101.勇者グスカス
過酷な労働を終えて、グスカスは屋敷へと戻ってくる。
帰りが遅いことを理不尽になじられ、ヘロヘロになりながら、食堂へと向かう。
「…………」
「ああ? なんだい、文句あるのかい? メシの時間にこないほうが悪いだろ?」
「……そうだな」
すでにみんな食事を取りおえて、談笑してる。
当然グスカスの分はなかった。
「あーら、ごみかすぅ? 今かえったの? クソ遅いわねえ」
「……ティミス」
奴隷長のお気に入り、ティミスが、取り巻きとともにニタニタとこちらを見つめている。
……見たくなかった。
そこに居たのは、やっぱりかつての自分そっくりの女。
グスカスは見たくもないし、話したくもなかったので、その場から離れようとする。
「ちょっと待ちなさいよぉ」
「……んだよ」
グスカスのリアクションが薄かった。それが不服だったのか、ティミスがさらなるいやがらせをしてきた。
ぽと、と骨付き肉を地面に放り投げる。
「それ、恵んであげるわよ」
「…………」
「どうしたのぉ? お腹すいたんじゃあないのぉ? 早く食べたらぁ?」
ああ、どうして。
どうしてそうも、こいつは自分そっくりなんだ。
ただ強い権力をたまたま手に入れただけなのに、まるで神さまのごとく振る舞う。
弱者を虐げて、楽しむ。
そんなことに意味は無いのに。
所詮は自分の力じゃないのに。
なぜそうも……偉そうにできるのだろう。
ティミスを通して、グスカスはかつての自分と対峙していた。
「…………」
グスカスは落ちてる肉を手に取る。
ティミスは、グスカスがそれを食べることを期待してニタニタ笑っていた。
……だが、グスカスは肉を生ゴミのゴミ箱へと捨てる。
「なっ?」
予想外の行動に戸惑うティミスに、グスカスは忠告する。
「ゴミを床に捨てるんじゃあない」
それだけ言って、グスカスはその場をあとにする。
あまりに冷静……というか、薄いリアクションに、ティミスは憤慨する。
「ちょっ、まちなさいよ! 何その態度、ちょーむかつくんですけどぉ!」
ティミスが近づいてきて、自分をにらみつけてくる。
その瞳はかつてのグスカスと……いやもう、それはいい。
「全部が自分の思い通りになると、思わない方が良いぜ。でないと……あとで痛い目みるからよ」
それはグスカスにしては珍しく、善意の忠告だった。
同じ境遇を味わってきたものとして、同じ苦しみを味わってもらいたくないからという理由から出た言葉。
しかし……。
「ちょーしのんな最底辺のカス! おい! こいつをぼこっちまいな!」
ティミスの命令で、他の奴隷達が近づいてくる。
グスカスの胸ぐらをつかむと、ぼこぼこと殴りつけてきた。
だがグスカスは、全然痛みを感じていなかった。
殴り返すことも、暴言を吐くこともなかった。
「な、なんなのあんた……」
「別に……ただ、こんなことしても無意味だって、知ってるからさ」
ムカつくから相手をボコって、だからなにか得るものがあるのだろうか。
答えは、ない。
そんな風に力を自分のために振る舞ったところで、見返りなんて一つも無い。
やがて、奴隷達がグスカスを殴るのをやめる。
彼は立ち上がって言う。
「『力は、自分のためにつかうのが、一番無意味だぜ』」
……それは、かつて指導者であるジュードが、自分に授けてくれた言葉だ。
……やっと言葉の意味に気づいたときには、最底辺の地の獄にいる。
……ほんと、気づくのが遅すぎた、とグスカスは自嘲しながら、自分の部屋に戻るのだった。




