17.英雄、勇者パーティの少女たちと再会する
商業ギルド長が来た数日後。
この日も外は大雪で、客は一人もいなかった。
俺はバイト少女のハルコに店番を任せ、屋根の雪下ろしをして、帰ってきた。
「ただいまー。ふぃーさみぃ~」
店内は暖かい。部屋中央に置いてあるだるまストーブが、実に心地よい暖かさを提供してくる。
「ジュードさんっ♪ おかえりなさいっ」
俺が帰ってくると、ハルコがパタパタと、俺の元へ向かって歩いてくる。
「ただいまハルちゃん。店番任せてごめんね」
「いえいえっ! お客さん来なかったですし」
「まぁこの大雪じゃあねえ」
どんどんと外には雪が積もっている。
「雪下ろしご苦労様でしたっ」
「いえいえ」
あれって雪が降ってても下ろさないと、下の層が凍っちゃうから、さっさと雪を下ろさないといけないのである。
たとえ雪が降っていても、だ。
「あ、ジュードさん。頭に雪が付いてますよっ」
ハルコはニコニコと笑うと、手で俺の頭と肩の雪を払ってくれる。
「ありがとね、ハルちゃん。なんだか若奥様みたいでかわいかったよ」
「!」
ハルコが顔を真っ赤にし、ほっぺに手を当ててうつむく。
「そ、そんな……奥さんだなんて……お、おらがジュードさんの奥さん……♡」
「あ、うん。冗談だよ」
「……えへへ、あなた、お帰りなさい♡ 今日は寒いからお鍋作りました。先にお風呂にはいってから……え、い、一緒に入りたいだってぇっ♡ もぉしょうがないひとだにぃ~えへへ~♡」
ハルコがなんだか、小声でブツブツとつぶやいていた。なんだろうか。
しかし奥さんうんぬんは、ちょっとセクハラだったかな。反省しなければ。
「しかしハルちゃん、こう雪がどかぶりだと、客今日来ないよね」
「そうですねー。常連さんも来てませんし」
「うーん……。これ店開けててもしょうがないよな」
うん、よし。
「ハルちゃん、今日はもう店じまいにしようか」
「いいんですか?」
俺はうなずいて答える。
「開けててもひと来なさそうだし。今日はお休みにして、のんびりしようか」
「! は、はいっ!!!」
ハルコが元気よくうなずく。
「じゃあ今日は、ジュードさんと室内でふたりっきりってことですね!」
「え、ああ……タイガは寝てるし、シャーリィは出かけてるしなぁ」
ハルコが顔を輝かせる。
「……じゃあおらが、ジュードさんを独り占めできるってことだにぃ~♪ しあわせ~♪」
ハルコがふにゃふにゃと顔をとろかせて、えへへと笑っている。小声で何言ってるか聞こえなかったけど。
「ジュードさんっ。じゃあお店の看板【CLOSE】にしてきますね!」
ハルコが元気いっぱいにそういう。俺がうなずくと、ハルコは出入り口に向かう。
「ひゃっほー♪ あーしあわせ! えへへふたりきっりの時間だにー!」
と、そのときだった。
からんからん♪
「「「ジュードさんっ! おひさしぶりですー!!」」」
ドアが開いて、そこには懐かしい顔ぶれがいた。
「おー、みんな。久しぶりだな」
入ってきたのは、元・勇者パーティの前衛メンバー。
剣士キャリバー。騎士オキシ-。そして魔術師キャスコ。
勇者グスカス以外の、パーティメンバー全員が、せいぞろいしていた。
「どうしたんだ、おまえら?」
彼女たちは雪を振り落としながら、カウンター前までやってくる。
「えへへっ! 今日は休暇っす!」とオキシー。
「……なのでみんなで休暇をあわせて、ジュードさんのコーヒーを飲みに来ました」
とキャスコ。
「と、いうことだジュード。美味いコーヒーを頼むよ」
キャリバーが笑いながら言う。俺はうなずいて返す。
「ハルちゃんごめん。今日はもうちょっと店を……って、ハルちゃん?」
ハルコが出入り口付近で、しゃがみこみ、頭を抱えいた。
「……またかっ、また女の人だにっ! しかも美少女だにっ! あ゛ーーー!」
と小声で何かを叫んでいた。なんだろうね。
ともあれ、俺の店に、元・勇者パーティのメンバーたちが遊びに来たのだった。
☆
店内には、久しぶりに勇者パーティがせいぞろいしていた。まあ、グスカスはいないんだけど。
俺は彼女たちを、窓際の席に通す。
温かい飲み物を入れる。
「ジュードさん、運んできます」
ぱたぱた、とハルコがやってきて、コーヒーなどを持って行こうとする。
「ん、お願いね」
「はいっ!」
ハルコはお盆に、カップを置き、キャリバーたちのもとへ運んでいく。
「ど、どうぞっ!」
ハルコが三人の前に、カップを置く。彼女たちはありがとうと言って、それぞれ飲み物を手に取る。
