106.勇者グスカス
《グスカスSide》
ジュードたちがダンジョン攻略へ向かってる、一方その頃。
魔銀鉱山では、グスカスがダンジョンに迷い込んだティミスの捜索へと向かっていた。
「はあ……はあ……くそ……」
グスカスの体が緊張でこわばってる。
それは仕方ないことだ。
彼は現在、職業を失ってる。
モンスターと戦う力が彼にはないのだ。
挑めば死ぬことが確定してる。
……その辺で転がっている、白骨死体のように。
「……嫌だ。死にたくねえ……死にたくねえ……」
あんなにたくさんの不幸に見舞われても、グスカスは死にたくないと、そう思っていた。
死にたくなるようなことをたくさん経験して、それでも……彼は生きていたかった。
彼は生来臆病ものなのだ。
だから、魔王との大事な一戦を前に逃げ出したのだ。
まあそれはさておき。
しばらく進んでいくと……。
「うう……」
「! おい、大丈夫か!?」
ティミスの取り巻きだった、奴隷のひとりが倒れ居てた。
グスカスは彼に近づく。
「おい! ……!? こいつは……」
取り巻きに、下半身がないことに気づいた。
モンスターにやられたのだろう。
どくん……とグスカスの心臓が、体に悪い跳ね方をいた。
ここに居ては自分も、こうなる。
そう思うと体が震えてしまう。
「や、やっと人と……会えた……もう……一週間も彷徨ってるんだ……」
「い、一週間……? おまえらがいなくなって、数十分くらいしか経ってないぞ……?」
そこでグスカスは、ジュードに教えてもらったことを思い出す。
ダンジョン内外では、時間の流れが異なる。
その違いはダンジョンによって異なるらしい。
つまりこのダンジョンは時間の流れが外より速いということだ。
「たのむ……ティミスを……たす……け……」
「お、おい……! しっかりしろ! おい!!!!!!!!」
だが、取り巻きは死んでしまった。
グスカスは再び選択を迫られている。
ここで逃げるか、それともティミスを助けるか。
……正直言ってティミスを助ける義理は全くない。
それにこの死体をみれば、中に居るモンスターが、危険な物であることは十二分にわかる。
……恐い。
グスカスは純粋にそう思ってしまった。
ここで、にげるか、立ち向かうか。
「……おれは」
一歩、引き下がる。
勇者の力が無い自分が、これ以上危険な地帯に踏み込むことは、無謀と言わざるを得なかった。
……それに、恐い。
無理、無理だ……。
「おれは……おれは……くそっ! おれは……」
勇者の職業を持っていても、ごらんのありさま。
結局、彼には勇者にとって最も重要な、、勇気という武器がなかった。
「ちくしょう……ちくしょおぉ……」
勇ましく突入して見せたけれど、所詮は一時奮い立っただけ。
化け物の巣に飛び込む勇気も無く……。
グスカスは、死体を背負って、来た道を引き替えした。
……彼は英雄でも勇者でもなかった。
ただの人間だった。
「これは……戦略的撤退だ……おれがひとりで突っ込んでも……無駄死にするだけ……なら、帰って助けを呼んできた方が良い……」
賢明な判断……であると同時に、なんとも情けない選択であった。
彼は、己の無力さに涙する。
「おれは……勇者なんかじゃ……なかったんだ……」
職業を失い、こんな状況下になって……ようやく。
グスカスは、己の弱さを、痛感したのだった。




