103.勇者グスカス
グスカスの働く魔銀鉱山が、ダンジョン化した。
中にいた奴隷たちはグスカスのおかげで、逃げおおせることができた。
……しかしグスカスをいじめていた女、ティミスは、ダンジョンの奥へと入ってしまったのだ。
「……バカ野郎が! 入るなっつったのに入りやがって、自業自得だ」
グスカスはダンジョンの入り口前で、佇んでいた。
確実にティミスはこの奥にいる。
悲鳴が聞こえてきたところからも、危険な目に合ってるのは火を見るよりも明らか。
……ざまぁみろって思った。
「権力をかさに着て、やりたいほうだい。周りに迷惑をかけて……最終的に、しっぺ返しをうけてやがる」
言って、グスカスは悲しくなった。
ティミスの境遇は、本当に自分そっくりだった。
調子乗っている権力者が、しっぺ返しを食らう。
それはグスカスに限った話ではなかったのだ。
「……馬鹿が。ほんと、バカだよ」
グスカスの目の前には二つの道がある。
戻る道、そして進む道。
どう考えても、引き返すのが賢い選択だ。
なぜなら彼には勇者の力はない。今この貧弱な体でダンジョンの中に入ったら、大けがどころではすまないだろう。
ダンジョンの難易度がどんなものかわからないが、職業の補正を受けていないグスカスは、一般人以下の力しか発揮できない。
極寒の地に裸で行くようなものだ。
……そうだ、行く必要はない。
行ったら自分まで死んでしまう。
それに、ティミス。
あのいじわるない女が死んだところで、だからなんだ。
自分を虐げていた悪いやつが、ひどい目にあって、ざまぁみろではないか。
……でも。
「ああ、くそ……ちくしょう……」
ティミスと自分が被る。
同じように、彼は罰を受けて、すべてを失った。
調子乗って、ひどい目にあって、地の底に今彼はいる。
落ちぶれていく自分のことを、誰も助けてはくれなかった。
そうだよ、世の中って言うのはそういうもんだ。
所詮、弱いものは淘汰される。悪人は裁かれるのだ。
ティミスが今ここで死ぬことも、自業自得、世の中にある、ありふれた不幸の一つではないか。
……でも。
「くそ……くそ、くそ!」
グスカスは、悔しかった。
悪人が許されない世界が。
悪いことした人間が、罰を受ける世界が。
悪いことした人間が、改心しようとしてるのに、許してくれない世界が。
グスカスは確かにひどいやつだった。
仲間にも周りにも、たくさん迷惑をかけた。
でも……グスカスはやり直そうとしたのだ。
水の国のとき、愛する女のために、頑張ろうとしたのだ。
でも世界は、グスカスのそういう、やりなおそうとする姿を否定してきた。
信じた女に裏切られて、川に突き落とされた。
まるで、悪いことしたやつは、永遠に報われないのだと、言われてるようだった。
「むかつく……むかつくんだよ! この世界が! なんだよ、失敗した奴は、もうやり直しちゃいけねえっていうのか! 頑張ろうとしても無駄だって言うのかよ!!!!!」
グスカスは、否定したかった。
この世界のルールを。
「おれは否定してやる! 職業がねえとか知るもんか! おれは、この世界が気に食わねえ。悪人が! いつまでもひどい目にあい続けなきゃいけねえ世界なんて! おれは、許さねえ!」
だっ! とグスカスはダンジョンの穴の中へ向かう。
「待ってろティミス! てめえを見つけ出して、必ず助けてやる! そんで、償わせてやるからな!」
グスカスはティミスを……自分そっくりの悪人を助けに向かう。
かつて指導者が勇者にそうしたように。
今度は、グスカスが、それをやる。
……彼の手がうっすら光ってることに、彼は気づかなかった。




