115.勇者グスカス
ダンジョン内にて、奴隷仲間ティミスが、子鬼王に捕まっていた。
かつての自分のように、もう逃げないと決めたグスカスは、彼女を助けることにした。
しかし職業を失ってる状態で、無策に突っ込めば、待っているのは死あるのみ。
グスカスが使えるのは、体内に宿してる魔力と、そしてジュードから教えてもらったサバイバル知識。
「ふぅー……ふぅー……ふうー……」
今から子鬼王と戦う。
最悪反撃を受けて死ぬかも知れないという状況だ。
直ぐに飛び出すことはできなかった。
何度も、何度も、逃げてしまいそうになる。
……だが、己の過ちに気づいたグスカスは、もう……逃げない。逃げたくない。
ここで逃げればティミスは犯され、骨の髄までしゃぶり取られて、そして無残な死を迎えるだろう。
死ぬとわかってる人間が目の前に居る。
かつては、そんなの関係ないと捨て置いた。
でも……精神的に成長したグスカスは、もうその状況におかれても、逃げるを選択しない。
したくない。
「……やるぞ」
グスカスは周辺の地理を確認したあと……。
作戦を、実行に移す。
まずは、グスカスは目を閉じる。
ふぅ、と息を長く吐く。
(……ここから、子鬼王とは、かなり距離がある。不意打ちを当てるためには、もっと近づかねえと)
グスカスは体の力を抜いて構える。
体からもれでる魔力の量が徐々に少なくなっていく。
人とちがって、魔物は鋭敏な魔力感知能力を生まれつき持っている。
魔力を持つ生き物が近づくと、魔物は過敏に反応して襲いかかってくるのだ。
裏を返すと、魔力がない、または少ない物に、魔物は気づきにくい。
グスカスは体外へ漏出する魔力量を抑えた。
その結果、子鬼王の魔力感知から、逃れることができた。
ゆっくりとグスカスは子鬼王に近づいていく。
魔物は魔力で敵を認識する。
そのため、聴覚、視覚などの五感は、人間と比べるとやや鈍いのだ。
グスカスは慎重に、子鬼王に近づいていく。
焦らず、ゆっくりと……自分の攻撃が、最大の威力を発揮する間合いにまで入る。
「…………」
魔物の魔力感知能力、そして、今から自分が使う力について。
それら全部、グスカスはジュードから習ったことだ。
全てを失って、すがりつく物がないグスカスの手の中にのこっていた、わずかな希望。
それが、自分が追放した男から授かった、知識だけだった。
(すまねえ、ジューダス。もし帰れたら、もし、おまえに会うことができたら……ちゃんと謝る)
ジュードが教えてくれたこと、忠告は、何一つ無駄ではなかったのだ。
やがて、グスカスは攻撃の当たる間合いまでやってきた。
(……チャンスは一度。これを逃せば、おれは死ぬ。当たってくれ……いや、ぜったいに当ててやる!!!!!)
グスカスは右手のひらをゆっくりととじて、ぎゅっ、と力込める。
最速で魔力をひねり出し、それを一点集中すると、思い切り拳を突き出す。
ドバッ……!
右手から、魔力の塊が放出された。
魔力を一点集中して、体外へと放出し、敵を攻撃する。
魔力撃、という技術だ。
グスカスの放った魔力撃は、子鬼王の後頭部へと直撃する。




