5.5、特務小隊の日常‐1.5
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 西暦2024年4月22日
──まさか騙されてるとかじゃないよね……
昼休み……ガヤガヤと飛び交う生徒たちのお喋りや物音をBGMに、彼岸の頭にはふとそんな考えが浮かんだ。
ある日突然、見知らぬ制服の見知らぬ女生徒に声を掛けられどこかへ連れて行かれたと思ったら、あれよあれよという間に鳳花学園に転入することになった時にも彼岸は同じ状態に陥っていたが、今回の話はそれ以上である。
いきなりGRIDの実戦部隊へと配属されるという驚きの出来事は彼岸には衝撃的すぎて、日曜日を挟んで丸一日経った今でも未だに現実感が湧かないままでいる。
──まぁ日曜は引っ越しとか案内とかで、とても頭の中を整理をできる状態じゃなかったと言えばそうなんだけど……。
こうして物思いに耽っている今でも、ふとした瞬間に目が覚めて全部夢の中での話でした、となるのではないかと彼岸はつい疑わざるを得ない。
「おーい、ひーちゃん。話聞いてないっしょ。」
そんな声が聞こえたと思った瞬間、彼岸の脇腹辺りの肉が無遠慮にむんずと掴まれる。
素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び上がった彼岸が膨れっ面で隣に目を向けると、人懐っこい笑顔でにししと笑う女の子の姿があった。
「マイマイぃ~~……」
叫んだせいで一瞬とは言え周囲からの好奇の目に晒された彼岸は、肩がすぼまる思いをしつつ恨みがましい声色で呟いた。
″マイマイ″こと本名、舞浜マトイ。
彼岸のクラスメイトであり、鳳花学園でできた彼岸の二人の親友のうちの一人である。
外見は端的に言ってしまえばギャル系だ。
身長は彼岸より少し高く、たまごのようなすべすべの肌にパッチリとした目。
同じく薄桃色の髪はツインテールでまとめられている。子どもっぽい印象もある髪型だが彼女には不思議とよく似合って見える。
スタイルも抜群に良く、キュッと引き締まったウエストとスラッと伸びた脚はモデルとでも言わんばかりである。
それでいて面倒見も良く気配りもできて、誰にでも分け隔てなく接するなど、性格まで良いとなると男子人気のみならず女子人気も学園トップを誇るのも当然のことだろう。
「というかそれを言うなら、いのっちも聞いてないんじゃないの?」
「……ほぇ??」
彼岸はマトイの隣の人物に視線を移して指摘する。マトイもつられてそちらを見る。
突然の注目に、それまでニヨニヨと緩んだ顔で菓子パンを頬張っていた少女は不思議そうに首を傾げた。
″いのっち″こと本名、北千里依乃里。
彼岸が高嶺の花的存在であったマトイと親友という間柄になった最大の要因にして、もう一人の親友。そして彼岸に”ひーちゃん”なるあだ名を付けた人物でもある。
常にのほほんとした穏やかな雰囲気を漂わせて、その表情もまるで聖母のように柔和。ライトグリーンの瞳と髪色に、さらさらとウェーブのかかったロングヘア―。
やや低い身長に似合わず、豊満と言って良いであろう体付きは同性であっても目を引かれるものがある。
が、しかしその実態は”空気読まない、話聞かない、ド天然”の三拍子が揃った……言ってしまえばアホの子である。
そのあまりにもあんまりな様子に、放っておけなくなった彼岸とマトイが世話を焼き始めたのがそもそものこの交友関係の始まりになる。
「んもぉ~~この娘は本当にしょうがないんだから~~。」
口ではそう言いつつもデレッデレに相好を崩しながらマトイは依乃里の頬っぺたをむにむにと引っ張る。
まるで餅のように頬が引き伸ばされるが、目を白黒させる依乃里はなされるがままだ。
「で、そうそう、明日明後日の放課後どこかに遊びに行かない?って話なんだけど……。」
手を動かしたままでマトイが先ほどまで話していた内容を再度振る。
──あぁなんだ、そう言う話か。そう言えば前にどこかに遊びに行こうって言ってたね……。
「そういうことなら大丈夫。明日は空いて……ん? 明日?」
何かを言いかけて彼岸が口をつぐみ、マトイは依乃里の頬で遊ぶ手を止めてキョトンとした顔で彼岸を見る。
すると彼岸は何かを思い出したようで、あっ、という表情を浮かべて謝る。
「あー……っと、ごめん。 明日は用事があるんだった。」
用事とは、初対面時に光が言っていた”特別訓練”というやつのことだ。
「あれ? ひーちゃん、何か習い事でもしてたっけ?」
「う、うん。そんな感じ……。」
彼岸はこわばった笑みを浮かべて冷や汗を垂らす。
いや別に誤魔化さずとも良いのだが、学園生の内からGRIDに所属している人物なんてそうそう居ないらしいので、発覚すれば悪目立ちすることは避けられない。
幸い彼岸には目立ちたいという自己顕示欲も無いことだし、光も『目立っても良いことはないから必要ないのなら黙っておけ。』とのことなので、曖昧に返事をして乗り切ることにした。
「ならまた今度だねぇ~。」
やや赤くなった頬を慰撫しつつ依乃里が呟く。
「そだね、んじゃ次はちゃんと日程すり合わせてから──」
深く詮索されることなく話題が移り、彼岸はこっそり安堵の息を漏らした。
正直、彼岸としては頭の回転にも口のうまさにも自信があるわけではないので、下手に追及されているとボロが出ていた可能性が──
「──あ、また聞いてないな。えいっ。」
「わひゃぁぁっ!!」