「しかしジュードさん。ひっでえすよ!」
最年少のオキシーが、ぷんぷんとほおを膨らませる。
「アタシらに黙っていなくなっちゃうなんてっ! これはせっきょーもんっす! こっち来てくださいっす!」
こいこい、とオキシーが手を振る。俺はカウンターを出て、彼女たちの元へ行く。
「座ってっす!」
俺は空いてるイスに腰掛ける。
「あー、ちゃうちゃう! アタシの隣に座ってってことっす!」
オキシーは座っているイスを、半分スペースを空けて、となりをぺちぺちたたく。
「……しーちゃんずるいです。ジュードさん、私のとなりにどうぞっ」
キャスコはぷくっとほおを膨らませた後、自分もスペースを空けて、にっこりと笑って俺に言う。
「キャス姉さんずりっす! アタシのほーが先だったの!」
「……関係ないです。どこに座るのかは、ジュードさんが決めることです。ね、ジュードさん♪」
ふたりが俺を見て言う。
「あー……ここでいい?」
「よくねーっす! アタシのとなりー!」
「……わたしのとなりじゃ、お嫌ですか?」
潤んだ目のキャスコを見ていると、申し訳なくなる。
「ふたりとも落ち着きなよ。一人がけのイスに二人が座れるわけないだろ?」
最年長のキャリバーが、冷静な判断を下す。
「アタシお尻ちっちゃいから座れるっす。キャリー姉さんと違って」
「おいこら。ボクはお尻おっきくないぞ!」
「でっけーすよ。胸も尻もでっけーくせに。その胸と尻でジュードさんをいつもゆーわくしてたくせにー」
「し、してないよ! ボクはそんなことしてないよ!」
顔を真っ赤にするキャリバー。
俺はその様子を見て、懐かしさにとらわれていた。懐かしいな、このやりとりも。
「あ、あのジュードさん……」
くいくい、とハルコが俺の服を引っ張る。
「ハルちゃん、どうしたの?」
「あの……この方たちは、ジュードさんと……どういう関係なんですか?」
俺が答える前に、
「同じ勇者ぱー」「オキシー」
キャリバーがたしなめる。首を振るう。オキシーが「やっべ」と口を閉ざす。
剣士が代表して答える。
「ボクらはジュードの元いたところで一緒に働いていたんだ。同僚みたいなものだね」
「な、なるほど……。ジュードさんはどこで働いていたのですか?」
俺はキャリバーたちを見やる。彼女たちはうなずく。話を合わせてくれというサインを、キャッチしてくれた。
「俺は王都で衛兵として働いてたんだ」
「そうそう、このひと兵長っす」
「……わたしたちの頼れるリーダーでした」
衛兵として王都で働いていた。ということにした。
これなら第三王女や第二王子、隣国の姫や女王たちと顔見知りであることにも、いちおうのつじつまが合う。
まあいっかいの兵と王族たちが深い関係を結ぶかというと、疑問符はつくが、整合性は付く。
「そうだったんですね! へぇ、衛兵かー……。かっこいいです!」
ハルコがキラキラとした目を向けてくる。信じてくれたようだ。ほっとする俺とキャリバーたち。
「けど……むむむ、むむむむ」
ハルコがキャリバーたちをじっ……と見る。
「……やべーっすばれた?」
たらり、とオキシーが冷や汗をかく。だが俺たちは無言で首を振るった。
「はふぅ……」
悩ましげに、ハルコがため息をつく。
「どうしたんだい、ハルコ?」
「いや……綺麗な人ばっかりだなぁ、と思いまして」
しゅん、と肩をすぼめるハルコ。
「ジュードさん、知り合いのひと、みぃんな綺麗な人ばかりなんですもん。おら……自信なくしちゃう……」
それを見たオキシーが、すすす、と俺に近づいてくる。
「……アタシら勇者パーティだって、ばれてねーんすかね?」
「大丈夫だろ。グスカスと違って、俺たちはそんな顔が知れてるわけじゃないし」
結局のところ、俺たち勇者パーティは、【勇者とそのお仲間たち】だ。
メインは勇者。俺たちは勇者の添え物みたいなものなので、顔はしれてない。
「……ま、そっすね。じゃなきゃジュードさん、名前変えただけで、ここで生活できないだろうし」
そういうことだ。
「……あの、ハルコさん」
キャスコがハルコに尋ねる。
「もしかしてあなたも、ジュードさんを……?」
とキャスコが何やら、よくわからないことを言う。
「! ま、まさかあなたもっ?」
「ええ♡ ずっと前から♡」
ハルコが絶望しきった顔になる。
「そ、そんな……。おら、負けた……だに」
しょぼん、と肩を落とす。キャスコはほほえむと、ハルコの隣へ移動。
「……大丈夫です。わたしとジュードさんは、そういう関係じゃありません」
