直に、俺の言葉に従った。
両手でカップを持って、こくこくと飲む。
その背後で、「……私たち、10歳児に負けたんですね」「うう……キャスちゃん……今日はお酒飲もう! 朝まで付き合うよ!」「ハルちゃん……!」となんだか知らないが、抱き合って泣いていた。なんだろね?
ピリカがコーヒーを飲み終わる。
「飲んだぞ?」
「そして深呼吸をしよう。はい、すってー、はいてー」
俺の声に会わせて、ピリカがすぅはぁと深呼吸する。
しばらく呼吸させる。その背後で、「……ハルちゃん。私もう恋なんてしません。これが一生の恋だったんです」「わかるよキャスちゃん……おらも……おらも……うわーん!」とまだ抱き合って何ごとかを言っていた。仲いいなー。
ややあって、ピリカが深呼吸を終える。
顔の赤いのが、直っていた。その目にいつもの、理知的な光が戻っている。
うん。
「なぁピリカ。おまえ今いくつだっけ?」
「わらわは10歳だが?」
「そうだよなぁ。まだ10歳だ。まだ10年しか生きてないのに、一生の伴侶をそう簡単に決めるのは、良くないと思うぞ」
俺は王女を見ながら言う。
「まだ10年しか生きてないのに、この人しかいないと決めつけるのは、視野狭窄もいいところだよ」
「しかし……おぬし以上の男子は他におらぬよ」
なんとも高評価だった。嬉しいぜ。だがそこは別の話だ。
「それが視野が狭いって言ってるんだ。この先本当に何があるかわからない。素敵な出会いは絶対にある。そのときに、おまえはここで俺と結婚したら、きっと後悔することになる。結婚を決めるのは早計すぎたってね」
「そんなことは……!」
「ないとは言い切れないだろ?」
「それは……そうじゃけど……」
すねたように、ピリカが言う。
「……おぬしは、わらわのことが嫌いなのか?」
子供のようなその仕草が、実に愛らしかった。
俺はピリカの頭をポンポンとなでる。
「嫌いじゃないよ。好きって言われて嬉しかったし、結婚してくれって言われたときはおーまじかー、玉の輿じゃんって喜んだよ。けどやっぱりちょっと決めるのは早すぎるよ。落ち着きなさい」
「うむ……」
ピリカが目を閉じてうなずく。
「俺は別におまえが嫌いじゃない。だからこそ、俺はおまえの幸せを思っている。だからこそ言うんだ。落ち着けってさ。よく考えなさいってさ」
俺はピリカから手を離す。
「結婚は重大な決断だ。その決断を、冷静じゃない状態でするのは良くないよ。確実に後悔する。賢いお前ならわかるよな?」
「うむ……そうだな」
ピリカはぺこっ、と頭を下げた。
「すまぬ、ジュード。おぬしが取られるかもと思って、焦っていた。冷静ではなかったのじゃ」
ほら、この子は賢いんだぜ。ちゃんと間違いを認められる子なのだ。
「気にすんな。焦って冷静な判断ができないことってよくあるからさ。そういうときは周りの人に相談するといいぞ。キースとか、グスカスとかな」
俺が言うと、ピリカはこくりとうなずいた。その背後で「……ハルちゃん!」「キャスちゃん!」ふたりが肩を組んでジャンプしていた。すっかり仲良しさんだなー。
「わかった。……けど、キース兄様はともかく、あのバカ兄には相談したくない」
くしゃ、っと顔をゆがめて、ピリカが言う。
「バカ兄って……おまえなぁ。自分の兄貴のこと、そんなふうに言うのはよくないぞー」
ピリカはぶんぶん! と首を振る。
「いいのじゃ、あんな愚か者。バカ兄で十分じゃ」
「愚か者って……そうかなぁ。グスカスは未熟なだけだと思うぞ。あとちょっと頭に血が上りやすいとこが玉に瑕だけど」
するとピリカが目をむく。
「おぬし……あのバカ兄を恨んでないのか?」
「うらむ? なんで」
ピリカがよくわからないことを言っていた。まあグスカスにパーティ追われたけど、それで別に俺、不利益を被ってないし。
恨むどころか、むしろ平民生活を送るチャンスをくれて、感謝すらしてるぜ。
という旨を伝えると、ピリカは苦笑しながら、
「こりゃ器が違うのじゃ……。さすが、真の英雄じゃ」
どこか誇らしげに、ピリカが言う。
「あのバカ勇者とは物が違う」
「だからなー。あんまそういうこというなってばー」
☆
