4、事の発端-3
◆ 西暦2124年4月20日
学園長室への呼び出しの翌日、土曜日。
午前のみの授業とホームルームも終わり、ざわざわとさざめきの広がり始める教室の中、光は自分の机から立つことなくこの後の事を考えていた。
今回の依頼対象である藍川彼岸も学園の生徒だ。
ただし待ち合わせ場所である特務小隊本部は、少々複雑な道の中に建っているため、道をよく知らない彼女は着くまでに少し時間がかかるだろう。
ならば先に雪に事情を説明しておこう、そう考えた光は一つ頷き席を立つと、善は急げとばかりに雪の元へ向かった。
学園では一クラスにおよそ40人、学年ごとのクラス数は中等部が六、高等部が八だ。
高等部が多いのは、進学時に中等部六クラスにの公式転入勢の約二クラス分が加わるからである。
そして、今年の高等二年では、戦闘系のクラスが五クラスを占める。
一昔前は技術系が多かったのだが、最近では魔族から得た魔法に関する知識が広く浸透するようになったため、結果的に能力面が弱くとも魔法適性でカバーできるようになり、それならばと戦闘系を選ぶ者も増えてきた、ということらしい。
それはそれとして……自身の教室を出た光は雪のいるクラスへと向かった。
光が開きっぱなしの扉から中を覗き込むと、幾つかの集団が談笑する中で、一人椅子に腰掛け横を向き、隣の窓から外をぽけーと眺めている雪の姿が見えた。
光が真横まで近づいて来てようやく雪は気づいた様だ。
ポニーテールにされた薄青がかった銀髪をたなびかせてくるりと振り向く。
ここまで気を抜いてるのは珍しいなと思いながら、光は伝えるべきことを話す。
「学園長と支部長から連名で依頼がきた。詳しいことは後で話すけど、手を借りる事もあるし来てくれると助かる。」
「……わかった。直ぐに行けばいいの?」
雪は光が内容について具体的に言及しなかったことに一瞬キョトンとしたが、何か言えない事情があるのだと理解したようだ。
雪は荷物を纏めて椅子から立ち上がると、その能面のように無表情な顔にごくごく僅かに微笑みを浮かべると、それじゃ行こう、と言った。
◆
学園を出て光と雪は特務小隊本部に向かう。本部は学園のわりとすぐ近くにある……というよりは、荒野に繋がる空間の近くに学園と本部があると言うべきか。
グリッドは仕事で、学園は高等三年以降で訓練で荒野に行くこともあるのでこれも当然だろう。
学園を出て歩いていると、ほんの十数分程で建物が見えてくる。
見た目は二階建てのごく普通の一軒家で、外見上特におかしなところもない。
詳しく知らない者……つまり今回藍川彼岸……がこれを初見で発見するのは困難だと思われる。
まぁだからこそ複雑な道も相まって時間がかかるだろうなと推測した訳だが。
二人はまだ誰も来ていないことを確認すると、件の子が来るのを待つことにした、
光はその間に昼を食べつつ、事情をかいつまんで話す。ただし光も雪も料理スキルは全くと言っていいほど無いため、食べているのは本部に大量貯蔵されているインスタント系の食品である。
これに関して七瀬会長は、グリッドでも危険で特殊な任務が多い特務小隊に所属するメンバーを気にかけているらしく、ちょくちょく晩御飯を作りに来てくれている。
グリッドの一般公開情報は、所属、年齢、名前、写真、ランクのみなのに何でそんなこと知ってんだ?と光は最初思ったが、どうやら彼女もグリッド所属らしい。所属は調査部門だそうだ。
ちなみに教えてくれた雪は、なぜ知らない、とジト目をしていた。
結局二人が本部に来てから一時間ほどしてインターホンが鳴った。
待ち人来たりか、と光は席を立ち、玄関を開けにいく。
ドアを開ければ、そこには光が資料の写真で見た通りの子がいた。彼女は、ここであってるのかな?とそういう不安そうな顔をしている。
「……来たな。入ってくれ。」
「えっと……お邪魔します……」
その少女、藍川彼岸は光の顔を確認し、小さく頷くと本部に入っていった。
光はその様子を見て、ただただ新しい小隊メンバーの性格その他諸々が七瀬会長の同類では無いことに安堵するばかりであった。
そうして、時間は冒頭の部分の少し前へと続く。
●小話
光は雪に昨日のうちに依頼の説明しとけよ、という感じなのですが、光の頭からは完全にその事がすっぽ抜けてました。
色々と考えを巡らしていたためにそこまで気が回らず、当日になってそういえば、と思い出した感じです。