02.英雄、追放されウキウキする
魔王を倒した俺たち。
魔術師キャスコのスキル【最上級転移】を使って、ゲータニィガ王国の王都へと帰還した。
王は俺たちパーティを褒めそやした。そして話があると、俺だけひとり残された。
王様から【追放宣言】を食らってから、数十分後。
俺は王城内にある、俺の私室にて、荷物をまとめていた。
ーーコンコン。
「どうぞー」
「ジューダス、すまない邪魔するぞ」
「キャリバーか。どうした?」
女剣士が部屋に入ってくる。暗い表情をして、俺の元へとやってきた。
「ジューダス……。本気か?」
彼女が俺を見上げる。
「本気って?」
「だから……国王からの提案を、おまえは飲むというのかい?」
「ああ。ん? どうしておまえがそれを知っているんだ?」
あの場には俺と国王、そして勇者しかいなかった。キャリバーが俺の【パーティ追放】の件をしってるわけがない。
「悪けど、聞き耳たてさせてもらったよ。気になったんだ。ボクらを外に出して、君だけが残されたからね」
「なるほどなあ……。じゃあ知ってる訳か」
キャリバーは沈鬱な表情でうなずき、重々しく口を開く。
「どうしておまえが、魔王討伐の手柄を勇者に譲って、勇者パーティから追放されないといけないんだ?」
キャリバーの問いに、俺は返す。
「ん? 国王の言っていたこと聞いてたんじゃないのか?」
「聞いていたさ。ただあまりに理不尽すぎて、耳を疑ったんだよ!」
キャリバーが声を荒げる。
「なんだよ! 意味分からないよ! なにが【息子が世界を救ったことにしてくれ】だよ! その息子が、まっさきに敵前逃亡したくせに!」
「まあ、勇者……グスカスも怖かったんだろ。あの魔王、おっかなかったしなぁ」
勇者。女神から信託を受け、魔王を倒す使命と【技能】を与えられた存在。
そしてその勇者は、このゲータニィガ王国の国王。その息子なのだ。
つまり、勇者グスカスは国王の息子、王子なのである。
「まあ落ち着けキャリバー。グォール国王の言い分もわかるだろ」
「わからないよ! なにが、【魔王は勇者が倒さねばならない。だのに勇者ではないおまえが倒した。これはまずい。他国家や民たちに示しがつかない】だよ!」
いつも冷静なキャリバーが、珍しく声を荒げていた。
「なんだおまえ。俺のために怒ってくれてるのか?」
からかうつもりでそう言ったのだが、
「当たり前じゃないか!」
とマジで怒られてしまった。ううむ、おっさんのジョークは、若い子には通じないようだ。
「……どうしてだよぉ、いいじゃないか、誰が魔王を倒したって」
ぐすぐす、とキャリバーが鼻を鳴らす。俺は彼女に近づいて、肩をポンポンとたたいた。
「んー、まあ俺もそう思うけど、国王の言い分もわからんでもないじゃないか。こんな冴えないおっさんが魔王を倒したよりも、勇者が魔王を倒したってするほうが、聞こえが良いだろ」
「ジューダス……。おまえは、平気なのか?」
「ああ。それにおまえも言ってただろ、いいじゃないか、誰が世界を救ったかなんてさ」
過程はどうでもいいじゃないか。世界は平和になったという事実が重要なのだ。
「けど……おまえがパーティを追放される必要は無いだろ?」
「あれ、話最後まで聞いてたんじゃないの?」
「聞いていたが……あまりに、あまりに理不尽すぎて。それに、それを受け入れたおまえのことも、正気とは思えなくてな」
「ひでぇなぁー」
まあ確かに俺も聞いたときは、思わず何言ってるんだこいつって思ったけど。
キャリバーは、歯がみしながら言う。
「……あのくそったれ勇者は、魔王城からオメオメと逃げ出した。勇者の【技能】高速移動を使って、ここまで超スピードで逃げ帰ってきた」