その後俺は、ピリカの仕事の愚痴や、苦労話を聞いた。
王都を離れた俺にとって、それらは新鮮な話題だったので、聞いていて苦では全然なかった。
その中に、気になる話題があった。
「そういえばバカ兄は、父上からも最近、愛想尽かされかけているんじゃ」
「え、なんで?」
「キャスコをクビにしたからじゃ」
ピリカは背後の、カウンターを見やる。「……ハルちゃん、頑張りましょう。まごまごしてたら誰かに取られちゃいます!」「そ、そうだに……おら、ずくだす! ずくだせおらー!」「……ずく?」「頑張れって意味だに!」
仲睦まじい二人を見て、ピリカが俺を見やる。
「将来有望な魔術師であるキャスコをクビにした。その理由が、一時の感情にまかせてということで、父上は相当、頭にきたらしいのじゃ」
「あー……まあ、アイツもカッとなるとこあるからなー」
グスカスは、前衛としては申し分ないくらい強いが、ちょっと感情的になりすぎるところあるからな。
「バカ兄に甘い父上でも、今回の件は相当腹に据えかねてるらしいのじゃ。父上がバカ兄を怒っているところを見たのは、今まで10年生きてきて初めて見たのじゃ」
「そりゃ珍しい。俺も今まで一度も見たことないよ」
国王グォールは、第一王子をたいそうかわいがっていたからなぁ。
「そういえばキャスコが抜けた穴ってどうなったんだ?」
「幸いにして、キース兄様が連れてきた優秀な魔術師が代わりを務めておる。それでなんとかなっておるのじゃ」
「おー、やるねえキース。さすがだ」
キースは人望に厚い男だからな。色んな知り合いがいるだろう。
「うむ……父上もたいそう喜んでおった。キース兄様をべた褒めしておったな。バカ兄は凹んでおった。いい気味じゃ」
ふんっ……! と鼻で笑うピリカ。俺は……ピリカの頭を、チョップする。
「あいたっ」
「ピリカ。そういうのよくないぞ」
よしよし、とピリカの頭をなでる。
「いい気味とか言うなって。何回も言ってるけど、グスカスはおまえの兄貴なんだ。身内なんだぜ? 身内の不幸を笑うのは、おっさん良くないって思うなぁ」
「うう……すまぬ……」
しゅん、と第三王女が肩をすぼめる。
「別に怒ってないから。けど発言にはもうちょっと気をつけた方がいい。おまえは第三王女。人の上に立つ人間だからな」
「うむっ! おぬしの言うとおりにするー!」
にかーっと子供らしく、無邪気にわらうピリカ。この子は本当に素直な良い子だ。
「しかし……ふぅむ、グスカスは相当参ってるようだなぁ……」
「そうじゃな。最近やつれておったが、ここのところは特に酷いな」
「ちゃんと飯食ってるのかな?」
「今は自分の部屋で謹慎しておる。外に出ることを許されてない。召使いたちが部屋に飯を運んでいるようじゃが、マズいと言って手をつけておらぬようじゃ」
そりゃ困ったな……。
ふぅむ……。
「ちょっと待ってな」
俺は立ち上がって、いったんカウンターへ行く。棚に飾ってある菓子パンの中から、【それ】を手に取る。
その後コーヒーを煎れて、牛乳と混ぜ、そこに蜂蜜をたっぷりと入れる。
それを瓶に注ぐ。菓子パンは紙袋に入れる。そして俺は、ちょっと考えて【それ】にメッセージをさらっとかく。
すべてを紙袋の中に入れて、俺はピリカの元へ行く。
「ピリカ。これ、グスカスに渡しておいてくれない?」
パンとそのほかが入った紙袋を、俺はテーブルの上に置く。
「…………」
「まあそう嫌そうな顔すんなって。たのむよ」
ピリカは沈思黙考し、やがてはぁ……とため息をつく。
「了解した。グスカスにしかと、渡しておくのじゃ」
「恩に着るぜ」
ピリカは【インベントリ】の中に、紙袋を入れる。この中に入っていれば、食べ物は劣化しないし、温かさを失わない。
ややあって、ピリカは立ち上がる。
「それじゃ、わらわはこの辺で失礼する。仕事があるゆえな」
「ああ、またいつでも来てな」
ピリカはドアを開けて、外に待たせていた馬車に乗り、王都へと帰っていった。
かくして、王女は求婚に来たけど、冷静さを取り戻し、おとなしく帰って行ったのだった。
励みになりますので、よろしければ下の評価ボタンを押していただけると嬉しいです!