「え、そ、そうなのっ?」
「……ええ♡ ほら、ジュードさんちょっと鈍いところありますから」
「た、確かに……」
ふたりが俺を見やる。
「お、なんだなんだ? 俺の話してるのか?」
「……はい♡ けど、秘密です」
キャスコがウインクして言う。
「あの……キャスコさん」
「……キャスコでいいです。ハルちゃん♡」
「じゃあわたしも……キャスちゃん」
えへへ、と笑い合うふたり。
「ジュードさんって昔からこんなふうに、ちょっぴり鈍感なんですか?」
「……そうそう。もう昔から、いくらこっちがアタックしても、ぜんぜん気づいてくれないんです」
「あー……それはわかる、すっごいわかる!」
ふたりがなんだか俺の話題? で盛り上がっていた。
「ちょおっとお二人さん! 二人だけでもりあがるのはよくねーっす!」
オキシーが手を上げる。
「アタシもなんすから!」
「! そ、そうなのっ?」
「そーっす! アタシだって昔から猛アタックしてるっす! なのにこの朴念仁ときたら……!」
とオキシーが加わって、三人できゃあきゃあと楽しそうに笑っている。
キャリバーはコーヒーをすする。
「……まったく俗な会話してるよ。仮にもボクらは救世軍だったというのにね」
「まあまあ。いいじゃねーか平和で」
「そうだね。きみが導いてくれた平和だ」
ふふっ、とほほえむキャリバー。
「いやいや、俺はなんもしてねーよ。みんなが頑張ってくれたから魔王を倒せたんじゃあないか」
「……みんな、じゃないだろ?」
憎々しげに、キャリバーが言う。
「あのカス勇者は別だろ」
「キャリバー。グスカスのことを悪く言うなって。仮にも仲間だったじゃないか」
「……きみは、ほんとお人好しというか、バカというか、鈍感というか……」
はぁ、とため息をつくキャリバー。
「あれだけの仕打ちをされたというのに、怒ってないのかい?」
「別に。だって今、俺は楽しく暮らせてるしな」
「……そっか」
ふっ、とほほえむキャリバー。
「きみが幸せならそれでいいよ」
「さんきゅ。というか、キャリバー、ありがとな。二人に説明してくれて」
俺が辺境で元気に暮らしていることを、キャリバー経由で、オキシーたちに伝えてもらったのだ。
ふたりには黙って、勇者パーティを抜けてしまったからな。
「かまわないよ」とキャリバーが笑う。
「ふたり怒ってなかった?」
「ぜんぜん。むしろ早くきみの元へ行きたいー! とずっと騒いでたさ。やっと三人の休暇がそろったから、ようやくここへこれるってなって、ふたりともウキウキしてたよ」
そんなウキウキするほどのものかね。おっさんには若い子の感性はわからなかった。
「そういえばキャリバー。最近ピリカは元気か?」
第三王女が、あれ以降一度もここへ顔を出してこないから、様子が気になっていた。
「うん。とっても元気だよ。今日もネログーマの玉藻様のもとに、キース様とアルシェーラ女王とともに、訪問なさっている」
玉藻は獣人国のお姫様。
キースは第二王子。
アルシェーラは砂漠エルフの女王。
そんな要人たちが、なぜ獣人国に?
「なにしにいってるんだ?」
「さあ。重要な会議だと言っていたよ。きみに関することって言ってたな」
「ふぅむ……なんだろう、嫌な予感しかしないんだが」
「そんなことないよ。姫様たちがきみに不利益を被るようなまね、するわけないしね」
まあ、そうか。みんな俺の、自慢の友達だしなぁ。
「ちょっとジュードさんっ! なぁにキャリー姉さんとばかりいちゃついてるんすかっ!」
オキシーがほおを膨らませて言う。
「アタシらともいちゃいちゃしよーぜ!」
「……そうです。わたしたちとも、おしゃべりを」
「わ、わたしともぜひっ!」
こいこいと手招きする三人。キャリバーは苦笑すると、「行ってきなよ」と笑って言う。
俺は三人の元へ行くと、
「じゃジュードさん! この三人の中だったら、誰が一番タイプっすか!?」
と聞いてくる。残り二人は、真剣な表情で俺を見上げていた。
「えー。みんな好きだよ」
「そーゆー玉虫色の答えが欲しいんじゃなくって!」
「……そうですっ。誰が一番かを教えてくださいっ」
「気になります! おら、とっても気になるだに!」
……結局その後も、ダラダラと雑談したり、思い出話に花を咲かせていたら、夕方になってしまった。
この日、彼女たちはウチで一泊して、明日、王都に帰還することになったのだった。
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