勇者にも【指導者】や【剣士】たちと同じで、固有の【技能】を持っている。
高速移動は、人間では考えれない速度で移動できるという、脚力増強のスキルだ。
勇者グスカスは、俺たちが激戦を繰り広げている間、ゲータニィガ王国南端にある魔王城から、北端にあるここ王都まで逃げてきたわけだ。
キャリバーが続ける。
「グスカスが無様に逃げる様を、道中の多数の人間たちに、目撃された。途中で休憩も挟んでいたらしく、街に寄ったりもしたらしい。……目撃者がたくさんいたんだ」
ぎり……とキャリバーが歯がみする。
「魔王城から逃げ帰る、【指導者】ジューダスの姿を」
「いやぁ、すげえな【外見詐称薬】って。これも【大穴】から漂流してきた異界の魔法道具なんだろ?」
まあいろいろ専門的な用語を使ったが。ようするに、異世界のマジックアイテムを使って、グスカスは姿を変えていたのだ。
勇者グスカスではなく、指導者ジューダスへと。外見を変える不思議な薬を使って。
「あいつこっすいよなぁ。勇者がおめおめ逃げたら問題になる。だから他人のふりして逃げるんだから」
「……おまえは、おまえはぁ!」
キャリバーがキレた。俺は「落ち着け落ち着け」となだめる。
「なにのほほんとしてるんだよ! 自分の名誉が毀損されたんだぞ!」
「だろうなぁ。魔王城では激戦のまっただ中。そんな中一人逃げる指導者ジューダス。早晩、裏切り者とか言われるようになるだろう」
「そうだよ! 現にもう裏切り者ジューダスって認識され始めてる! けど今ならまだ間に合う! 逃げたのは勇者グスカスだって! 魔王に立ち向かった真の英雄はジューダスだって!」
キャリバーは涙を流しながら、俺の胸板をぽかぽかとたたく。
「どうして受け入れるんだよ! 裏切り者の汚名を、なにあっさり受け入れてんだよ!」
「……泣いてるのか?」
「泣いてるよ! 当たり前じゃないか! どうして、どうしておまえが裏切り者扱いされないといけないんだよぉ……」
ぐすぐす……と子供のようにキャリバーがなく。いや、子供か。この子もまだ16かそこらだった気がする。
「キャリバー。しかたねえんだよ。指導者ジューダスが逃げ帰る姿は、多くの人間たちに目撃されている。ここで勇者が姿を偽って逃亡したとなれば、さらに大問題になる」
加えて。
「グスカスは国王の第一王子だ。一国の王子がそんな汚いまねして逃げたとなったら、この国の評判はがた落ちになる。そうなるとこの国に暮らすみんなの評判が落ちちまう。それが嫌だったんだよ」
「ジューダス……」
「賢いおまえのことだ。わかってくれるだろ?」
「…………」
俺はキャリバーの頭をよしよしとなでる。
「勇者が魔王を倒し、ジューダスは裏切り者。裏切った罪で勇者パーティを追放された。その方がみんな納得してくれるだろ」
裏切り者が罰せられずにいたら、さすがに国民たちは不満を抱くだろうしな。
「……ジューダスは何も悪くないだろ」
「ん。まぁー……。ううん、まあそうなんだけど、まあ……いいじゃん。結果的に俺一人が濡れ衣を着れば、みんなハッピーになれるんだからさ」
俺一人、裏切り者の烙印を押されるだけで、国の評判も、国民の名誉も、守られる。
ならそれでいいじゃあないか。
「それにさ、悲観することじゃない。これはな、好機なんだよ」
「……は?」
俺の腕の中で、キャリバーが信じられないような顔をして、俺を見やる。
「……何を言ってるんだおまえは?」
「だから、チャンスだよチャンス。普通の生活を送るな」
俺はキャリバーの頭をなでながら言う。彼女は嫌がることなく、俺にされるがママになっていた。
「おまえも知ってるだろ。俺は孤児だ。赤ん坊の時に傭兵団のリーダーに拾われてな」
「ああ。それで傭兵団にくっついて、あちこち放浪していたんだろ?」
俺の事情は、パーティメンバーたち全員が知っている。飯食うときに雑談とかでな。
「15歳で光の女神ノア様と闇の女神アルト様から【指導者】のジョブとスキルをもらった。そんで勇者にくっついて魔王を倒せって使命をもらった」
「……知ってるよ。だから何?」
「その後も魔王退治のために訓練だなんだって忙しくてさ。普通の生活ってやつに、憧れてたんだよ」
パーティを追放された俺には、もうしがらみが何をもなくなった。
「名前を変えて、辺境の田舎で暮らそうと思ってるんだ。そこで普通の生活を送ろうって、人生を再スタートしようとってさ」
「…………」
「正直英雄としての名誉なんて、俺はこれっぽちもほしくない。それよりは田舎で平民として、普通に、平穏に暮らす。そっちの方が良いんだよ。だから言ったんだ、チャンスだって」
キャリバーが、あきれたような、怒っているような、そんな表情になる。
「おまえは……なんというか、馬鹿だな」
「ひっでえ」
俺たちは笑い合う。
「そういうことなら、ボクは止めないよ」
「ん。サンキュー」
俺たちは抱擁をとく。
「もう出て行くのかい?」
「ああ。荷物はおいて、身一つで田舎へ行こうと思う」
「具体的にどこへ行くの?」
「南に下ったところにある【ノォーエツ】って田舎町に行こうと思うんだ」
「これはまた……ド田舎だね」
「その方がゆっくりできるかなって思ってさ」
俺は部屋の窓の近くへ移動する。
「路銀は?」
「魔王を倒した報酬は全額没収されたけど、結構貯蓄があるからさ。心配ないよ」
キャリバーは俺のそばによると、【ステェタスの窓】を開く。
操作した後、その手には革袋が握られていた。
「あげるよ」
「これは?」
「魔王を倒した報酬。ボクのぶん。受け取って」
キャリバーが革袋を、俺に押しつけてきた。
「これ、マジック袋っていって、これも異界の魔法道具でさ。小さいけど、なかにはたんまり金貨が入ってる。たぶん、一生働かずにすむくらいの」
「そんな……いらねえよ」
キャリバーが笑顔で首を振るう。
「受け取れ。これはボクからの餞別だ。受け取ってくれないとボク、怒るからね」
袋の中身がどのくらいは知らない。けど相当なものだろう。それをこの子はくれるという。
受け取れない……けど、もらってくれと言ってくれているのだ。俺が困らないようにって、配慮してくれてるんだ。
「わかった。ありがとな」
俺は笑って、それを自分の【ステェタスの窓】を開き、【インベントリ】の中に収納する。
「それじゃ、キャリバー。俺はそろそろ出るよ」
「賢明だ。今頃オキシーやキャスコたちが、おまえを探しているだろう。また出発が遅れてしまう。だからいけ」
俺はうなずく。
「落ち着いたら手紙だすよ。それと、ふたりにはごめんって伝えておいてくれ」
「面倒な役目だ。……だが、承知した」
キャリバーが手を出す。俺はその手を握りかえす。
「また会おう」
「ああ、またな」
そう言って、俺は窓を開けて、そこから飛び降りる。結構な高さがあったが、なにせ体は無駄に丈夫なのだ。
俺はその足で、南へ向かって走り出す。
行き先は【ノォーエツ】。辺境の街。そこで俺は名前を変えて、新しいスタートを切るのだ!
……と思っていたのだが。
半年後。ノォーエツの街にて。
「ジューダス! ここにいたのか! さがしたのじゃ!」
「……姫。ミラピリカ姫。どうしてここに?」
「キャリバーに居場所を聞いたのじゃ! ジューダス、おぬしを連れ戻しに来た!」
次回もよろしくお願いします!
励みになるので、下の評価ボタンを押してくれると嬉しいです!